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36話

■36話



 グルセアは北の地にてミルトア達と合流したあと、一人で他のスパイ達を探しに旅立っていた。スパイはその仕事の性質上、さまざまな場所を訪れていた。つまり、この国のあちこちの状況を一番良く知っているのはスパイ達なのだ。そしてスパイの多くは、例の首輪をつけられ、無理やりやらされている。よって、そのスパイ達に首輪を外すことを条件に知りうる情報を提供してもらう、というのがローレイのプランだった。。そして、苦労の末50人ほどのスパイを見つけることができた。

 グルセアの見つけたスパイは、次々と赤坂の手で例の首輪を外されていた。

 また、その殆どは情報を提供するばかりか、ローレイの配下で働かせてほしいと懇願してきさえしたのだった。首輪をつけられてスパイをさせられていた者達は、もともとはチャーズに祖国を滅ぼされた者達である。仇であるチャーズを滅ぼし、祖国とはいかないが新たな国を立ち上げようとしていたローレイ達に共感をもつのも、それほどおかしな話ではなかったのだ。

 ローレイはグルセアをリーダーとするスパイ部隊を作り、レットラント設立後の統治に向けた準備として各地の状況などを探らせることにした。

 

 

「では、始めさせていただこう。」


 この部屋には、近藤部長や土方課長、斉藤課長、永倉さんや千葉さん達、ローレイをはじめとするレジスタンスの面々、それに連合軍の面々がいた。

 そして、これから連合軍とレジスタンスによる話し合いが始まるのだ。

 

「まずは、評議会からの連絡事項から始めたいと思う。」


 近藤部長が、評議会から送られてきた文官に話を振る。

 

「評議会からの連絡事項をお伝えいたします。」


 文官は静かに立ち上がると、回りを見渡したのち手にした羊皮紙を読み上げ始める。

 

「一つ、評議会はローレイ王子によるレットラント国の設立を支持する。」


 さらに文官は周りを見渡し、反応を確認する。そして想定通りの反応であることを確認し、話を続ける。

 

「一つ、レットラント国が評議会へ参加いただくという条件で、レットラント設立に向けたチャーズ討伐のための戦力、および討伐後の物資、人員の援助などを行うこととする。」

 

 こうして、文官が読み上げ終わると、ローレイはゆっくりと文官の前に立つ。そして、後ろに控える部下達を見渡す。

 これは、自分は評議会からの提案を受けるつもりで居るが、反対のものがいれば名乗り出ろ、ということだ。部下達は、一斉にローレイにうなずいた。

 実際、評議会からの提案はローレイ達にとって、デメリットと思われる要素はなかった。

 

「たしかに、受け取りました。」


 ローレイは評議会の文官から羊皮紙を受け取る。そして、一斉に湧き上がった拍手に包まれた。

 

「ローレイ王子、おめでとうございます。」


 文官がローレイにお辞儀する。

 

「いや、まだチャーズの討伐は終わっていません。」


 ローレイは文官に微笑みかける。

 

「これは失礼いたしました。確かにそうでございました。」


 文官が改めて頭を下げるが、ここに居るかなりの数がチャーズの討伐が成功することを疑っていなかった。

 

「ところでローレイ殿、どのような国を作られるつもりかお聞かせいただけないだろうか。」


 近藤がローレイに問いかける。

 

「ええ、若輩もののつたない考えでよろしければ、お聞きいただきましょう。」


 ローレイが話を始める。

 

「そもそもこの国は、多数の国がそれぞれの文化を持って成り立っていたと聞いております。しかしチャーズに支配されることで、それらの文化のいくつかは失われたと聞いております。これは非常に悲しむべきことです。よって、全てが可能とは思えませんが、それぞれの国の文化を復活させ、それらを生かした集合体のような国を作りたいと考えております。」


 その言葉に文官達は、驚きの声を上げる。

 

「そして、貴族は廃止しようと考えております。事実、それぞれの国における貴族といえるものは殆ど残っていないと思われますし、国を支えるのは貴族である必要もないと考えております。事実、レジスタンスのメンバーには、平民でありながら貴族以上の能力を持つものも多数おります。そして、己のできる事、やりたい事ができる国というものが1つぐらいあってもいいのではないでしょうか。」


 文官だけでなく、武人達からも驚きの声が上がった。

 

 ローレイのいう集合体というのは、合衆国の考え方に似ている。州に該当するものが、それぞれの文化で統治するという考え方が近いだろう。俺達の世界では実例もあり珍しい考え方ではないが、この世界においては前例など当然なく、地方に権力を与えるというのは、国が乱れるという考え方をするのが常識であった。

 また、同様に職業というのは家柄などである程度制限されるというのが、この世界の常識である。通常、国とは王や貴族達が治めるものであるという考え方を、子供のころから聞かされて育つため、そのことに疑問を覚えることはない。そして、その常識を覆す身分制度の廃止と職業の選択権とう考え方を取り入れようとしている。

 

 この考えは、幼少のころから平民に混じってレジスタンスとして活動していたローレイならではのものだろう。事実、貴族と平民の違いとは身分の違いだけで、才能などの差があるわけではない。一般的に貴族は教育を受ける機会が多いため、頭がよいということはあるが、同じような教育を受けた場合、そこに差はうまれない。

 文官として才能のあるものは文官として、農民として才能のあるものは農民として、また武人として才能のあるものは武人として働けばよい、という考え方である。

 

 しかし、この考え方を定着させるのは至難の業であろう。子供の頃から持つ常識を覆すものというのには、やはり拒絶反応を起こすのはしょうがないし、たとえそれを理解できたとしても、やはり子供には自分の仕事を継がせたいと考える親もいるのである。そして実際問題として、貧困層では日々の暮らしに追われるあまり、子供達に満足な教育を受けさせることも難しいのだ。

 とはいえ、困難だからというのは諦める理由にはならない。そして困難というのであれば、チャーズを討伐する方が何倍も困難なはずだった。

 

 こうして、おのおのの胸に熱い思いを滾らせながら、夜は更けていった。

 

 

「のう、ドルセア。一杯つきあわんか。」


 連合軍との話し合いを抜け出したレオールは、ドルセアの居る牢の前に座り込んでいた。そして、その手には酒が握り締められている。

 ドルセアは意識が回復したのち、捕虜として中央砦の牢に入れられていたのだった。

 レオールの声に、ドルセアは体を起こす。

 

「これはレオール殿。捕虜に酒など出してよろしいのでしょうか。」


「別にかまわんだろう。捕虜に酒を飲ませてはいかんという法もない。」


 そういって、レオールは起き上がったドルセアにコップを渡すと、酒を注ぎ始める。

 

「のう、ドルセア。おぬしはどう思う。」


「何がですか?」


 ドルセアは酒をちびちび飲みながら答える。

 

「いまさら、しらばっくれることもなかろう。」


 レオールは笑いながら、酒をあおる。

 

「たしかに。チャーズはどのみち亡くなる運命にあったと思います。ウーロンロン共の悪行は目に余るものがありましたゆえ。」


「そうじゃな。あれはいかん。」


「そして、ローレイ王子ですが、レオール殿が目をかけるだけのことはあるようですね。王に相応しい風格をもたれている。」


「そのローレイ王子じゃが、貴族を無くすそうじゃ。」


「なんと! では国はどのように統治するのでしょうか。」


「貴族、平民問わず、能力のあるものが行えばよいというお考えじゃ。」


「しかし・・」


 ドルセアのコップに酒を注ぎながら、ローレイは続ける。

 

「たしかに簡単にはいかんじゃろう。そもそも、おぬしは子供の頃にやりたかった事はないか?」


 ドルセアは酒を一口のみ、しばし考える。

 

「実を申せば、料理人になりたかったですね。うまい料理を食ったあとの幸せそうな顔を見るのはなんともいえません。」


「わしは船乗りになりたかった。そして、いろいろな国を回ってみたかった。」


 お互いの夢を思い描きながら、二人は酒を飲む。

 

「素晴らしいですね。」


 そうつぶやくドルセアの目から、涙が一滴零れ落ちる。

 

「しかし、私はローレイ王子から見たら敵です。それが実現される様子は、あの世から見せていただきますよ。」


 レオールの口からコップが離れる。

 

「そのことじゃがな。わしに任せんか。」


「?」


 ドルセアは思わずレオールの顔を見る。

 

「レットラントには居づらいであろうから、ほかの土地にはなるがな。」


 そういうと、レオールはドルセアに酒を勧める。

 

 

「ま、どうぞ。」


 土方が近藤に酒を注ぐ。そして、周りにはブラックシャドウ達も集まっていた。

 

「うん、すまんな。」


 近藤が一口、酒をあおった。

 

「しかし、この1ヶ月は長いようで短かったな。」


 ロンドガルでの評議会の1件から、近藤は大忙しだった。

 連合軍の派遣が決まったのはいいが、やはりその構成や指揮権でもめたのだ。近藤やロンドガル国王達がさまざまな手を使って調整し、なんとか1ヶ月という短い期間で連合軍はチャーズの首都へと辿り着くことができたのであった。

 

「しかし、俺達より先に沖田達がここまで進んでくるとは、さすがに想定外でしたね。」


 土方が笑いながら酒を飲む。

 

「ああ、南砦を落としていたら褒めてやろうと思ってたんだがな。まさ中央砦も落とすとは思わなかったな。」


「そのうえ、ヨーレルの暴走まで止めてますからね。」


「ああ、あれは驚いた。ある意味、あれのお陰で調整がうまくいったともいえるがな。」

 

 今回の連合軍における最大の問題は、主力となるヨーレルが連合軍の指揮権を獲ろうとしたことである。ヨーレルに指揮権を渡すと、チャーズの国土の一部、もしくはその殆どをヨーレルに獲られかねない。結局、近藤が指揮をとることで収まったのだが、決め手となったのは、ゼイルの暴走と赤坂の国境付近での暴走、正確にはミストレアの暴走である。近藤とロンドガル国王は、ここぞとばかりにチャーズを脅したのだ。

 そして、その勢いで、ローレイ王子によるレットラントの設立も認めさせる。当然、ヨーレルとしては猛反対をしたいところだが、ゼイルの暴走の件に加えて魔王まで出てくるとなると、さすがに認めざるをえなかった。

 一方、ラフェリアとしては、レットラントが再興することで帆船による貿易が再開されれば、自国の農作物の輸出が増える上に、ヨーレルの占領も防げるなどメリットの方が大きい。

 

「では、明日からは我々の本領発揮となりますから、今日は適当なところで切り上げましょうか。」


「ああ、久しぶりに暴れるとするか。腕がなるわい。」

 

 そして、近藤と土方達ブラックシャドウの面々は宴会へと突入していった。

 

 

 翌日、ローレイの号令で、レジスタンスはチャーズの首都を目指して前進を開始した。

 途中、何度か戦闘が起こるが、近藤の指揮する連合軍はそれらを蹴散らしていく。

 

 そして、昼頃には首都の目前に迫るまでとなっていたのである。

 

「あれがチャーズの首都っすか。」


「ええ、その様ですね。」


「なんか、思ったより小汚い感じね。」


「おい、花子。それは言いすぎだぞ。」


 俺は花子をたしなめるが、事実、チャーズの首都は他の国の首都に比べると、明らかに活気がなく薄汚れた感じがする。

 

 ふと、殺気を感じ振り返ると、そこには口を大きく開けたミストレアがいた。

 

「なあ、なにやってんだ?」


「え? あ、あくびに決まってるじゃない。食べようとか、してないんだから。」


「ミストレア! いい加減になさい!」

 

 赤坂の怒りを受けて、ミストレアは泣きながら飛び去って行った。

 

「まったく、もう。」


 まあ、本当にミストレアが俺を食おうとしたら、ここの3人の攻撃を一斉に受けていたがな。さすがのミスリルドラゴンとはいえ、この3人の集中攻撃を受けたら只で済むはずはない。

 

「よし、行こう。」


 俺達は首都に向かって歩きだした。

 

 

「こっちはもぬけの殻です。」


「こっちも誰もいません。」


 首都に到着した俺達を待っていたのは、もぬけの殻となった王宮だった。

 

「逃げ出した後っぽいな。」


 近藤部長の機嫌がすこぶる悪い。どうもこの人は暴れ足りない様子だ。そして、兵の一部で魔王を見かけたという噂が出始めている。当然、近藤部長のことだ。実際、今の機嫌の悪い近藤部長は魔王そのものに見えてもおかしくなかった。

 

「いやー、財宝の類は綺麗さっぱり持ち出されているみたいですよ。まあ、資料の類を燃やされなかっただけ、ましかもしれませんけどね。」


 ローレイが頭をかきながら、こちらにやってくる。

 

 俺達が首都に入ると、予想されていた反撃はまったく無く、レジスタンスにおびえた民衆のみが居るだけだった。

 そして、王宮もいくらかの兵がいるだけで、その兵達も俺達を見るなり降伏してくるような有様だった。

 

 早速、王宮内の捜索が始まるが、ウーロンロンはおろか、殆どの大臣達はどこにも見当たらない。私邸へも向かわせるが、そこももぬけの殻だった。

 

「中央砦が落ちたので、あわてて財宝を担いで逃げ出したってことかの。」


 レオールがあきれたように言う。


「とりあえず、追跡部隊を出しておきましょう。持ち逃げされるのも癪ですしね。」


 そういうと、ローレイは近くの兵にミルトアを呼びに向かわせる。しばらくしてミルトアがやってきた。

 

「大慌てで財宝かついで逃げ出したって様子ですね。」


 ミルトアもあきれたように言う。

 

「ミルトア将軍、このまま逃がすのも癪なので追跡部隊の組織を頼む。」


「そうですね。おそらく西に向かったものと思われますので、早急に追跡部隊を向かわせます。」

 

 そういうと、ミルトアは副官達に指示を出していく。

 

「しかし、思ったよりも老朽化が激しいようですね。」


 評議会の文官長が回りを見渡しながら言った。

 

「ええ、手入れらしい手入れもされていないようですね。」


 ミルトアが昔を懐かしむようでいて、ちょっと悲しそうにつぶやく。

 

「でも、もともと作りは良い建物のはずですから、このぐらいならまだリフォーム可能でしょう。」


 ミルトアが壁を触りながら言う。たしかにこの建物のつくりは良さそうだった。そして、あちこちの装飾も、痛みがみえるとはいえ、素晴らしいものだった。おそらくレットラントの最高の技術を使って立てられたのだろう。

 

「さて、それでは先にレットラントの設立宣言を済ませてしまいましょうか。」


 文官長はそう言うと、手ごろな部屋を探し主なメンバーを集めていく。

 そして、メンバーが集まると設立宣言の儀式が始まった。

 

 まず、正面に立ったローレイが大きく前に踏み出す。

 

「我、ローレイはここにレットラント国の設立を宣言する。」


 続けて評議会の文官が一歩前にでる。

 

「評議会の名において、レットラントの設立を認める。」


 いくつかのやり取りののち、レットラントの設立宣言は無事終わりを告げる。そして、ローレイのデザインによるレットラントの国旗が王宮に掲げられることで、ここにレットラント国が設立したのだった。

 

「さて、設立宣言も終わったことで、このあとの処理を進めましょう。」


 そう、これは終わりではなく始まりに過ぎない。本当の戦いはこれからである。俺達は一番大きな会議室に移動する。

 

「まず、ここからが本番です。」


 文官は一同を見渡しながら話を進める。

 

「これからレットラントが国として末永く栄えていけるかどうかは、これからの1年ほどにかかっています。」


 ローレイが立ち上がる。

 

「その通りだ。民の心は離れやすいものだ。古より鉄は熱いうちに打てという。熱いうちに、どこまで使える剣を鍛えられるか、ここからが勝負である。」


 ローレイの言葉に、一斉にうなずいた。

 

「まず、国の内政についてはレオール将軍に任せる。文官長殿もレオール将軍の補佐をお願いしたい。」


 レオールと文官が立ち上がり、ローレイに一礼する。

 

「また、各地方の情勢については、グルセアの配下に探らせているゆえ、グルセアから報告を受けてほしい。」


 グルセアがローレイに一礼し、つづけてレオールや文官にも一礼した。


「そして、治安の維持と、残党の排除についてはミルトア将軍に任せる。」


 ミルトアは立ち上がると、ローレイに一礼する。

 

 こうして、ローレイや各将軍達から、今後の指示がつぎつぎと出されていた。

 

 で、我らが魔王、いや近藤部長は先ほどから落ち着きがない。これは暴れたりずにうずうずしている証拠だ。まったく子供かっていうの。しょうがないのでサスケに合図を送る。

 

 実は俺達は、こんなことも想定して、昨晩に打ち合わせをしていた。

 ドルセア将軍を倒したので、首都を守る兵力はそれほどないと考えていた。実際はまったくなかったのだが。

 どちらにせよ、近藤部長達は不完全燃焼となることは見えていた。

 では、どうするか。

 これは、どこかで発散してもらう必要がある。そして、おりしも北の地では魔物との戦闘が、現在も継続中である。つまり近藤部長達に北の地にいってもらえば、発散してもらえる上に魔物も退治することができるという、win-winということになるのだ。

 

 そして、近藤部長が北の地へ行くことに、さらなるメリットがある。むしろ、近藤部長がこのままここに居続けるデメリットといってもいいだろう。つまり、レットラントの首都に魔王が出現しているという事実、いや噂が広がりかねないのだ。

 これはレットラントにとって、死活問題となりかねない。よってなんとしても、近藤部長には早急にここを離れてもらう必要があるのである。

 

 さらに、個人的にはもう一つの案があった。赤坂にミストレアを連れて北の地に言ってもらうのである。

 正直、首都占領後に発生するさまざまな後始末を考えると、赤坂がいないのはかなり痛い。しかし、かといってミストレアに狙われながらという状況は、俺が耐えられない。ここは悩ましい選択であるが、将来的なことを考えると赤坂に北の地でミストレアの教育をしてもらいつつ、ミストレアが魔物も退治するというこれまたwin-winということになる。

 

 そして、赤坂が抜けるかわりにしーちゃんを呼ぶというアイデアも出てくる。しーちゃんは事務もバリバリこなせるため、十分戦力として期待できる。しかし、これはサスケがちょっと嫌がったが、そんなことは俺の知ったことではない。


 サスケがローレイに発言を求める。

 

「ところで北の地はどうするっすか。」


 ローレイは、ちょっと考え込む。実際これはかなり悩ましい問題でもあるのだ。

 すかさずサスケが助け舟を出す。

 

「提案っすけど、近藤部長達に北の地へいってもらったらどうっすかね。」


 ローレイの表情が明るくなる。そして、近藤部長の表情も明るくなる。

 

「「なるほど。」」


 この二人、ハモリやがった。

 

「たしかに、近藤殿達であれば、北の地の魔物など赤子の手をひねるようなものであろう。」


「北の地が魔物に脅かされているのであれば、行かぬわけにはいかんな。」


 つうか、近藤部長は早速出発しようとしてやがる。場所知ってるのかと。

 

「案内を兼ねて、赤坂とミスリルドラゴンを同行させましょう。」


 俺のそのセリフに、一瞬近藤部長の表情が曇る。で、近藤部長の目は花子に向いていた。

 

「あ、近藤部長、花子ではなく、赤坂ですからね?」


 近藤部長の目が見開かれ、あきらかに信じられないという表情をしていた。たしかに分からないでもない。こういう時に押し付けあうのは花子と相場が決まっていたのだから。

 しかし、現状において、花子の事務処理能力はこのあとの戦いに不可欠である。よって、花子を手放すことはありえない。また、赤坂を手放すというのはもっと有り得ないが、現状ミストレアという爆弾がある以上、そうも言ってられないのだ。

 

「沖田、本当だな。訂正はできんぞ?」


 近藤部長しつこい。

 

「ええ、赤坂とミスリルドラゴンです。間違いありません。」


 で、ちなみに周りも目を見開いて驚いていた。こっちはミスリルドラゴンに対してだが。

 

 ざわつく周りを無視して、俺達はローレイに一礼すると、役割は終わったとばかりに退出した。

 

 

 それからから1ヶ月、俺達はレットラントの立ち上げ支援をしていた。

 残された資料はどれも古く、殆ど使い物にならない状態であったが、ローレイやレオール、文官長達の働きにより、戸籍の整備や新たな法律の設立などが進み、レットラントは順調に立ち上がりつつあった。

 もちろん、俺達以外にも法務や総務なども投入してもらっているのだが。

 

 そして、ウーロンロン達は追跡部隊により捕らえられ、隷属の首輪をつけられてこの国のどこかで復興の手伝いをさせられているらしい。

 また、残党もミルトア達の働きにより、徐々に排除されているとのことだった。

 

「うーん、こんなもんかな。」


 俺は目の前に詰まれた書類をとじると、窓の外を眺めた。

 

「近藤部長達もそろそろ帰ってくるっすね。」


 サスケも俺の隣にきて、窓の外を眺める。

 

「結局、もう1ヶ月もたったのかぁ。」


 花子が書類に溢れた机につっぷしながら、つぶやいた。

 

「しかし、沖田さん達は戦闘もこなせば、事務もできるとか、本当の勇者ですね。」


 どれほどの仕事をしても、まったく姿勢を崩さない文官長がつぶやく。


 勇者って事務もこなす必要があったのか?

 まあ、俺達はサラリーマンなので、このぐらいのレベルの事務なら普通にこなすのだが、こちらの世界だと武人と文官を両方ともこなすというのは結構珍しいようだ。

 とはいえ、この文官長の仕事っぷりには、花子といえども敵わないのだが。

 

 そうそう、この文官長って評議会の人なのに、こんな仕事させていいのだろうかって思ってた。だって、レットラントの重要な国家機密を扱っているわけで、この情報を評議会に流されたらレットラントとしてはまずいだろう。

 その答えは、なぜか花子が持っていた。

 花子いわく、文官長は元レットラントの出身だったそうだ。チャーズに侵略されたときに、ヨーレルへ家族総出で逃げたとのこと。なのでヨーレルとしては、ローレイがレットラントを立ち上げることで、文官長が逆にスパイになることを恐れ、評議会を通じてレットラントに貸し出したらしい。そして、どこかのタイミングでレットラントに所属を移すことになっていたそうだ。そして他の文官達の殆どは、チャーズに侵略された国の末裔とのことで、やはりそれぞれの国からレットラントに移ることになっているらしい。


 でも、花子のことだから、この情報も拳で語りあったのかと思ったら、事務系同士で普通に話をしたとのこと。ちょっと安心。

 どっちかっていうと、花子は事務系というより戦闘系事務職だけどな。

 

 そんなことを考えながら、俺は窓の外を眺めていた。

 

「沖田さん、そろそろいかれた方がいいのではありませんか?」


 文官長に言われ、俺達はあわてて近藤部長達を向かえに出かける。

 

 

「沖田さーん」


 声のするほうを見上げると、ミストレアに乗った赤坂がこちらに向かってとんでくるのが見えた。

 しばらくして、ミストレアは俺達の前に降り立った。

 

「よう、元気だったか。」


「ええ、ミストレアも素直ないい子になりましたよ。」


 そういう赤坂の脇で、ミストレアが俺を威嚇することもせずにじっと座っている。

 ためしにミストレアに近づいてみるが、どうやら本当のことのようだった。

 

「ミストレア。これからも赤坂のことをよろしく頼む。」


 そう言って、ミストレアの頭を撫でてやる。うん、嫌がらないし、噛み付いてもこない。

 

「ええ。姫は童にお任せあれ。」


「うわっ、ミストレアが沖田にお辞儀してるよ。」


「流石は赤坂さんっす。完璧に手なずけたっすね。」


 1ヶ月でここまで変わるとか、赤坂はテイマーの素質もあるんだろうか。

 

「近藤部長達はどのへん?」

 

 満足そうな笑顔を見せる赤坂に尋ねる。

 

「もう間もなく到着されると思いますよ。」


 そういう赤坂の目線を追うと、黒い塊のようなものが向こうに見えた。

 その塊は徐々に近づくと、魔王、いや近藤部長がこちらに手を振っているのが分かった。

 俺達も大きく手を振り返した。

 


 レットラントでの仕事も無事終わり、俺達は久しぶりに島へ帰ってきた。

 

「そういえばさ、北の地ってどうだったんだ?」


「魔物は結構居ましたけど、1週間ぐらいで大体片付きましたね。」


「え? じゃあ、何してたの?」


「北の地って、たいした砦もなく、あってもボロボロな状態だったんです。」


「ああ、たしかにそうっすね。」


 サスケもうなずいている。

 

「それで近藤部長が6課の皆さんを呼び出して、砦の構築とかを始めてしまって。」


 なるほど。だとすると、それが終わるまで帰れないってことか。

 

「さらに、毎晩宴会始める始末で・・・」


 あー、ありうる。

 

「でも、おかげでミストレアの教育の時間もたっぷり取れたので、それはそれで有難かったですけどね。」

 

 俺はふと気がつく。

 

「そういえば、ミストレアってどこ行ったんだ?」


「あ、そういえばそうね。」


「帰ってくるときは船の上空を飛んでたっすけどね。」


 花子もサスケも首をかしげていた。

 

「ミストレアなら、島の火山の辺りにワイバーン達と移り住んでますよ。もちろん、近藤部長の許可も頂いています。」


 な、なんだと?! でも、もう襲われることもないから、いいのか。ってか、本当に襲われないよね?

 

「よし! じゃあ、とっと有給申請して南の国へ出発だ! 花子はまとめて申請を頼む。」


「了解!」


「サスケは代替メンバーアサインの手配だ。」


「了解っす!」


「赤坂は飛行機とホテルの手配頼む。」

 

「かしこまりました。」


「俺は近藤部長から軍資金をふんだくってくる。青い海が俺達を呼んでるぜ~!」

 

「「おー!」」


2章いかがだったでしょうか。

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