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夏の終わりに届いたメール

作者: カドクラ

『夏が終わります』

 田舎の父親からのメール。味もそっけもない、ただ一文だけのメール。

 内容からして、大して重要なメールではなさそうだ。携帯を買ったばかりなので使いたかっただけなのだろう。俺は返信は後にし、仕事に戻る。 

 学生という身分を奪われ、社会に追い出されて四ヶ月と少し。必死で勝ち取った大きな仕事――秋に発売する新商品のデザイン――の手直しをしながら、そういえば今年も夏があったんだなぁとか思う。

 通勤は冷房の効いた電車。営業の人達とは違い、暑さをみじんも感じないような職場で毎日仕事をし、部屋に帰ればすぐに二五度にまで温度を下げる。暑い中にいるときなんて、家と会社から駅まで行くときくらいだ。

 ガキの頃を思い出す。古いことなのに、今年の夏よりもくっきりと光景が思い浮かぶ。

 あの頃は暑さも気にせず、蝉を追いかけて走りまわっていた。

 そんなことを考えながら、デザイン画の隅にちっちゃく落書きをする。

 アブラゼミ。俺はこいつを一日で六十五匹捕まえたことがある。

 

 その日の帰り、上司に飲みに誘われ二人で居酒屋に行くことになった。

 有名なチェーン店の居酒屋。会社の近くにあって、飲みに行くとなると大体ここになる。

 店に入ると、無駄に元気のいい店員達が俺達を迎えた。この店員のノリと、小奇麗な内装がどうにも俺は気に入らない。

 二人掛けの席に通され、適当なつまみとビールを二つ注文する。

 酒が入り、ほろ酔いの上司は饒舌に語った。

 仕事の話、女の話、学生時代の話。たいして面白くない話を真面目に聞き、たいして面白くないギャクに俺は大爆笑する。これは俺の得意分野。

 話は延々二時間ほど続き、いい加減ネタが尽きたのか、二人の間に一瞬の沈黙が流れる。

 すると上司が、なにか偉大な大先輩に聞いておきたいことはないかと話を振ってきた。

 俺は少し考えて、尋ねる。

「夏を感じますか?」

 すると上司はすわった目で俺を見つめる。

「変なこと聞くな。てか、逆にお前はどうなんだ?」

「たぶん、感じてなかったです」

 上司はふーんと眠そうに言うと、

「暑けりゃ夏、寒けりゃ冬だ」

 そうゲラゲラ笑う。

 大人になっていた俺は出そうになったため息を我慢して、一緒に笑った。

 

 家路の電車。今日は空いていて、乗っている車両には三人しか乗客がいない貸し切り状態だ。せっかくなので、俺は縦座席に寝っ転がった。

 仰向けに寝ると、ところどころに明かりのつくビル群が窓から見える。

 春夏秋冬たいして変わり映えのしない景色だ。こんな中にいるから、熱いとか寒いくらいでしか季節を認識しなくなったのかもしれない。

 そう考えていると、なぜか自然と目をつむってしまった。

 相変わらず電車の中は涼しい。


 部屋に帰って、服を脱ぎ、少しジメっとする嫌な暑さを全身に感じる。夏の終わりとはいえまだ暑い。俺はクーラーのリモコンをいじる前に、父からのメールに返信をする。

『そっちの夏のほうが楽しそうだ』

 何時間と待たせた俺とは違い、僅か一分足らずで父からの返信が来た。

『来年も夏は来ます』

 思わず笑ってしまう。

 来年は蝉捕りでもしようか。

 

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