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邪な対決

「えっ! そんな……女子陸上部?!」


「ごめんなさい。江口君、あまりにウキウキしてたから言い出せなくて……なはは」



 ミケちゃんはバツの悪そうな顔をしている。パンフレットに載っている陸上部の項目もろくに読まず、彼女についてきたはいいものの、なんてこった……。まさか女子陸上部だったとは……。


 女子陸上部……女の園。ただ1人男の俺。練習で女の熱気ムンムンな競技場。ブラチラ、透けブラ。揺れる胸、尻……。




 楽園じゃねえか!




 この楽園で過ごせるなら、俺はどんなハードな練習にも耐えてみせる!



「ぜひ入部させてください!」


「拒否するわ」



 バッサリ切り捨てる瑠衣。刹那の迷いも生じないのかこの女は。だが俺は食いさがるぞ。



「じゃ、じゃあ俺、マネージャーやります!」


「マネージャーは間に合ってるわ」


「お、俺、洗い物得意ですよ! 瑠衣先輩のユニフォームのシミもしっぽり丁寧に落としますよ!」


「……本当に通報するわよ?」


「すみませんでした、通報はやめてください。 でも俺、やる気だけは誰にも負けません!」


「やる気だけでついてこられる部活じゃないわ!」


「重々承知です!」


「男子部員の前例がない!」


「なら、僕が先駆者になります!」



 ハアハアと息を切らす江口と瑠衣。ダメだ、埒があかない。これはもう諦める他ないのか? そう思った時、「あのー……」ミケちゃんがおずおずと提案した。



「うちは女子陸上部って体裁ですけど、一応普通の陸上部のはずですよね? 男子部員がいた前例がないだけで……。だったら、江口君が入部しても別にいいんじゃないかなーなんて……。はっ私、生意気言っちゃいました! すみません!」



 おお、ミケちゃん、なんて良いことを言ってくれるんだ! そうだ、諦めるにはまだ早い。俺にはミケちゃんが付いている。



「俺、頑張りますんで。お願いします!」


「私からもお願いします!」


「み、三池さんまで……」



 顔を歪める瑠衣。明らかに苛立っている。そこまで俺を入部させたくないのか……。


突然、瑠衣がフッと表情を緩めた。吉報を予期したミケちゃんは笑顔になる。しかし、俺は見逃さなかった。瑠衣の悪意に満ちたあの微笑を……。



「そこまで言うなら入れてあげてもいいわ。ただし、私と勝負してあなたが勝てたらの話だけど!」


「し、勝負? 勝負って一体何を……」


「私は陸上部員、あなたはその陸上部に入部したい。それなら同じ土俵で白黒つけるのが筋ってものよね?」



 悪い予感が的中した。あいつは俺を自分の土俵に引きずり込んで、何がなんでも入部を阻止するつもりか。何が同じ土俵だ。 俺は素人どころか、運動経験皆無なんだぞ!



「そんなの……俺が勝てるわけないじゃないですか」


「あら? やる気だけは人一倍あるんじゃなかったのかしら? それに、女の私に勝てないようなら、依古島陸上部員はとても務まらないと思うけど……」


「江口君……!」



ミケちゃん、そんな眼で俺を見ないでくれ……! 一体俺に何を期待しているんだ……。


 しかしだ。ここまできたらもう引き下がれない。腹をくくるしかない。それに、陸上部員と言えども、相手は女の子だ。意外と何とかなるんじゃないか?



「……分かりました。この勝負、受けて立ちますよ。その代わり、約束はきっちり守ってもらいますからね」


「もちろんよ。勝てたらの話だけど」



 瑠衣はにっこりと笑みを浮かべた。なるほど、あいつは自分に絶対の自信があるみたいだ。『強豪陸上部員の私が、トーシロ男子に負けるはずがない』ってところだな。


 ……確かに、俺には実力も勝算も何もない。だけど、『勝負に絶対という言葉は存在しない!』 どこかで聞いた臭い台詞だが、今回は当てにさせてもらうぞ。



****



 とりあえず体操服に着替えた。準備体操も終え、運動靴の靴紐も途中でほどけないように固く結んだ。


 ただ、一つ残念なのは、瑠衣が上下共通常の練習着で勝負に臨むことだ。俺はてっきり陸上のユニホームを着てくれると思っていたのに。色気もクソもない。



「ルールはさっき伝えたように、1000 m(メートル)一本勝負。400mトラックの第3コーナーからスタートして2周半走り、先にゴールした方が勝ち。いたってシンプルでしょう?」


「スタートの合図と計測はミケちゃ……三池さんにしてもらうんですよね」


「そう、スタートは今から5分後よ。それまで適当にウォーミングアップをするなり、神様にお祈りでもしていればいいわ」



 ふんっ、お祈りなんてしねえよ。しっかりウォーミングアップとやらをしてやるよ……ん? ウォーミングアップって何すればいいんだ?


 ………………とりあえず座禅でもしとくか。



「江口君、何故か座禅を組み始めたけど大丈夫なのかな……。快調走とかしなくてもいいのかな……」



 心頭滅却すれば道は開かれる。この座禅は集中力を高め、きっと走りに活かされるはずだ。漫画で読んだことあるし、そうに違いない。



「さあ、時間よ! 早くスタート位置について!」


「はいはいっと……」


 双方共にスタート位置についた。日は高く昇っているが、ちょうど良い気温という感じだ。風もほとんど吹いていない。閑散としたこの陸上競技場で、静かに闘いの火蓋が切られようとしていた。



「On your mark (位置について)……」



 両者共にスタートに備える。いよいよ始まるぞ……。なりゆきでここまできてしまったが、冷静に考えると1000mってめちゃくちゃ辛いぞ。途中で吐いたりしなければいいんだが……。



パン!



 ミケちゃんのハンドクラップと同時にスタートダッシュを決める瑠衣。あれ、「Set」は言わないのか?! 俺は一瞬遅れて走り出した。


 瑠衣はどんどん加速していく。おいおい、本当に女子のスピードかよ! 全力で、張り付いてるけど、もう、きっつい!



「あら、もう辛そうだけど大丈夫なのかしら? まだ200mを通過したばかりだけど」


「ぜえ、まだ、っゆうです……ハアッハアッ」


「あらそう。なら、倒れないでね!」



 顎が上がり、体勢が崩れ始める。ダメだ! しんどすぎる! 止めたいゴールしてしまいたい突伏したい帰りたいゲームしたいアイス食べたい! 負のイメージが俺の脳内を駆け巡り、そして埋め尽くしていく。そうだ、もうやめにしよう。こんな勝ち目のない勝負に臨んだ俺が馬鹿だった。400m通過がもう目前だ。そこで倒れ込んでしまおう。そうだ、それがいいーー。



 顎を引き、前を見た瞬間、頭の中の靄もやが一気に晴れた。







「透け……ブラ……」







 俺の視界に飛び込んできたものは、童貞の俺にとって、それほどに衝撃的なものだった。




 黒色? いや、紫色か。白のランニングシャツの下からくっきり浮き出ている。も、もっと近くで視姦()たい……。不可抗力的かつ合法的に!




「あああああああああああ!!!!」





「江口君、急に復活した! すごい、どんどん追い上げてるよ!」


「嘘?! さっきまで虫の息だったじゃない!」



 俺の頭はもう透けブラを至近距離から視姦ること以外何も考えていない。もっと! もっと近くだ! 息の続く限り、この脚が朽ち果てようとも徹底的に目に焼き付ける!!


 この圧倒的前傾姿勢! 透けブラと顔との距離、僅か30センチ!脚よ、動け……動け、動け! 動け! 魂を削れ! 今この一瞬、全てを燃やし尽くせ!!



「残り200mの土壇場で、江口君が瑠衣先輩にぴったりついた!」


「ハアッハアッ、嘘よ、全然っ、ちぎれないっ!」



瑠衣は苦悶の表情を浮かべる。江口は瑠衣の後ろにぴったりと張り付いて離されない。彼の目はまっすぐとブラ(ゴールライン)を見据えている。



「江口君! ラスト頑張って! 抜いてー!」



 脚が震える……腕が痺れて感覚がない……だけど、最後の最後まで全力で視姦()続ける、それが俺の走りだああああああ!!!!





****





 ……終わった。全てが燃え尽きた。


 結局、瑠衣に離されずに完走することは出来たものの、透けブラを見るのに固執するあまり、どうしても追い抜くことができなかった。倒れ込んでいる俺にミケちゃんが駆け寄り、スポーツドリンクを渡してくれた。



「……江口君、お疲れ様」


「ありがとう……俺、勝てなかったよ」


「私、ちゃんと観てたよ。江口君が必死にもがいて、瑠衣先輩に喰らいついていくのを……。本当に頑張ったね」



 頑張ったね、か。こんな言葉をかけてもらうのは何時ぶりだろうか。小学校? それとも幼稚園か? 今まで、何一つ頑張れなかった俺が、もしかすると、生まれて初めて『頑張った』のかもしれない。邪な理由でも、その頑張りには一片の曇りもない。



「あーあ、勝ちたかったなあ……。悔しいなあ……」



 赤く火照る頬を、一粒の雫が伝っていく。汗だくだ。汚いなあ。早く風呂に入りたいなあ。拭っても拭っても、とめどなく溢れる『汗』は顔を濡らした。



「江口君、とても悔しいんだろうな……。でも、瑠衣先輩の方がもっと……」



 トラックの内側で屈み込む瑠衣。安堵、焦り、怒り、苛立ち、様々な感情が入り混じり、表情を歪ませる。そこには勝者の驕りは微塵もなかった。



「……まさか私が、あそこまで喰い下がられるなんて……。だ、男子とは言え、初心者に……」



 左手首に付けているストップウォッチは3分14秒51を示している。このタイムは彼女にとって決して良いとは言えないが、それほど悪くもないタイムであったため、ショックもより大きなものとなった。


 瑠衣はすっくと立ち上がり、大きく息を吐いて呼吸を整える。そして俺を睨みつけ、口を開いた。



「……正直、あなたのことを見くびってた。そこは謝っておくわ」


「はい。まさかあそこまで粘れるとは、自分でも思いませんでした……」


「でも、約束は約束よ。私たち依古島女子陸上部は、あなたの入部を許可しませーー」





「おや、小田原さん? お前はいつから部の代表声明をする程に偉くなったのかな?」





 綺麗なハスキーボイス、しかしながらドスの効いた声が、俺たち3人の臓物を貫いた……ような感じがした。声の先には、依古島陸上部のジャージを着た、身長170センチをゆうに超える女性が立っていた。



「あ!! いや、その……すみません、嵯峨山(さがやま)部長!」


「部長?! ……って瑠衣先輩アンタ、偉そうな態度とってたくせにヒラ部員なのかよ!」


「そ、そうよ! 何か文句あるわけ?! 強豪・依古島女子陸上部に男子なんかが入ってみなさい、伝統と歴史に傷がつくわ! だから私はこの男を入部させたくなかったの!!」



 こ、この女は……。こんな自分勝手な理由で俺を排除しようとしてたのか。怒りを通り越して呆れてしまう。


 嵯峨山部長は無表情で、しかしながら憤怒を宿して言い放つ。



「長距離パート、2年 小田原瑠衣。練習前のトラック無断使用と後輩への恫喝、それも幼稚な理由だ。お前の処遇は後ほど取り決める。その前に、そこのボーヤ」


「は、はひ?!」



 突然指名されて驚いた。何なんだ一体……俺も罰せられるのか? これ以上厄介ごとは勘弁願いたい。



「君、入部希望者だな」


「そ、そうですけど……あの、すみません。勝手にトラック使っちゃって」


「それは瑠衣(あのアホ)にそそのかされたからだろ? 今回は大目にみてやろう。名前は?」


「え、江口勇気です」


「よし、江口。君の入部を許可しよう」


「ありがとうございます! って……」




 軽すぎるだろ!!




モチベ保つの大変ですね。

連載長編小説を書いている人は尊敬に値します。


【追記】

行頭修正しました。

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