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アフターエピソード Ⅱ『帰郷』

 翌日、リオンは学校を休んだ。

 新学期が始まったばかりだと言うのに、突然の欠席に誰もが驚きを隠せなかったことは無理もない。とくに、リオンの様な優秀な生徒が休むとなると、なにか良くないことが起こったのではいかと思う生徒も少なくなかった。

 いったいリオンに何が起こったのだろうか。

 それはルームメイトのロビンですら知らないのだ。

 アリスはもちろん、オリビアも気が気でない状態だった。




 その頃、リオンはある場所にいた。

「ただいま」

「え、リオン!?」

「あれれ!!」

 実家に帰ると、そこにはカトレアとカグラが目をまんまるにしてこちらに顔を向けた。

 二人はリオンの育ての母親で、カトレアはダークエルフ、カグラは鬼人族と呼ばれる種族だ。

「どうしたんだい。急に帰ってきて、学校はどうした」

「休んだ」

「何処か悪いの?」

「ちょっとね」

「まあ、いい。分かったとりあえず座りな。なにかあったかい物でもですから」

 突然の息子の帰宅に動揺を隠しきれない二人は中へ入るよう促した。

 テーブルの椅子に腰かけたリオンは何処か浮かばれなく、いつもの爽やかさなどどこにもなかった。

 カグラは、隣りに座るとリオンの手を取った。

「なにかあったの? まさか、イジメ?」

「違うよ」

「じゃあ何があったのさ」

 湯気の立つ三つのカップを手に持ったカトレアは向かいに座るとそれぞれの前に置いた。

「……耳鳴りがするんだ」

「耳鳴り? アタシもたまにあるけど……」

「そんなんじゃないんだ。なんて言うか……その……」

 リオンにしては歯切れが悪い返答だ。

「まあ、とにもかくにも、こうしておかあさんたちを頼ってきたわけでしょ?」

 カグラは言った。

「うん、まあ、ね」

「なら、落ち着くまで家にいなさい。学校には後でちゃんと連絡するから」

「そうだな。それが良い。久しぶりにお前と過ごせる時間が設けられるんだからな」

 にこっと笑顔を見せるカトレア。

 そんな二人の母親にホッと胸をなでおろした。

「ありがとう、かあさん」




***




 夕方、仕事で帰ってきたもう一人の母親、サラフォンテールとアリシアは突然の息子の帰宅に驚愕したことは言うまでもない。

 理由を聞いたサラは腕を組みながら黙って耳を貸す一方、アリシアは心配そうにリオンを見つめていた。

「なるほどな。まあ、仕方ないことだ」

 サラは言った。

「色々悩むことは多い年頃だものね。いいんじゃい? たまには」

 とアリシアも賛同した。

「アリシアはともかく、ネエさんは絶対に許すと思った」

「どういうことだ?」

「だってネエさんが一番リオンの事好きじゃないか」

「なッ――――」

「そうだろう? 去年の今頃なんてまともに食事がのどを通らなかったじゃないか」

「違う、違うぞカトレア! あれは、その、あれだ!!」

 顔サラは身を乗り出した。その顔は耳まで真っ赤で、今にも湯気が噴出しそうだ。

「わけわかんないよ、ネエさん。とにかく、少し体調が落ち着くまで、ここにいるといい」

「ありがとう」

「ただし。その間、きっちり家の仕事は手伝ってもらうからな」

「分かってる。働かざる者食うべからず。でしょ?」

「そうだ。良く分かっているじゃないか。ご褒美にほっぺにチューしてやる」

「いいよ恥ずかしい。それに僕はもう十五歳だよ?」

「アタシから言わせればアンタなんかまだ、ガキだよガキ。カグラ」

「ほいさ!!」

「ちょッ!!」

 一瞬でリオンの後ろを取られてしまった、

 さすが、戦争を生き抜いただけのことはある!! とはいえ、これはいかほどなものだろうか……。

「くっ離せ!! なんだこりゃ、動けない!!」

「鬼人族の筋力、侮ることなかれ!」

「くっそ――――――!!」

「それじゃあ、いただきます……」



***



 母親からのアツい愛情を受け取ったリオンは自室へと戻ったころ、四人は居間で話し合っていた。

「耳鳴りと言ったか。しかも、頭痛にまで発展すると……わからん」

「アッシが思うに、兄さんのように、また何か不吉なことが……」

「バカ言え、コウキとリオンは似て非なる者だ。リオンはリオン。もう、コウキとは関係ない」

「でも、生前のコウキさんのことを考えると、なにかの影響を受けていてもおかしくはないと思います」

「堕天の書のことか。確かに、コウキ様はアレの力で半分魔族になった。だが、それだけのことだ」

「だからこそ、コウキさんが遺した力が、なにかしらの要因でリオンに影響を与えていると考えられないでしょうか?」

「兄さんに近づいている、とか……」

「おいおい、それはさすがに……なあ、カトレア」

「それはないだろ」

「ですが、いくつかの例はあるそうですよ。一部の地域では、人は一度死ぬとその魂は新たに生まれ変わり、稀にその記憶を引き継いでしまうとか……」

「魂はいいとして、記憶まではいくらなんでも」

 困った表情をするサラ。

「でも、マサミチさんは言ってました。あのときの兄さんは、人でもなければ、神でもなく、悪魔でもない、別の存在だったって」

 それは、あの時見ていた誰もが覚えている。

「だからって、それがリオンにどう関係があるのだ」

 苛立ちを見せるサラ。そのとき、アリシアは言った。

「魔族の襲来……」

「馬鹿な、それはベルナデットを殺した時点で不可能のはず」

 カトレアは言った。

「何かの、前兆か、あるいは感じているのかも」

 神妙な面持でアリシアは言った。

 その時だ。

「なに、四人で騒いでるの?」

「り、リオン!?」

 そこには寝ぼけ眼のリオンが立っていた。

 動揺を隠しきれない空気の中、サラは訊いた。

「何時からそこに……?」

「今、たった今。白熱中に悪いけど、寝させて」

「すまないな。そうだ、リオン眠り妨げてしまったお詫びに、なにか温かい物でも出そう。そうすれば、今宵も快眠だ」

「ん、分かった。ありがとう、サラかあさん」

「うむ。よしお前ら。ここは我に任せて寝ろ」

「はいよ」

「あーい」

「おやすみなさい」

 三人はそそくさと寝室へと向かって言った。

 残ったリオンとサラは食卓テーブルに向かい合ったまま、無音の時を過ごしていた。

「もう少し待て、そうすれば、じきに湯が沸く」

 マサミチが開発した魔道具コンロは居間や生活必需品だ。今まで魔法あるいは、火打石で火を出していた生活から一転して、このコンロの登場ですぐに誰でも火を得ることが出来るのだ。

 すると、コンロの上でヤカンと呼ばれる湯沸しの器がぐらぐらと音をたてはじめた。

「もうか、時間が経つのは早いな」

「ねえ、かあさん」

「なんだ?」

「かあさんは、なんで僕を拾ったの?」

「なんだ急に」

 ヤカンを持ち上げる手が一瞬止まった。

「僕は捨てられていたんでしょ? 普通、孤児院とかに預けない? なんでわざわ育てようと思ったのかなって」

 孤独感。それは昨晩、ラインハルト家の晩餐会で感じた事だ。会場には、多くの人間がいて、皆、血がつながっている家族がいた。

 でも、自分にはいない。生まれた瞬間から、一人なのだから……。

「僕はいったい、どこの誰なんだろう……。かあさん、なんでどこの誰だかわからない僕なんかを育てようとしたの?」

「われ―――わたしはな、リオン、母親になりたかったんだ」

「母親に……。じゃあ、なればよかったじゃないか。サトウコウキと一緒に旅を続けていたんだったら、そのまま結婚でもすればよかったじゃないか」

「そう思うだろ? でもな、あの人は、そう言うことは考えていなかったんだ。ただ、隣に誰かがいてくれればそれでよかったんだよ」

「なにそれ、最低じゃん。つまり、誰でもいいってことだろ?」

「そうじゃない。あの人は自分が幸せになることが怖かったんだ。多くの命を救った数だけ、多くの命を奪ってきた。あの人は、本当は世界を救う為に旅をしていたわけじゃない。

贖罪の旅を続けていたんだ。そこにたまたま、かあさんたちがついて行っただけなんだよ」

 リオンは黙って耳を傾けていた。

「でも、かあさんはそんなあの人が好きだった。時折見せる、あの憂いに似た瞳をどうにかして明るく彩ったものにして見せたいと。でも、叶わなかった」

 サラはカップにそこに目を向けた。

 底に写る自分の顔が、ゆらゆらと波打っている。

「後悔したよ。なんでもっと愛してあげられなかったんだって。あれだけ時間があったのに、何一つあの人の為にしてあげられなかった。いつも、貰ってばかりだ。だから、自分を疑ったんだ。

本当に愛していたのかなって……。母さんたちはな、あの人のことを何も知らないんだ。どこで生まれてどんなふうに生きて、何が好きで、嫌いなのかも。そんな上辺だけの愛なのかって。でも、最後の最後であの人は言ってくれたんだ。愛してるって。本当にあの人は、奥手な人だよ」

「かあさんは、あの人のことを本当に愛しているんだね」

「当たり前だ。二十六年経つ今でも気持ちは変わらない。だから、かあさんはあの人の子どもが欲しかった。家族になって、本当の幸せを感じてみたかった……そんな時だよ。お前に出会ったのは。ちょうど、十年経った頃、家の前に、お前がいたんだ。お前の顔を見た時な、こう思ったんだ。天からの授かりものだって。だから、かあさんたちはお前を育てることにしたんだよ」

「なにそれ、考え過ぎだよ……」

「いいや。これは運命だ。きっと神様が今度こそ、幸せになって良いよって言ってくれたんだと思う」

「……恥ずかしいなあ」

「そんなことはない」

 するとサラは立ち上がり、リオンの前に立つと抱きしめた。

「お前の存在が、かあさんたちの幸せなんだ」

「………かあさん」

「たとえ血が繋がっていなくても、お前は息子だ。何物にも代えがたい大切な子どもなんだよ……」




「なんか、すまないな。かあさんらしくない。身の上話なんて……聞きたくなかっただろ」

 さすがに恥ずかしかったのか、少し眼を逸らすサラである。しかし、そんな母親が妙に可愛いなと思うリオンだった。

「そんなことないよ。なんか、すこしホッとした」

「そうか」

「うん。かあさんが今でも恋する乙女だって分かったよ」

「な、こいつ」

「へへ」

 しばらくしてベッドへ戻った。

サラが言った通り、すぐに夢の中へと誘われた。



***



 翌日、体調も万全で、例の耳鳴りはいまだ起こっていなかった。

 しかし、いつまたあの耳鳴りがするのか分からない。

 居間で寛いでいるとカグラが隣に座ってきた。

「リオン、今から街に行かない?」

「どうしたのさ」

「単純に暇なの。カトレアおかあさんとサラおかあさんは依頼でいないし、アリシアおかあさんは学校でしょ? 今日はおかあさん何もないの、イイでしょ? たまにはデートしようよ~」

 べったりとくっついてくるカグラはまるで母親と言うより、同級生の女の子の様だ。

 よくよく考えてみると、カグラは母親の中でも最年少で、幼少期の大半を奴隷としてすごし、その後すぐにコウキと出会い戦争に参加した。そんな彼女だからこそ、こういう楽しみを最も欲するのではないだろうか。

「分かった。支度するよ。あと、一応体調が原因で休んでいることになっているんだから、あまり長くはいれないよ」

「大丈夫、大丈夫」

 と笑顔で答えるカグラだった。

 やがて身支度を終えたリオンが玄関先で待っていると、ようやくカグラが来た。

「お待たせ~」

「遅いよか…あさん……」

 思わず空いた口が塞がらなかった。

「どう?」

 そこには淡いピンク色のワンピースを着たカグラが立っていた。

 格好などどうもいい。問題は見た目だ。四十代とは思えないほどの可愛らしさを持っているのだ。それも、そこらの十代二十代の女性とは比べものにならない程に……。

 リオンは頭を振った。

 まてまて、相手は母親だ。しかし、だがしかし、なぜか、ちょっと嬉しい自分がいるのだ。

 もう一度カグラを見る。

 ダメだ。可愛すぎる!!

 おいおいおい―――なんかとってもまずいぞ、これは………。

「リオン?」

「あ、いや、なんでもないぜ」

 顔を覗き込むカグラに思わず身がのけ反ってしまった。

 それに、なんだよ今の「ぜ」って、らしくもない。

「そう、早く行きましょ。時間ないんだしね」

 カグラはリオンの隣に来ると、腕を組んだ。

 左腕から伝わるソフトな感触がリオンの感覚を麻痺させる。それがたとえ育ての母親だとしても………だ。

「街が近くなったら普通にしてよ。誰かに見られたら恥ずかしいし」

「その辺は、年相応の男の子なんだね」

「あ、当たり前だよ」

「んふふ」

 視線を逸らす息子が可愛くてしょうがないカグラだった。




「ねえねえ、リオン、次はこっち」

「はいはい」

 カグラに手を引かれ店から店へと乗り移ること一時間は経過しただろうか。

 街に着くや否や洋服や小物、雑貨店など見て周り、リオンはそれにただついて行くだけの状態だ。

 ただのウィンドウショッピングってだけなのに、なぜこんなに楽しそうなのだろうか。

 せめて何か買えばいいのに。と思うのだった。

 それになんだかんだカグラはリオンとべったりくっついたままだ。

 腕は組んでいないものの、その代り手は繋いだまま。おかげで、店の店員からは「カップルですか?」「可愛い彼女さんですね」「お熱いねえ」などと声を掛けられる始末。その度に訂正しようかと思ったが、カグラが嬉しそうなので、そのまま笑ってやり過ごしている。

 まあ、たまにはこういうのも、アリなのかって、思ったり、思わなかったり。とにかく、今は母親の気が済むのも待つだけだ。

「ねえ、少しそこで休憩しない?」

 カグラは噴水広場を指した。

「そうだね」

 二人は広場のベンチに腰を落とした。

「ねえ、リオン」

「なに、かあさん」

「ごめんね、無理につき合わせたりしちゃって」

「どうしたのさ。別に気にしてないよ。こうしてかあさんと二人で過ごすのも、なんだか、新鮮で気持ちがいいって言うか。そんな感じ」

「そう、なら良かった……」

「かあさんが楽しそうな顔を見てるだけで、僕は十分だよ」

「リオンはやさしいなあ」

「かあさんはさ、こういう経験って無かったの? その、サトウ・コウキとは」

 思い切って訊いてみた。

「あに―――コウキさんのこと? そうねえ、無かったわ」

「そうなの?」

「かあさんがコウキさんと一緒になった時にはもう、サラおかあさんたちがいたから、こうして好きな人を独り占めにするってことは無かったの。それに、あの人は結構、奥手って言うか、あまりそう言うのを好む人じゃなかったの」

 昨晩、サラが言った通りだ。

 やはり、サトウ・コウキと言う人間は愛を怖がっていたのかもしれない。

「そうなんだ。やっぱり、憧れていたの?」

「もちろん。いつか二人っきりで―――って、真昼間から何言わせるの! 恥ずかしいじゃない……」

 ぷくっと頬を膨らますカグラに異次元の可愛さを感じてやまなかった。

 息子の自分が言うのもなんだが、ココまで可愛い人を近くに置いておきながらナゼ何もしなかったのか、本当に疑問に思う。

「ねえ、かあさん。僕、ちょっと寄りたい所があるんだけど」

「どこ?」

「それは―――」

 博物館だった。

 国立博物館はリオンが最も好きな場所の一つでもある。

 まだ幼いころ、母親に連れて来られて以来ここには頻繁に訪れている。

「よく飽きもせず来るわね。お母さんには分からない」

「ここに来ると、わくわくするんだ。過去に人が創り上げた思い出が沢山あるんだ。どんな人がどんな思いでこれらは造り扱っていたのかをね」

 リオンは館内を見て回った。

 ガラスの向こうに展示させている巨大なタペストリーから、遺跡から発掘された食器など、様々だ。

 そして、二人はある物の前で足を止めた。

「あなたはどんな思いで戦って……」

 『英雄の遺品』と呼ばれる黒いマントを前にリオンはそっと呟いた。昔、それを見た時母親から教えてもらった。

 これは、サトウ・コウキが所有していたマントであることを。

「コレを展示してほしいと頼んだのはお母さんたちなの」

「え……?」

「あの人の思いでの品は全くなくてね。こうやって飾っておかないと、皆忘れてしまいそうで……。あの人が生きた証を少しでも知ってほしいと思ったの」

「……そうなんだ」

「いつまでもすがっていちゃダメだって分かっているのだけれど、どうしても…ね」

 少し、困ったかのような笑顔を見せた。

 こんな母を見たのは、もしかしたら、今日が初めてかもしれない。

 普段は、少女のように無邪気で見ているだけでこっちまでも笑顔にしてしまう。そんな人だ。なのに、こうして干渉に浸る母は、まるで暗い夜の海の様だ。

「場所、変えよっか」

「大丈夫よ。ごめんね」

 笑顔を見せた。

 だが、それが作りモノであることは手を取るようにわかる。

 これでも、16年間育ててくれた母なのだから、当然のことだ。

「無理、しなくてもいいんだよ」

 カグラの手を取ったリオンは強引に引き寄せると、足早にその場を後にした。

 博物館は、また今度だな。



***



 その後、しばらく二人はデートを楽しんだ。

 そして、家に着いた頃にはすでに空は茜色と紺色の見事なコントラストを描いていた。

「なんだか、今日はごめんね。リオンを元気づけようとしたのに、返って気を使わせちゃって……おかあさん、ダメね……」

 しゅんと顔を俯かせたカグラ。

 すると、リオンはカグラの肩に手を置いた。

「僕の方こそ。ありがとう、かあさん。かあさんはダメじゃないよ」

 グッと引き寄せたカグラは、小さく華奢な身体だった。まだ三つくらいの頃には大きく感じた母の身体も、じつはこんなにも小さくて弱々しいものなのだと、改めて実感した。

 そのまま、リオンの手は、隣で俯く赤い髪の毛をそっと撫で下ろした。

「リオン……」

 見上げた先には、こちらに笑顔を見せる息子が写っていた。

 黒く澄んだ瞳はいつみても、綺麗だ。

 それが、例え二十六年経とうとも……。

 ああ、きっとあの人が生きていたら、こんなふうに、二人きりの時間を過ごせたのだろうか。

 寄りかかるカグラはそんなことを思っていた。

「……もうちょっと、こうしてていい?」

 瞳を潤ませるその顔は、一人の女性の様に見えた。

「ああ、もちろん」

 穏やかな声で返事をした。




 気が付くと寝ていた。

 時間はまだ一時間しか経っていなかったが、十分睡眠をとったような気がした。

 隣に座るカグラはまだすうすう寝息を立てている。このままカグラだけ寝かせようかと思ったが、たまにはこういうのも、悪くない。

 その時だ。

「随分、お楽しみの様ね」

「はッ――――!!」

 振り向くと、そこにはニヤリと口元に弧を描いているカトレアが立っていた。

「何時……帰ってきたの?」

「今さっき。たまたま早く帰ってきたら、まさか二人が密着し合ってソファーで寝ているですもの。面白いから観てたってわけ」

「へ、へえ」

 乾いた返事をするリオン。その瞬間、グイッと目の前までカトレアは迫ると、正面に跨った。

 ずしっとした重みが両腿に襲い掛かる。

 さらに、するりと首の後ろに手を回したカトレア。

 もう、完全に逃げる事が出来ない状況だ。

「お前が帰って来てからまだ、アタシは楽しんでいないからね」

「楽しむって…」

「昨晩はネエさんと二人で密談、今日はカグラとデート。アタシも楽しまないと、不公平だろ…違う?」

 艶めかしく瞳を細めるカトレアからは、花のような甘い香りがした。

「おっと、あまり騒ぐんじゃないよ。カグラが起きてしまう」

 さらに身体を密着させるカトレアにどう対処していいかわからない。

「あー、いつみても、いい顔立ちをしているねえ、お前は」

「ど、どうも」

「肌もキレイ」

 頬を撫でる手はまるで触手の様に蠢いている。

「リオン、ちょっとでいいから、キスして……?」

「は?」

「良いじゃないか。おやこなんだし。スキンシップスキンシップ」

 そう言うカトレアの目は本気だった。

 もう、彼女の目には息子ではなく、男が写っているようだ。

「さあ、リオン……」

 ゆっくりと唇を近づけるカトレア。

「いや、まってかあさん、ねえかあさん!?」

「いただきい……ふがッ!!」

 その瞬間、カトレアの動きは止まった。

 いや、厳密には首根っこを掴まれ、無理やり止めさせられた。と言った方がいいかもしれない。

 そう、なぜなら、彼女の後ろにはあの人がいたからだ。

「随分と調子に乗っているじゃあないか。カトレア」

「ね、ネエさん」

「だから待って、って言ったのに。おかえり、サラかあさん」

「ただいま、リオン」

 ニコッと笑みを見せたサラ。しかし、その手は依然としてカトレアを捉えたままだ。

「どういうことだ、説明しろ」

「どうもこうも、スキンシップだよ!! いいじゃん、別に!! キスくらい、いいじゃん、いいじゃん!!」

 もう駄目だと思ったのか、ヤケになったカトレアである。

「いいや、良くない。カグラならまだしも、お前のようにこそこそするようなヤツは、神が許しても我が許さん!!」

「そんな――――――――!!」



***



「……ふあああん。良く寝た―――アレ?」

 目覚めたカグラが目にしたもの、それは頭にたんこぶを作ったカトレアと、怒りを露わにするサラ。そして、呆れたように頭を抱えるリオンと玄関口で茫然とそれを眺めるアリシアの姿があった。

「あららまたですか。好きですねえ、まったく……」

 カグラもまた同じくして呆れたようにため息を漏らした。

アフターエピソード Ⅲ『門』へ続きます。

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