1.旅立ち
「お前さん・・・人に戻る気はないか?」
見渡す限りの地獄絵図の中、返り血に身を染めたじいさんは俺に向かってそう言った。
「じゃーなクソジジイ」
深い緑に囲まれた山の中腹。
そこに建てられた山小屋の脇に青年はいた。
かれこれ十数年を過ごした山小屋は初めて見た頃から変わりなくおんぼろのままだった。
「餞別にてめーの刀と脇差はもらってくからな」
腰に差した大小の重みが心地よい。
昔は持ち上げるだけで精いっぱいだったこいつもいつの間にか手足のように振ることができるようになっていた。
悪さするたびにこいつで鞘ごと殴られたのは今となってはいい思い出・・・な訳もなく、痛みとともに鮮明に思い出すことができる。
いつかやり返してやると決めていたが、結局一発もお見舞いしてやることはかなわなかった。
「勝ち逃げなんて卑怯な真似しやがって」
眼前にはその辺で拾ってきた大きめの石が置いてある。
他の奴らが見てもこれを墓だと思うやつは少ないだろう。
「ま、てめーのこった。どうせ修羅道にでも落ちて本物の鬼とやりあってんだろ」
それこそ鬼のように強かったジジイはあっさり死んじまった。
別に誰かに殺されたとか、不治の病に侵されたとかではない。単に寿命だ。
100・・・にはいってないだろうが十分長く生きた方だろう。
「俺がそっち行くまで負けたりしたら承知しねーぞ」
なんて言いながらもあのクソジジイが負ける姿なんて想像もつかないわけだが。
「いつまでも墓石相手に話してても仕方ねーから、そろそろ行くわ」
俺はジジイの墓というか石に背を向け歩き出した。
今日はいい風が吹く。
お日様も絶好調だ。
だから・・・だ。
だから
「・・・世話になったな・・・クソジジイ」
なんて柄にもないことを呟いたりしてしまうのも全部この空のせいだ。
別に最後まで意地張って言えなかったことを後悔して今言ってるわけじゃない。
ジジイの好きだったタバコに火をつけ一息ついてから歩き出す。
山道を下りながら俺は何の気なしに呟いた。
「結局俺は人に戻れたんだろうかね・・・じいさん」
応える声があるはずもなく。
山道には木々の隙間からのぞく木漏れ日と、クソジジイの好きだった山風だけが吹いていた。
こんな小説を読みたい。