ex 二人の共同作業
「はい注目」
一向に目を覚まさないカデミアにしびれを切らした俺は、とりあえず彼女をリビングのソファーに眠らせて庭に出ていた。
俺の目の前にはエレーナとウリドラ。
エレーナの手には大きな木槌が握られている。
そして俺の手には、エレーナに貰った指ぬきグローブ型ガントレット。
お互い、汚れても良いようにとジャージ姿である。
なおウリドラはいつもどおりの全裸である。
「君たちの居ない一週間の間、この畑はさんざん野生動物によって荒らされることになりました」
「そのようですね」
俺は今朝から耕し直していた畑を手で指し示しながら続ける。
「一応ウリドラが帰ってきたので、その間は畑も無事だろう」
「ぴぎゅ!」
ウリドラは自分が褒められたとでも思ったのか片足を上げて微妙なドヤ顔で鳴く。
獣なのでよく表情はわからないが多分ドヤ顔だと思う。
「しかし、この先いろんな街と行き来して育てた野菜を売らなければならない。となるとウリドラに乗って出かけることに生るだろう」
「その間は畑が無防備になりますね」
「ああ、そのとおりだ。一応エレーナかカデミアに見張りをしてもらっておくという手も無いわけではないが」
俺はリビングで丸くなって眠っている彼女の事を頭に浮かべる。
彼女は、あの立派なガタイと違ってかなりの臆病者である。
だがとんでもない弓の名手なのもたしかだ。
もしかしたらあまりに臆病だったから、なるべく遠くから弓で獲物を狙おうと技を磨いていたのかもしれないとすら思う。
たしかに彼女に見張りを頼んでおけば問題ないだろう、しかしいつかは彼女も自分の里に帰ってしまうわけで。
となるとエレーナか俺が居残らないといけなくなる。
エレーナ一人で街に向かわせるなんて論外だし、俺一人だとこの世界の常識がまだあやふやすぎて色々問題をおこしそうだと自覚している。
カデミアが帰るまでにそこらへんの不安が払拭されていればいいが自信がない。
「というわけで今からこの家の周りに、動物たちが入ってこれないように防護柵を作ろうと思う」
「防護柵ですか?」
「家からの眺めは悪くなるけど仕方がない。まぁ、眺めって言っても森ばっかりだが」
せっかく人数が揃ったし、俺は畑を修復しながら考えていた計画を実行に移すことに決めたのだった。
まず森から適当な大きさの木を切り出す。
それを出来る範囲で加工して家の周りにぶっ刺していって塀を作るのだ。
隣の家に塀が出来たってね!
そっすか……。
そんな感じで数日掛けて作ろうと思っている。
「私はこの木槌で何をすれば良いんでしょう?」
エレーナがおもそうな木槌を軽々とぶんぶん振り回して尋ねる。
さすがドワーフ族。
見かけからは想像できないパワーだ。
だが、隣りにいたウリドラが当たりそうになって逃げていったぞ。
「木材の加工までは俺がするんで、エレーナさんには最後に地面に打ち付ける仕事をお願いしたいんだ」
「加工の手伝いはしなくて良いのですか?」
「たいした加工するつもりもないからオレ一人で大丈夫だと思う」
俺は庭の先にある森を指出して言葉を続ける。
「今からあの森の木を切って庭の前に積むから、エレーナさんはそれをびっちりと隙間が出来ないように庭の周りに突き刺していってもらえるかな」
「わかりました。がんばります」
顔の前で良好節をぐっと握って気合満点なエレーナ。
そんな彼女に後を任せて俺は森に向かう。
「さて、やりますか」
俺は目の前の木に向けて大きく手を振り上げると、手刀を作り勢いよく振り下ろす。
すぱーん!!
眼の前の木に、横一線の切れ目が生まれる。
そして、次の瞬間。
「たーおれーるぞー」
どどーんと音を立てて倒れた。
「昔なにかの漫画で見た方法だけど出来るもんだな。最悪のこぎりでえっちらおっちら切るつもりだったけど」
俺はそうつぶやきながら倒れた木に近寄ると、塀を作るのにちょうどいい長さの所で更に切断する。
上の方の枝もスパスパと手刀で切っていく。
「いっちょ上がりっと」
眼の前には綺麗に枝が払われ、三つの丸太になった木が鎮座していた。
「エレーナさん、お願い」
俺はそうエレーナに声を掛けると、庭先に向けて三つの丸太を放り投げる。
どすどすどす。
鈍い音を起てて庭の前に三本の丸太が転がるのを確認すると、俺は次の木へ向かって同じ様に丸太を作る。
後ろから『カーン!カーン!』というエレーナさんが丸太を地面に突き刺している音が聞こえてくる。
初めてじゃないけど、こういう二人の共同作業ってなんか良いよな。
そんな事を考えていたせいか、気がつくと俺はかなりの数の丸太を作り上げていた。
「拓海様、完成しました!」
家の方からエレーナのそんな声が聞こえなければこのままどんどん森を切り開いて行ってしまう所だった。
「ありがとうエレーナさん、すぐ戻る」
そう言うと俺は木を切る手を止め後ろを振り返る。
そこにはログハウス一件程度は作れるであろう余った丸太と。
「おおっ、これなら普通の動物は入ってこれないな」
すっかり数メートルの高さの丸太で囲われた我が家の姿があったのだ。
ただ……。
「お~い、エレーナさ~ん」
「は~い、どうしましたか拓海様」
俺は家の周りをぐるりと一周した後、塀の中のエレーナに声を掛ける。
「この家を囲んでる柵、出入り口がないんだけど!」
「あっ」
「ぴぎゅう……」
塀の向こうからエレーナのハッとした声と、ウリドラの呆れたような鳴き声が聞こえたのだった。