時空郵便局〜追われる小説家〜
「時空郵便局〜聖騎士とラブレター〜」「時空郵便局〜お姫様にお中元〜」の続編となっております。オムニバス形式ですので単体でも読めますが、よろしければ前作もお楽しみください。
リンベルは小さな劇団で脚本を書いている。本業は傭兵だが、昔から妹の寝物語に創作で色々な話を作ってきたリンベルは、幼なじみと妹がやっている劇団に無理矢理脚本家として参加させられている。
公演の規模こそ小さいが、妹たちの演技力とリンベルの脚本、幼なじみのプロデュース力でかなりの人気を博しており、ぜひわが屋敷で公演を!という貴族からの依頼も舞い込む程だ。あまりの人気に、リンベルは本業に支障を来たすからと脚本家としての名前は伏せている。
そんな無名の人気作家となったリンベルは、傭兵の依頼が無い日は自宅に缶詰になる。劇団の脚本は妹の寝物語に手を加えれば終わる。根を詰めてやる程の仕事ではない、と言うと妹たちに怒られるかもしれないなとリンベルは思うが、難しい仕事ではないのは確かだ。ではなぜ家に籠らなければならないのか。もう一つの副業のせいでリンベルは厄介なものに追われているのだ。
リンベルは数年前、異世界で暮らしていた。14歳から25歳までの11年間をあちらの世界ですごした。
14歳の夏。冒険家として駆け出しだったあの頃。迷宮の隠し部屋の転移魔法陣を誤って踏んでしまったのが運の尽き。
気付くと目の前に迫るは大都会東京のコンクリートジャングル。新宿西口バスターミナルの中州に、一人放り出されてしまったのだ。辺りにはパーティメンバーも居らず、それはもう心細い思いをした。
見たことのない大きな魔物のようなもの中に人がギッシリと乗り込んでいる。そして自分のいるところに人を降ろしてまた別の人を乗せて進み出す。これはバスと呼ばれるものだと後にリンベルも理解したが、当時のリンベル少年にそんなことが理解できるわけもない。
周りの人々が何を話しているかも理解できない。服装もまるっきり違えば、顔立ちも違うため、新種の魔人かとも思った。
コスプレした外国の少年が言葉も分からず難儀している、と判断した親切なサラリーマンは、西口交番に少年を連れて行った。しかし、リンベルは笑顔とは言え謎の男に訳のわからない呪文のような言葉を投げかけられ腕を引かれて、謎の強面な男たちに引き渡されて、恐慌状態に陥った。
そんなリンベルを救ったのは、通りがかりの郵便局員だった。
「君、この世界の人間じゃないな。」
「言葉がわかるんですか!?
お、俺ここがどこだかわからなくて…迷宮にいたはずなのに…」
「今日は非番なんだけど…まあいいや。
お兄さんが少年を局まで連れてってやんよ。そこに行けば何かわかるかもな。」
男は飄々とした不思議な若者で、悪い人間には見えないが、まったく隙がなく得体の知れない感があった。男はチャンプと名乗った。本名ではないらしいが、学生時代ボクシングという闘技でライト級王者になったことから、チャンプと呼ばれているという。
新宿駅から小田急線に乗り、下北沢で降りた。古着屋とカフェバーの間の細い路地に入る。するとチャンプは突き当たりでしゃがみ込み、足元にあったマンホールを開けた。
「リンベル、先入ってくれ。俺はこれ閉めて降りなきゃなんねえから。
足滑らして落ちると本当に痛えから気をつけろよ。」
「は、はい。」
慎重に降りていくと、視界がひらけた。地下だというのにこれでもかという程に明るい。天井に白く光る細長い棒状のものを興味深く見ていると、今度はリンベルの頭上を箱や手紙などが飛び交う。室内にはカウンターのようなものがあり、カウンターの向こう側では忙しそうに数名の人間が何かを書いたり動き回ったりしていた。
「よっす、おまえら。
忙しそうだなー」
「チャンプさん!手伝いに来てくれたんですか!」
目を輝かせ縋るようにカウンターから身を乗り出す女性。
「いんや。面倒ごとを持ってきた。」
「!チャンプさんの言う“面倒ごと”って私たちにとって非常事態宣言なんですけど!?」
“面倒ごと”という言葉を聞いた瞬間、忙しなく働いていた他の人々も作業を止めてチャンプとリンベルを見た。皆一様に絶望したような表情と真っ青な顔色だ。
「ま、面倒ごとだろうがなんだろうが、お前らの溜まりに溜めた仕事と比べりゃ可愛いもんだね。」
「ひええ〜すみません〜ごめんなさい〜」
今日ここで主に働いている3人は仕事でミスを犯し、しかもそれを適当に誤魔化し、何個も積み重ねた上に蓋をした、チャンプ曰く3馬鹿だという。他の人々はその3馬鹿に付き合わされ休日出勤してきた優しい人たちとチャンプは表現した。
「とりあえずリンベルにはうちの局長の会ってもらう。なあに、うちの局長はとんでも超人だからな。解決策をきっと見つけてくれるさ。…解決してくれるとは限らねーけど。」
チャンプにカウンターの向こう側の奥の部屋へと案内された。中には何やら怪しげな、棺のような大きさの物がドンと部屋の真ん中に鎮座している。リンベルはこれが一体なんなのかわからなかった。
「あちゃあ、日焼けマシンか。めんどくせえ。」
おもむろにチャンプはソレに近づいた。そして気だるそうに、コンコンとノックした。
「局長ー、起きてますかー?
小麦色の肌が健康的で素敵と言われた時代は結構昔に終わりましたんで安心して出て来てください。」
プシューッと音が鳴り、棺のようなものの蓋がゆっくりと開く。そして、生白く不健康そうな肌色の中性的な外見の人物がソレから出てきた。真っ黒な長い髪に黒い瞳とこれまた真っ黒な服。リンベルは一瞬バンパイアかと身構えた。
「本当か?
平凡に載ってた早見優は小麦肌だったぞ?それに男なら日焼けしてなきゃかっこ悪いって扱いだし、サーフィンしてなきゃいけないそうだ。こないだなんか渋谷でヤマンバとか呼ばれるアマゾネスが闊歩していた。彼女たちの肌は真っ黒だったぞ?黒いのがやっぱステータスなんだろう?」
「平凡に早見優が載ってたのってたしか今から30年以上前のことですよ。ヤマンバの全盛期は00年代のはじめの方。今はなんでも美白の時代。男だって美容に気を使うような時代ですよ。最近じゃあ梅宮辰夫とか松崎しげるくらいです色黒芸能人って。あと日焼けマシンに入る時は脱がないと意味ないです。」
「!いかんな、また時代がゴチャゴチャになっていた。そうかもう美白の時代なんだな。」
ここで置いてけぼりにされていたリンベルに色白の人物は気がついた。
「ああ、お客様か。
はじまして【時空郵便局】局長のイシハラだ。都知事と同じイシハラな。」
「局長そのネタ古いし、少年は異世界人だからソレ理解できないと思います。あともう石原さんは都知事じゃない。」
「異世界人?あまり日本には現れないものだが…しかし確かに君の匂いはユーボルンのものだなあ。」
「ユーボルン…!へ〜、リンベル面白いとこ住んでるな。迷宮の中に家建てたりするんだよな。」
ユーボルンとはリンベルの住んでいた大陸の名前である。
「え、ああ、
たぶん迷宮都市のことですよね。あそこは迷宮品がたくさん売り買いされてて観光でも面白いとこ…ってこんな世間話いりません!
俺は元の世界への戻り方を聞きに来たんですよ!局長さんなら知ってるって」
ほのぼのと話が変わりそうな事実に気付いたリンベルは無理矢理自分の気になっていたことに話を持っていった。そして迷宮であったことを説明していく。
「ふむ、事情は把握した。結論から言うと私の力では直接的な送還はできない。」
イシハラはリンベルについて匙を投げた。
「我々【時空郵便局】は時空の狭間に存在している。料金を受け取り、時空を超えて手紙を届けたりしている。重量や大きさの制限などもあるがある程度の荷物も配達可能だ。
その手紙を届けたりする人間がもちろんいるわけで、局員たちは手紙の数だけ世界を渡っている。
だが、世界を渡るのは生身の人間には難しい。荷物扱いでも君を運ぶのは無理だ。君は天文学的な確率で五体満足でこの東京に迷い込んだようだが、普通なら生きてても達磨状態だったろう。」
リンベルはゾッとした。つまりは最終的に迫るは死だったのだ。あの転移陣は即死トラップみたいなものだったということ。パーティーメンバーは生きているだろうか。悪い想像ばかりしていたところで、イシハラによって現実に引き戻された。
「ではどうやって、局員は時空を移動しているかという話になる。
これから話すことはいくら近しい人にも言ってはいけないよ?君には知る権利があるからする。そして君は誰にも言ってはいけないという義務がある。わかったね?」
「権利と義務、ですか。」
「ああ。これは君の人生の取捨選択であり、私はそれを邪魔してはいけない。それに、このまま『時空を渡る手段は持っていますが君をお送りすることはできません。』では納得できないでしょ?」
たしかに納得はできない、と頷く。
「言ってはいけない義務については、簡単だ。私たちの自衛のため、その一言だ。
はあ…なんでか、過去をやり直したいとか、未来の技術を手に入れて現代で利用したいとか、そう考える人は我々を直接的に利用しようと考えるんだよなあ。普通に手紙などを利用し間接的にしてくれればいいものを…何がまどろっこしいから俺を移動させろだ…」
「局長、そんな愚痴はいりません。」
「こほん、失礼。
まあ、そういうことで、誰にも話さないでね。わかったかな?」
「は、はい!聞いた話は誰にも話しません!」
満足気にイシハラは頷き、チャンプが持ってきたほうじ茶を一口飲んだ。そしてまた説明に戻る。
「まず、時空間の移動に耐える力を手に入れるため、人ならざる者になるのが第一条件だ。その際に本名と今までの人生を捨てることになる。
そのあと私の能力である【世界選択】という力を貸し与える。能力貸与条件は世田谷区民になること。
適性があれば、近所のコンビニに行くくらい手軽に世界間を行き来できるようになる。」
「じゃあ!つまりその行程をすべて達成し、適性もあれば、俺は元の世界に帰れるってことですか?!」
「ま、そういうことになるが…
先ほども言ったとおり、人生を捨てる必要がある。
君が今までの人生忘れるわけではないが、今まで関わってきた全ての人から君の記憶が消去される。痕跡もすべて消える。君の代わりに別の何かが抜けた穴を埋めることになるから、君は元の世界へ戻っても意味がない。何と言っても、世田谷区民になっちゃうしね。
つまりこの方法では君の希望に沿えないだろう。だから私には無理、というわけ。」
「やっぱり帰れないってことですか…」
「一つ方法も無くもない。」
リンベルは肩を落としていたが、イシハラの言葉に顔をあげた。しかしイシハラの顔は渋い。その方法もあまりいいものではないらしい。
「アホみたいに金がかかる。そして数年はかかる。そういう交通手段だ。」
「金、ですか…?金貨何枚必要ですか?俺危険な仕事でもなんでもやりますよ!」
「昭和59年の9月は1500万円だったが、あの頃はまあ、バブルだったしなあ。金貨換算…うーん難しい……わかりやすく説明…………すまん、今の日本の物価がわからん。チャンプ、たのんだ。」
「へいへい。
普通の若い奴が食う飯は一食が600円くらい。冒険者みたいに日雇いの仕事をしたとして、一日1万円稼げればいい方だ。そこから食費やその他もろもろの経費を考えていくと金はあまり残らない。今の時代、1500万円あれば貧乏人なら節約していけば何十年かは働かずとも生きていけるだろうな。」
「そ、そんなに…」
「この世界には迷宮も無けりゃ、恐ろしい魔物もいない。ちなみに魔石も魔素もない。だから魔法も基本は使えない。
この国は戦争を禁止してる。傭兵の需要はほとんどない。
動物を殺して毛皮や牙、肉を売ったりすることもほとんどできねえ。特定の動物の狩猟は法律で禁止していることもあるし、禁止されてなくとも愛護団体に突っかかられたりする。
つまり実入りのいい、危険でも手っ取り早い仕事は皆無だ。悪事にでも手を染めるか、余程うまい商売でも思いつかなきゃ、この世界では1500万円への道のりはかなり厳しいというわけだ。」
リンベルは愕然とした。
じゃあどう稼げというのだと、チャンプから教えられた現実に困惑する。1500万円がどれほどのものか、リンベルには具体的な大きさがイマイチまだわかっていなかった。しかし途方もないものだということは理解した。
「あー、その、なんというか。この度は御愁傷様です?」
落ち込むリンベルの肩をイシハラは叩いた。顔には同情の色が浮かんでいる。
「まあ、とりあえず、この金と時間がかかる交通手段がどういうものか、説明させてもらうよ?」
力なく頷いた。彼の頭の中には故郷に置いてきた妹や目立ちたがり屋の幼なじみの顔が浮かぶ。やはりもう帰れないのかもしれないと、気持ちがどんどん沈んでいく。
「世界と世界の狭間にしか生息しないドラゴンがいる。これがとんでもなく獰猛なんだが、それの人工保育に成功した者がいてね。そして使役にも成功した。
ドラゴンをいわばタクシーのように使い、金を取って人を乗せ世界を渡っている。不思議とこの方法なら人から外れずに、行きたい世界に行ける。」
ドラゴン。リンベルの世界では寝物語に聞かされる神様であり、迷宮の管理者だ。他の世界では災害指定されるような魔獣であったり、神と同格と崇められる神獣であったり、人のパートナーであったりと、人間と同じくらい様々な世界に様々な扱いで生きる動物である。
「技術料と維持費のために莫大な金を要求されるんだ。ただ安全だから安心して。死亡事故は開業してから190年今だにゼロ。時空酔いやドラゴン酔いはよく聞くけど死んだ奴はいない!
移動時間も東京ユーボルン間なら、のぞみで東京京都間くらいしかかからないから、大人気のサービスだよ。
時間がかかる、と言ったのはそのドラゴンが来るタイミングの問題なんだ。色々な世界を行き来しているから数年に一度しかこの東京には現れない。
ということで金の問題をどうにかして数年我慢すれば一番確実なのがこの方法だ。」
イシハラの説明は正直ややこしかったりこの世界特有のものをおりまぜたりとで分かりにくかったが、大体のことはリンベルも理解した。これは出来る出来ないの話ではないのだ。次、東京にドラゴンの次元タクシーが現れるのはあと10年前後かかるという。では10年の間に1500万円、貯めてみせる!とリンベルは決意する。
まず最初にリンベルは言葉を覚えた。
最初の一年間はこの局内の空いている部屋で暮らしていいことになり、その部屋で必死に色々なことを覚えていく。
日本語は難しかった。ひらがなとカタカナはすぐ覚えたが、漢字には躓いた。面倒見のいいチャンプが漢字ドリルを買ってきた。簡単な漢字が使われていて、しかもルビもふってある、話のもわかりやすい児童書は外国の生まれで同じく日本語を覚えるのに苦労したという局員からプレゼントだ。
妹に自作の寝物語を聞かせたり、地元でも数少ない文字の読み書きのできる人間であったりと、元々文系特化だったのであろうリンベルは他の外国人と比べれば驚異的な速さで日本語を学習していくが、やはり日本語は難しく、奥の深いものだった。
特有の微妙なニュアンス、ややこしい比喩表現に、熟語や慣用句、常用漢字、ことわざの多さ、歴史の深さ、そして流行り廃りの早さ。これらに慣れるために、リンベルは日本語で一本の小説を完成させた。
新天地を求め明治時代の日本に訪れた破天荒なアメリカ人と、そんなアメリカ人の青年の世話をすることになってしまった横浜に出てきたばかりの田舎娘。そんな二人が日本の各地を観光し商売をする、笑あり涙ありな時代もののラブコメである。
実はイシハラが本当に見たデコボココンビの珍道中の話を自分なりに噛み砕いて恋愛ものに昇華した作品だった。歴史はまだあまり勉強できていないが、イシハラのアドバイスの元、中々のものが書けたとだろうとリンベルも満足していた。
これを局内で回し読みしてもらったところ、中々評判がよく、イシハラとチャンプによる誤字脱字のチェックを終えたら、一度ちょっとしたコンペに出してみる運びとなった。
元の世界に戻った今だからリンベルは思う。これがキッカケで稼ぐ方法に出会えたが、これのせいで今の俺は苦労しているのだと。
リンベルの作品は、今までそのコンペでは該当者なしが続いていたという大賞に選出された。大賞は賞金100万円に、デビュー確約だ。
リンベルと締め切りの追いかけっこが始まろうとしていた。
リンベルに付いた担当編集者、横山賢一は恐ろしく締め切りに厳しい、リンベルにとっては恐怖の男だった。それと同時に知識は豊富でフットワークも軽く、リンベルに様々なことを教え色々なところに連れて行ってこの世界を教えてくれる存在でもあったが、とにかく締め切りには厳しかった。
リンベルは鈴原鈴也というペンネームでデビューし、新星だとか大型新人だとかメディアに祭り上げられつつベストセラー作家へと成長した。印税収入だけで生きていけるようになるまで、そして次回作次回作と追い立てられるまでデビューしてからそう時間はかからなかった。
「鈴原先生、先月掲載分の短編、かなり評判がいいですよ。さて、今日は来月分の締め切りですが進捗どうですか?」
「鈴原先生、今度リア王という外国の既存のお話を現代日本版にリメイクしてテレビドラマにする話が出てるんですが、脚本やってみませんか?締め切りについてはこちらで調節します。」
「鈴原先生、日光って行ったことあります?観光も兼ねて次回作のアイデアになればと、取材旅行を経費でもぎ取りました。が、通常通り締め切りは存在しますのでさっさと終わらせましょう。」
「鈴原先生、来週締め切りの“からくり同心”シリーズの次のお話の進捗状況についてお伺いしたいんですが」
リンベルは『鈴原先生』と呼ばれると今でも総毛立ち青い顔をする。
リンベルは心の病気になってしまうのではないかと売れっ子になった自分を呪いながらも、着実に金を貯め続け、目標を大幅に超える2000万円もの金の貯金に成功した。
無事は元の世界に戻れた今でも編集部にせっつかれてリンベルは小説を書いている。
現在自室に缶詰になって書いているのは、戦で死んだ戦国時代の雷親父な武将が何をやっても駄目な鈍臭いドジなネガティブOLの守護霊をするという話だ。まだ未発表だというのにもう映像化が決まっているというから驚きである。
そしてその原稿を受け取りに定期的に郵便局員はやってくる。郵便局員が来る日、それはリンベルの締め切りの日だ。
「ようリンベル、久しぶりだな。原稿受け取りに来たぜ。つか、結構なおっさんになったなオイ。」
「ああ、今日はチャンプさんですか。
あんたら局員は基本年取りませんからね…」
どこからともなく現れたチャンプに溜息をつきながら、徹夜明けの目をこすりつつ、原稿の入った封筒をリンベルは差し出した。
「よし、たしかに受け取ったぜ。
あと、今月分の振込もいつも通りコッチのレートで両替して渡すって形でよかったよな。」
「はい。」
今傭兵という仕事につけているのはチャンプのしごきがあったおかげである。しかし、悲しいかな、傭兵としての仕事よりも脚本家としての方が儲かっているし、それ以上に小説家としての方が財を作っている。
とは言え、今の職業を辞める気はない。腕一つで財を成すのはこの世界では男たちの夢であり、リンベルもそんな夢を追いかけた一人だからだ。かと言って小説家を辞める気もない。異界のファンを思えば締め切りの一つや二つ、とペンを持つ。
傭兵兼脚本家兼小説家のリンベルは追われるように机に向かい、追い立てるように毎週郵便局員は現れて、合間合間に妹たちが次の話は何かと話しかけてくる。気分転換に今では心の給水所のような迷宮でモンスターを狩り、狩りの途中も次の話の構想を練る。
小説家は今日も追われる。