新月 (悠)
予告どおり悠君視点です。
では、どうぞ
その日も、いつもと変わらない日になるはずだった。あの時、あいつが来るまでは。
―おーい悠。聞こえてる?
「あぁ、ルイ。今回は何だ?」
唐突に響いてきた声にかえす。かれこれ15年は続いているこのやり取り。
―今夜、何時もの場所に来て。お客様だよ
「客?」
聞きなれない言葉に正直驚いた。15年間で初めてじゃないだろうか
―うん。短くて3日、長くて1ヶ月ぐらい面倒みてやれるようにして
「はぁ!? 今からか! 誰かも分からないのに!!」
無茶ぶりが過ぎる。正直やってられるかと思った。
―ふぅん…悠らしくないね。僕が神だってこと忘れたの…?
急に雰囲気の変わった声に鳥肌がたつ。神と人間の格の違いを痛感されられる。
―これは、お願いじゃない。命令だよ
その決定的な言葉に、渋々頷かざるを得なかった。
「わかったよ」
*
「さて、そろそろか」
指定された時間に桜の大木の前に立って呟く。その堂々とした佇まいにこの木の“生命”を強く感じた。
―これでいいのか?
その幹に手を立てて尋ねる。相手は勿論あの理不尽神だ。暫くして
―もちろん!
という声がした。同時に世界が大きく揺れる。次の瞬間、一人の少女が出現した。
「っ」
思わず息を飲んだ。美しい黒髪が風と舞う。次第に開かれた双眸は水面に映った夜空のように澄みきった群青色。
「貴方が、悠?」
声が響く。その余韻はとても心地よくいつまでもそれに浸っていたいと思った。
「あぁ」
それでも口は反射的に動き、
「ようこそ、先年桜のこの世界に」
心からの歓迎の言葉を紡いだ。
*
その後、桜から少しした処にある俺の家に移動した。そこは数十年前に建てられた洋館で若干古いが澄みやすい場所。今はその中央に位置する談話室の暖炉の前の椅子に座っている。
「ありがとう」
差し出したマグカップをとる手は思わず眉を顰めてしまうほど白かった。それから暫くは心地の良い沈黙が続く。話しかけようとして名前を知らないことに気づいた。知りたい、そう思った。
「で、名前は?」
少女はきょとんとしてから、納得したように頷いて答えてくれた。
「琴李、天宮琴李」
その後続いた問いにルイがほぼ何も説明せずに琴李を放り出したことを知り、頭が痛くなった。とりあえずこの世界のことを説明しないといけない。彼女がこれからここで生きていくためにも。
*
「な、んで」
感情も何もかも抜け落ちた声で彼女は呟いた。ほぼ手付かずの紅茶がマグカップと共に落ちたことにも彼女は気づいていないのだろう。
「バランスをとるため」
無言だが、先を求められているのがわかった。
「強力すぎる力ゆえに均衡が取れなくなったんだ。後……一般人に慣れるため」
「それ、その人達は知ってるの…?」
恐る恐る訊いてくる彼女はきっと解っているのだろう。
「一部のみだ。大半は知らない」
その答に彼女は愕然とした顔をした。そして悔しそうに顔を俯かせる。
「こんな話の後でなんだが、琴李にはこの学院に入ってもらうことになるだろう」
その言葉に彼女はハッと顔を上げた。
「近いうちに試験を受けてもらうことになる」
今度は俺の視線が俯いていく。彼女の反応を見たくないがために。
「悪いが、これは決定事項なんだ」
これは、この少女が生きていくために必要なことだから
こうして、夜はふけていく
ありがとうございます
悠君会でした。次からは琴李ちゃん視点に戻ります
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