パシフィカ・ニュース・ネットワーク21 ◆
パシャフィカ・ニュース・ネットワーク21
チャック
「パシフィカ・アイランドのみなさんこんばんは。
本日も『パシフィカ・ニュース・ネットワーク21の時間がやってまいりました。キャスターを務めますのは私、チャック・チャールズと――」
シャンティ
「シャンティ・マハーラーシュトラがお送りいたします」
チャック
「今日も、世界とこのパシフィカ・アイランドで起こった様々な出来事をお伝えしてゆきます」
チャック
「まずは今日の特集です」
シャンディ
「デブリ衝突によるパシフィカOEV低軌道ステーションの崩落事故から、今日で一週間が経ちました。
その事故についてPNN21の独占スクープです」
チャック
「本日、PNNはツォルコフスキー・アルツターノフ・ピアソン・OEVコーポ――通称ツァップ社の内部からと思われる極秘情報を独占入手しました……まずはこれをご覧ください」
チャック
「これは匿名でPNN21報道部に郵送されてきた写真の一枚です」
シャンティ
「御覧のように写真はモノクロとなっており、写されたロボットのカラーリングや撮影場所が分からなくなっております。
また、被写体に対し、かなり近い位置から堂々と撮影されています。
これはドローンカメラ等を用いて、このロボットにかなり近しいツァップ社の人間が撮影したからであるとおもわれます。
写真に同封されていたメモによれば、このロボットは『可変拡張昇降服』略称VALiSというようです。
チャック、これが一週間前のあの事故の時に、例の日本の女の子を助けたロボットと考えて良いのかしら?」
チャック
「少なくともその同型と見て間違い無いだろうねぇ。
この写真に写っているのは、一週間前のパシフィカ軌道エレベーター低軌道ステーション崩落事故の直後、低軌道エレベーターの基部で多数の市民にも目撃されたロボットと、多くの特徴が一致していることから、少なくともその同型のものだと思われているんだ」
シャンティ
「ワォ、こんな大きな人型のロボットなんて、ジャパニメーションの中だけの話だと思っていたけれど、本当に作られるような時代になっちゃったのね!」
チャック
「そうなんだ! 僕もビックリだよシャンディ。
さて、他の写真を見ていく前に、ここで今日のスペシャルコメンテーターを紹介します。
軍事とロボット技術アナリストのタカノブ・アマダさんです。
アマダさんこんばんは」
アマダ
「こんばんは」
シャンティ
「早速ですがアマダさん、この写真から分かることがあったら教えてもらえますか?」
アマダ
「分かりました。では写真を見ながら説明していきましょう」
アマダ
「まず、見ればわかることですが、このロボットは巨大な人型の有人機であることが、とても大きな特徴と言えるでしょう」
シャンティ
「それがそんなに凄いことなんですか? なんだかとても当たり前な気がするのですが」
アマダ
「それが、実はとても珍しいことと言えるのですよ、はい。
世界各国で実用化されている人型ロボットというものは、基本的に、人間と同じサイズの自立行動型が主流です。
そうすれば、普段私たち人間が使っている生活インフラをそのまま使用できますから。
人間が行き来している場所へロボットも行き来できますし、人間と同じ道具も使えます。
ロボットという言葉の意味からいっても、本来は人間と同サイズの自立行動機械のことをロボットというべきなのです」
チャック
「よく医療施設などで使われている介護ロボットなどがそうで
すね?」
アマダ
「はい。
ですが御覧のロボットは、およそ4.5メートルもあり、それでいてほぼ人型をしており、なお且つ、背中にあるコックピットと思しき部分にパイロットが搭乗する有人機械です。
これは細かいこと言うならばロボットというよりビークル、あるいはスーツというべきでしょう」
チャック
「私なんかが子供の頃に見たジャパニメ―ションでは、巨大なロボにパイロットが乗って操縦するのがごく普通のことだったんですけどねえ……そういうのは実際のロボット業界では有用では無かったのですね」
アマダ
「はい、今までは確かにそうでした。
私個人としても、まったく残念な気持ちは一緒です。
フィクションで散見されるような、巨大有人ロボットで悪い敵をやっつける……などという行いは、実際にやろうとすると、あまりにも不合理であることが分かっているからです」
チャック
「不合理……ですか」
アマダ
「はい。まず巨大な人型ロボットを兵器として使って見た場合、敵から見てあまりにも攻撃の的が大きくなってしまいます。
これを前面投影面積と呼ぶのですが、これが大きすぎるのが、巨大ロボット兵器が開発されない理由の第一点です。
二点目が、二本脚で歩くという移動システムが、巨大兵器で採用する程、あまり有用では無いということです。
不整地走破能力に優れるという意見もありますが、間接だらけの二本脚でエッチタオッチラ歩かせるくらいならば、大概の場合、タイヤやキャタピラで充分なのです。
一部山岳地で活用する為の多脚式コンベイヤーマシンが実用化されてますが、あれも精々牛か馬程度のサイズしかないから有用なのです。
そして三点目……」
シャンティ
「まだあるんですかぁ?」
アマダ
「残念ながら……。
三点目はもっとシンプルです。巨大な人型ロボットにパイロットを乗せる方式は、パイロットにとってあまりにも危険であるという点です。
例えば、脚立の上に立って、そこから落っこちたら危ないでしょう?
ただでさえ二足歩行で安定性の無い巨大ロボットに、人を乗せるのは危険極まりないのです」
チャック
「何だか……夢の無い話ですねぇ……」
アマダ
「まったくです。
しかし……だからこそ、今、こうして有人人型ロボットが実際に登場し、我々は大変驚いているところなのです。
カーボン・ナノ・マテリアルの実用化による材料革命が無ければ、このサイズのロボは作ること自体が、そもそも機体の強度と重量の関係上、物理的に不可能であったと思います。
何故、このような物が必要とされ、どういった用途で使われるのかは、大変興味深いところですね。
では次の写真を見てみましょう」
チャック
「これは……いったい何をしているところなんでしょうか?」
アマダ
「これはいわゆる準備体操だと思われます」
チャック
「準備体操? ロボットがですか?」
アマダ
「ロボットでも、ロボットであるからとも言えます。
恐らくパイロットの操縦性を、この準備運動を行うことで確認しているのでしょう。
写真ですので、どれくらいの滑らかさでこの運動をしているのかはわかりませんが、可動範囲からいっても、相当に器用な動きが予想されますね。
あるいはどれくらい滑らかに動けるかを秘匿する為に、今どき動画では無く写真で送ってきたのかもしれません」
チャック
「色んなポーズをとっていますね~」
シャンティ
「なんだかとっても人間臭い動きをするのね……」
アマダ
「恐らく一種のBMIを使って操縦しているからなのでしょう」
チャック
「BMIと言いますと?」
アマダ
「BMIというのは、ブレイン・マシン・インターフェイスの略でして、脳波で機械を動かす技術のことです。今では戦闘機やドローンの操縦、アミューズメントパークで使われるヴァーチャルゲーム等で使われています。
ようするに考えるだけで機械が動かせるシステムのことですね。
人型の機械をレバーやペダルで完全に操ることなど、現実的にはほぼ不可能に近いですから、当然このロボットにもそのBMIが使われていると考えるべきでしょう」
シャンティ
「じゃ、この茶目っ気のあるポーズはパイロットの性格が表れているのかしら」
チャック
「パシフィカOEV基部で女の子を助けた時の一部の目撃情報では、パイロットがとても小柄だったという証言もありますが」
アマダ
「コックピットと思しき背中の箱のサイズから言っても、その可能性は充分にありますね。ひょっとしたらまだかなり若い少年か少女が乗っているかもしれません」
アマダ
「またBMIが実用化されているからこそ、二本のマニピュレーターを自在に操る人型ロボットの製作に踏み切ったのかもしれません。
またこのロボットが人型である理由も、BMIを使っているから……と言えるかもしれませんね。
では次の写真を見て下さい」
チャック
「これは小さなマニピュレータが出てきましたねぇ」
アマダ
「いわゆるサブアームというやつですね。それも二段階用意されています」
シャンティ
「なんだか可愛いですね」
アマダ
「一番小さなマニピュレーターは、丁度人間の掌と同じか少し大きいくらいのサイズですね。つまり、人間と同等の器用さも持ち合わせているのかもしれません。
つまりメインの二対のマニピュレーターの他にあと二サイズのマニピュレーターを、このロボットは使えるわけなのです」
チャック
「さて次の写真からが驚きの連続となっております。ですがその前にここでCM」
60秒CMタイム
シャンティ
「引き続き、今日の特集コーナーをお送りいたします」
チャック
「さてアマダさん、幼い頃からロボットアニメを見て育った一少年としましては、このロボットの写真でどうしても気になってしまう点があるのですが……」
アマダ
「この脚部のタイヤのことですね?」
シャンティ
「あと頭が紙飛行機みたいなところも気になるかしら?」
アマダ
「あ~……頭の話は後ほど話すとして、脚部がタイヤなことについては、まずこの写真をご覧いただきましょう」
チャック
「これは超凄いじゃないですか!」
アマダ
「見ての通り、人型ロボットだったものが、いわゆる自動車に近い四輪車に変形してしまいましたねぇ」
シャンティ
「つまりヴァリスのVのヴァリアブル変形とは、こういう意味だったんですね?」
アマダ
「そういうことなのだと思います。
このロボットは有人人型ロボットというだけでなく、可変有人人型ロボットだったわけですね。さらに写真の続きを見ていきましょう」
チャック
「これは人型と四輪車との中間形態ですか?」
アマダ
「はい。この形態が、半年前にパシフィカOEVの基部で多くの人に目撃された時の形態と思われます。
逆に言えば、先ほどの四輪車形態の方が、我々の前に初めて明かされた姿なわけです」
シャンティ
「なんかケンタウロスみたいで可愛いですね!」
チャック
「……ですが、このロボットは一体どうしてこんな変形機能がついているのでしょう?」
アマダ
「はい。正にそこが、このロボットの最大の謎なんです」
チャック
「やはりツァップ社がパシフィカOEVで使う為に作ったという事なのでしょうか?」
アマダ
「状況から見てそうとしか考えられませんね。
実は、私共ロボット業界では、ツァップ社がこのヴァリスと呼ばれる可変有人人型ロボットを開発していることが、半年以上前からすでに噂になっておりまして、ある程度ではありますが、一体どういった経緯で何の為に作られたのかについて推測もできています」
シャンティ
「まぁ、それは凄いわ! 是非聞かせてください」
アマダ
「それを説明する為に、まずは、今までお見せしてきた写真について、一つ重大なミスがあったことを言わねばなりません」
チャック
「え!? それは一体なんですか?」
アマダ
「すみません。実は今までお見せしてきた写真ですが、実はこれ、全て90度向きが違うのです。本当は、この角度でお見せするべきだったのです」
シャンティ
「そんな! 私はてっきり今までの写真が正しい角度なのだと思っていたわ。この角度じゃ……なんだか首が痛くなってしまいそうね」
チャック
「私もだよ…………ちょっとまって下さい! っということはこのロボットは、地面じゃなく、今まで床に見えた壁? に張り付いていたと、そういうことなのですか!?」
アマダ
「実はそうなんです」
シャンティ
「なんだか信じられないわ。
ツァップ社は一体どんな理由で、アマダさんが言うとても不合理な可変有人人型ロボットを、しかも壁に張り着くことのできるようなものを作ったんでしょう?」
アマダ
「その答えを、すでに我々は半年前のあの事故の時に見ています。
我々は、あのロボットが軌道エレベーターのステーの上を走っていたところしか見ていませんが、実はそのもっともっと上から、このロボットはやって来たのだとしたらどうでしょう?」
シャンティ
「つまり、このロボットは、パシフィカOEVの柱の壁面に張り着いていた……ということなのね?」
アマダ
「そもそも救出した日本の女子高生は、パシフィカOEVの低軌道ステーションから転落していたところを救助されたわけですから、このロボットがその付近から活動していたのは間違いないわけです。
ですから当然の帰結として、このロボットはOEVのピラーの壁面で活動する為のロボットであり、脚部のタイヤも、四輪車への可変機能も、すべてその為の機構であると考えるべきなのです」
シャンティ
「ですが、まだ分からないわ。ツァップ社はなんで柱の壁面に張り着くことが出来るロボットをなんて作ったの?」
アマダ
「それについて説明は難しく、また確証がある答というわけでも無いのですが、一応我々ロボット業界の間で噂になっている答ならばあります」
チャック
「是非聞かせてください!」
アマダ
「我々の間では、軌道エレベーターのいわゆる【絶対領域】と呼ばれる一帯での保守点検、警備、対テロ、人命救助等々の目的でこのヴァリスは開発されたのだと言われています」
シャンティ
「ちょっと待って下さい……その【絶対領域】というのは、一体どこのことなんですか?」
アマダ
「【絶対領域】とは、起動エレベーターの地上1キロから高度420キロ付近までの、宇宙と呼ぶには地上に近く、地上というには高度が高すぎる場所のことです。
この一帯では、宇宙船も飛行機も使えず、無人自動機械も、天候による環境変化が激しく安心して使えません。
よってこの一帯では、有人の機械で保守点検、警備、対テロ、人命救助等々の任務を行わねばならないと言われていたのですが、ツァップ社は、それを可変有人人型ロボットで行おうとしたのではないか……と我々ロボット業界では睨んでいるのです」
シャンティ
「それはぁ……なんだか~……とっても大げさな気がしますね……」
アマダ
「確かにそう思われても仕方が無いと私も思います。
ですがどうでしょう?
先ほど私が有人人型ロボットが実用的で無いと言った三つの理由と、このロボットの使用条件が【絶対領域】であるとした場合を照らし合わせてみたならば……?」
チャック
「え~と確か一つ目は前面投影面積の問題でしたよね?」
シャンティ
「地面にじゃなくOEVのピラー壁面に張り付いているんだから、前面もへったくれも無いわね」
チャック
「それに戦闘目的のロボットでも無いのでしたら、的が大きかろうと関係ありませんねぇ。
で、次が二足歩行がそこまで有効では無いこと……」
シャンティ
「壁にタイヤで張り付いているんだったら、そもそも歩行じゃないわね」
チャック
「四輪車やその中間形態に変形もできますし、二本脚にタイヤで、好きな移動方法を選べるわけですね」
アマダ
「三つ目の、高所にコックピットがあるとパイロットが危険という問題も、そもそもの活動場所が起動エレベーターの高度数百キロの上空でしたら、気にしている場合ではありません」
シャンティ
「確かに、先ほどアマダさんが言われた有人人型ロボットが実用化されない理由は、全てクリアされている気がしますね……気はしますが…………その……」
チャック
「あまり詳しくは無いのですが、このヴァリスという可変有人人型ロボットを開発するのには、かなりの予算がかかるのものなのではないでしょうか?」
アマダ
「はい。控え目に言っても、目の飛び出るような予算がかかったと思われます。
しかし、ツァップ社は、それでもこの可変有人人型ロボットがパシフィカOEVには必要だと判断したのでしょう。
因みに、シャンティさんが先ほど気になるといわれた、このロボットの頭が紙飛行機のような形をしている理由ですが、このロボットが【絶対領域】内の空気がある高度を高速で移動する際に、空力制御する為だと思われます」
チャック
「この写真は? なにか武器を持ってますねぇ? 斧にナイフに……これはライフルですか?」
アマダ
「そう見えますね……」
チャック
「ちゃんと肩にラッチが付いていて、ちゃんとライフルのストックをそこにくっつけていますねぇ。
ロボットの割になかなか堂にいったライフルの構え方です」
シャンティ
「ツァップ社はこのロボットに武器を持たせて、やはり兵器として使おうと考えているということなのでしょうか?」
アマダ
「そう見られても仕方ない写真ではありますが、さっきも言いましたように、対テロ警備用の装備とも考えられます。
ついでに言えば、兵器として戦争で使うには、ヴァリスはあまりにも無駄が多く、不合理であるといえますね」
チャック
「とはいえアマダさん、この写真は、反戦団体や反OEV団体へ、絶好の口実を与えることになるのではないでしょうか?」
アマダ
「私も同じ考えです。しかし、ヴァリスの作られた目的から言って、ある程度の批判は避けて通ることはできないとツァップ社は考えているのかもしれませんね」
チャック
「いや~まさか幼い頃憧れた有人人型ロボットが、軌道エレベーターの柱の壁面に引っ付いて使われる形で生みだされるとは、まったく思いませんでしたよ」
シャンティ
「つまりアマダさんは、この可変有人人型ロボットが、パシフィカOEVの【絶対領域】と呼ばれる一帯で、保守点検、警備、対テロ、人命救助等々の色々な仕事をこなさせる為に、ツァップ社が開発したのではないか? ということでよろしいのでしょうか?」
アマダ
「はい。あくまで現段階の仮説ですが……」
シャンティ
「【絶対領域】で色々な仕事を一台で任せようとした結果、可変する有人で人型のロボットが出来あがってしまったわけなんですね」
アマダ
「はい。
軌道エレベーターの【絶対領域】エリアは静止衛星軌道の下にある為に、無闇に重量がかかると、静止衛星軌道から引きずり下ろそうとする力がかかることになります。
故に、【絶対領域】一帯にかけられる重量は、可能な限り軽くしなければなりません。
ですが個々の仕事内容に、それ専用の機械を必要な種類の数だけ一機一機用意してしまうと、それだけで相当な数が必要になってしまい、当然その総重量はかなりのものになってしまいます。
これを避ける為に、必要な仕事内容を可能な限り少ない数で対処できるように、一機で様々な作業ができるようにした結果、このヴァリスと呼ばれる可変有人人型ロボットは生みだされたのではないでしょうか?」
チャック
「なるほど~」
アマダ
「まぁ、まだ仮説なのですが……」
チャック
「近い将来、このロボットが正式の我々の前で発表される日が来るのでしょうか?」
アマダ
「はい、近い将来必ずそうなると思います。というか是非そうなって欲しいですね」
シャンティ
「私も早く間近でこのロボットを見たいわぁ。
アマダさん、丁寧な解説ありがとうございました」
チャック
「ありがとうございました。
以上、今日の特集でした。
ではCMに続きまして、今日のニュースフラッシュです」
以上――
文章の為に挿絵的写真をこさえるのではなく
挿絵的写真の為に文章を考えるという試みでした。
本編で出せなかったヴァリスの写真とギミックを楽しんで頂ければ幸いです。