邪な先客
突然の入部許可に俺は目を見開いて驚いた。一体どういう風の吹き回しなんだ? さっきまであれほど入部を拒否されていたというのに……まあ瑠衣先輩だけなのだが。
「とは言うものの、依古島女子陸上部への入部許可というのは少し……と言うより、かなり語弊がある」
嵯峨山部長はこう続ける。
「小田原が言った通り、我々、依古島高校陸上部は四十年以上続いている女子陸上の名門だ。共学校ではあるが、男子部員がいた前例は無いし、男子に対して排他的な雰囲気が自然とつくられてきた。私個人としては、君の入部は一向に構わないのだが、OGの方々はそうはいかなくてな……」
「とすると、俺はどうすればいいんですか」
「まあそう急かすな。それで、OGと監督を交えた協議の結果、新たに依古島 男子陸上部という形を取る条件で、君達の入部が許可されたというわけだ」
なるほど、これならあくまで女子陸上部との関係を絶った上で俺の入部が快諾されるというわけか…………ん? 俺達?
「あの……入部するのは俺だけじゃないんですか?」
「実は、入学式よりもずっと前に、私に男子陸上部の設立を打診してきた一年坊主がいてな。そろそろ来るはずなんだが……ああ、来た来た」
ピンク色ベースに黄色いラインが入ったジャージを着た人が、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。依古島陸上部員に間違いない。しかし、その体格は他の部員と比べて明らかに大きい。まさに男子のそれだった。
「遅れてしまい申し訳有りません」
「もうすぐ練習が始まる。もう少し早く来てもらわないと困るぞ」
「以後気をつけます」
謎の男はペコリと頭を下げ、こちらを一瞥する。そして、膝を曲げたり伸ばしたりする動作を始めた。
初めのうちは、彼独特の民族挨拶なのかと思っていたが、どうやら違う。
……こいつ、準備体操を始めてやがる。しかも、完全に俺の存在に気づいてるにも関わらず、シカトを決め込む。挨拶すら無いのか……!
見かねた嵯峨山部長が彼に声をかけた。
「おい伊東、新入部員だ。ちゃんと挨拶しておけ」
彼は準備体操をやめ、こちらを見る。身長180センチメートル……はなさそうだな。170センチ台後半なのは間違い無いだろう。そしてこの仏頂面である。あまり仲良くはなれなさそうだ。
「俺は江口勇気。これからチームメイトになるわけだから、宜しく頼むよ」
「……伊東駿介」
伊東はぶっきらぼうに名乗ると、足早にトラックへと向かっていった。なんだあいつは。スカした奴だ。
「あまり気を悪くしないでやってくれ、江口。あいつはいつもあんな感じだから」
「はあ……」
いや、あいつの性格が悪いことなんてどうでもいい。俺が本当に腹が立っているのは、俺の楽園に先客がいたということだ。あいつもこの陸上部で女を喰らおうと目論んでいるのか? まさか、ミケちゃんに手を出そうだなんて考えていないだろうな……。そんなことになったら、俺は奴を全力で駆逐するぞ。
殺気立つ俺に対して、嵯峨山部長はさらなる爆弾発言を繰り出した。
「ああ、言い忘れていたが、男子部員をあと5人集めないと廃部だそうだ」
ああ、エロス。あなたは何処に……。
短めに投稿していきます。
【追記】
表記ミスを修正しました。