表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

人格改造プログラム

「それでは、担当の者を呼んで参りますので、少々お待ちください」

 そう言って、スーツの女性は部屋から出て行った。ドアが閉まる音が不安感を煽る。今から僕は、僕の知らない自分になるのだ。怖くない訳がない。

 この部屋は普通の会社の応接室のようだが、それよりもずっと壁は分厚いようで、外の音は全く聞こえない。そもそもここで話すことは他人に聞かれては困る――というより恥ずかしいことなのだ。きっとこの建物には他にも似たような部屋がたくさんあるのだろう。

 そんなことを考えていると、ドアを叩く音が聞こえた。入ってきたのは黒い表紙の分厚いファイルを抱えた男性だった。

 男性はさっきまで女性が座っていた椅子に腰掛けて、机の端にファイルを置いた。

「お待たせして申し訳ありません。橋本様の担当をさせていただきます、工藤と申します。よろしくお願い致します」

「はぁ……」

 どうしても、彼の持つ黒いファイルから目が離せない。それを何かに例えるとすれば、映画なんかで機密文書が綴じられているようなファイルとでもいったところか。あれの中には一体どんな情報が入っているのだろうかなどと気になって仕方がない。

 そんな僕のことを、工藤さんは気にしてはいないようだった。

「それでは、我が社が提供しているサービスについてご説明させていただきます。我が社では橋本様もご存知の通り、『人格改善サービス』を行っております」

「はい」

 そのことが目的できたのだから知らない筈がない。

「それでは、こちらをご覧ください」

 そう言って、工藤さんは端に置いてあったファイルをこちらへ向けて開いた。そこにはごちゃごちゃとした表や図が載っていた。

「あの……、これは?」

 一枚めくったところには『各コースの説明』という見出しが印刷されていた。

「我が社では主にこの六つのコースをお客様にご提供させていただいております。その中でも特に人気なのがこちらの『パーフェクトコース』です。先ほど見ていただいたグラフの赤いものがこれの人気度を表したものですね」

「なるほど……」

「そして、こちらがコースの種類や料金をまとめたものになります。こちらのグラフは、どのコースをどれだけの人がご購入なさったのかを集計したものです」

 そう言って彼が指差したところには、数本の棒グラフがあった。その中でも特に赤色の一本だけが他の四倍近くあった。恐らくこれが『パーフェクトコース』のものだろう。そういえば、こういうグラフというものは学生時代に見たっきりかもしれない。

「ところで、橋本様はどのようになりたい、といったご希望はございますか?」

 そうだ、僕は自分を変えるためにここへ来たのだった。確かに親に無理やり行かされた感はあるが、結局は僕の意思なのである。ここでしっかり伝えられなければ、変わることなんてできないのだ。

「あ……あの、僕、実はニートでして……それで、親にも迷惑を掛けているし、しっかりしたいなと思って……」

 ああ、全く駄目ではないか。数年間の引きこもり生活のおかげで、明らかに対話能力が低下している。しかし工藤さんの顔を見てみると、全く困ったふうではなかった。むしろ少し安心しているようにも見えた。

「わかりました。それでは橋本様には『パーフェクトコース』がよろしいでしょう」

 工藤さんは更にページをめくり、『パーフェクトコース』とやらの詳細が書かれたところを僕に見せた。どうやら今の説明で僕に必要なものが判ってしまったらしい。

「こちらのコースは世間一般で『完璧』と言われている人格になれるようにこちらでカスタマイズしたものです」

「あの、それはどんな感じなんですか……?」

 尋ねると、工藤さんは少し考えるような素振りを見せた。

「そうですね……橋本様が完璧と思う人物像を思い浮かべてください」

 完璧――といわれても具体的には思いつかないが、リーダーシップがあるとか人格者であるとか、そんな感じの人物を思い浮かべる。それは僕とは似ても似つかない人物であった。

「そんな人物にあなたはなれるんですよ。まあ、もちろん運動神経や才能などはどうにもなりませんが」

 工藤さんがにやりと笑った。僕は今の自分から変われるのならどんな風でも良かった。

「じゃあ、それでいいです、はい」

 そう答えると、工藤さんはファイルの中から一枚の紙を取り出し、僕の方に差し出した。

「では、これに必要事項の記入とサインをお願い致します」

どうやら契約書のようである。僕は躊躇いなくその用紙とペンを受け取り、一字一句間違いのないように書いていった。すぐに住所が思い出せなかった。父親からは金額に関しては気にしないといわれていた。しかし分割払いにするようにともあらかじめ言われている。

「書けました」

 工藤さんに渡すと、彼は記入に不備かないか確かめるようにじっと用紙を眺めた。少しして彼は顔をあげた。どうやら大丈夫だったようだ。

「確かに受け取りました。それでは、処置の日程は後日お伝えいたします。本日はどうもありがとうございました」

 工藤さんが深く頭を下げたので、僕も慌てて頭を下げた。

 こうして僕は今までの僕から卒業することが決定したのである。


     ***


「橋本君、仕事終わったら呑みにいかない?」

 先輩に声を掛けられた。もちろん断る理由などない。

「あ、いいですね。行きましょう」

 そうと決まれば仕事にも精が入るというものだ。僕は気合をいれて、点検作業に戻った。


 僕が生まれ変わってから一ヶ月が経った。

 あれから僕はすぐにバイトを見つけて働き始めた。今までずっと親に迷惑を掛けていたぶん、これから必死に働かなくてはならない。

ニートをしていた頃には全く想像できなかったが、働くのも案外楽しいものなのである。職場の先輩は優しいし給料も悪くない。まだ働き始めたばかりで失敗もよくするが、それもきっと慣れればなくなるだろう。

機械化の進んだこんなご時世であるが、未だに人間の手が必要なところもある。ロボットはただ任された仕事を行うことだけしかできない。そのため、その作業に不備があるかどうかを確認するのは人の目で行わなければならないのだ。とはいえ、全て人がやっていた頃に比べれば圧倒的に仕事は楽にはなっている。そんな仕事ですらやろうと思わなかった一月前の僕は本当に駄目人間だった。


***


 現在、この国では『人格改善』が国家主導で行われている。

世の中が便利になりすぎたせいで、怠け者――つまるところ、ニートと呼ばれる人種が増えた。もはやその増加率はこの国が抱える最も大きな社会問題のひとつである。しかし、いちど良くなってしまった環境を変えることはもはや不可能だ。

そこで、政府は発想の転換をしたようである。変えるのを環境ではなく、ニートたち本人に絞ったのだ。そんな目的で開発されたのが『人格改善政策』である。ニートたちの人格を働き者の人格に変えてしまえば、このニート増加が逆転してむしろ減少に転じる筈だ。そういう政府の考えは見事に当たったようで、ニュースを見る限りでは最近は就業者が増えてきている。

そんな中に橋本が入れたのも、両親のおかげである。感謝しても、し足りないだろう。


それなのに橋本は三ヵ月後、自ら命を絶つのであった。


     ***


「社長。最近、我が社のサービスを利用した方が次々と自殺しているそうです」

 秘書は、何十万円もする椅子にどかっと座り込んだ社長にそう報告した。窓のほうを向いた社長は振り向きもせずに「知っている」と返した。

「では、何か対策を講じなければ、このままではサービスの継続どころか会社の存続すら危うくなります」

 先ほどよりも強い口調で脅すようなことを言うが、それでも社長は落ち着き払っていた。

「それでいいのだよ。全く問題ない」

 その言葉の意味を秘書は理解できなかった。

「どういうことですか、社長。このままでは我が社は信用を失い、間違いなく倒れます」

「国がバックについているではないか」

「しかし……こんなことでは国にも見離されます!」

 ここで、ようやく社長が秘書の方を向いた。しかしながら必死な秘書とは異なり、その顔には動揺など微塵もなかった。そして、彼はとんでもないことを言い放った。

「そもそも、この自殺騒動は、起こるべくして起きているのだよ」

「は?」

 理解の追いついていない秘書の様子を見て、社長は話を続ける。

「現在、この国でニートの増加が社会問題になっているのは知っているね?」

 それくらいなら当然秘書も知っている。頷くと、社長は更に話を続けた。

「そこで、ニートを減らすために『人格改善政策』がとられた。しかしながら、働く意欲があっても能力が伴わなければいけない。もはや肉体労働がほとんど必要ないこの社会で、労働意欲だけの能力のない人間は必要ないわけだ。そして政府は『人格改善政策』を利用してそういう人間の口減らしをすることにしたのだよ。簡単なことだ。植え込む人格の中に『労働と能力が釣り合わないようなら自殺する』というものを混ぜ込んだ。まあ、仕事が出来ない人間は自殺するようなプログラムを埋め込んだと考えればよい」

 それは恐ろしい話であった。国家主導で国民を殺す――社長の言っていることはつまりそういうことだった。秘書はもはや言い返すことすらできなかった。知ってしまえば逃れることの出来ない闇を、自分は知ってしまったのだと悟った。

「安心しなさい。能力さえ伴えば、自殺することはまずない」

 社長は笑った。

 その笑いは不気味で、まるで悪魔のようであった。

 性格イケメンになれるお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ