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30話

■30話



 ようやく田中が帰ってきた。例の痛車の件とかいろいろと問い詰めることがあったが、猫人族やリザードマン向けの装備の手配とか、追加人員とかいろいろと大変だったようで、相殺にしといてやった。

 

 青森さんは装備の配布、サスケや花子、しーちゃん達は追加人員達に仕事の割り振りとかをする。

 

 でも、これでようやく監視から開放される。当初、リザードマンや猫人族にも監視システムの使い方を教えようかと思ったのだが、いろいろと問題があり、結局俺達が交換で監視をしていたので、正直きつかった。もう、定時どころかこっちに泊り込みだ。

 

 それだけではない。ここの掃除やら、食事の用意、殆どのことを俺達だけでこなさなくてはならなかった。

 マジでこのタイミングでチャーズが攻めてきたら、おそらく大変なことになっていただろう。箒やお玉で戦うとか、洒落にならん。

 

 ふと見ると、斉藤課長が桶を持って突っ立ってる。いつ来てたんだろうか。

 

「斉藤課長、その桶はなんですか?」


「ん? いや、あれだ。標準装備?」


 な訳あるか!

 

「温泉ならまだですよ。先日、熊本さんからレーダーの設置が終わったという報告があったばかりですから。今、地熱発電の方やってもらってますから、その後になります。」

 

 このおっさん、早速帰ろうとしやがった。

 

「手が空いてるなら、サスケ達を手伝ってもらえませんかね。」


「お、おう。当然だ。」


 ふふふ、只で帰れると思うなよ。せいぜいこき使ってやんよ。

 結局、斉藤課長もしばらくこっちに滞在することになった。そして、当然ながらがっつり働いてもらう。

 

 そうそう、しーちゃんについて斉藤課長に聞いたら、斉藤課長は知っていた。彼女は結構有名らしい。

 で、そのうち戦闘部に移ってくると思うとのことだった。まあ、薙刀の師範代はたしかに戦闘部向きだな。

 し、か、し、俺のチームになりそうな気がする。いや、なるだろう。どんだけ火力重視パーティになればいいんだ・・・

 

 

 俺は相変わらず、赤坂と魔法の練習をしたりしている。

 魔法については、範囲魔法はなんとなく使えるレベル。範囲のコントロールはおろか、前面に飛んだり、後方だけに飛んだり、どこに飛ぶか使ってみないと分からない。実用するには、単体で敵のど真ん中に突っ込んでいって、そこで使う必要があるという、相変わらずのコントロール不可状態である。ずばり、これは死ぬな。

 

 赤坂いわく、当面の目標は魔法の初級を取ること。

 魔法職になるには魔法が使えること以外に、有資格者であるという条件がある。別に魔法職になるつもりは無いが、有資格者の管理下以外で無資格で魔法を使うと始末書もんだそうだ。なので戦闘中の回復魔法のためにも、資格を取る必要があった。

 

「沖田さん、監視ルームに来てもらえるっすか。」


 インカムにサスケから連絡が入る。

 

「分かった、すぐ行く。」


 赤坂にうなずき、俺と赤坂はサスケの待つ監視ルームに急いだ。

 

 監視ルームに付くと、斉藤課長やサスケがレーダーを凝視していた。レクチャーしている最中だったらしく、追加メンバーも覗き込んでいる。

 

「レーダーに船の反応っす。」


 レーダーを見ると、沖合いに比較的大型の反応がある。でも1艘だけ。

 

「1艘ってどうなんだ?」


「ひょっとすると、偵察かもしれないっすね。」


 例のスパイに流させた情報は、当然チャーズに届いているはず。タイミング的にはそろそろ来るかと思っていた。

 

「とりあえず、戦闘準備しといたほうがいいな。このコースだと、猫人族の村あたりが上陸ポイントだろう。」


「そうっすね。到着予想は明日の昼ぐらいっすかね。」


「あ、一応スパイ連れてって確認してもらおう。」


 俺達は早速移動のための準備を始めた。追加メンバーには、早速マニュアル片手に業務を始めてもらう。OJTなんぞ、そんなもんさ。

 

 

 翌日、例の船は想定通り、猫人族の村の海岸付近に近づいていた。

 

「へー、帆船だな。」


 この世界で、帆船は結構珍しい。殆どが手漕ぎだそうだ。俺もこの世界での帆船は始めてみた。

 

「あの船、知ってるか?」


 俺はスパイに双眼鏡を渡す。

 

「????」


 あ、使い方知らないのか。スパイに双眼鏡の使い方を教えてやる。

 

「な、なんだこれは?!」


 スパイは一生懸命、手を前にだして帆船に触ろうとしていた。

 

「あのな、それ目の前に来ているわけじゃないから。手を伸ばしても触れないから。」


 スパイはむっとしているが、無視。スパイは改めて双眼鏡で見る。

 

「あの船は、おそらく海賊船でしょう。」


「「え?」」


 一斉にスパイに注目が集まった。でも、双眼鏡で見ているので、スパイは注目されているのに気が付いていない。

 

 スパイいわく、この世界で帆船を操る技術というのは、ほぼロストテクノロジーとのことだ。道理で見ないわけだ。

 もともと帆船は、チャーズの南側にあったレットラント公国という国で使われていたそうだ。また、レットラント公国は20年ほど前にチャーズに滅ぼされていた。

 そして、レットラント公国がなくなったことは、この世界に大きな経済的ダメージを与えていた。

 レットラント公国のメインの産業は船を使った貿易。ヨーレル帝国の工業製品やラフェリア王国の農作物は、レットラントの船で運ばれていた。これがなくなったため、ヨーレルで作られる高品質の農業器具はラフェリアへ運ぶのが困難となり、ラフェリアの農作物も同様にヨーレルへ運ぶのが困難となっていた。つまり、レットラントの滅亡は経済が停滞し始めるトリガーとなったのだ。

 

 ちなみに、このスパイもレットラント公国の人だったそうだ。

 

 レットラント公国が滅ぼされたとき、帆船の操舵技術をもった人たちは帆船で逃げ出したらしい。そしてその人たちは海賊となったということだった。

 おそらく、あの船は元レットラント公国の人たちだろう。

 

「なにしに来たっすかね。」


「じゃあ、私が聞きにいってきましょうか?」


 スパイが双眼鏡を目から外しながら言う。

 

「私も元レットラントの人間です。ひょっとしたら、話ができるかもしれませんし、そのぐらいのお役には立てるかと思います。」


「よし、沖田。それで行こう。クルーザーで行くぞ。」


 斉藤課長の鶴の一声だ。そうと決まれば話は早い。青森さんがクルーザーの準備を始めた。

 ちなみに青森さん、車、船、ヘリ、セスナと乗り物関係は大抵操縦できるそうだ。なんなんだ、この人は・・・

 

 

「なんか海賊船より漁船って感じだな。」


 斉藤課長はちょっとがっかりしていた。

 たしかに、イメージだと海賊船って船首に人魚とかの彫刻があったり、ドクロの旗を掲げていたりするのだが、この船は非常にシンプルで、ドクロの旗も無かった。そして、手入れはされているものの、あちこち修理のあとが目立つ。

 

「まあ、もとが漁師とかですからね。」


 スパイが、さも当然という風に答える。

 

 20mほどの距離をおいて、青森さんがクルーザーを停止させる。向こうもこちらに気が付いて、甲板に集まってきていた。

 

 斉藤課長がクルーザーの船首に立つ。手には拡声器。


「元レットラントの方とお見受けする。島になにか用事だろうか。」


 ガタイのいい男が出てきた。

 

「ほう、俺達がレットラントと分かるか。」


 こいつ、すげー声がでかい。海の男ってこういう感じ?


「ん? お前、レイモンドじゃねーか。 俺だ、グルセアだ。」


 え?スパイってグルセアって名前だったのか。初めて知った。で、グルセアも声がでかい。レットラントの仕様なのか?

 

「グルセアか?! なにやってるんだ、そんな所で。」


 どうも、このスパイ、いやグルセアと海賊は、知り合いだったようだ。しばらく二人の世界で会話していやがった。しかも大声で。

 結局、レイモンド達海賊は、チャーズがこの島に攻め入ろうとしている噂を聞いて、助太刀に来てくれたそうだ。

 クルーザーで海賊船を引いて、戻ることにする。


 猫人族の村で話をしたところ、グルセアとレイモンドは幼馴染とのことだった。そして、20年ほど前にレットラントが滅んだとき、農民だったグルセアは残り、漁師だったレイモンドは船で逃げたそうだ。そのあと、レイモンド達は魚を取ったりしながら、チャーズの海軍に奇襲をかけたりしていたそうだ。なので、チャーズから見るとレイモンド達は海賊という扱いになっているらしい。

 そして、海賊はもともと200艘ぐらいいたそうだが、ヨーレルとの戦闘や、老朽化などで次第にへり、現在はレイモンド達含め残りわずかになってしまっているとのこと。

 

「まあ、海賊っていっても、貿易船とかは狙っていねえがな。狙うのはチャーズの海軍だけだ。」


 レイモンドの船には50人ほどが乗っていた。レイモンドの親とかは既に亡くなっているそうだが、他の船に乗っていた仲間や海軍の船に乗せられていた奴隷なども仲間にしていたらしい。

 

「俺達もいっしょに戦わせてくれ。そしてその代わりといってはなんが、この島に済ませてくれないか。」


 この20年ほど、ずっと船の上で逃げるように生活していたので、この島に定住したいということらしい。

 

「そうだな。問題ないだろう。評議会とかには俺が話を通しておく。」


 斉藤課長が快諾する。船があるっていのは、俺達にもメリットはでかい。

 そ、し、て、なんとレイモンドの仲間には、リーゼという「猫耳」お姉さんがいた。猫人族の村の「猫耳」お姉さんも捨てがたいのだが、いかんせん既婚だったり、子供だったりしていたのだ。

 し、か、し、リーゼは未婚でナイスバディかつ、美女だ。こ、これは斉藤課長にGJと言わねばならんだろう。

 

「でも、この船サイズだと港には入らないですね。」


 青森さんが、沖合いの船をみながら言う。

 

「そうだな、港の工事も俺から6課に依頼しておく。」


 こうして、海賊達が俺達の仲間に加わった。

 

 

「ちがうにゃ、どこ見てるにゃ。お前はバカにゃ。」


 俺達はレイモンド達に帆船の操舵を教わっていた。

 オールで漕ぐ船が中心のこの世界で、帆船のスピードは大きなアドバンテージである。

 一応、帆船というものはあるのだが、横風や向かい風で操舵する技術は殆ど伝わっていない。

 ヨーレル帝国が海の向こうのローネシア大陸のロンドガル王国に評議会などのために移動するときには、一応帆船を使ってはいるが、帆を張るのは追い風のときだけだった。横風や向かい風の時はひたすらオールで漕いでいるとのこと。

 とはいえ、ヨーレル帝国については工業の国だ。ゴーレムのようなもので、オールを漕がせている。しかし、そのエネルギーとなる魔蓄石は高価であるため、人力がメインでサブとして使うのが精一杯だそうだ。それでも、人力のみに比べれば、大きな違いがある。ヨーレル以外は、ひたすら漕いでいるのかと思うと、ちょっとかわいそうになってくる。

 

 で、リーゼが俺に教えてくれているのだが、どうもうまくいかない。別にリーゼをずーっと見ていて、説明を聞いていないということもないようなきがしないでもないのだが、多分そうだろうと思う次第なわけである。

 

 結局、赤坂達、猫人族、リザードマンの対象者のうち、俺が一番最後だった。

 そして俺の補講は、レイモンド直々のスパルタ式。ああ、あっという間にマスターしてやったさ。

 

「沖田さん、なんで最初からやらないんですか、最低ですね。」


「ああ、まったくだよね。」


 赤坂、花子、しーちゃん達、女性陣からの俺の評価は駄々下がりだった・・・ あんど、リーゼの俺を見る目が・・・

 

 

◆◆

 

 5将軍の一人、ミルトア将軍を将軍と呼ぶものは、この北の地にはいなかった。

 ミルトアはレットラント公国において、20歳そこそこにして軍神といわれる英雄であった。そして、チャーズとの戦いで常に最前線でその力を振るっていた。

 しかし、レットラントは所詮貿易をメインとする商人の国、戦闘国家を自認するチャーズの敵ではない。ミルトア達も最初は善戦していたが、次第に押され、ついには降伏してしまう。

 兵は最後まで戦うことを主張したが、ミルトアは勝てる見込みの無い戦いをすべきではないと考えていた。降伏し、己の命と引き換えに兵を守る、それがミルトアの最後の役目だろうと。

 

 降伏したミルトア達であったが、ヨーレルはミルトアを処刑しなかった。いや、出来なかったのである。

 レットラントにおけるミルトアの人気は絶大で、ミルトアを処刑した場合、レットラントの残党が暴れだす可能性があったのだ。

 チャーズはもともと国内に不安要素を抱えている。その上でレットラントの残党が暴れだすということは、くすぶりつつける国内の火種へと飛び火する可能性もあった。

 結局、ミルトアには形だけの将軍職と、レットラントの残党を率いて北の地にはびこる魔物と戦うという任務が与えられた。

 

 ミルトアはチャーズから与えられた将軍という職を引き受けたつもりはない。よって、己を将軍と呼ぶことを禁じていた。

 

「ミルトア様、食事の準備ができました。」


「おう、すまんな。」


 ミルトアは食事の用意されたテントへ向かう。ここでは平等であった。ミルトアも一般兵と同じ食事を一緒に食べる。

 それはミルトアが望んだことでもあったが、同時にミルトアに特別な食事を用意する余裕もなかったのだ。

 

 チャーズ共和国のウーロンロン大統領は、ミルトア達に最初は食料や物資を送っていたが、もともとミルトア達を邪魔者と考えていたのに加え、チャーズ国内の食料難もあり、ずいぶん前から補給は途絶えていた。

 

 ミルトアはチャーズからの補給はなくなるものと考えており、北の地について最初にしたのは、戦闘班と食料班の編成だった。もともとミルトアの率いる残党は、全部が兵士ではなく、チャーズへの反乱分子と思われるもので構成されていた。よって、かなりの農民もいたのである。


 ミルトア達がいるこの北の地は、一年を通して気温が低く、また魔物も多いため安定した農業がしにくい地であった。

 しかし、それは農業ができないということではなく、わずかながらの畑で魔物達に襲われながらも農業をしている者達もいたのである。


 ミルトアは食料班に周りの村で、といっても廃墟となった村が殆どであったが、その農作物を調べさせた。

 この北の地は寒く、ミルトア達の知る農作物は育ちが悪いか、もしくは育たない可能性があったのだ。

 その結果、北の地でも育つというジャガイモなどを見つけた。

 そして、残っている村人たちをその保護下に加え、食料班とともに農作物の栽培を進めさせていた。

 

 兵士を中心とした戦闘班と、農民を中心とした食料班にわけることで、戦闘に不慣れなものの不要な戦死を防ぎ、あわせて食料を確保することで、当初は1万ほどいた兵が5000ほどに減ったとはいえ、ミルトア達は今日まで生きながらえてきたのである。

 

 ミルトアが食事をしていると、男がテントに入ってきた。

 

「ミルトアさん、1隊が戻ってきました。オークが数匹でたらしいですが、こちらには損害なしです。」


「わかった。お前も飯を食え。あと、オークの肉は配給に回しておけ。」


 ミルトアに言われ、その男、ミルトアの副官も、ミルトアの隣に座り、食事を取り始める。

 代わりに食事を終え手の空いているものが、ミルトアの指示を伝えにテントから出て行く。

 

「そういえば、噂ですが、ヨーレルが島を攻めるらしいですよ。」


「ああ、勇者がいるとかいう島か。」


「ええ、なんでも全海軍がでるとか。」

 

 チャーズの海軍は、総勢2万といわれる。また、その殆どが正規兵であり、先鋭ともいえる構成と聞いていたが。

 

「チャーズの海軍に勇者が倒せるとは思えんな。」


「まあ、レットラントの海軍と比べれば、船に乗った陸軍とかわりませんし。上陸前に叩かれたら、ひとたまりもありませんね。」


 ミルトアは笑うように口を歪ませる。

 

 副官は、ミルトアの耳元でささやく。

 

「でも、そろそろかと思います。」


「ああ、かもしれん。だがその前に、ここの魔物どもを片付けないとな。」



◆◆

 

 チャーズ共和国との国境付近の砦で、この砦の責任者であるゼイルはチャーズの軍を眺めていた。

 

「しかしチャーズのやつらは、あきらめるということを知らんのか。むしろ、こっちから攻めてもいいくらいだ。」


 事実、チャーズはゼイルの守る砦を攻めあぐねていた。

 ヨーレルは工業をメイン産業としているだけあり、その装備はチャーズに比べ品質がよい。このアドバンテージに加え、ゼイルの守る砦も堅く、チャーズの兵はその物量を持ってしてもまったく攻め切れていない。そして、チャーズの軍は、指導者こそ優秀なようではあったが、その殆どが農民兵のようで、統制もイマイチとれていなかった。

 さらに、チャーズの軍は当初は5万ぐらいの兵で攻めいていたが、現在ではおそらく2万ぐらいだろう。迎えるこちらは1万の兵に加え、この強固な砦と品質のいい装備がある。5万にも耐え切れたこの砦が、2万の兵で落とされることはないのである。

 

「しかし、向こうにはドルセア将軍がおります。迂闊に攻めるのは危険かと。また、国王からもチャーズ共和国への侵攻はせぬように申し付けられております。」


 本来なら、この戦力差をもってすれば、とうの昔にヨーレルは反撃に打って出てチャーズを散らしていたはずであった。しかし、それが出来ずにいる原因の一つが国王からの侵攻禁止命令であり、もう一つがドルセアだった。

 チャーズの5将軍の一人といわれるドルセアは、その将軍の名に相応しくあの統制のとれない軍を巧に使って攻めてきている。おそらく、装備のアドバンテージがなければ、この砦がいかに堅くても今頃落ちていたかもしれない。

 

「ああ、分かっている。たとえの話だ。」


 そう答えたゼイルであったが、チャーズの軍をどう攻めるかを考えていた。

 ゼイルは野心家である。もともと職人の家に生まれたが、どうも職人に向いていなかったために仕方なく軍に入ったのだが、めきめきと頭角を現して今の地位まで上り詰めていた。とはいえ、今の時代は魔王や魔物達との戦いが中心であり、このような国境の警備はある意味閑職ともいえた。

 

 しかし、現在のチャーズとの国境付近の砦におけるこの任務は、自分にとって手柄を立て出生する最大のチャンスであるといえる。そして、自分にはそのチャンスを生かす才能も軍もある。

 チャーズの軍を見つめるゼイルの目には、手柄とともに凱旋する自分の姿が浮かんでいたのだが、周りのものには知る由も無かった。

 

 

◆◆



 パーコー将軍補佐の目の前には、出撃を控えた100艘ほどの船がある。このチャーズ共和国の誇る全海軍であった。

 

「食料はまだ集まらんのか。」

 

 パーコーの問いに、副官が答える。

 

「何ゆえ、この食料難ですので、今しばらくかかるかと覆われます。」


「いったい、何時まで待てばよいのか。大統領閣下の出撃命令はすでに出ているのだ。」


 チャーズ国内の食料難は、それほど深刻だった。

 もともとチャーズは農業をあまり優先しておらず、回りの国を侵略し、その備蓄された食糧を略奪することで食料を満たしてきた。しかし、魔物が増えるにつれ、その戦闘が対魔物となると略奪による食料の確保が困難となってしまった。

 

 そこで、農業に力をいれれば状況は変わったのであるが、チャーズにはその発想がなかった。食料は他国を侵略して奪うものという認識しか出来なかったのである。

 

 その結果、わずかながら国内で生産される食料と、20年ほど前にレットラント公国を侵略して奪った食料で食いつないでいたのだが、それもすでに限界に達している。

 更なる食料の入手先に選ばれたのが、あの島であるのだが、そこに攻め入るだけの食料すらない有様。

 

「このチャンスを逃すわけにはいかんのだ。」


 うめくようなパーコーの声に、副官はあきれていた。

 パーコーは将軍補佐であったが、さしたる実戦経験も知識もない賄賂と運でのし上がったタイプだ。しかし、チャーズではよくある例である。それに比べ、この副官は兵士からのたたき上げで、戦闘経験も知識も十分に兼ね備えていた。

 この戦い、負けることはないが、パーコーの望むような結果にもならないだろうと思っていた。

 

 たしかに、パーコーがあせる理由も分かる。

 チャーズには5将軍といわれる将軍職がある。しかし、現在将軍は2人しかいないのだ。 まず、筆頭将軍といわれたレオール将軍は、高齢を理由に引退されていた。そして一人はレットラントとの戦いで戦死しており、もう一人は反乱を起こして粛清されているのである。よって、ヨーレルとの戦いを率いるドルセア将軍と、北の魔物と戦うミルトア将軍のみとなっている。

 そしてドルセア将軍はチャーズで生まれ育ったとはいえ、もともと侵略された国の出身だ。さらにミルトア将軍は生まれも育ちもレットラントであり、レットラントの残党を抑えるために将軍の地位を得たにすぎない。

 純粋なチャーズ出身の将軍がいないというのは、選民意識の強いチャーズの民には耐え難い屈辱ともいえるのだ。

 

「食料はあるのだ。なぜレジスタンス共から奪えんのか。」


 もともとレットラントだった村では、以前と同じように農業をしている。それは、チャーズ全体をまかなえるほどの量ではないものの、それなりの生産量があった。

 しかし、それは国に流れることはなく、周りの村などへと流れていくだけだった。なぜなら、国がそれを回収しようとするとレットラントの残党を中心としたレジスタンス達に阻まれてしまうのだ。

 

 チャーズの兵のかなりの数が、農民兵ということもあるのだろう。やはり農民である以上、その農作物を作る手間は理解している。命令とはいえ、それを奪うということは良心や農民としての誇りが咎める。

 

「食料の準備状況を報告させていただきます。」


 兵が書類を差し出す。

 

「ようやく4日分となっております。島まで片道およそ7日、往復ですと14日、戦闘期間なども含めますと、20日分は必要かと思われますが。」


 副官が書類に目を通しながら、パーコーに伝えた。

 

「一体、いつになるのだ。 ・・・よし、7日分の食料が集まったところで出撃とする。」


 副官や周りの兵がおののいた。

 

「いや、それでは・・」


「なにを躊躇う必要があるのだ。戦いとはタイミングだ。こうしているうちにも、奴らの戦力は増強されているかもしれんのだぞ。」

「たしかにそうかもしれませんが、それでも7日分では・・・」


「なら、6日でいけば良い、それにこの2万の兵をもってすれば、やつらなど1日でけりが付くだろう。大体、いくら勇者がいるとはいえ、この短期間で集められる兵はせいぜい数千が限界だ。その程度なら我海軍の力を持ってすれば、1日もかからんのではないか。」


 たしかに、数千の軍に対して2万という戦力は、圧倒的な数である。そして、その戦力差があっても苦戦するようなことがあれば、その指揮官は無能の烙印をおされるだろう。

 

「帰りの食料にしても、島の食料を奪えばよいのだ。なんの心配がいる。」


「であれば、以前に申し上げたように、半分の1万で出兵されてはいかがですか。1万であれば、現在の食料でも8日分にはなります。数千の軍に対して1万でも十分でしょうし、戦闘に多少苦戦したとしても、食料はなんとかなると思われますが。」


 だから言ったろうが、という表情で副官はパーコーを見るが、みるみるパーコーの顔が赤くなる。

 

「いや、2万の兵は大統領閣下からお預かりしたもの。減らすわけにはいかん。」


 もっともパーコーの意図は、万が一にも1万で負けたらどうする?ということだった。パーコーは兵の数は多いほどいい、多いほど有利だ、という考えしかもっていない。そこに運用などという考えはなかった。

 

 当初、副官が提案したのは1万の兵での侵攻だった。これには訳がある。

 まず、食料問題が一つ。そして島の状況である。スパイより、戦力や地図などの情報はもたらされており、それを元に作戦が立てられているが、短期間でこれほどの地図が作れるというのはおかしい。罠の可能性は大きいと考えられるのだが、パーコーはまったく疑っていない。とすると、戦力についても、おそらく偽情報の可能性もあった。

 とすれば、いきなり全軍でいくのはリスクが多すぎるのである。

 また、地図を信用するとすれば、海軍の船が上陸可能なのは1箇所のみである。地図をあてにしなくても、おそらくそれほど変わりはないだろう。とすれば、とても100艘が一度に上陸するのは無理であった。規模から想定するに、せいぜい5艘程度づつが限界だろう。だとすれば、100艘が上陸完了するのは1日ではすまないはずだ。よって、50艘でも多すぎるのだが、戦闘や食料の運び出しなども考えると、今回は50艘、つまり1万の兵というのが適正のはずだった。

 

 怒り狂うパーコーを尻目に、どうやって今回の出兵を拒否しようかと考える副官であった。


2章は、週末の更新を予定しています。

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