魔王とは!
温かい目で見てくだされば、いいかなって思います。
黒曜石で出来た大きな両開きの扉を開ける若者。
若者は鎧を身にまとい、腰には一振りの剣を携えている。
そして、扉の先には広間が。
「よく来たな若き勇者よ!」
魔王の声が響き渡り、一層勇者の顔が険しくなる。
「姫を返せ!」
勇者の威圧的な声に、魔王は笑みを浮かべる
「姫を返してほしくは吾輩を倒すことだな!まあ、貴様には倒せまい」
「いや………倒せる………あの、屈辱の敗北から約2年……俺は変わった!
貴様のような悪に負ける俺ではないわ!」
勇者は剣を構え、宿敵魔王に切りかかった。
(中略)
「くっ………まさか、この吾輩が負ける等………」
「言っただろう。俺は変わった、と。
さぁ、姫を返せ!!」
魔王は苦しそうにうめきながら、憎々しげに勇者をにらむ。
「これで勝ったと思うなよ‥……!
ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔王は断末魔をあげると、灰になって消えた。その灰の山に煌く、純金の牢屋の鍵。
(中略)
こうして、勇者と姫はめでたく結婚し、幸せを手にしたのであった。
~To be continued~
「はぁ……」
ため息をつき、本を閉じる。その表紙には『魔王と勇者の戦いpartⅠ』と書かれている。
「何が悲しくてこんなものを……」
俺はその本を周囲の本の山に加える。
「フェア様。読み終わりましたか?」
扉が開き入ってきたのは、黒髪に猫耳を生やした美人な女性。
「あのさ。なんで魔王である俺がこんなもんを読まなきゃいけないわけ?
こうも何十冊と読むと、作り話だとわかっていながら心が痛むのだが」
というかこの話、結婚したって言ってる時点でもう続ける必要なくね?なに?やっと幸せになれた勇者の元に、まだ困難が待ってるわけ?不憫だな、この勇者。
「あなたの魔王としての外観を取り戻すためです」
「それって魔王に見えてないってこと?」
「ええ。今の姿は、半端な魔王のコスプレをした厨二病末期のニートです」
本物の魔王の力見せてやろうか?
その気になれば七日間で国一個滅ぼせるんだぞ。
はっはっは!人がゴミのようだ、とか言って高笑いしながら世界征服だって出来ちゃうんだぞ。
すると女性が新しい、魔王をフルボッコにする本を持ってきた。
なぜ魔王の城の図書に魔王がボコボコにされる本が大量にあるのかは、あまり深入りしないでおこう。というか、考えたくない。
俺は新たに本を一冊手に取る。
そこには『ゆうしゃのぼうけん』と書かれている。
その右下には注意書きが書いてあり――――――
「おい。ここに対象年齢2才~4才って書いてあるんだが………」
「あなたの精神年齢はそのくらいでしょ?」
「ふざけんな。俺はこれでも100年は生きてる。てめぇより年上だ」
「精神年齢って言ったでしょ?聞こえなかったんですか?
やっぱり、老化ですよ。老化。今度、ホームヘルパーでも呼びますか?おじいちゃん」
このクソアマぁ……!
女じゃなければ殴り飛ばしてやったのに。なにが、「おじいちゃん」だ!長生きする生物の中では俺はまだ若い方だ!成長期とか青春とかはいつの間にか過ぎ去って行ったけど!
まぁ、ここはジェントルマンとして感情だけでとどめておこう。
しかし、いつから道を間違えたのだろう。
いや、別にいまの生活に不満があるわけではない。逆にこちらの方が好き放題できるから楽だ。
「まったく。これだから厨二病末期の魔王は世話がかかるんです」
前言撤回。
この女さえいなければ俺の人生はバラ色だった。
俺は無駄にでかいひらがなばかりが書かれたページをめくりながら再びため息をついた。
俺の名前はフェアレータ・ミデン・ハルヴァザーク。職業は魔王。俺の見た目から魔王に見えるだろう?
とがった耳と爪に羊のような角に色がそれぞれ違う瞳に銀の少し癖のかかった長髪。
うん。どこから見ても魔王だ。
厨二病のコスプレオタクとやらではない。耳も爪も角も目の色も髪の色も全部遺伝だ。
もし、俺を厨二病呼ばわりするなら、俺の親父を厨二病呼ばわりしろ。
大事な事だからもう一度言う。
これは遺伝だ。
この魔界にある城で魔界や人間界にすむ魔物の統括とかを適当にしている。
この世界は、下から順に冥界・魔界・人間界・天界・神界とわかれており、それぞれの神様が統治している。神様と言えば神聖なものとか数少ないものとか思いがちだが、結構な数の神様がいる。
それに比例するかのように、意味の解らん生物も数多いくいる。
この前なんか、散歩していたらタコみたいなイカみたいな生物に襲われて、服を粘液で台無しにされた。まぁ、そいつはそのあと焼きそばの具材にしてやったが。そいつはタコみたいなイカみたいな味がして、意外と美味だったぞ。
え?魔王ともあろうものが生物さえ統治できないのかって?
魔物のトップにいるとはいえ、結局は同じ生物だ。人間が食材としているタコに噛まれるのと同じこと。つまりは、食物連鎖の中でそいつより上位にいても完全に統治はできないということだ。
…………つまりはそういうことだ。
閑話休題。
俺の父も祖父もそのまた曾祖父も曾曾曾祖父も魔王をしていた。が、数十年足らずで勇者に殺されている。
けっして、親父たちが弱かったわけではない。ただ、魔王としての役目を果たしたまでだ。
だが、それを俺は認めないッ!!!!
最初に、魔王=チートとだと言っておこう。
魔王は強力な魔力を持ち、もうなんでもできちゃう。
ナイフで刺された深い傷口が一瞬で治っちゃうほどの超自然回復能力とか、たとえ即死レベルの攻撃を受け灰と化しても『死んだとおもったでしょぉ~☆』とか言って死なない不死の能力とか、千里先でも見えちゃう千里眼とかいろいろある。
それらを踏まえて「正義が勝つ!」なんて堂々と言えるか?言える奴はだいたい見事なフラグ回収を見せてくれる。
そんなチート能力ばかりを持っている魔王に勇者が勝てるわけがないと、先代魔王も知っていたわけで。
だから、そんな勇者を憐れんでわざとやられたのだ。
生き返ることとか回復する事とか、全て自分の意思次第。
先代は「ぐあぁぁあ!やられたぁ!」とかいって、わざと死んだのだ。
俺は思う。
勇者ごときにこの先の人生を投げ捨てるなんて、バカとしか言いようがない。
どうせ魔王を倒したところで、また再び新たなる魔王が生まれるのだ。
これって、正直意味なくね?
俺だって最初は純粋に勇者に倒されると決めていた。でも、よくよく考えたらそれが意味のない行為だと気付いた。
だから、俺は吹っ切れたのだ。
自分の好きな事をして生きよう!
魔王にとらわれて生きる必要はないのだ。自分の思うまま、自由に人生を生きればいいのだ。
我ながら、素晴らしい案だ。
勇者とか運命とか適当に流して、自分のしたいことをする!そう決めた!
もう二度と自分が勇者に倒されるべく生れた、なんて思うもんか!先代の馬鹿どものように死ぬものか!
俺はバラ色の人生をめざし、魔王と言う器にとらわれぬ新たな道を歩き始めたのだ!
「なんですか。
そのにやけた顔は。気持ち悪いです。一週間ほど放っておいた生ごみなみに気持ち悪いんですが。
なんだか、においまでただよってきそうです。………臭い」
俺はその言葉にハッとし、女性を見る。
この女性は化け猫のラミア。俺の秘書という立場だが――――――
「どうです?2才~3才用の本でもわからないと思って、『ニワトリでもわかる勇者の本』を持ってきましたよ」
「それは、俺はニワトリのようにバカだと言いたいのか?」
「あら。察しがいいですね。
どうしたんです?今日は調子がいいですね」
生意気だ。
毎日毎日俺をバカにしてはあざ笑い―――――
コイツさえいなければ、俺の新たなる人生はもっと楽だった!
俺がしっかり魔王という職をこなしていたときは、あんなに優しかったのに………
くそぉ!
俺がいつかの雨の日に拾ってやった恩を忘れやがって!
「いい加減にしろよ、このクソ猫。
みかんの段ボールに入れて『毒舌ですが拾ってください』の張り紙を貼り付けて、雨の降る日に捨ててやろうか?」
そういうと、ラミアの余裕の笑みが消え、顔を青くさせた。
「な、なななななんてことを考えるんですか!
そうなった場合、私がどうなるかわかっているんですか!
醜態さらして、食べ物を欲し、寝床を欲し――――――もし、そうなった場合、フェア様の悪口を魔界にとどまらず、全世界に広めて」
「たしか、みかんの箱がまだあったはずだ。
今すぐそれを持ってきて…」
「わぁあああ!すみません!悪ふざけが過ぎました!すみません!許してください!すみません!」
ラミアは何度も頭を下げ、許しを請いてきた。
ふっ。ざまぁ(笑)
ラミアは捨てられたことがトラウマ。だが、それを知っているのは俺だけだ。
その時、目の端に時計が移りこんだ。
時計の針はちょうど3時を指していた。
「ぬお!!もうこんな時間!」
俺は図書室から飛び出す。呼び止めるラミアの声も今は聞こえない。無視したの間違いじゃないぞ。聞こえなかったんだ。『片付けてください!!』っていう声なんて、聞こえなかったから。俺、知らないから。
集会場F-たんぽぽ
『きゃびあ』がログインしました。
きゃびあ『遅くなってすんまそん』
はです☆『5.3秒の遅刻やで』
残された黒き背徳の記お『まったく。この私を待たせるなどなめた真似をしてくれますね‥…このどんな悪しきものでも浄化する純白の炎で浄化してやりましょう。さぁ!食らうがいい!我が最大の奥g』
俺は雑食(^q^)『ネトゲで一気に文字制限かかるまでしゃべるか、普通』
カレールー『まぁまぁ、今日はどこのダンジョン攻略します?』
俺のPC限界『暗黒界の第7深層を攻略しようぜ』
俺のPC限界『今日はレアアイテム深淵の鱗のドロップ率3倍だからな☆』
きゃびあ『おぉ!そこでいいんじゃね?』
カレールー『でも、けっこうそこって難しくないですか?』
残された背徳の記お『フッ。この私がいれば余裕なのだよ』
俺は雑食(^q^)『なるほど。フラグですね。わかります』
はです☆『そうと決まれば、とっとといこうやないか』
俺は今自室にて、高性能パソコンでオンラインゲームをしている。
このオンラインゲーム『ドラグネスアーサーオンライン』略してDAOは全世界で知る人ぞ知る超人気オンラインゲームなのだ。
人気の理由は通信速度や、ダンジョンやモンスターのバラエティの多さや他のオンラインゲームにはない機能などがある。
加え、キャラクターやモンスターなどの絵がとても綺麗なのだ。デザインも素晴らしく、これも人気を呼ぶ一つだろう。
俺もこのDAOの絵は好きで、キャラクターデザインを担当した絵師さんには感謝している。
ありがとうございます!!
その綺麗さゆえ、キャラクターガイドブックが5冊も発売され話題を呼んだのだ。
初回限定盤はたった数時間で完売。ちなみに、俺は5冊とも人気キャラクター&モンスターのフィギア付き(非売品)特別初回限定盤である(どやぁ)
これはもう本当にレア物で、今売ろうとすれば数万の価値はくだらない!
俺はPCの画面から隣の棚『フィギア専用棚』に目を向ける。
そこには、俺の汗と涙の努力の結晶が綺麗に飾られている。
いやぁ~よくここまであつめたものだ。うん。
「フェア様。
何かあるたびににやけないと死んでしまう病かなにかですか」
隣から聞きなれた毒舌が。
「それ、単なる変態だろう。
俺は変態じゃねぇ。健全な魔王だ」
いつの間にやら部屋に入ってきたラミアがパソコンの画面と俺を交互に見て、嫌そうに顔をしかめる。
「どこが健全ですか。自分の部屋を見てください」
俺の部屋にはゲームやアニメ、漫画と言った類の二次元に関するグッズやらフィギアetc.で埋め尽くされている。
うん。いい眺めだ。何が悪い。
「完全なるオタッキーじゃないですか。キモチワルイ。虫唾が走る」
「はぁ!?二次元愛好者なめんなよ!!
夢のような世界にあこがれて何が悪い!美少女に夢見て何が悪い!
全世界の愛好者に謝れ!三回まわって土下座して謝れッ!!
それになぁ!別に、二次元=キモイってわけじゃねぇんだぞ!それが好きな奴ら=変態ってわけじゃねぇんだぞ!」
「はいはい。よくわかりましたー(笑)」
「わかってねぇだろ!!」
ラミアははぁっと息を吐き、腕を組む。
「でも、あなたは別でしょう」
「は?」
突然の言葉に思わず聞き返してしまう。
「この前、あなたの部屋があまりにも汚れていたので掃除したんですよ。
そこらへんに散らかっていたものを廃棄したり大変でしたよ」
廃棄という言葉に、心臓が跳ね上がる。
「まて……廃棄したものとは?」
「えっと………なんか、表紙がキラキラした大きめの本と、『限定品』と小さく右下に書かれた女の子」
「うわぁぁああああああああああ!!!!!
なにやってくれてんだこのやろう!!!!!なんかないと思ったら、悪魔天使☆リターンズ初回限定メタリック仕様イラスト集と魔女っ娘アルカの劇場版限定フィギアかよ!!!!!
よりによってそれかよぉぉぉぉ!!!!」
「え、ええ?で、でも、あれは床に置いてあって……」
「しまう場所がなかったから、一時的に置いてあったんだよ!!!
Nmazonから取り寄せた棚に入れようと思ったらなかったのって、お前のせだったのかよこのやろぉおおおおおお!!!!!」
俺はラミアの肩をつかみ、揺さぶる。
しばらく叫び、ようやく気持ちが落ち着いてきたのでラミアから手をはなし、パソコンに向き直った。
「はぁ……まあ、その二つ程度ならオークションで買収できるし。まだいいか」
「でも、限定なんですよね。
結構欲しがりそうなマニアいそうですけど……」
「だ・か・ら、朝早く並んだり予約したりなんだのして買ったんだよ!!」
俺が声を荒げると、ラミアが驚いたようにビクッと肩を揺らす。
「金がかかろうが、俺にとっちゃあ、どうってことない」
「へそくりですか?それとも貯金ですか?」
「そんな地味な事、俺に出来ると思ってんのか」
「みじんも思ってません」
「だったら聞くんじゃねぇ」
「で、そのお金はどこから出ているんですか?」
「先代魔王の財産」
先代の魔王は、有り余る宝を持っておきながら使用するまもなく死んでいった。
そのため、それらの財産は次の魔王を継ぐ者に相続される。
だが、勿論のことそれらの財産の所有者になったところで、バカな先祖どもは同じようにほとんど手を付けないまま死んでいった。
こうして、元の財産に加え、貯蓄した魔王がいたのか少し増えて、めでたく俺のものになったのだ。
「そんなものがあったんですか」
このことは、誰にも教えていない。
まさか、この『地味な事が嫌いで金を貯めてもすぐに使う』俺が有り余るほどの財産を持っているとは思うまい。
というか、どうせ言ったところで『だったらいいなっていう願望でしょ?(笑)』といって信じてくれないだろうが。
「魔王なめんなよ。
財力も、勢力も、魔力も、有り余るほどあるんだよ!
どうだ?見直しただろ」
「っていう夢を見ました」
「勝手に夢で終わらせんな。
これは現実だ。本当なんだ」
「だったらいいな」
「いい加減にしろ」
その時、短くパソコンから電子音が鳴った。
見ると、髪も鎧も剣も漆黒に染まったクール系美少女キャラから吹き出しが表示されていた。
俺のPC限界『おっしゃ!いくぜ!準備はいいか』
ダンジョンの入り口にようやくついたようだ。
俺は返事を打ち返すと、画面が暗転し、ダンジョン内部の画像に切り替わった。
そして、少し進んだとたんモンスターが現れた。
「フェア様はどれなんですか?」
「これ」
指差したのは、銀髪の髪に綺麗な藍色の鎧を身にまとった美少女。
この美少女はヴァルキリーという女神をモチーフにしたキャラクターである。
期間限定で入手することができるのだが、その確率はかなり低い。
ゆえに、所有者は少なく、持っていれば確実に目立つ。
勿論、スキルや技も非常に強力なため、入手できればかなりの戦力となる。
最近手に入れたキャラで、今日初めて使うのだが、すでにレベル共にステータスはMaxにしてある。
「へぇ、可愛いですね」
「だろう?」
俺はフンと自慢げに鼻を鳴らした。
「絵も綺麗ですし、なんだか周りとは違うオーラを感じます」
ラミアはヴァルキリーをほめたたえる。
「でも」
「?」
「現実に存在しない子でしょ(笑)」
「……」
ラミアはかわいそうなものでも見るような目で、こちらを見てきた。
「勘違いすんなよ。
俺はけっして、友達がいなくてこんなことやってるわけじゃないぞ」
「えっ………」
「『えっ』じゃねえ!!
友達ぐらいいるわ!!」
「それって、画面の中の」
「違うわ!!リアルの話だ!」
「だったらいいな」
「そのネタもういい!!」
俺はパソコンに向き直り、軽快にキーボードをたたく。
敵は上級ゴブリン。だが、俺たちのギルド『たんぽぽ』の敵ではない。
きゃびあ『へぇい!瞬殺!』
カレールー『このまま、ゴブリンだけがいいですね』
残された黒き背徳の記お『そんなわけなかろう!油断していると足をすくわれるぞ!よくあるだろう。某狩ゲーで、ハチミツとっていたら雑魚モンスターに襲われてボス出現みたいな』
俺のPC限界『それってフラグなの?』
俺は雑食(^q^)『まぁ、ここは何回かクリアしてるし余裕でしょ』
そう。余裕なのだ。
すでにこのダンジョンは数回クリア済み。加え、俺たちの平均ランクは400を優に超えている。
DAOではランク400を超えているユーザーは数少なく、DAOがヒットする前からやっている古株ユーザーなのだ。
俺たちのギルドメンバーは5人と少ないが、少ないながらも昔から地道にランクを上げ、キャラを育て、ダンジョンをクリアしてきた。今では、ギルドランキングでベスト4に入るまでの実力となった。
「フェア様って、強いんですか?」
急にラミアが聞いてきたので、少しばかり驚いた。
「強いとも。
俺がよく使うキャラはだいたいレベル、スターテスはMaxだし、タイピング速度だって、普通の奴より速いと思うし」
DAOはキーボード操作であり、タイピング速度と技を出すタイミングが重要である。
俺は得意げになってキーを押す。
「よくいますよね」
「なにが」
「自慢げにエンターキーを押して、音を大きくならそうとするやつ」
「……」
「『パソコン操作得意です』アピールしてるつもりなのか知りませんが、正直うるさいですしウザイですよね。でも気付かずに続けているんですよね。ホント、その人が鈍感だってことがよぉくわかります」
「……」
「どうしましたフェア様」
硬直してキーボード操作が一瞬止まる。
いや、別に音出そうとか考えていたわけじゃないから。
なんか褒められて天狗になってたわけじゃないから。
その時、まがまがしい一風変わったBGMが流れ始めた。
それと同時に、BGMとはかけ離れた黒いナイフを銜えたウサギ型モンスターが現れた。
「可愛いですね」
と、ラミアは笑顔を見せているが、俺たちにとってはフラグを回収してしまうという、最悪の事態なのだ。違う意味で、笑ってしまう。
はです☆『……フラグ立てたの誰や』
きゃびあ『厨二病』
残された黒き背徳の記お『………いや、予測できるわけなかろう』
はです☆『死刑な』
カレールー『なんでこんなところで出てくるんですかぁ!!!』
このかわいらしい、一見すれば雑魚モンスターに見えるウサギの正体は、このダンジョンにかなりの低確率で出現する超強力モンスター『デッドブラッドラビット』である。
正直、このウサギはここのボスより強い。勝てる保証など、ほとんどない。
なにしろ、素早さはかなりのもので、加え攻撃が桁外れに強い。それに『攻撃されるたびに攻撃、素早さがものすごく上昇し、HPが超回復』というチートにも程があるだろうというスキルを持っている。
まぁ、俺ほどじゃないけど☆
しかし、倒した後は必ず超激レアアイテム『代償の宝玉』が手に入る。
これを武器や武装、キャラクターに使用すると、最終形態からもう一段階進化する。
いままでデッドブラッドラビットと遭遇した数は数回。
しかし、どれも敗北している。
出会ったからには、今度こそ勝利し、『代償の宝玉』を手に入れるのだ。
戦闘開始の音が鳴った瞬間、ウサギは真っ先に俺のヴァルキリーへ攻撃を仕掛けてきた。
「名前から危ないですね。かわいらしい顔して」
「まったくだ」
「あっ!!来ましたよ!」
俺はラミアの声と共に回避すべくキーボードをたたく。
が、どうやらかすったようで、ヴァルキリーのHPが少々削られた。
その間に、ウサギに攻撃を仕掛ける仲間たち。
「フェア様!攻撃しないと!」
「わかってる!!」
ラミアがちょいちょいうるさいが、今はそれどころではない。
自分の中でも最高速度ではないかと思えるほどのタイピングで、コンボを決める。
が、攻撃し、コンボを決めるたびに削ったHPが回復し、攻撃と素早さがあがっていく。
それでも、俺たちの攻撃力が回復力を上回っているため徐々にHPが減っている。
「「ああ!!!?」」
その時、ラミアと俺の声が重なる。
そう。ヴァルキリーがもろにウサギの攻撃を受けてしまったのだ。
ヴァルキリーのHPがデッドラインまで急速に減り、警告を伝える音が鳴る。
急いで持物から回復薬を数個使用し、HPを全回復させた。
うおぉぉお!あぶねェ…!
そんなことを長い間やりくりしているうちに、ラミアが何かに気づいたように声を上げた。
「あっ!
フェア様!ここ、点滅してますよ!」
指差したのはヴァルキリー特別スキル、いわゆる必殺技の種類が書かれた欄。
いままで敵の攻撃をよけることで精いっぱいで気付かなかったが、特別スキルのゲージが限界値までたまっていた。
そういえば、ヴァルキリーは特別スキルのゲージが他のキャラより数倍速かったな。
「ラミア!シフトキーを押せ!」
画面から目を離さないまま、ラミアに早口で伝える。
ラミアがせわしなく動く俺の手を避けながら、素早くシフトキーを押した。
すると、隅の方に特別スキルの効果と内容が表示された。
「えっと……一個目の技が『天界の雷をふれた敵へ落とし、超絶ダメージを食らわせる』で…二個目の技が『聖なる力で味方のHPを全回復させる』」
それを聞いて、俺は落胆した。
一個目の技を使っても、当らなければ意味がない。今、敵はかなりスピードが上がっている。外れれば、即カウンターを食らわされる。
二個目の技は、現在全員HPは多少減っているだけで使用してもあまり意味がない。
「もう一つは…」
「もう一個あるのかよ!」
「ええ。三つ目の技が……
『自らの命を削り、敵の動きを5秒止め、スキルを無効化させる』」
「それだぁ!」
「えっ…」
嬉しさで口元に笑みが浮かぶ。
ウサギが他の奴らに攻撃を仕掛けている間に、急いでコメントを送信する。
きゃびあ『特別スキルたまった奴から、合図出せ』
そうコメントしてから少ししてから、次々と合図が出始めた。
きゃびあ『俺がヤツの動きを止めるから、一斉に攻撃しろ』
はです☆『おk』
残された黒き背徳の記お『りょか』
カレールー『おkです』
俺は雑食(^q^)『おう』
俺のPC限界『よし』
全員から返事が返ってきた瞬間、俺はヴァルキリーの技を発動させた。
ヴァルキリーが『私の前にひれ伏し、勝利を献上せよ!』と、まぁなんともかっこいいセリフと共に技が放たれた。
今さらだが、こうやってゲームや漫画、小説の中で厨二病なセリフがあっても『イタい』とか言って引く事はないのに、現実で言ったりするとドン引きされるのはなぜなのだろうか。
勘違いしないでもらいたいが、けっしてそんなこと叫びたいとか、そこらへんで浮遊しているホコリ程度も思ってないから。
閑話休題。
画面がパッと明るくなった次には、ウサギは動きを止めていた。
そして次々に、仲間たちの強力な技が放たれる。
「おおぉ!」
ラミアも感嘆の声を上げている。
ウサギのHPが大幅に削られ、そしてとうとうHPが0になった。
そして勝利をたたえるBGMが流れ、報酬が表示される。
俺とラミアは顔を見合わせ、目をしばたかせる。
「うおっしゃあああ!!」「うわああああ!!」
叫びながらハイタッチをし、飛び跳ねた。
「やりましたよ!フェア様!」
「おうよ!少しは見直しただろ!」
「はい少しは!!」
「ふはははは!!これでヴァルキリーをもう一段階進化させることができ」
ガッ!
パソコンがゆっくりと、それでも確実に落ちて行く。
そして、鈍い音と共にパソコンが床に綺麗に着地した。満点の着地だろう。
「「……」」
時が止まったかのように思えた。いや、パソコンの画面だけ、セーブするか否かの選択肢のところで止まっている。
ジンジンと痛む肘の感覚さえ、皆無に近い。
頭の中が真っ白になった。
えっ………嘘………
俺はパソコンに飛びつき、キーボードをたたいた。
が、パソコンの画面の時が動くことはなく。
「フェア様」
「はい」
「前言撤回します。
バカですか?」
「………はい」
俺は首をうなだれ、必死になってたたいていたキーボードを見つめる。
なんだか、今回ばかりラミアの言葉が胸によくしみこんだ。
あれ?口の中、こんなにしょっぱかったっけ。
俺の部下にゴブリンがいるが、手先が器用でなんでも直してくれるそうだ。
曰く、懐中電灯とか、電話とか、充電器とか、時計とか、目覚まし時計とか、腕時計とか………時計多いな。
なので、後日その部下に修理を頼んだ。
新しいモノを買う手もある。
だが、俺は趣味に関する事以外で外に出るなどしない。
だって、めんどうだろ。
ネットで買っても良いのだが、送料に代引き手数料などが『ぼったくりか!』と言いたくなるほど高いので、却下。
それに、ネットだとたまに不良品じゃないかって思う商品が届くし、返品が効かない時もある。
てなわけで、修理をお願いしたわけだが…………
「えっ?直らない?」
俺の右腕的な存在のアザゼルがその表情が少ない顔を困ったように歪ませている。
というか、コイツ今なんて言った。
「はぁ……なんでも、こんな繊細で大きな機械を直したことがないということで…」
「今すぐそのゴブリン、クビにしろ」
「承知しました。
それより……」
三白眼の鋭い瞳を申し訳なさそうに、手元のパソコンに移す。
「どうしましょうか」
「どうもこうもねえよ。
あっ。これ、漫画ウァルラータの新刊」
「ありがとうございます」
「やべぇ…
パソコンなしで生きていける自信がねェ」
「買に行き」
「却下」
「ですよね」
なんてこった。
パソコンがない俺の日常など、顔がアンパンではないアンパンマンのようなものだ。
アンパンマンの顔がアンパンじゃなかったらアンパンマンじゃないな。クロワッサンだったら、クロワッサンパンマンとか?長いな。
「ネットはダメだし、買にも行きたくないし、修理もできない………
俺死んだわ」
「体をズッタズタにされても死なない魔王が何言ってるんですか。
そうだ。
この期を境に魔王としての仕事を」
「やだ」
「……ですよね」
このままだと本当に死んでしまう。
パソコンがないと……パソコンがないと……パソコンがないと……!!
「ここは二択ですよ、主」
「二択……」
「面倒を振り払ってお店に買いに行くか、このままクリームパンにクリームが入っていないような日常を送り、死ぬか。
どちらかです」
アザゼルの選択肢が頭の中をぐるぐると回る。
パソコンがない日常など、クリームパンにクリームが入っていないクリームパンなど――――――――
絶対に嫌だ!
「……買に行くか…」
よければ、感想を宜しくお願いします。