47話
本編の最終話です。
■47話
「じゃあ、私は研修に戻ります。」
「しーちゃん、お疲れ。いろいろとありがとうね。」
高知は田中達に一礼をすると、研修へ参加すべく去っていった。
そして田中は、早速ボーランドと今後の物流や旅商人にお願いする件などの打ち合わせをする。
「取り急ぎ、旅商人のルートと商品の方はお任せします。護衛はこちらで用意しますんで。」
「承知しました。あとで、ルートと旅商人のグループのリストを届けさせます。」
頷く田中だったが、なぜか顔色がさえない。
「ん? 田中さん、どうかしましたか。」
「いや、なんでもないです。」
田中は首を横に振る。
「あ、田中さん。おお、ボーランドさんもここにいらっしゃいましたか。」
田中とボーランドがその声に振り向くと、青森が手を振りながら近づいてくる。
「丁度よかった。例の旅商人の話ですが、お願いがあるんですよ。」
青森はファイルから企画書を取り出す。
「ほう、旅芸人ですか。」
青森の企画書は、旅商人と一緒にダンサー達を同行させるというものだった。
「イベントがあれば、人の出も増えますから、こちらとしては願ったり叶ったりですね。」
ボーランドが顔を上げる。
「しかし、青森さん。そちらのメリットはなんですか。」
ショーは連日チケットが完売しており、ダンサーの希望者もひっきりなしに来ている。そんななか、わざわざ旅商人に同行させる理由が思いつかない。
「新人のスカウトが一番の目的です。」
「スカウト? しかし、連日ダンサーの希望者が後を絶たないのでは?」
「ええ、実は私も同じことを考えていました。」
青森が頷く。
「現在の希望者は、この島に来れる人達だけです。つまり、ある程度の地位とお金がある人達ですね。しかし、それは周辺各国の人口の1割にも満たないでしょう。と、まあミーソラさんに言われたんですけどね。」
「まだ原石はどこかに眠ったまま、ということですか」
青森が田中に頷く。
「たしかに、旅商人の話の発端も同じようなものですね。」
ボーランドが頷く。
「よし、青森さん。この企画やりましょう。ついでにスカウトした人の島までの旅費もこちらで持ちます。」
「え、いいんですか。」
青森とボーランドは目を丸くしていた。
「だって、せっかくスカウトしたのに、島までの旅費がないために辞退とかもったいないじゃないですか。」
ビザはともかく、島への連絡船は無料とはいえ、港までは自腹である。さらに、港までも徒歩だと1ヶ月以上かかる村も数多くある状況で、それだけの旅費を捻出できる家庭がどれほどあるかと問われれば、おそらくほとんどないだろう。
「田中さん、ありがとうございます。」
青森が田中に深々と頭を下げる。
「いやいや、そういうのは成功してからにしましょうよ。」
照れくさそうに、田中が頭を掻いていた。
「じゃあ、こっちも負けていられませんね。さっそく準備に取り掛かります。」
「ボーランドさん、よろしくお願いしますね。出発は1週間後です。青森さんもそれまでに準備をお願いします。」
「了解しました。」
そういうと、青森はあたふたと部屋を出て行った。
3台の馬車が道を進んでいく。その脇には、馬に乗った冒険者達がついていた。
そして、先頭の馬車の御者席に乗った男は、隠しきれない笑みを浮かべていた。
男はもともとロンドガルの商人であったが、商人達を仕切る長老といざこざを起こし、旅商人へと鞍替えしていた。
旅商人のかなでは、かなり成功した方だと思う。しかし、商品を常に持ち歩かなくてはならないため、取扱量は商人の時と比較すると、格段に落ちている。そして、仕入れも特定の拠点を持たないがために売り込みなどはなく、己自身のみでやらなくてはならなかった。
このあたりが己の商人としての限界なのだろう、と思っていた。しかし、旅をしながら商売するというスタイルがあっていたのも事実である。
そんな時、古くからの知り合いであるローランドから、旅商人のギルド設立の設立の話を持ちかけられた。
もともと、農業や工業はギルドがあったが、商業はその始めやすさなどから、特定のギルドは持たない。そのかわり、長老達の管理下で行われるというしきたりのようなものがあった。長老達の管理下というと聞こえはいいが、自分達に都合が悪い新しい考え方を徹底的に排除し、さらに管理費という訳の分からない上納金を納めさせられるだけの、何の意味も持たないものだ。男が反発するのも、しょうがないのだろう。
しかし、ローランドやノベルという古くからの知り合い達が、例の島に出来たマーケットという後ろ盾を得て商人ギルドを設立したと風の噂で聞いた。
そして、商人ギルドは飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長しているらしい。評議会各国の主な商人達は軒並み長老達の管理下を離れ、商人ギルドに参加していた。
旅商人ギルドの設立は、夢物語にしか聞こえなかった。なぜなら、旅商人は自分だけのテリトリーを持ち、周りと干渉しあわないという不文律がある。つまり、群れることはないのである。
しかし、ローランドの示したプランは、思いがけないものであった。
これまで仕入れが難しかったものを商人ギルドが提供し、旅商人が各地で仕入れしてきたものを商人ギルドが買い取るという。
一瞬、商人ギルドになんのメリットがあるのか分からなかったが、仕入れ先の拡大と、取り扱い商品の広範囲での販売による拡大は、商人ギルドにとってもメリットはあるだろう。
そして、旅商人にとっても、他の国の珍しいものなどが手に入りやすくなり、見慣れた商品も他の国で売ることで、高く買い取ってもらえるというメリットがある。
さらに、国レベルでの貿易についても、一部を旅商人に運搬を任せるという話すら上がっている。
これは、閑散期の仕事がへる時期には非常にありがたかった。
そして、それだけではなかった。
旅商人ギルドが冒険者に費用を支払うことで、冒険者の護衛もつくという。そもそも、旅商人は危険との隣り合わせだった。魔王が討伐されてから魔物はかなり減ったとはいえ、盗賊や獣など旅の脅威はまだまだある。
かといって、護衛の冒険者を雇えるほどの売り上げが必ず見込めるわけではなかった。
この話は、最近よく耳にする、タナカなる人物が考えたという。この男は、魔王を倒した勇者の知り合いだとか、魔王の知り合いだとか、いろいろな噂のある人物ではあるが、ボーランドやノベル達が信用しているのであれば、間違いはないだろう。
一番驚いたのは、旅芸人を同行させるという話だった。
正直、旅芸人はあまり言い噂を聞かない。盗賊と紙一重だったり、旅先で芸のみならず身体すらも売るという話をよく聞いていた。
しかし、ボーランドやノベルがそんな輩を同行させるとは思えない。
結果、これも大成功である。
旅芸人のなかに、かの有名なミーソラがいた。そして、そのほかもかなりの腕前のダンサーばかりであり、行く先々で話題となり予想をはるかに上回る人出となっていた。いうまでもなく、売り上げもこれまでとは比較にならないほど上がっている。
また、これまで扱えなかった他国の商品も扱えるようになったのも大きいだろう。
そして、この旅も後半に差し掛かっていた。
「高知さんは研修生とは思えないよね。」
馬に乗った魔法職の男が回りに合意を求める。
「ああ、沖田のチームを希望するも頷けるな。」
リーダーの男が頷く。
「沖田さんって、あの魔王を倒したっていう人ですよね。」
研修マークをつけた男が興味丸出しで聞いていた。
「ええ、サスケ様と赤坂さん、三村さんの所属するチームですわ。」
にこやかに高知が答える。
「やっぱ、沖田さんは千葉さんとか近藤部長みたいなごつい人なんですか?」
「いや、沖田は普通だな。」
「ですね。やつはどっちかっていうと見た目はヘタレですよね。」
前衛職の男と魔法職の男が顔を見合わせる。
「なんでそんな人が・・・」
研修生の男は複雑な表情を見せる。
「話している所すまないが、この辺でゴブリンの集団の目撃情報がある。注意してくれ。」
リーダーがそう言うと、さっそくレーダーに反応があった。
「右にレーダー反応あり。3体だと思われる。」
魔法職の男が告げる。
「全員、馬車に入って。お前たちはここを頼む。」
御者席の男達が、あわてて馬車に乗り込む。そして、馬車の中にいた商人達も怯えた様子を見せた。リーダーは馬車に全員が退避したことを確認すると、魔法職の男とゴブリンのいる右側へと進んでいく。
「ゴブリンライダーを3体発見。戦闘に入る。」
リーダーの声がインカムを通して聞こえてくる。どうやら、リーダーと魔法職の男がゴブリンと戦闘を開始したようだった。そして、徐々に離れていくのか、戦闘の音が次第に小さくなっていく。
「左からも反応があります。」
高知がレーダーを見ながら残った戦闘職の男に伝える。
「よし。こっちでやる。お前はここを守れ。高知さん、いくよ。」
研修生の男が馬車のそばで構え、前衛職の男と高知が左に展開していくと、ほどなく10匹ほどのゴブリンが現れた。
「じゃあ、すまんが半分頼む。」
「わかりました。」
事も無げに返事をした高知がゴブリンに向かっていく。
「また来ましたぁ。」
前衛職の男と高知が研修生の男の声に振り向くと、後方からさらに5匹のゴブリンがやってくるのが見えた。
「ちっ、まずい。」
まだ、目の前には多数のゴブリンがいた。
「こっちは任せろ。向こうを頼む。」
高知は頷くと、後方から来たゴブリン達に向かっていく。しかし、ゴブリン達の動きは早かった。
研修の男がゴブリンを抑えようと頑張るが、ゴブリン達は研修生など意にも介さずに馬車に迫っていた。
その時、馬車から3つの人影が現れ、流れるような動きで迫ってくるゴブリン達をなぎ払う。
「え?!」
高知は思わず声を漏らす。
「ミーソラさん。」
その人影は、ミーソラとダンサーだった。
「まだまだ、現役だしね。」
ミーソラが高知に微笑みかける。
「ミーソラさんって、戦えるんですか?」
ようやくゴブリンの集団を倒した前衛職の男も、ミーソラ達が倒したゴブリンを見て驚いていた。
「ええ。もっとも、あなた達ほど強くはないですけどね。」
ミーソラが言うには、剣舞とはもともと剣の型から生まれたものだという。よって、剣を学ぶのに、最初に覚えるべきものが型であり、剣舞を覚えるということは、剣の型を覚えるのと等しいのだそうだ。
また、旅芸人も身を守る必要があるため、ある程度は剣を使える必要があるのだという。
「ミーソラさん、俺にも剣舞を教えてください。」
突然、研修生の男がミーソラに頭を下げる。
「え? 別にいいけど。」
そんな中、リーダーと魔法職の男が戻ってきて、周りに散らばったゴブリン達を見てやはり驚いていた。
「なんだこりゃ? なにがあったんだ?」
前衛職の男がリーダーに、ゴブリンの襲撃があったこと、ミーソラ達がゴブリンを倒したことなどを報告する。
「まじかよ。すまんな。でも、剣舞とかいうのは、新人研修にいれてもいいかもしれんな。」
そういって、リーダーはインカムでセンターに報告をする。
「じゃあ、出発の準備を。」
魔法職の男が、御者達に声をかけ、リーダーの報告が終わったところで馬車は出発していった。
研修生達が一同に集まり、ミーソラから剣舞の講習を受けていた。しーちゃんは流石に参加していないようだが。
「あの剣舞って、理にかなってるっす。」
俺の横で、サスケがその動きを真似ていた。
「こうっすよね。で、その後にこう繋がって、こうっすね。」
サスケがやると、ミーソラほどではないが剣舞に見える。
「たしかに、無駄の無い動きだよな。剣の連続攻撃って、最初はどうやっていいか迷うしな。」
俺も真似してみる。
「沖田さん、それちょっと違うみたいです。」
「うん、どっちかって言うと、盆踊りっぽい。」
声に振り返ると、赤坂と花子が失笑していた。
「あのな、それってあんまりだろ。」
「でも、沖田さんは十分強いっすから、問題ないっすよ。」
いや、サスケ。それは俺の動きが盆踊りであることを、暗に認めているんだが。
「でも、懐かしいですね。研修生だったころのことを思い出します。」
「ああ、そうだな。」
「いや、あんまり思い出したくないっすね。」
サスケが苦笑いしていた。
「確かに。サスケは研修中に暴走しましたからね。」
「ああ、それ総務でも話題になってた。」
「ちょっと、勘弁して欲しいっす。」
俺は思わず笑ってしまった。それにつられるように、赤坂、花子、そしてサスケも笑い出す。
「そういえば、花子も研修でやらかしてたな。」
花子はもともと戦闘職希望だったが、サスケ同様にやらかして総務へ転属になったのだ。サスケと違うのは、反省したサスケに対して、花子は開き直ったのだ。
「あー、そんなこともあったかもしれないね。」
「いや、しれないじゃなくて、あった。」
花子は白々しく答えてきやがった。これも結構有名な話で、赤坂はくすくす笑っている。そして、花子とサスケはお互いに慰めあっていた。
俺は研修生達に目を向ける。
「あの中から次の魔王を倒す人材がでてくるのかもしれないね。」
「そうかもしれませんね。」
研修生達は、模擬戦をはじめたようだ。
「沖田。すまんが、手が開いているならこっち手伝ってくれ。」
研修担当の同僚が、俺に手を振ってくる。
「分かった。ちょっと行ってくる。」
「あたしも手伝おうか?」
花子が立ち上がろうとする。
「いや、花子。お前はそこにいろ。」
赤坂とサスケも、首を縦にふる。花子は怪我をさせかねないからな。
俺は研修生達の方へと走っていく。
思えば、赤坂とチームを組んだころから、怒涛のような毎日だったような気がする。
サスケが参加し、魔王を倒して、花子が加わった。そして、チャーズとの大規模戦もあった。
そして、もうすぐしーちゃんもこの仲間に加わる予定だ。
これからも、いろいろなことがあるのだろうが、このチームならどんな困難であっても立ち向かっていけるだろう。
ふと振り返ると、そこには俺のかけがいのない仲間たちがいる。そう、いつでも。
<完>
の予定でしたが、数話おまけが続きます。
ほぼ1年かかりましたが、最終話です。
ところが、いくつかネタがのこっているので、適当につなぎ合わせたりして、2つぐらいおまけがあります。
よって、完結はおまけの投稿が終わってからにする予定です。
おまけについては、でき次第UPします。逆に、いつできるのだろうか。




