アパート
チャイムが鳴った。男は、立ち上がり、玄関まで歩いていって、ドアスコープを覗き込んだ。
立っていたのは管理人のようだった。男はチェーンをはずして、ドアを押し開けた。
「やあ、こんにちは」
管理人が丁寧な挨拶をしてきたので、男も頭を下げた。玄関口に取り付けてある機械がきゅるる、と音をたてた。
「これはこれは、どうもご苦労様です」
「調子の方はどうです? そろそろ、ここにも慣れてきたころでしょう」
男がここに住み始めたのはごく最近のことである。
「ええ、まあ、ぼちぼちですね。それより、今日はどうしたんですか?」
「いえ、実はね、差し入れをと思って。作りすぎちゃったから、これ」
そう言って、管理人は中身の入った半透明の容器を男に渡した。受け取ってすぐ、男はその蓋を開いた。
「おや、これは肉じゃがですか。いいですね。故郷のことが思い出される。久しぶりに、お袋の作ったやつを食べてみたくなりましたよ。わざわざ、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
「ちょっと待っててください、すぐに仕舞ってきます」
男は容器を持って部屋の中に戻り、間もなくして戻ってきた。
「いやあ、これで、しばらくおかずには困りません」
「あまり味には期待しないでください。料理なんてほとんど作ったことがありませんし、あなたの故郷の料理を真似た程度ですから」
管理人は笑って言った。
「とんでもありません。頂けるだけでありがたい」
男は頭を掻いた。管理人も、毛のない頭を撫でた。それから自分の目を指差して、
「そういえば、視力の方はずいぶん回復されたようで。一過性のものだったそうですが、もう日常生活には困らない程度に?」
「まあ、そうですね。最近はもう、すっかり。見えなくなっていたのも、それはそれでいい体験になりましたよ」
「それもそうだ。視界がなくなるなんて、滅多に体験できることではありませんものね」
男と管理人はお互いに笑った。
「いやしかし、あれは改善するべきかもしれませんね。光が強すぎて、目を焼かれるなんて、大変なことです」
男は頷いた。
「確かにそれもそうだ。経験者の私が言うのだから間違いない」
「では、私の方から改善をするように伝えておきます」
「ええ、お願いします。私みたいにUFOを見ただけで失明寸前になる者がいてはいけません」
「それでは、また」
管理人が立ち去ったので、男はドアを閉めてチェーンをかけた。
この部屋は、地球の雰囲気に似せてある。男にとってはとても快適だ。唯一、外から見られることを除いて、だが。しかしまあ、男はここには自分で望んで来ているのだから、我慢をしなくてはならない。
***
リックは、父親と共に動物園に来ていた。
「ねえ、父さん。あの生き物はなに?」
透明な壁の向こうを見て、リックが父親に尋ねた。
「あれかい? ええと、なんて書いてあるのかな」
父親が目を凝らした先には、こう書かれていた。
『地球人』
正直力作のつもり。




