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アフターエピソードⅣ 『Re:On~再動の魔法使い~』 後編

「リオンさんッ! リオンさんッ!!!!」


 オリビア・ラインハルトは、担架に運ばれるリオンに必死に呼びかけた。


 しかし、オリビアの声が届くことが無く、リオンは手術室へと運ばれていった。


 オリビアは、膝から崩れ落ち茫然と眺めていることしかできなかった。


 何故、このような悲劇が起こったのか。


 それは、数時間前に遡る。



***



 リオン・ウィンクルムは、休日を利用して実家に帰省していた。


 だが、しばらくぶりの母たちとの再会を祝している暇は、今のリオンにはなかった。


 今回帰省した理由、それはリオンにしか聞こえない『笛の音』についてである。


 魔族であるサラ、そして、過去に魔族との戦いを経験した彼女らなら、何か知っているかもしれないと踏んだからだ。


 リオン達は、居間で紅茶を飲みながら、『笛の音』について話し合っていた。


「―――ということがあってさ、僕、疲れているのかな……?」


 母たちのことだ。きっといつも通り、「お前の考えすぎだ」と、答えるに違いない。そう思った。


 しかし、サラは違った。


「お前も、アレを聞いていたのか……」


「えッ……!?」


 リオンは、声を上げた。


「姐さん、それって……」


 カトレアは、何か思いあたるのか、サラを見た。


「我も、ソレを聞いた。あの日だ」

「やっぱりあの時、何か聞こえてたんだ」

「どういうことです?」


 アリシアは訊いた。


「数日前の夜に、空から笛のような音が聞こえたんだ」


 リオンが言った。


「全然、聞こえなかったよね、カグラ」

「ですねぇ」

「で、僕なりに色々調べてみたんだけどさ、それってもしかしたら『ギャラルホルン』ていうヤツかもしれないって話だんだ」

「それって、確か戦争を知らせる合図?だっけ」


 アリシアは言った。


「そう。でも、問題なのはなんでそれが僕とサラかあさんにだけ聞こえたのかってかとなんだ。ねえ、サラかあさんは何かしらない?」

「……その辺は分からないな」

「じゃあさ。二十年くらい前にあった女王襲撃事件の時はなにか感じなかった?」

「それは……」


 思い当たる節はあった。


 あの時、サラとカグラ、そしてコウキはベルナデットの存在を確かに察知した。


 サラは、カグラを見た。


 カグラは、複雑そうな表情を浮かべるだけだった。


「あの笛は、空から来たんだ。魔界の女王も空からやってきた。これって何か共通することじゃないかな……」


「リオンは、それを聞いて何をしたいの?」


 アリシアは言った。


「対策だよ」

「それなら、マサミチさんが通知文とマニュアルを出したでしょ?」

「そうだけどさ……」

「リオン、もしかして、本心はそこじゃないんじゃないか?」


 カトレアは言う。


 サラは「そうなのか?」と訊いた。


「いや、それは、べつに……」


 虚を突かれたように、まごついた。


「リオン、遠慮しなくていいんだよ」


 カグラは言った。


 リオンはしばらく沈黙の後、口を開いた。


「……魔族のサラかあさんが聞こえて、友達は聞こえない、でも、僕にははっきりと聞こえた……人間なのにね」


 その言葉を聞いた瞬間、四人は息を呑んだ。


「それは、波長が合ったんだ。たまたま……」


 カトレアが応えた。


「それはおかしいって。そんなの……ねえ、僕ってさ、本当に人間なのかな……」

「何バカなことを。お前は普通の人間の子供だ」


 サラは言った。


「そうやって、いつも僕の事を普通だの、気のせいとか言うけどさ、どこかごまかしているように聞こえるんだよ」

「そんなことないぞ!」


 サラは否定した。


 しかし、リオンの怪訝そうな表情は変わることはなかった。


「ねえ、ちゃんと教えてよ! 僕だってもう子どもじゃないんだ!!」

「なんども言うように、お前は普通の人間の子だ。あんたは、自分が思うような特別何を持っているような子じゃないよ。安心しな」


 カトレアはそう言った。


「そうやってはぐらかす……ちゃんと僕を見て言ってよ……!」

「見てるじゃない、リオン」


 カグラが応える。


「見てないじゃないか……かあさんたちの目は僕を見ていないよ、僕を通して誰かを見てる。そういう風にしか、感じられない……」


 その言葉を聞いた四人は、言葉を返すことが出来なかった。


 頭では、それを否定しているつもりだった。


 しかし、今こうして言葉で言い出されると、心が揺らいでしまう。


 リオンはリオン……そう割り切ってこれまで彼を育ててきた。


 母であろうと決めたのに……。


「……ごめんなさい」


 アリシアは、力なくそう応えた。


「―――教えてくれよ……僕は、誰なんだ…………」


 そう言った時だった。



ブォオオオオオオオオオン――――!!!!



「「「「「!!!!」」」」」


 刹那、虚空が揺れるのを感じた。


 四人は「ハッ」と顔を上げた。


 カグラは、急いで窓の外を見上げるた、瞬間、絶句した。


「あ、あ、ああああ……」

「カグラ、どうした!!」


 カグラの元へと駆け寄ったカトレアも、それを見た瞬間、息を呑んだ。


「ね、姐さん……ヤバい」


 その言葉を聞いたサラは、唇をキュッと紡いだ。


 とうとう、開いてしまったのだ。


 アリシアは、額の汗を拭う。


 同時に、遠くから金の音が鳴り響いた。


 それは、緊急避難警報である。


 リオンは、椅子から立ちあがると、言った。


「それじゃあ、僕は避難するよ」


 それだけ言うと、玄関へと向かった。


「リオン!!」


 サラは、彼の背中へ向けて呼び止めた。


「かあさんたちが、絶対にお前達を守るからな!!」

「そう……」


 振り向くことなく、リオンはそのまま出て行ってしまった。


 残された四人は、それぞれため息をついた。


「……本当の事、言った方がよかったのかな」


 アリシアは言った。


「何が正解かなんて、わかりゃしないよ。ただ、アタシらにできることは、あの子をしっかりと育てることしかないさ」


 カトレアは言う。


「ふう……とにかく王宮に急ぐぞ」


 サラは、着替え始めた。


 これから、魔族の襲撃に備え、騎士団の加勢しに行くのだ。


 サラ達を含む、熟練のハンターたちは、可能な限り協力してもらうことになっているのだ。


「……妙に、胸騒ぎがするねえ」


 カトレアは、ポツリとつぶやいた。



***



 サンクチュアリを含む周辺諸国は、緊急厳戒態勢を敷いた。


 また、襲撃に備えサンクチュアリ全体を覆い包むように障壁が展開された。


 事前に、周知していたこともあり、国民の非難は比較的スムーズにいっていた。


「こちらのビフレストの状況はどうなっている?」


 マサミチ・セントワードは、衛兵に訊ねる。


「は、依然として、輝いた状態とのことです」

「問う言うことは、まだ開いてはいないと言う事か……」


 マサミチは、脳内で現状を整理した。


 まず、ビフレストが向こうの世界と繋がってしまったが、まだ開いてはいなかった。


 しかし、それも時間の問題で、魔族が襲撃してくるからは、今のままでは予測がつかない。


 国民の避難誘導は、問題なくおこなわれている。


 食料などの物資の蓄えも数日分は確保している。


 あとは、迎え撃つだけである。


 騎士団とハンターたちは、サンクチュアリの東西南北にそれぞれ待機させている。


「……前の様に置くと思うなよ」


 マサミチは、空に浮かぶ魔法陣に向けてそう言い放った。




 サンクチュアリの北では、カトレアが配属されていた。


「まったく、こんな時に迷惑な話だこと」


 そう呟いた時だ。


「カトレアさん!!」


 突然、彼女を呼ぶ声が聞こえた。


 振り向くと、そこには白亜の甲冑を身に纏った金髪の騎士が駆け寄ってきた。


「あら、アレックスじゃないの」

「来てくれたんですね!!」

「当り前さ。てか、あんた自分の持ち場に居なくていいのかい?」

「はい。まだ大丈夫です。多分」

「はあ、あんたって子は……」


 この騎士、アレックス・s・セントワードと言い、マサミチとマリアの長男である。


 母親から受け継いだ端正な顔立ちと金色の髪、父親からは正義と誠実を受け継いだ、ミスターパーフェクトと呼ばれ、王位継承第一位である。


 本来ならば、このような前線に出向くような立場の人間ではないのだが、マサミチとマリアは子供たちには、それを強要しなかった。


 王族である前に、一人の人間として世界を見ること。を信条とし、長男の彼は現在母国の騎士の一人として過ごしている。


 ちなみに、何故騎士を選んだのかと言うと、子供のころからカトレアに恋焦がれているからであるのだが、それはまた別の話である。


「カトレアさんの事は、ボクが守りますから!!」


「アタシじゃなくて、国を守んなさい」


 呆れた様子で、あしらうカトレアに、アレックスは「はい!!」と元気よく返した。


 黙っていれば、最高のイケメンなのだが、どうもそういうところは、父親に似てしまったようである。


 血は争えないわね。


 そう思ったカトレアであった。その時である。


「伝令!! ビフレストに反応あり!!」

「来たようだねえ」


 カトレアたちの視線の先に、突如上空から光の柱が何本も出現した。


 その中から、無数の魔物たちが押し寄せてきたのだ。


 それは、カトレアたち北部だけでなく、マサミチの思惑通り四方から攻めてきたのである。


「さあて、働きますか!!」


 カトレアたちは、押し寄せる魔物の群れに突撃したのであった。



***



 サンクチュアリの地下、ビフレストのある間で、アメリア・ホフマンとフィリップ・アルカンたちは、開いてしまったビフレストの対応に追われていた。


 上では、つい先ほど魔物たちとの戦闘が始まったようで、天上が揺れている。


 そんな中、彼らは魔力の流れを遅延させる装置を組み立てていた。


「まさか、試運転する前にこうなっちゃうとわね」


 フィリップは、半ば呆れたようにそう言った。


「仕方がないわ。レント結晶の調達に時間がかかってしまったし。それに、仮に試運転したとして、成功していたかも分からないわ」


 アメリアは言った。


 何とか、六基ある装置を運び終えたのはイイのだが、設置と細かな調整に時間がかかる。


 わずかにでも調整を間違えば、装置の中の魔石がオーバーヒートを引き起こし、大爆発を引き起こす危険性があるからだ。それ以外の事故も想定されるため、ぶっつけ本番の賭けに出なければ、ならないのであった。


「たしかに……」


 フィリップは頷く。


 しかし、彼らもまた時間はない。


 国全体を覆う防護壁を展開しているとはいえ、時間が限られているし、いつ破られるか分からない。


 だから、今ここで弱気になってはいけないのだ。




 南方で、カグラは魔物たちと対峙していた。


 サンクチュアリに向かって進撃する魔物たちを、親から授けられた愛刀『桜華』で次々に屠っていく。


「たああああ!!!」


 魔物を両断する。


 近くで、襲われている者がいれば、すぐに援護に回る。


「―――いったい、何百体いるの!?」


 思わず声が上がる。


 自国の騎士団と魔法使い、ハンター、そして隣国と協力していてもなお、魔物が減る気配がない。


 それに、妙に魔物たちの統率が取れているようにも感じる。


 こちらの手薄な箇所を攻めてくるような、そんな感じだ。


 以前、戦った時は無作為に動き回っていたのに……。


 そんなことを、思っていると、かなた上空から、黒い閃光がカグラのいるところへ降り注いだ。


「まずい!!」


 カグラは、瞬時に後退する。


 刹那、カグラがいた地面が大爆発を起こし一瞬で陥没した。


 魔物でこの威力を出せるのは限られている。


 そう例えば……。


「ドラゴンだ!!!!」


 誰かがそう叫んだ。


 カグラは上空を見上げると、そこには漆黒の鱗を持つドラゴンが口を開けていた。


 そういう事か。カグラは理解した。


 知性の高いドラゴンが、この魔物たちに指示を送っている。


 自分が強力な攻撃を行い相手の戦力を低下させ、消耗した相手を物量で一気に蹂躙する。


「こすい……!!」


 カグラはドラゴンを睨んだ。


 だが、それが分かったうえで対処のしようがない。


 魔法使い達もこの状況で、持ち場を離れるわけにはいかない。


 せめて、空を飛べる術があればどうにか対処することが出来るのに……。


 カグラは、悔しさのあまり牙を剥きだしにしながら、ギリギリと歯を食いしばった。


 その時だ。


 突然、角がジンジンと何かを感知した。


 強大な魔力だ。それも、人間の。


 カグラが知る限り、そんな魔力を持つ者は一人しか知らない。


 しかし、彼はもう……。


 刹那、ソレはドラゴンに衝突した。


 その衝撃でドラゴンは一瞬で、地面に叩きつけられた。



 ドーーーーン!!!!



 と、衝撃が空間を揺らした。


「何が、起きたの……!?」


 誰もが、驚く中ソレはゆっくりと降下してきた。


「おやおや、空にトカゲとは珍しい」


 その人は、指で毛先をくるくる回しながらそう言った。


 カグラは、その姿を見た瞬間、声を上げた。


「ヴァンス君ッ!?」


「おやや? その声は、カグラおば様ではありませんか」


 ヴァンス・s・セントワード。


 マサミチの次男である。


 肌は色白で、切れ長な目を持ち一見女性のように見えることから、『風の貴公子』など呼ばれている。


現在は、大陸中を旅する風来坊である。


「助けに来てくれたの!?」

「いえ、たまたま通りかかったもので」

「え、あ、そ、そうなんだ……」


 相割らず、マイペースである。


「ところで、観た所、故郷が大変なことになっているようですが。これはアレですか、 魔族の襲撃で間違いないですかねえ?」

「そうなの! だからヴァンス君の力をかして!!」

「いいでしょう。帰る場所がなくなるのは、いささか気分がよろしくない」


 そう言いながら、ヴァンスは周囲の魔物を次々と風の刃で切り裂いて行く。


「頼もしいわあ」


 カグラは、そう言った時だ。


 ググググググ……!!


 先ほど、地面に叩きつけられたドラゴンが起き上がった。


 そして、間髪入れずにブレスを放ってきた。


「避けて!!」


 カグラは叫んだ。


 しかし、ヴァンスは「安心してくだされ」と言って、迫りくるブレスの前の立つ。


「トカゲの吐息など、こうです」


 すると、ヴァンスは「ふう」と小さく吹きかけた。


 その刹那、漆黒の閃光は、ヴァンスの目の前で上へと軌道を変えたのだ。


 振り向きざまに、「さあ、おば様」とウインクをした。


「ありがとう。おばさんも負けてられないわね!!」


 そう言うと、カグラは納刀する。


 魔力を鞘の中の刃へと集中する。


 そして、一気にドラゴンの元へと駆けだした。


 カグラは、ドラゴンの前の前まで来ると、桜華を抜刀した。


 その刃は、青白い輝きを放ち、ドラゴンを照らした。


「―――鬼火一閃……」


 横に一文字。


 それだけで、十分である。


 刹那、目の前のドラゴンと含む周囲の魔物たちは、爆発四散した。


「お見事なり、カグラおば様」


 ヴァンスは、パチパチと拍手をしながら周囲の魔物を切り裂いていった。


 司令塔がいなくなったこともあり、魔物の動きが次第に崩れていった。


「まだまだよ!!」


 桜華を持つ手に力が入った。




 一方、西部では、サラが一つ目の巨人の足首を跳ね、倒れてきたところをハルバートで頭部を切り落としていた所である。


「クソ、どいつもこいつも大型ばかりではないか!!」


 サラが担当したところは、大型も魔物が多く、戦力差が大きいところであった。


 このままでは、らちが明かない。


「うわあああ!!」


 一人の若い騎士が魔物に襲われそうになっていた。


 サラは、ハルバートを投擲した。


 魔物に突き刺さった所で、若い騎士の元へと駆け寄る。


「大丈夫か!」

「は、はい、なんとか……」

「ならばいい」


 そう言って、素手で魔物を撲殺していく。


「しかたない……」


 サラは、上空に浮かぶ魔法陣を一瞥する。


「我が仕留める……来いッ!!」


 すると、虚空から黒い何かが飛び出した。


 ソレは、周囲にいる魔物たちを次々と粉砕しながら、サラの元へと飛んできた。


 その正体は、黒い翼竜の形をしたオブジェクトであった。


「閃装ッ!!!」


 その掛け声と共に、黒い翼竜はバラバラに分解し、瞬時にサラの身体に装着されていった。


 熱く、燃やし、奇跡を起こすほどの力を持つこれこそ、サラが新たに習得した『魔鎧』である。


 ちなみに、『破竜のサラフォンティール』とかつてマサミチが名付けてくれたが、愛想笑いだをけしたのは、ココだけの話である。


 サラは背部の翼を展開し、拳を構える。


 そして、魔力を込めると、一気に前に突き出した。


「破竜咆哮拳ッ!!!!!!!!」



 DOKAAAAAAAAAAAM!!



 拳から放たれた、魔力は漆黒の翼竜となって目の前に広がる魔物たちを蹂躙していった。


 実際、この技名を叫ぶのは非常に恥ずかしいのだが、なぜか叫ぶと威力が増すため、恥を忍んで繰り出していた。


 サラは、翼に魔力を集中させ、滑空しながら魔物たちに拳を叩き込んでいった。


「アレを破壊さえせすれば!!」


 上空の魔法陣へ、向かおうとした。


 だが、サラの前には無数の大型の魔物たちが立ちはだかる。


「お前達、できるだけ我から離れろ!!」


 サラは、周囲にいた騎士やハンターたちに呼びかけた。


 空中で、制止すると再び拳を構える。


「吹き飛べ!! 破竜天昇波ァアアアアアア!!!!」


 技名を叫びながら右手の拳を天に突き出した。


 サラの周囲にいた魔物たちは、大地から押し上げてくるエネルギーによって、弾き飛ばされた。


 空中に無防備になった魔物たちへ、向けて追い打ちをかけるように更なる技を繰り出した。


「竜牙衝砕ッ!!!!」


 頭上の魔物たちへ向けて、両手を突き出した。


 魔物たちは、たちまち塵と化していく。


 サラは、その中を掻い潜りながら魔法陣へ向かう。


 やがて、目の前に差し掛かったところで、突然サラは見えない何かに、弾かれた。


「なんだ……!?」


 動揺するサラ。


 だが、ここで止まっているわけにはいかない。


 再び、魔法陣へ向かおうとした瞬間、かすかに魔力を感じた。


 サラは、その迫りくる魔力を弾いた。


「誰だ!!」


 魔法陣へ向けてそう言った。


 すると。


「裏切り者のくせに随分と威勢がいいじゃないか、斬壊騎士サラフォンティール」

「!!!!」


 その声の主は、ゆっくりと魔法陣の中から姿を現した。


「姉が随分と世話になったな……」

「ま、まさか……お前は……」

「この世界は、今日……滅ぶ………」


 狼狽するサラの目の前に現れたのは、白亜の魔鎧を身に纏った、音撃魔人プルソンであった。


「まさか、お前が来るとはな……」

「ああそうだ。お前達は、僕らから大事なものをたくさん奪った。だから、今度は僕がお前達から『沢山』を奪うのさ。明日を生きるために」

「身勝手な! それが破滅を呼ぶとまだ分からないか!」

「お前だって、分かっているはずだ。我々魔族は奪わなければ生きていけない。昔のお前だって、嬉々としてそれを受け入れ多くを奪っていたではないか」

「あの頃の私は死んだ、私は……私は生まれ変わったのだ!! あの人に出会って!!」

「それはどうかなあ! あの魔法使いだって我々から住む場所を奪ったんだ! ベリアル様やベルナデット様を奪ったアイツが、お前を改心させたと言うのか! 笑わせる!!」

「貴様に、あの方の何が分かる!!」

「分かるさ! 同族の安寧を大儀としてかざし、他者を蹂躙する。我々と同じなんだよ!! いい加減目を醒ませ、サラフォンティール、共生などと言う絵空事に酔いしれるのは今日でおしまいだ。所詮、この世界は弱肉強食……他者から奪い、取り込み、這い上がっていくしかないんだよ!!」

「だからおとなしく、すべてを明け渡せと言うのか!」

「ああそうだ! これまでとは状況が違って、随分とやりやすい環境だからな。どこかの自滅した英雄さんが、いなくなってくれたおかげかもなァ!!」

「コウキ様を侮辱するなあ!!」


 サラは、爆発的な速さでプルソンへと接近した。


 プルソンは、左手に持っている琴の弦を一本弾いた。


 サラの身体は弾き飛ばされた。


「心酔するのは勝手だけど、ちょっと気持ち悪いな」


 そう言いながら、一本、また一本と弦を弾いていく。


 四方八方から襲い掛かる衝撃波により、サラの魔鎧は次第にひびが入ってくる。


「まがい物にしては、随分と頑丈じゃないか」

「だまれぇえええええ!! 破竜咆哮拳!!!!」


 右拳に漆黒の炎を纏わせ、ゼロ距離で繰り出した。


 だが、その拳がプルソンに届くことはなかった。


 サラの拳は、音の壁によって動きを止められた。


「その手、邪魔だな」


 プルソンが、音色を奏でた瞬間、サラの肘から先がねじ切れた。


 大量の鮮血が飛び散る。


「プルソン、貴様ぁあああ!!!」


 尻尾のパーツを伸ばし、先端で攻撃した。


 しかし、それも右腕同様にバラバラに砕かれた。


「お前じゃ僕には届かない」


 弦を一本弾いたと同時に、サラの身体は吹き飛ばされた。


 しかし、サラは落下することはなかった。


 半壊した翼を展開し、なんとか踏ん張る。


「すごいじゃないか」


 プルソンはあざ笑った。


「―――ッ!」


 サラは睨んだ。


「誰に向けてんだ……?」


 プルソンがそう言った瞬間、サラの右目から光が奪われた。


「ぐううああああ!!」


 苦悶の表情を浮かべ、サラは絶叫する。


「僕は優しいから、すぐに奪うようなことはしない! ゆっくり、じっくり、絶望するんだな」

 プルソンは、再び音色を奏でた。


 その音色は、サラへと向けられたものではない。


 すると、光の柱のひとつから、巨大な一角獣が現れた。


「見えるな、サラフォンティール」


 サラは左目でそれを見た瞬間、驚愕した。


「ベヒーモス……だと……」


 魔族が所有する魔物の中でも、手の付けようがないほどの強力な魔物が存在する。


 地のベヒーモスは、かつてマサミチ達に倒された、水のバハムートと双璧をなすほどの強力な魔物である。


 全身を覆う、鎧のような皮膚はあらゆる攻撃を防ぎ、額から伸びた一本角で獲物を屠る。それは、まさに動く要塞として、知られていた。


 ベヒーモスは、その巨体からは想像が出来ないほどの速さで、防護壁へ突進を仕掛けた。


 その衝撃は、上空にいるサラの方へと届くほどである。


「やめろ、今すぐベヒーモスを止めろ!!」

「無理無理。あの柱、一方通行だから」

「そ、それじゃあ……」

「倒すしか方法はないな。ま、せいぜい頑張りな」


 そう言うと、プルソンは魔法陣の墓へと消えていった。


「まて! クソ!」


 意識が消えかかりそうになりながら、サラはベヒーモスへと急降下していった。


「それに触れるなああああ!!!」


 サラは横から、ベヒーモスの胴体へ向かって蹴りを入れた。


 ベキベキと音を立てながら、脚部のパーツが砕けると共に、ベヒーモスの身体は僅かではあるが、弾き飛ばされた。


「手の空いている者は、すぐに――――」


 刹那、ベヒーモスの尻尾がサラに衝突した。


「ガアアアアアアア――――………」


 そのまま、サラの身体ごと防護壁に打ち付けられた。


 すると、防護壁の一部が、ほころび始めた。


「さ、させるかああああああああ!!!」


 左腕で、尻尾を抱えるように掴むと、ベヒーモスを防護壁とは逆の方向へ引っ張った。


 しかし、満身創痍の今の状態では、到底かなうはずもなく、サラは再び防護壁に打ち付けられてしまった。


 そして、とうとう防護壁の一部が破壊されてしまった。


「まずい!! 今すぐアレを止めるぞ!!」

「誰か! サラフォンティール教官を!!」

「んな暇あるか!!」

「くっそおおおおおお!!!!」


 騎士やハンターたちが、必死に攻撃するも、ベヒーモスはびくともしなかった。


 そして、バキバキと防護壁の穴を広げながら、一角の巨獣はサンクチュアリに侵入を許してしまったのだ。


「……だ、ダメだ……いか、せは…しない……」


 朦朧とする意識の中、サラはベヒーモスへと手を伸ばす。


「リ……オ、ン―――」


 そこで、サラの意識はプツリと途絶えた。


 ベヒーモスが侵攻し、その足元を魔物たちが駆け抜ける。


 しかし、その直後魔物たちの断末魔が木霊した。


「何が、『フレイは最終手段』だ。冗談じゃあない……!」

「まあまあ、義母さん」

「そうよ、お義母さん。落ち着いてさ」


 そこに居たのは、不服そうなフレイと、その養子たちであった。


 彼らは魔物が侵入した際に、早急に殲滅するために待機していたのだった。


「ジョシュア、サラ殿を保護」

「はい、義母さん」

「ミラは、逃した魔物たちの駆除を」

「はい」


 そして、フレイはベヒーモスを見上げた。


「おい、犬っころ! あと一歩踏み入れてみろ……それがお前にとって最後の一歩となる!! 退くなら今のうちだ!!!!」


 それは、最終警告であった。


 しかし、ベヒーモスは躊躇うことなく、前足を一歩生み出した。


 瞬間―――ベヒーモスの身体は血肉を撒き散らかしながら、縦に真っ二つに割れた。


「殲滅せよッ!!」


 フレイは、魔物の群れに向かって突っ込んでいったのだった。



***



サンクチュアリ魔法学園の演習場で、リオン達は避難していた。


 演習場内では、外で行われている戦闘の衝撃が伝わってくる。


 その度に、生徒たちはおびえた表情を浮かべていた。


 しかし、リオンはただ黙って瞳を閉じていた。


 周りの人間たちからは、肝が据わっていると捉えられているが、実際はただ母親たちとのやり取りで腹を立てているだけである。


 すると、強い衝撃がリオン達を襲った。


 それが、防護壁が破壊され、魔物が侵入したことを知らせるものであった。


 教員たちが、顔を真っ青にして駆けてきた。


 しかし、生徒たちの不安を煽らないように平静さを取り繕っているのだが、その様子が、さらに恐怖心をあおってくる。


 ここまで来ると、さすがの生徒たちでも自体を把握していた。


「何体侵入したのですか?」


 そう言ったのは、オリビア・ラインハルトであった。


「大丈夫だ。ここなら安全だから、余計なことは考えなくていい。先生たちが付いているから!!」


 焦燥感を漂わせながら、教師はそう告げた。


「先生、わかっております。しかし、ここが襲われないという保証はどこにもありませんよね?」

「そ、それは……」

「魔物は人間の魔力に強く反応すると、教科書に書いておりました」


 つまり、格好の餌場と言う事である。


「大丈夫だ、騎士や魔法使いたちが待機している」

「ですが、先生も聞きましたよね? 防護壁が破壊された音を」

「……何が、言いたいんだ?」

「せめて、自分たちの身は自分たちで守りましょうよ」


 そう応えたのはリオンだった。


「リオン、お前……」


 ロビンは言った。


「流石、リオンさん。その通りですわ」 


 オリビアは、リオンの隣に立って言った。


「バカを言うな! 学生の身分で戦闘など断じて認めることはできない!」


 教師は声を荒げた。


 立場上、生徒を危険にさらすことなどできない。


 それは、リオン達も理解している。


 しかし、これは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていることには変わりない。


 教師が、再び口を開けた瞬間、外から魔物の咆哮が壁を通してリオン達に襲い掛かった。


 周囲の生徒や、一般市民は皆、壁一枚挟んだ脅威に、恐怖を隠せなかった。


「……わかった。学園周囲のみだ。だが、我々も同伴だ」


 苦渋の決断だった。


 これから、まだ実戦経験のない子供を戦地に送らなければならないのだから。


「ありがとうございます。先生」


 オリビアは言った。


 その横で、リオンはただ黙ったまま壁の向こうを見つめていた。


 すると、ロビンは言った。


「リオン、お前の気持ちは良くわかる」

「なにが?」

「起こっているんだよな、この状況にさ」

「あたしも、それずっと思ってた」


 コノミもそう言った。


「リオン君、正義感強いから、皆すぐに分かったよ……!」


 アリスは言った。


 そんな、友人たちの言葉に、リオンは「まあね」とだけ答えた。


 実際、このやり場のない怒りは別のところから来ているのだが……。


「そうと決まれば、早急に準備をしましょう!」


 オリビアは意気揚々とそう言ったのだった。




 リオン達は、それぞれ訓練で着用する、魔法戦闘服に着替えた。


 各人、手には得意の武器を手にして。


「いいか、外に出たらまずは、先生たちの言うことを聞くんだぞ。ヤバいと思ったらすぐに逃げること」

「分かりました」


 リオン達は応えた。


 そして、各々持ち場に着いた。


 リオンはオリビアと教師、数名の生徒と一緒だった。


「リオンさんの背中は、わたくしがお守りいたしますわ!」

「頼もしいよ」


 リオンは、周囲を経過しながら答えた。


 学園の位置は、ちょうど王都の中央に位置している為、ここまで侵入してくる魔物はそうそういない。


 防護壁が破壊されたとはいえ、今頃その周囲で魔物を駆除していることが伺えた。


 だからこそ、イライラする。


 この怒りを魔物にぶつければ、少しは気がまぎれると思ったから、オリビアの意見に賛同したのだ。


「はぁ」


 リオンはため息をついた。


 その時、数名の騎士の声が聞こえた。


「早く、防護壁に急げ!」

「分かっている! クソ、サラフォンティ―ルさんがやられるなんて!!」


 一瞬、何かの聞き間違ではないかと思った。


 サラかあさんが、やられた?


 その瞬間、リオンは心拍数が上昇するのを感じた。


 額から、大粒の汗が流れだした。



 ―――絶対にお前達を守るからな!!



 あの時の言葉が脳裏に過る。


「リオンさん、大丈夫ですか……?」


 異変に気が付いた、オリビアは声を掛ける。


 しかし、リオンは反応しなかった。


「ごめん、僕……ちょっと行ってくる!」

「行くってどこへ!?」


 リオン無視して、弾かれたように破壊された防護壁の方へと駆けだした。


「まって!! リオンさん!!!」


 オリビアはリオンを追いかけた。


 リオンは、身体強化魔法を使いさらに加速させた。


 途中、魔物が現れたが、即座に抜刀し一振りで切り伏せた。


 さらにその状態から、建物の壁を駆けあがり屋上から屋上へと飛び移って行った。


「は、速い……!?」


 後を追うオリビアは、リオンを追いかけるので精いっぱいだった。


 到底追いつけるはずもなく、リオンの姿を見失ってしまった。


 しかし、彼の行先は大方検討が付いている。


 あの、破壊された防護壁の方に違いない。


 オリビアは、そこへと向かったのだった。





 目の前に、防護壁が見えてきたところで、リオンは跳躍した。


 その勢いのまま、落下地点にいた魔物を叩き切った。


 突然、現れたリオンに周囲にいた騎士や魔法使い達は驚愕した。


「な、なんだお前は!?」

「サラフォンティールと言う人はどうなりましたか!!!」

「サラフォンティールさん? 彼女なら王宮の医務室へ運ばれたが……」

「生きているんですか!!」

「わ、分からない。無事だと、思う……それより、お前は何者だ? その紋章は、学園の生徒か?」

「……そうですか、無事ですか」


 困惑する騎士を前に、リオンは安堵した。


「あの、僕も戦います」

「は? 子供が何を―――」

「母の仇を取りますよ」

「母……そうか、キミはサラフォンティールさんのご子息だったか!!」

「はい。なので、加勢します」

「それは、助かる!!」

「任せてください」


 リオンは、そう言うと剣に風を纏わせ魔物たちを切り刻んでいった。


 実際の所、この選択が正しいのか、分からない。


 本来なら、今すぐにでも母の元に向かわなければならない。それは、理解している。


 しかし、リオンはそれをしなかった。


 今の自分に、そんな権利があるのだろうか?


 あんな態度をとった自分に……。


「クソ、クソ、クソ……!!!」


 訳が分からない。


 イライラする。


 次第に、剣を振う手が雑になり、魔法も大雑把な威力をぶち込む。


「クソがァ!!!」


 目の前の魔物を袈裟斬りにした時だ。


「リオンさん!! 後ろ!!!!!!!」


 突然、オリビアの声が聞こえた。


「え……」


 振り返ると、そこには今にも鋭い爪を振り下ろそうとする魔物がいた。


「フレイムアローッ!!!!!」


 オリビアは炎の矢を放った。


 魔物が爪を振り下ろした瞬間、炎の矢が魔物を捉えた。


 しかし、わずかに遅く、同時にリオンの身体を爪が切り裂いた。


 鮮血を撒き散らかしながら、リオンは膝からゆっくりと崩れ落ちた。


 消えゆく意識の中、リオンは後悔した。



 ―――ごめん、かあさん



***


 アリシアの耳に、サラとリオンが討たれたと報告が入ったのは、約一時間後の事だった。


 全身の血の気が引くのを感じた、アリシアであった。


 まさか、リオンまで魔物の手に落ちるなど、思いも知らなったからだ。


 矢を構える手が、次第に力を失っていく。


 その時、マサミチの三男坊のライガ・S・セントワードは言った。


「アリシアおばちゃん、ここはオレがやるから任せて!!」

「で、でも……」

「いいから!!」

「……わ、分かったわ。ありがとう、ライガくん!!」


 そう言って、踵を返したアリシアは、二人が運ばれた王宮の医務室へと向かった。


 どうやら、サラの方は無事だったらしいが、リオンの方は意識が戻らないままだった。


 リオンが寝むっている病室に着くと、そこには、すでにカトレアとカグラと全身を包帯で巻かれたサラ、そしてリオンの同級生たちがいた。


「リオンは!?」

「この通りだ」


 カトレアが言った。


「ああ、そんな……リオン……!!」


 目に涙を浮かべながら、アリシアはリオンの頬を撫でる。


「なにがあったの……?」

「……わたくしの、せいです」


 憔悴しきったか細い声で、オリビアが言った。


「どういうこと?」

「お、俺が説明します」


 ロビンは事の顛末を説明した。


「―――というわけです……」

「そうだったのね……」


 普段のリオンからは想像もつかない行動に、内心驚いた。


 きっと、私たちのせだ。


 アリシアはそう思った。


「命に別状はないの?」

「……出血多量だからな。どうなるか。一応、ポーション使って何とか命を繋いでいる状態だそうだ」

「……そう」


 この世界には、輸血という技術はまだ存在しない。


 今回の様な事態にあった場合、上位の回復魔法か、ポーションを使って無理やり身体の中で血液を生成させるほかない。


 しかし、回復魔法の使い手など、そうそういるはずもない。


 エルフに伝わる『妖精の吐息』など、伝説級の魔法を会得していれば、話は別だが、アリシアは当然そんな魔法など持っていない。


「ごめんさない……ごめんなさい……」


 オリビアは泣きながら、謝罪する。


「そんな、あなたが謝ることはないわ」


 アリシアは、オリビアを抱きしめた。


「リオンを助けてくれてありがとう」

「まあ、大丈夫だ。リオンを信じよう」


 サラは言った。


「姐さんとは身体の作りが違うんだよ」

「何を言う。母親である我らが息子を信じなくてどうする」

「強いんですね……」


 アリスは言った。


「アタシら、待つのだけは、慣れているからな」


 カトレアは、リオンの頭を撫でた。




***



 

 リオンは、森の中にいた。


 夜空には星々が煌めき、月の光が優しく照らしていた。


 とりあえず、リオンは歩いた。


 すると、遠くの方に灯りが見えた。


 リオンの身体は吸い寄せられるように、灯りの方へと歩き出した。


 しばらくすると、開けは場所に着いた。


「やあ、待ってたよ」


 突然、男性の声がした。


 目を凝らしてみると、焚火の傍で暖を取っている黒づくめの男性が座っていた。


 口元だけ照らされて、顔は良く見えない。


「あの、ここは……」

「いいから、座って」

「え、あ……」


 気が付くと、リオンは男性の隣に座っていた。


 そして、手には温かカップが握られていた。


「あの、僕は……」

「少し、話をしよう。キミのことを教えてよ」

「え、は、はあ……」


 流れるがまま、リオンは身の上話をし始めた。


 家族のこと、学校のこと、これまでどういうふうに生きて来たのか、様々なことを話した。


 初対面のはずなのに、すらすら言葉が出てきた。まるで、昔から知っているかのようだ。


 男性は、そんなリオンの話を「うんうん」と頷きながら、楽しそうに聞いていた。


 そして、リオンは言った。


「僕の、身体の事なんですけど……」


 それは、人間なのにギャラルホルンの音を感じ取ったことだった。


 魔族のサラならまだ理解できるが、人間である自分が感じ取れるのはおかしな話だった。


「あの、僕は何者なのでしょうか……?」

「知りたい?」


 男性は言った。


「あなたは、知っているんですか?」

「ああ、知ってる」

「なら、教えてください。僕は、どこの誰なんですか?」


 一拍置いて、男性は言った。


「―――俺は、お前だ。そして、お前は、俺だ」


 その言葉を聞いた瞬間、リオンは何か腑に落ちた感覚がした。


「でしょうね……サトウ・コウキさん」

「あら、バレてた?」

「バレバレですよ。ここに来て、なんとなく、そんな感じはしていました」

「……すまなかったな。俺の身勝手で、まさかキミが苦しんでいたなんて」

「本当ですよ。結局、僕はあなたの再利用だった。てことですよね?」


 リオンはいった。


「それは違う。キミはキミだ。リオン・ウィンクルムと言う一人の人間だ」

「でも……」

「だから、俺が今、こうして君の前にいるんじゃないか」

「どういうことですか?」


 すると、コウキは立ちあがった。


「すこし、話に夢中になりすぎた」

「え、それは、どういうことですか?」


 動揺するリオンに「キミも立て」と促した。


「キミは、これからどう生きていきたい?」

「……それは―――」


 正直、分からない。


 自分は、皆が求めたサトウ・コウキにはなれない。


 彼の様に、自分を犠牲にしてまで、愛する人たちを守り切れる自信もない。


 はやり、自分には、初めから何もないのだ。


「ま、そうなると思って、用意しておいたんだ」


 すると、コウキの掌にはそれぞれ、白銀と漆黒の玉が乗せられていた。


「なんですか、これは……?」

「白銀の方は、聖なる力。この漆黒の方は闇の力」


 それは、かつてコウキがその身に宿していた二つの力であった。


「どちらか一つをキミに継承する。キミが……リオン君が選ぶんだ。選んだその先が、キミの人生の本番だ」


 リオンは見つめた。


 話には聞いている。


 魔王を屠った聖なる力。


 自身の心を蝕み、一刻を滅ぼした忌避のちから……。


 これまで、幾度となくこの世界は危機に瀕してきた。


 その度に、危機を回避してきた。


 つまりは、本当の平和を掴み取っていない証拠でもある。


 きっと、これからも多くの危機が訪れるだろう。


 その時、自分はどれだけ多くの人々を守ることが出来るだろうか。


 人々が、安心して暮らせる世界を掴むためには、どうすればいいのか……。


 自問自答した末、リオンは手に取った。


「ほう、キミはそっちを手に取ったんだ。理由を聞かせてもらおうか」

「守るためです」

「なるほど、面白い……」


 コウキはそれだけ言うと、続けてリオンに言った。


「さ、時間だ」


 コウキは空をみた。


 リオンもつられて空を見上げると、夜空が徐々に明るくなっていった。


「それをもって、来た道を戻るんだ。決して、振り向いてはいけないよ」


「あ、ええええ……はい!」


 そう言うと、リオンは駆けだした。


「みんなによろしくな――――ッ!!!」


 遠くからコウキの声が聞こえた。


 しかし、リオンは言われた通り振りかえることなく、真っ直ぐに走った。



***



「……ここは」


 気が付くと、リオンはベッドの上で寝ていた。


「リオン!!!!」


 カグラは声を上げた。


「もう、心配したんだから!!」


 アリシアは涙を流しながらそう言った。


「……ごめん。サラかあさんは?」

「我はここだ」

「かあさん!!」


 リオンは起き上がろうとした。


「バカ、安静にしなさい!」


 カトレアは言った。


「……ごめんなさい。僕……」

「いいんだ。リオン、かあさんたちも悪かった」

「いいんだ。もとはと言えば、僕が―――。ところで、みんなは?」

「みんな? ああ、学友たちなら、今頃別の病棟で安静にしている。なに、怪我はしてないから安心しな」


 カトレアが応えた。


「そっか……なら、僕、行かなきゃ」

「ダメよ、あなたは重症なんだから!」


 カグラは言った。


「いや、もう大丈夫だよ」


 リオンは上着を脱いだ。


 すると、そこには傷一つ、付いていなかった。


 それを見た四人は驚愕すると共に、理解した。


「そうか、お前は……」


 全てを悟ったように、サラは言った。


 そして、着替えを済ませたリオン達は、外にいた。


 リオンは、四人に背を向けたまま空を見上げた。


「必ず、必ず戻ってくるんだよ!」


 カグラは言った。


「大丈夫。見ててよ」


 一呼吸おき、心の中で力を解放するイメージをする。


 すると、リオンの身体は黒い炎に包まれた。


 燃え盛る漆黒の炎はリオンを包みこむと、徐々に彼の身体に纏わりついていった。


 黒い炎は、魔法使いが着るような衣装に変化し、黒いマントをなびかせた。


「リオン!! リオン!!」


 アリシアは呼びかけた。


「大丈夫、僕はちゃんと『ここ』にいるよ」


 リオンは、落ち着きのある声でそう応えた。


「それが、アンタが選んだ道なんだね」

「―――僕は、あの人の様にはなれないし、なるつもりはない。けど、あの人が守った物を守り続けることくらいは、僕にだってできると思うんだ」


 それは、かつて友を救うために、自らの魂を堕天させてまで得た禁忌の力。


 コウキでさえ、完璧に使いこなすことのできなかった力を今、リオンは継承したのだ。


 今まで誰一人として、成しえなかったことを、彼は成し遂げたのだ。


 それは、まさに伝説が塗り替えられた瞬間でもあった。


「行ってきます」


 真っ赤な瞳のリオンは、再び戦地へと赴いのだった。

次回、アフターエピソードⅤ 『リオン~闇を継ぐ者~』

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