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前の日と同じように青い切符を使って電車に乗った。
あんなに情けない父に再び会いに行く、その私の心情は、親がいない子供にしか分からないと思う。私はどうしようもなく寂しかった。きっと全ての子供には、この世界のどこかに無条件で自分を受け入れてくれる人間が必要なのだと思う。それは普通その子の親であるはずで、親がいないと子供は他人との距離のつめ方――他人に自分を受け入れてもらい、自分が他人を受け入れる方法――まで分からなくなってしまう。学校の友達や先生、親戚などにもうまく心を開けなくなって、孤独に陥り、カオナシのように「寂しい、寂しい」とつぶやきながら生きていくことになる。
その寂しさを埋めてくれそうな、無条件に私を受け入れてくれる人に、父は見えた。だから私はまたあの異世界へ父に会いに行く。
東部宇都宮駅に着いたが、駄菓子屋のおばあさんの言ったとおり父はそこにいなかった。夜と昼とで印象がだいぶ違う道を、時々迷いそうになりながら私は歩き、父のアパートまで行った。
アパートは前の日の夜見たよりも古臭い印象がした。築三十年は経っているだろう。それぞれの部屋の表札を順々に見ていったら、102号室の表札が「滝井」となっていたので私はその戸をノックした。
父は上下グレーのスウェットという格好で玄関に現れ、私の来訪に驚きながらもひどく喜んでくれた。悪いけど部屋には汚くて上げられないと言い、私を玄関先に待たせてすぐに昨日と同じ青のスーツに着替えて出てきた。
「朱里ちゃん、何かしたいことある? 映画でも観る?」
駅方面へ足を向けて歩きながら、父が言った。私はそれには答えず、
「なんでまたそのスーツなの?」
と聞いた。
「スーツ? ああ、いや、これが今持ってる中で唯一まともな服だから」
父は少し恥ずかしそうだった。
二人、並んで歩いて駅近く(昨日行ったもつ焼き屋のすぐそば)の古い映画館へ入った。ちょうど「ライフ・イズ・ビューティフル」のリバイバル上映が始まるところだったので、一緒にそれを観ることになった。私が自分の分のチケット代を出そうとすると、
「いいよ、昨日お金がかからなかったからお父さん余裕がある」
と言って父が払ってくれた。私はちょっと父を見直した。
客席が二百席にも満たない、こぢんまりとしたシアターに入った。上映を待つ間、隣に座った父がしきりに、
「今日は運がいいな、この映画、お父さんの人生で観たうちのベストスリーに入るやつなんだ。本当に運がいい……」
と言った。それなのに映画が始まり、クライマックスで主人公が息子をかばって銃殺されてしまうところで、隣から「ふくっ……ぐうっ……」と嗚咽が聞こえてきたので驚いて隣を見たら、父が号泣していた。
「初めて観たわけじゃないんでしょ?」
映画が終わった後で念のため私が聞くと、まだ涙の乾いていない父は、
「うん。この映画観ると、いつも泣いちゃうんだ」
と言った。
それからオリオン通りを二人、ぷらぷら歩いた。前の日と違って四、五人、人とすれ違った。父の言うことを信じれば、その人たちもみんな浮遊霊ということになる。ぱっと見ただけでは生きている人間と見分けがつかないだけに、ややこしかった。
しかし通りも終わりに近い辺りで、シャッターの下りた何かの店(なんの店かは今はもう忘れてしまった)の前でうずくまっている老人を見た瞬間、私はやはりこの人たちは霊なんだと思い知った。
老人は体育座りをしていた。その両膝に置かれた、Tシャツから伸びた両腕の前腕が、皮膚がぐずぐずに剥がれて赤い肉がむき出しになっていた。うつむいた顔も、鼻より下の皮膚がぺろりと剥がれて、ザクロの実のような肉が露わになっている。
私は一目老人を見、恐怖に駆られて、何も見なかったように前を向き、早足で老人のそばを通り過ぎた。それから、父に、
「あのおじいさん」
と聞いた。父はあっけらかんとして、
「もうすぐアラヤマに行く人だね。もう肉体が崩れかけてるんだ」
「大丈夫なの? 救急車呼ばなくて」
「ははは、いや別に、本人に痛みがあるわけじゃないから」
そこでオリオン通りが終わり、アーケードが切れたので、父は、この先に行ってもつまらないから、折り返して来た道を戻ろうかと言い出した。しかし戻るとまたあの老人の前を通らないといけない。私はそれが怖く、ふるふると首を振って反対した。父は私が嫌がる理由が分からず困惑していたが、やがてあの老人が嫌なのだと分かると、よかった、ようやく子供らしいところが見れた、と言って笑った。




