アフターエピソードⅣ 『Re:On~再動の魔法使い~』 前編
終末を知らせる、角笛があるのをご存じだろうか。
天から降り注ぐその音色は、その地に住まう者たちにこれから訪れる絶望を知らせる合図。
『ギャラルホルン』
古代の人々はそう呼んでいた。
***
休日、学園の図書館で、リオン・ウィンクルムは歴史の本を読み漁っていた。
なぜ、歴史書なのか。
それは、過去に幾度も大きな争いが起きていたからである。
なにか、大きな災いの兆候なのかもしれない。そう思った。
しかし、今のところ、それらしい記述は見当たらない。
「……なんか、あると思うんだけどなあ」
そう呟いた時だ。
「リオンくん……?」
ばっと顔を上げると、そこには仲良し四人組の一人、アリス・アッカードが立っていた。
参考書を持っていることから、勉強しに来たのだろう。
「やあ、アリス」
「どこか調子悪いの? 先生よぼうか?」
「いや、大丈夫だよ」
リオンはそう言うが、アリスの目から見ても大丈夫そうには見えなかった。
「嘘つかないで」
アリスは隣に来ると、リオンの手を握る。
「一人で抱え込んでいても、しょうがないときもあるよ? わたしで良ければ相談にのるよ……?」
リオンはアリスの瞳を見る。
どこまでも優しく、温かさを持った瞳の中にリオンは包みこまれていた。
少しの沈黙の後、リオンは口を開いた。
「知っているかと思うけど、ここ最近、僕の耳鳴りがひどいのは知っているよね?」
「うん……」
「最初はさ、ただの耳鳴りだと思ったんだ。けどね、それは次第にはっきりとしていったんだ」
「それって、どういうこと?」
「ロビンから聞いているとは思うけど、この前の夜、僕がいきなり空を見上げたことは知ってる?」
「うん。ロビン君、すっごく驚いたって言ってたよ」
「それがさ……耳鳴りじゃなかったんだ」
「まさか、病気……?」
「違うよ。笛の音だった」
「笛の音……」
アリスは復唱した。
「頭の中に直接響いたんだ」
「で、でもそれって、疲れていたからだとかじゃないの?」
「そうじゃなかったんだ。空から脳内に直接降り注いだって感じで……変な話だろ?」
「ううん。そんなことないよ」
アリスは首を縦に振った。
リオンがここまで真剣に話してくれたのだ。冗談なわけがない。それに……。
「空から笛の音って、なんか、聞いたことあるかも」
「えッ!? 本当に!?」
「う、うん」
そう言うと、アリスは机に置かれている資料の中から一冊の本を取り出した。
「これみて」と、アリスが見せたのは、サクージ・ヨシソンと言う考古学者の『きっと頷ける古代の考察』と書かれていた。
「ここのページ」
アリスが指さす文章には、『ギャラルホルン』と呼ばれる、終末を知らせる笛の音について書かれていた。
「……アリス、どうして?」
「わたしのおじいちゃんなの。この著者」
「本当に!? すごいじゃん!!」
「昔から、よくそういう話を聞かされていたから。もしかしたらと思って……で、でも物騒だし、変だよね! 終末だなんて」
「そんなことないよ。ありがとう、アリス!」
リオンは、アリスの手を取ると、ブンブンと激しく上下に握手を済ませると、資料をもって図書館を後にした。
そんな、彼の後ろ姿を見守るアリスは『なんで、そんなに無理をしているの?』ふとそんなことを思った。
***
魔道具専門の技師を生業としている妙齢の女性職人、アメリア・ホフマンは、考古学者のエドワード・アクトン率い要る調査チームの一員として地下のビフレストを訪れていた。
古代の魔術の使用が不明な今できることは、術式の『現状維持』他ならない。
そこで、宮廷魔法使い達と結託して、術式延命の魔道具の開発をおこなうことになった。
そこで今回、エドワード達に同行して現在に至る。
「アメリア女史、どうですか……?」
エドワードは訊いた。
「そうですね。ハッキリ申し上げますと、不可能です」
アメリアはぴしゃりと言い放つ。
「何故です?」
「先生は先ほど、延命措置とおっしゃりましたよね?」
「あ、ああ勿論」
「それがそもそも間違いなのです」
「しかし、貴方がた魔道具職人は現に、魔力封じなどの道具を取り扱っているじゃあないですか。同じ原理でどうにかできないものなのですか?」
食い下がるエドワードに、アメリアは言った。
「では、これを見てください」
アメリアは、ポケットから一枚のコインを取り出した。
すると、それを床立てた。
「魔法の発動の仕組みはご存じですね?」
「ああ、勿論だとも」
魔法学を履修してこなかったエドワードでさえ、その仕組みは理解している。
端的に言うと、己の身体に宿る魔力と術のイメージを合わることで、具現化された超常現象の事である。
「では、このコインを発動された魔法だとしましょう。コインはまっすぐ進むという魔法にします」
そう言うと、アメリアはコインを転がした。
コインは、真っ直ぐ転がると、すぐに倒れてしまった。
そして、アメリアはコインを拾い上げると言った。
「今この瞬間、コインの魔法は解けてしまいました。何故だと思いますか?」
「そりゃあ、一度放ったんだ、魔力が供給されない限り永続には続かない」
「その通りです。では、これどうでしょう」
再び、床にコインを転がすと、すぐにアメリアはコインを指先で止めた。
「魔法が止まった……?」
「その通りです。流れを止めると言うことは、その魔法を撃ち消されてしまいます。先ほどおっしゃった魔力封じはこの原理を利用しているので、現実的とはいきませんよね」
「だが、これならどうだ」
エドワードは、コインを転がすと、再び倒れないように転がるコインを上から指で転がした。
「こうしていれば、コインはずっと転がり続ける」
してやったり。といった風の視線を向ける。さすがに、今ので納得しただろう。と思ったが、アメリアはそうではなかった。
「それは、できないのです」
「え……!?」
エドワードは、思わず声を漏らした。
「魔法を後から手を加えることはできないのです。一度外に出てしまえば、途中で魔法で打ち消すか、自然消滅する以外できないのです」
「じゃ、じゃあ……」
「現状、成す術無しです」
「そ、そんなあ……」
エドワードは、がっくりと肩を落とした。
その時、一人の宮廷魔法使いが声を掛けてきた。
「随分、盛り上がってるじゃないか」
「あら、フィリップ」
「アルカン氏、お疲れ様です」
「お疲れ、アメリア。それに先生も」
フィリップ・アルカンは、アメリアとコウキの学生時代の仲良しグループの一人で、現在は宮廷魔法使いの傍ら、学園で非常勤講師もしている。
魔法学の権威である、コウキの恩師でもあるニール・ライトマン後継者としても知られていた。
「で、どうだい、なんとかなりそうかい?」
フィリップはアメリアに訊いた。
しかし、アメリアは首を横に振った。
「そちらの方はどうですか?」
エドワードは訊いた。
「こっちもどうしようもないですね。何分、古代から続く魔法の解析となると……こちらもねえ」
「やっぱり難しいのね」
「実際、魔法自体を打ち壊すのは簡単さ。でも、壊した後のリスクを考えると迂闊に手をだすのは難しいね。ああ、でも一つ分かったのは、この魔法をかけたのは一人じゃないってことだね」
「何人でかけたんですか?」
「推定でも、数百人だね」
「そんなに……魔法使いも大変なのね」
「ただの魔法じゃないよ。数百人の魔法使い達が、命を引き換えにこの魔法をかけたんだ。予想だけどね」
アメリアとエドワードは驚愕した。
「そうまでして、この門を守る理由て何かしら?」
「……僕はね、これは未来に向けて託したんじゃいかと思うんだ。いつか、魔族との戦いを終えて、本当の平和が訪れた、再びこの門が使われることを祈ってさ」
「フィリップ。あなた、いつの間にそんなロマンチックなことを言うようになったのかしら?」
「いやいや、僕だってそれくらい言うさ」
「とにもかくにも、ですよ二人とも」
エドワードの言う通り、早急にビフレストに掛けられた『鍵』の対応策を考えなければならない。
こうしている間にも、時間は刻一刻と迫ってきているのだ。
ニール先生。あなたなら、どうしますか?
フィリップは、心の中で恩師に問い掛けた。
***
ここは、魔界。
かつて、魔族が繁栄していたこの世界も、三名の転移者によって蹂躙され、王とその子女を失い荒廃したものとなった。
わずかに生き残った者たちは、限られた資源を糧に今日まで生き延びてきた。
このままでは、魔界は消滅する。
だから、一刻も早く奪わなければならないのだ。
新たなる故郷と、その資源を。
魔人将の一人、プルソンは異世界を繋ぐための『門』の前に立っていた。
魔人将でありながら、門の管理者を任された彼はこれまで多くの同胞を送り届け、そして失ってきた。
だが、これで手を止めていては、魔族に明日はやってこない。
プルソンは、身の丈以上の大きさを持つ、角笛を手に取ると、角の先端に口を付け、そして一気に息を吹きかける。
すると、『ブォオオオオオオオン』と重低音が鳴り響く。
すると、音に共鳴して、門が僅かに輝きだす。
本来、この笛は緊急時に、門を強制的に起動する為に使用するのだが、今ではその目的は侵略の為のものとなっていた。
「……やはり、今日もだめか」
プルソンは、拭き終えると、角笛をしまい、業務報告をするべく会議室へと向かった。
魔王城の二階に位置する所に、会議室があり、そこで定期的に報告会が行われる。
三重の円卓が部屋の大半を占めており、プルソンは中央の円卓に腰を下ろす。
かつては七十二席すべてが埋まっていたはずの円卓も、現在では、自分を含めて七席のみである。
やがて、残りの魔人も集まり、閑散とした会議が始まった。
最初に、口を開いたのは魔人将ガミジンだった。
「まずは、農作物の収穫率だが、変わりなく順調に獲れている。土壌汚染の進行も昔に比べてやや緩和されているしな」
魔族も人間たちと同様に飲食して生活している。
しかし、ここ二十数年、土壌汚染の影響で魔界でしか育つことのできないの作物の収穫高が大きく減少してしまっていた。
「クソが、あの魔法使いがいなければここまで……!」
そう言って、卓上に拳を叩きつけたのは、同じく魔人将のグシオンである。
かつて、この魔界に侵入した魔法使いが、神聖魔法を乱発したことにより、土壌が汚染されたことが起因している。
「落ち着け。別に率は下がっていないんだ。前向きにとらえよう」
隣のグシオンをなだめるのは、ベリトである。
「ベリト、お前は悔しくないのか? 人間どものせいで、俺たちがどれだけ苦しんだと思ってるんだ。出生率だって減っているんだぞ!」
「そうかっかするな。私だって気持ちは同じだ。だから、一刻も早く人間界を手に入れなければならないんだ」
ベリトは「そうだろう、プルソン?」と彼の方を見る。
「あ、ああそうだ」
プルソンは頷く。
「ところで、門の調子はどうだ? もうあれから二十年以上毎日強制開門をしているんだ。なにか成果はあったか?」
そう、彼に訊くのはデカラビアである。
「全然ダメだ。たまに、繋がりそうになるけど、すぐに閉じてしまうんだ」
「過去に二度開いたが、そのときのような感覚はないのか?」
デカラビアは言う。
「まったくだよ」
「ったくよ! このままじゃらちが明かねえ!!」
「さっきからうるせえなあ、お前は。すこしは知性と理性を身に着けろ」
「黙れハーゲンティ!! もういい、今回は俺が行く!! プルソンもそれでいいだろ!」
「俺は……」
すると、中央に座る女性魔人フールフールは言った。
「本当は、プルソン。あなたが行きたいんでしょ?」
「そうなのか?」
グシオンは言った。
「……ああ、そうだ」
プルソンは僅かな沈黙の後そう応えた。
「キミにしては随分と珍しいじゃないか。なにかあるのかい?」
デカラビアは訊いた。
「姉の……ウェパルの仇。ですよね?」
フールフールの言葉に、プルソン以外は全員納得がいった表情をした。
これまで毎日、笛を吹き続けてきた原動力がそこにあったのだ。
「ウェパルか……」
ガミジンは、懐かしむかのように口にする。
魔人将の中でも、実力はトップクラスであり、女王ベルナデット自ら側近に指名するほどの信頼と実績があった。
そんな、彼女が討たれたとの情報があった時、何かの間違いではないかと耳を疑った。
さらに、追い打ちをかけるかのように、ベルナデットの訃報が飛び込んできたときは、誰もが絶望した。
「……こんな時に、私情を挟んで申し訳ない。でも、俺はどうしても……」
「ま、いいんじゃない?」
ハーゲンティは言った。
「普段おとなしいお前がそこまで言うんだ。いいだろう」
グシオンもそう応える。
「それでは、次はプルソンでいいですね?」
フールフールの言葉に一同頷いた。
「みんな、ありがとう」
プルソンはそう言った。
しばらくして、定期報告会が終わり、プルソンは城の地下にいた。
鉄扉の前に立つと、鍵を開ける。
分厚い鉄の扉を開けると、何は無数の武具が保管されていた。
これらは全て、過去の大戦で使用されたものである。
プルソンは、その中からある物を手に取った。
金色の二又の笛、名を『アウロスの笛』と言い、かつて神族から鹵獲した神器である。
プルソンはそれを持って、『門』の間へと向かう。
『門』の間へ着くと、鍵を閉める。
深呼吸し、しばし瞳を閉じて集中する。
今から使うこの笛は、普段使っている角笛とは比べ物にならないほどの力を持っている。
元々、神族用に作られている為、いくら上位の魔族だろうと、ただでは済まない。
しかし、今やらなくては、魔族に未来はない。
「ふう……」
ひと息ついて、笛を構える。
これを一たび吹いてしまえば、もう後戻りはできない。
「俺に、力を貸してくれ……ウェパル姉さん!!」
そして、プルソンは笛を吹いた。
刹那、全身から魔力が根こそぎ吸い取られた。
目や耳から血が流れる。それでも、彼は吹き続けた。
すると、門に刻まれた紋様が輝きだす。
あと少し……!!
意識が飛びそうになるプルソンは、踏ん張りを見せた。
そして、次の瞬間、床一面に巨大な魔法陣が展開されたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……こ、これで……」
橋は架けられたのだ。
あとは、目的を果たすのみ……。
そこで、プルソンの意識は途切れた。
しばらくして、異変に気が付いた部下たちが駆け付け、プルソンは医務室へと運ばれたのだった。
***
宮廷魔法使いのフィリップ・アルカンは、今は亡き恩師ニール・ライトマンの研究室へと足を運んでいた。
ここへ来た目的は、ニールが残した魔道具の資料である。
遡ること数時間前、フィリップはアメリアと喫茶店で話し合っていた。
「魔法の延命とか、どうすればいいんだか」
コーヒーカップを口にするフィリップは言った。
「大昔から発動しっぱなしの魔法だしねえ。難しいわね」
そう言いながらアメリアはパンケーキを口にする。
「こうしている間にも、ビフレストが開いてしまわないか、毎日ひやひやだ」
「相変わらずの小心ね。わたしにプロポーズした時みたいに堂々としていればいいのに……」
「そ、そんな昔の事、お、覚えてないよ。それに、当時は若かったんだよ!」
「冗談よ」
アメリアはパンケーキにたっぷりとナイフでクリームを塗ると頬張った。
「……ところで、ちゃんと食べてるの?」
「一応ね。キミの方こそどうだい? ヨハンとアンナは元気にしているかい?」
「二人とも真面目に働いているわ。あなたもたまには子供たちに会ってあげたら?」
「手紙は出してるよ」
「あら、そうなの」
アメリアは眉を上げてそう応えた。
離婚してから五年、こうして元妻と二人でいると、まだ付き合いたての頃を思い出す。
子供が自立したとほぼ同時に、互いに残りの人生を好きに生きようと思い、今に至るのだが、やはり過去に囚われてしまう。
男と言うのは、つくづく面倒くさい生き物である。
「話を戻すけど、あんな強力な魔法をどうにかするなんて、今のわたし達には知識と技術が足りなさすぎなのよ」
「強大な力の制御かあ……」
その時、フィリップの脳裏に浮かんだのは、ニールとの会話であった。
―――昔さ、サトウ君に魔動具をつくったことがあるんだ……。
「アメリア、ちょっと聞きたいんだけど」
「なにかしこまって。いいわ、何でも訊いて」
「たしか、最後にコウキとあったのは、あの大戦の時だったよね?」
「え、ええそうね。随分懐かしい名前が出て来たわね」
「その時さ、彼は何か身に着けていなかったかい?」
「うーん、たしか、魔力封じの手錠とか付けていたわね。ま、すぐに解除したけど」
「他には?」
「……」
しばらく、考えるそぶりをしながら虚空を見つめるアメリア。
すると、「あッ」と声を上げた。
「首になんか付けてたかも」
「どんなのだった?」
「良く見えなかったけど、なんかの石?があったような」
その瞬間、アメリアは何かを察したかのように、フィリップを見つめた。
「まさか……?」
「コウキの中には、光と闇の力があったと報告が上がっていることは知っているよね?」
コウキの力については、大陸全土に周知されている。
人類でただ一人、光と闇の力をその身に宿し、人々を救った英雄だと。
「あの首のアクセサリーに秘密があると?」
「そうなんだ。ニール先生が昔、コウキに魔道具をつくったことがあるって話していってたんだ」
フィリップは「考えすぎかも」と付けくわえ、温くなったコーヒーを一気に喉の奥へと流し込む。
しかし、そんなフィリップに対して、アメリアは言った。
「でも、調べてみる価値はあるわ。顔見知りがいるから、その人に訊いてみようとおもうの」
「顔見知り……?」
「コウキの奥さんの一人よ」
「え、アメリア知り合いだったの!?」
「ちょっとだけね。この後アポ取って見るわ」
流石、元妻恐るべし……。
フィリップはそう思った。
そして、二人は喫茶店を後にし、現在に至る。
フィリップは、無数に並べられた本棚から、魔道具関係の資料を探していた。
魔法基礎理論、錬金術、生物学……幅広い分野の資料を目にすると、恩師のすごさを改めて実感する。
「だめだ、ないや」
フィリップは、吐露する。
ここにないなら、いったいどこにあるのやら……。
途方に暮れたその時だ。
「これは……?」
ふと目に入ったのは、棚に置かれた鍵だった。
一目でそれが、机の鍵だと分かった。
フィリップは、鍵を手に取ると机の引き出しを開けた。
中は整頓されており、そこに一冊の手帳を見つけた。
おもむろにそれを手に取る。
「付箋が―――」
フィリップは、付箋が張られたページをめくった。
すると、そこには首輪のようなイラストと一緒に、それに基づく説明が書かれていた。
そこに書かれていたのは。
「魔力の流れを抑える……!?」
フィリップは声を上げた。
そして、それに使用されている素材に目が言った。
「レント結晶。そんなのが使われていたのか!」
レント結晶。一部の地域で採取される結晶の一種で、魔力の流れを抑制する効果がある。
通常の魔石と異なり、用途の幅は狭くめったに市場に出回ることが無い。
「そうか……だったら、うまく応用すれば、魔法の効果時間を延長することが出来るかもしれない」
フィリップは、手帳をカバンに入れた。
「先生、しばらくお借りします」
虚空に一礼して、部屋を後にした。
***
その日、サラとカトレアはいつも通り騎士たちの訓練を行っていた。
今日は、いつものメニューに加え、対魔法戦闘訓練を行う予定である。
数日前、マサミチから全国民に、竜や魔物などの襲撃にあった際の安全マニュアルが配布されたのだ。
しかし、サラ達にはマサミチから直々にビフレストの存在について事前に伝えられており、再び魔族の襲撃が予想された。
そこで、宮廷魔法使い達の協力してもらい、魔法の対処方法を習得させることになったのだ。
「姐さん、大丈夫かね?」
カトレアは言った。
「そうだな……いつ襲撃が来るか分からない中だ、今できることは、少しでも彼奴等の攻撃に抗う術を身に着けることしかないぞ」
「付け焼刃でどこまで行けるか……」
実際、この中で魔族と直接戦った経験がある者は誰一人としていない。
せいぜい魔物程度であり、その恐ろしさを知らないのだ。
「余計なことを考えるなよ、カトレア」
そう言った時だ。
「サラフォンティール様、お客様がお見えです」
一人の衛兵がサラを呼んだ。
「我に?」
「珍しいじゃん、姐さんに」
「ここは任せたぞ」
「あいよ!」
現場をカトレアに任せて、サラは衛兵に応接室へと案内された。
「失礼する」
サラは中へと入ると、そこには妙齢の女性が立っていた。
女性は、サラを見るなりペコリと頭を下げる。
「お忙しい中申し訳ございません」
「いや、構わない」
挨拶もそこそこサラは椅子に座る。
「改めまして、ご無沙汰しております。アメリア・ホフマンです。あの、覚えていますか?」
「アメリア……ああ!! あの時の小娘か!!」
サラは思い出した。二十六年前、コウキの手錠を外した魔道技師の事を。
「覚えていてくれたんですね」
「ああ、勿論だ。あの時はどうもありがとう」
サラは深々と頭を下げた。
「そんな、こちらこそ……!!」
慌ててアメリアも頭を下げる。
「でだ。我にどういった件で来たんだ?」
「―――はい。実は、コウキさんの事で」
「コウキ様がどうした?」
「コウキさんは、体内に光と闇の力を秘めていたことはご存じですよね?」
アメリアは探るように訊いた。
「当然だ。一度、それにコテンパンにやられているからな」
「それで、コウキさんは、その力をどうやって抑えていたのか訊きたいのですが、なにかご存じないですか?」
「……首に魔力抑制のチョーカーをしていらしたぞ」
「本当ですか!?」
「うむ。確か三段階に分けて力を抑えていらしたな……それがどうしたんだ?」
「はい。実は、ご存じかもしれませんが、地下のビフレストに掛けられた防衛術式が切れかかっていまして。何としてもそれを継続しなければならないのです」
「そこで、人知を超えたコウキ様がどうやって力を抑えていたのか知りたいわけだな?」
「はい。参考までにと思いまして」
「そうか。そうとなれば、なんでも訊くがいい。力になろう」
「ありがとうございます。ですが、今日はここでおいとまさせていただきます」
「そうか。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いえ、そうはいきません。奥様だってお忙しいでしょうに」
「それはそうだが……て、奥様?」
「はい。みんな、コウキさんの奥様として認知しておりますが……」
「そ、そうか。それなら仕方がないな、うん」
「では、私はこれにて失礼します」
「見送ろう」
そう言って、サラは、城の外までアメリアを見送った。
「妻か―――……」
彼女を見送るその瞳には、嬉しさと悲しさが入り混じっていた。
後日、フィリップとアメリアはいつもの喫茶店にいた。
「で、収穫はあったかしら?」
「あったよ。君の方は?」
「多分、裏はとれたわ」
「そうか。それじゃあ、僕から」
フィリップは、カバンから手帳を取り出し、付箋のページを開いて見せた。
「先生が生前、コウキに作った魔力の抑制するアイテムだ。レント結晶が使われている」
「そういう事ね」
アメリアは即座に理解した。
「そういうことだ。本来、相反する属性が体内で反発しているんだ。そのエネルギーを一時的とはいえ押さえていたんだ。すごい発明だよ」
「でも、完全には行かない物なんでしょ?」
「そうなんだ。『停滞』ではないからね。僅かながらでも、反発したエネルギーは膨れ上がるからね。だから、コウキは定期的に発散していたと思うんだ」
「いわゆるガス抜きね」
「うん。それでも、魔族の女王戦ですべてを解放したコウキは……」
フィリップは口を止めた。
「だからこそ、彼が遺してくれたモノを無駄にしない為に頑張るんでしょ!」
アメリアはフィリップの頬をつねった。
「イタい、イタいって……キミの言う通りだな……!」
「ええ、そうと決まれば、あとは簡単ね」
「ああ、何としてもビフレストを守ろう」
こうして、二人はそれぞれ持ち場に戻った。
しかし、ソレが唐突に訪れることを二人はまだ知らない。
後半へ続く……!!!




