表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対領域の守護者  作者: マユ・クロフト
第二話『ヴァーチカル ワーキング』
14/20

♯7

 軌道エレベーター(OEV)が完成し、その存在が当たり前となったこの時代を生きている人間ならば、誰もが抱いている危惧がある。

 もちろん、この私も危惧っているし、なにより身を持って、その危惧していた事態を体験し、九死に一生をくぐり抜けた。

 つまりはデブリが軌道エレベーターにぶつかったらどうしよう……という心配事だ。

 サイズに関係なく秒速約8キロ以上で地球を周回している物体が、もしもOEVに衝突し、ポッキリいっちゃったりなんかしちゃったらどうすんの!? ……と。

 長さ50000キロもある柱が途中で折れて、ビターンと地上に倒れてきたら、とんでもないカタストロフが起きるのではないか!? と。

 OEVを建造するのあたり、世界中の一般市民、各国政府、宗教団体、環境保護団体等々が、この懸念を理由にOEV建造に反対した。

 OEV建造計画を立ち上げたツァップ社は、その懸念に対し、まずデブリ衝突の可能性の低さをもって否定した。曰く、太平洋の東端と西端から出発した手漕ぎボートが正面衝突するくらいあり得ないことだと。

 だが、例えそれが万が一……十万が一……百万が一の低い可能性であったとしても、デブリが軌道エレベーターに衝突すれば、少なくは無い被害がでるのだ。

 ましてや……この軌道エレベーターは長さが5万キロもある。

 5万キロの1万分の1しかデブリがぶつかる可能性が無いとしたならば、まだ長さ五キロ分はデブリがぶつかる可能性があるという事じゃないか!

 それって決して少なくない数値だと思うのだけれど……。

 さらに言えば、デブリ……というか人工衛星は必ず赤道上を通過する。赤道を通過しないデブリなど無い。そしてコントロールを失ったデブリは、処理されない限り、いつか必ず赤道直下、太平洋ど真ん中のここ、【パシフィカOEV】上を通過するのだ。

 だが、様々な懸念を抱かれながらも、結局OEVはなんだかんだで建造された。

 全世界がツァップ社に言いくるめられたと言えなくもない。

 もちろんツァップ社は、他にもOEVが安全である多くの理由を説明したし、様々な対策を施した。

 実際、ストリング型の完成から20年、今も無事OEVはここに存在している。

 しかしだ。スペースデブリの危険は、決して無くなったわけでは無いのだ。

 私の今のこの気分は、自らが行ったデブリ処理が、決してデブリに関する問題の根本的解決にはならないことを、身をもって知ってしまったからなのかもしれない。

 デブリとの戦いには決して終わりは無い。

 すでに一度、デブリはOEVの低軌道ステーションに衝突している。

 万が一の可能性とはいえ、次の衝突が百年後なのか、一週間後なのか、明日なのか……それは誰にも分からないのだ。


〔デブリ・ウォッチャー室より全OEV関係者へ緊急! コードCCDが発生。繰り返すコードCCDが発生。警戒システムがOEVとの衝突危険のあるデブリを発見。高度230キロ、軌道傾斜角70°現在位置、パシフィカOEVより北西9800キロ。高度300キロ。準コリジョン・コース!〕


 ピラーにはめられた指輪みたいな低軌道ステーションの姿が目前に迫った頃、突然響いてきたカーミラちゃんの切迫した声に、私とセナ・ジン君はヴァリスを急停止させた。

 同時に、HMDの隅にOEVを中心とした世界地図が投影され、そこに新たなデブリの現在位置とコースが表示された。


〔コンヴィニエンツ・エルカαよりデブリ・ウォッチャー室カーミラへ、当該デブリの全データの転送を頼む。それとデブリの種別を教えてくれ〕

〔カーミラよりエルカへ。隊長、データ転送了解しました。デブリの種別は不明。されどサイズはメートル単位と思われます〕


 同じ無線通信チャンネルに、エルカにいるヒュー隊長の声が入ってきた。


〔デブリ・ウィッチャーより全OEV関係者へ。当該CCDをUD018に認定。繰り返す。当該CCDをUD018に認定。以降、UD018と呼称して下さい〕


 俄かに無線の向こうのデブリ・ウォッチャー室が騒がしくなってきたのが分かった。各種アラートや、オペレーター達の喧騒が無線越しでも聞こえてくる。


「コードCCDって確か……」

『ああ。CCDってのは言わば、OEVに衝突(コリジョン)するコースのデブリのことだよユカリコ。この距離とコースだとあと30分でOEVに最接近するな』


 私の疑問に先んじてセナ・ジン君が説明してくれた。


「衝突うっ! どどどど、どうしましょう……?」


 その日その日のコンヴィニエンツの仕事だけで精一杯の私に、こんな不測の事態に対処するノウハウなど湧いて出て来るはずも無かった。

 そして思っていた「ほら言わんこっちゃない!」と。


『どうするも何も、まだ僕らに出番があるかは分からないから、指示があるまで待機だな。ま、心配しなくたって、そうそうOEVに当たるもんじゃないから、まだ慌てることは無いって』

「ホントにぃ?」


 切迫した無線通信での会話を余所に、セナ・ジン君はそう言ってくれたが、私にはそう簡単には安心できなかった。


『こいつでかれこれ18個めかな、こういう突発的で危険なデブリってのはちょくちょく飛んでくるんだ。たいていは事なきを得るから、今からそんなにドキドキしなくても大丈夫だよ』

たいてい(・・・・)ってことは、事なきを得なかった場合もあるんですか?」

『うん、まあ。うち一個はほら、一年前に僕とゼルラで君を受け止めた時のあのデブリだ』


 それって全然大丈夫じゃないんじゃん!

 仮にOEVのピラーに命中でもしたら……。


「あ、あのぅ事なきを得た時は、どう対処したんですか?」

『一年前の事故以前は、高い軌道のデブリに関しちゃあ、低軌道ステーションのレーザーでけし飛ばしていたけどなぁ』


 セナ・ジン君は事もな気に答えた。

 一年前に自分がそれで消し飛ばされそうになるまでは、全く気にも留めていなかったのだけれど、CNMが実用化されたことにより、レーザー砲というものが、私らの生きる時代にはそう珍しくはなくなっていた。

 CNMカーボン・ナノ・マテリアルがただ軽くて頑丈な素材となるだけでなく、精密電子機器全般を小型化するのに有用な特性がある為だ。

 もちろん使用には大電力と、そこそこ巨大な砲本体と、それを設置する場所が必要なのだけれど、それでも条件さえ整っていれば、一年前に落下してきた低軌道ステーションの破片のような標的を、残らず消し飛ばす位の芸当ができるようになっているのだ。

 レーザーでデブリが処理できるというなら、それでちゃっちゃと済まして欲しいものだけど……今はまだ低軌道ステーションのレーザー砲が再設置できていないから無理だ。

 当然、パシフィカ・アイランドに設置されているレーザー砲からでは、大気層が邪魔で撃っても無駄だ。あちらのレーザーは対デブリというより、テロ防止の抑止力的意味合いが強い。


『どちらにしろ、低軌道ステーションのレーザーで、そこより低い高度のデブリを撃つのは法的に禁じられてるから、仮に低軌道ステーションのレーザーが再稼働したとしても、今回のデブリにはどちらにしろ使えない手だなぁ』

「そうなんですか?」

『うん、だって低軌道ステーションから、そこより低い軌道のデブリを撃ったら、どう頑張っても地上に当たって、なにやらヤバイことにならんとも限らないから』

「ああ、そりゃそうですね」


 宇宙からデブリを消滅させる程の強力なレーザーを撃って、どうせ太平洋上とはいえ、万が一にも船舶だのの人のいる場所にでも当たったら大事である。いかに可能性が低くとも、国際世論てもんが許さないのだろう。

 さっき私が処理した低軌道ステーションより低いデブリは、低軌道ステーションのレーザーが再設置されていようがいまいが、ヴァリスで処理するしか無かったようだ。


『低軌道ステーションのレーザー砲は、低軌道より上のデブリに向かって使う用なのさ。低軌道以下のデブリってのは、基本、放っておいてもいずれは大気の抵抗で減速して勝手に落っこちてくれるからさぁ、放置しても良いって偉い人らは判断したみたいなんだな。放置できないようなデブリが飛んできたら、そん時は僕らヴァリスに任せれば良いって』

「な、なるほどぉ……」

『さっきのデブリも、放っておいてもいずれ地上に落ちて燃え尽きたんだろうけれど、コース的にその前に他所の人工衛星にぶつかりそうだったから処理したんだよ』


 そうセナ・ジン君は説明してくれた。

 そんな内容の講義をパシフィカ・アイランドでの研修時に受けた気がするが、彼に言われるまで全く思いださなかったぜい。


『低軌道のデブリってのは、基本これからの時代は減る事はあっても増えることは無いから、レーザーを使った恒常的処理は考えられてなかったのさ』


 セナ・ジン君はそう付け加えた。

 にしても……一緒にデブリ処理をして、私という人間を認めてくれたのか、それとも慣れてきたのか、良く話してくれるようになってきた気がする。

 でも……、


「このUD018って、なんで今まで見付からなかったんだろう……」

『さあ? ものすっごい楕円軌道で回っていたとか、地球の反対側でデブリ同士の衝突があって、ついさっきコースが変わったばかりなんだとか、さもなきゃ……』

「……さもなきゃ、何ですか?」

『いや、どっかの誰かが作為的に生みだしたデブリだったりして……と思ってさ』


 セナ・ジン君の言葉は、途中から冗談に聞こえなくなった。

 ミリ単位のデブリさえ、発見されデータベース化されている今のご時世、衝突の危険が生まれる寸前まで発見できないデブリなんてあるのだろうか?

 もちろん、無い事は無いのだろうけれど……。

 その発見できなかったデブリが、さらにOEVに衝突するかもしれないなんてこと、そうそうあってたまるかと思うのだけれど……。

 未来の事を全て予測しようなんて、人の思いあがりも甚だしいのだろうけれど、私としては願わずにはいられなかった。単なる偶然であることを。

 地球を秒速8キロ弱で周回する数メートルサイズのデブリ……目視することなど叶わず、今の私にできるのは、ただ伝わって来るデータから、位置やコースを想像するだけだった。


『まぁ、何をどうすべきかは、ヒュー隊長や偉い人達が判断してくれるさ。僕らは、僕らの力が必要だと判断されてから慌てれば良いんだから』

「……私はなるべく慌てたく無いんだけれどなぁ……」


 私の切実な願いに答えるかのように、デブリ・ウォッチャーから新たな通信がきた。


〔UD018の予測コースの最新計算結果が出ました。後28分で高度125キロのOEV北北西20メートルから70メートル内を通過。ピラーへの衝突確率は5%以下〕

『ほらね』


 中のセナ・ジン君の顔は見えないが、彼がヴァリスの中でドヤ顔でこっちを見ている気がした。

 が、しかし――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ