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邪な来訪者



 学校を出発して20分が経った。緑地公園まで片道1時間弱ということで、まだ往路の半分にも達していない。


 走行ペースは5分で1キロメートル進む速さだ。始めのうちはゆったりとしたペースに感じていたが、15分を経過したあたりから徐々につらくなってきた。


 俺の班はミケちゃん、伊東、瑠衣先輩、その他女子3人と俺の7人で構成されている。みんな軽快なリズムで走っていて、苦悶の表情を浮かべているのは俺だけだ。




「あんた大丈夫? まだ始まったばかりなのに、へばらないでよ」


「瑠衣先輩、心配してくれてっ、ありがとうっ、ございますっ」


「べ、別に心配なんてしてないわ! あんたが倒れたりでもしたら、私たちに迷惑がかかるから気にしてるのよ!」


「はは……大丈夫ですよ」




 瑠衣先輩(このひと)も素直じゃないというか、何というか……。


 車通りの少ない道路沿いを一行はゆっくりと走っていく。この道はコンクリートで舗装された山道といった感じで、周りは木が生い茂り、木漏れ日が美しく煌めいている。木陰の下はとても涼しく、快適な環境だ。




「やっぱりみんなと和やかな雰囲気で走るのは楽しいね!」




 ミケちゃんはニコリと微笑んだ。ああ、とても楽しいよ。ミケちゃんが楽しそうな姿を視るのはとても楽しい。しかしだな……。




「伊東君ってどこの中学出身?」


「フォームすごいキレイだよね!」


「彼女とかいるの?」




 伊東は女子にまとわりつかれていた。あいつ……ちょっと背が高くて顔が良いからってモテやがって。そして露骨に嫌な顔をしてやがる。奴の辞書には営業スマイルという文字はないのだろうか。




「ねえねえ伊東君、話聞いてる?」


「集中してるから、俺に話しかけるな」




「………………か、カッコいい〜!」





 いやなんでだよ! あの性格ブス男のどこがいいんだ。まったく、女子の思考回路は摩訶不思議だ。




「なはは、伊東君モテモテだね」


「え、ああ、そうだな。もしかして、ミケちゃんもあいつが好みだったりする?」




 馬鹿か俺は! そんなこと聞いてどうするんだ?! 頼むミケちゃん、答えないでくれ。いや、むしろノーと言ってくれ!




「んー……確かに伊東君はカッコいいんだけど、話しかけても無愛想で、ちょっと苦手かも」




 よっしゃ! ミケちゃんにとって伊東は恋愛対象外のようだ! 伊東よ、モテるだけモテまくればいい。俺は一向に構わんよ。




「だよなだよな! なんか寡黙を気取ってる節があるし、関わり辛いよな」


「アタシはそう思わないけど? 彼はきっとストイックなだけなのよ」


「はん、どうだかね。自分に酔ってるだけなんじゃ……って誰だよお前?!」




 突然、高身長の男が会話に混ざってきた。一体いつの間にいたのか、彼は俺の横にぴったり張り付いて並走している。自前のジャージを着ていることから、依古島陸上部員でないのは明らかだ。


 身長は伊東よりもさらに高い。長めの髪はパーマを当てているのか、それとも天然なのか、くるくると洒落た感じで渦巻いている。中性的な美しい顔立ちで、こいつもイケメンと呼ばれる部類の人間であることは自明の理だ。




「あら、驚かせちゃったかしら? アタシは月桂瑞樹(つきがつらみずき)。この辺りを走るのが趣味の、花も恥じらう乙女よ」



「お、オトメ……?」




 乙女を自称する瑞樹だが、体躯、声音、そして局部、どこをとっても男にしか見えない。怪訝な顔をする俺を、彼はキョトンとして見つめる。『アタシ、何か変なことを言ったかしら?』とでも言いたげな顔付きだ。




「も、申し訳ないが男にしか見えないんだけど……」


「確かに、身体は男の子よ。でも、心は乙女だからダイジョーブよ!」




 何が大丈夫なのか全くわからないが、本人がそう言うならきっとそうなのだろう。頭に酸素が回らなくて正常な思考が出来なくなってきている。




「初めまして! 私、三池霧子って言います。月桂さんってオシャレな喫茶店に通ってそうですね!」


「あら、可愛らしい子ね。アタシのことは瑞樹ちゃんって呼んでね! 最近はこの辺りに新しくできたお店に通ってるわ。あそこの紅茶がすごく美味しいのよ」


「私知ってるよ! 『風の花園』って言うところだよね」


「あら詳しいのね! 今度一緒にお邪魔しようかしら」




 ミケちゃん、できればその得体の知れない生物と仲良くならないでほしい……。それにしてもこのオカマ、話し始めてものの1分でミケちゃんと打ち解けてしまったぞ。とんでもないコミュニケーション能力の持ち主だ。もちろん、ミケちゃん自身のコミュ (りょく)も相当なものだが……。




「ところで、御一行はどちらにお向かいで?」


「この近くにある緑地公園に向かってるよ!」


「あら奇遇ね。アタシもそこに向かってる途中だったのよ。一緒に行ってもいいかしら?」


「瑠衣先輩、瑞樹ちゃんも一緒に行ってもいいですか?」


「別にいいけど……練習の邪魔になるなら容赦なく追い出すわよ!」


「あら、ありがとうね」




 このオカマ、本当にこのままついてくるつもりなのか……。瑠衣先輩も勝手に許可出していいのか? また部長に怒られるんじゃ……。他の女子部員は伊東に夢中で意に介してないし。この部活、本当に大丈夫だろうか……。





****





「なはは、やっと着いた〜」


「やっぱりここはいつ来ても空気が良いわ」


「はあ……はあ……と、遠すぎ……」




 1時間2分12秒かけて依古島緑地公園に到着した。みんな涼しい顔しているが、俺だけ汗だくで息を切らしている。恥ずかしいったらありゃしない。芝生に倒れ伏している俺を心配して、ミケちゃんが駆け寄ってきた。




「江口君、大丈夫? 飲み物飲んだほうがいいよ」


「だ、大丈夫……けど……飲み物忘れてきた……」


「飲み物持ってきてないの?! じゃあ私のを少し分けたげるよ! ほら」




 そう言うとミケちゃんは俺にペットボトルを差し出した。




「えっ、い、いいの?!」


「少ししか残ってないけど、全く飲まないよりはマシだよ!」




 こ、ここここっこれは……俗に言う間接キッスではないのか……?! 夢にまで見たシチュエーションだ! 水筒を忘れたのは嬉しい誤算だった。ふ、普通に口をつけちゃっていいんだよな? 嫌われないよな? では、慎重にゆっくりと、味わうように、いただきまーー。




「あら、お水ないの? アタシ、ペットボトル2本持ってきてるから、1本あげるわ。ほら、遠慮しなくていいのよ?」


「瑞樹ちゃん、ありがとうー! 江口君、良かったね!」




 おいオカマ! お前何余計なことをしてるんだ。ありがた迷惑の最たるものだぞこれは! しかも中のスポーツドリンクが若干減っている。完全に飲みさしじゃないか。




「江口君、みんなあっちの高台で休憩してるよ。ほら、早く行こ! すごく良い景色なんだから!」




 彼女は俺の腕をグイと引っ張り連れて行こうとする。高台? 正直、今はそんな気分になれない。間接とは言え、まさか俺のファーストキスがオカマに奪われるとは思いもしなかった。


 最悪な気分の中、連れられるがままに高台にやってきた。ここから一体何が見えると言うんだ。顔を上げて正面を向いた時、俺は息を呑んだ。




 目の前に広がる広大な海と空。音もなく、ただゆらゆらと波が揺れるのみ。まるで大きなキャンパスを藍色と水色で塗り尽くしたような情景が、地平線の向こうへとただ果てしなく続いていた。





 その光景を前に俺は目を見開き、ただただ圧倒されるのみだった。




「どう? 江口君。良い眺めでしょ」


「……まさかここから海が見えるとは思わなかったよ。すごく綺麗だ」


「夕方に来るとね、すごく大きな夕陽が地平線の向こうに沈んでいくのが見られるんだよ」


「へえ! それは是非見てみたいな」


「……良かった」




 ミケちゃんはぽつりと呟いた。俺も良かったよ、この景色を見られて。頑張ってここまで走ってきて、本当に良かった。


 休憩時間が終わるまで、俺たちはずっとこの景色を眺め続けた。






****





 ついに学校に戻ってきた。往路の疲労で、復路はさらにつらいものになった。しかも、学校まで残り2キロを切ったところで、瑠衣先輩のテンションが上がって走行ペースも少し速くなって随分しんどかった。今ちょうど、瑠衣先輩が瑞樹のことについて部長に絞られているので、ペースのことは言及しないでおく。




「今日は楽しかったね、瑞樹ちゃん!」


「そうね。アタシも大人数で走るのは久々だったから、とても楽しかったわ」


「おい、月桂。何でお前まで学校に戻ってきてるんだよ」


「いいじゃない、だってアタシここの生徒だし? 1年生だし?」


「ええ?!」




 突然のカミングアウトに俺とミケちゃんは驚嘆の声をあげた。まったく、今日1日、瑞樹(こいつ)には驚かされまくりだ。




「大勢で楽しく走るのも良いものね。気に入ったわ。アタシも入部するから、これからもよろしくね!」




 瑞樹はパチリとウインクをして微笑んだ。ああ、また変な人間が増えてしまった。俺は大きく溜息をつくと、足早に競技場をあとにしたのだった。

新男子(?)メンバー加入で駅伝メンバー残り4名です。

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