アフターエピソード Ⅰ『兆候』
完結した? ああ、あれは嘘だ。なーんて言ってますが、前々からリオンが活躍する話を書きたいと思っていたため、どのくらいの期間が空いたかわかりませんが、この度投稿させていただきました。
「お前はいつまで過去の作品にすがってるんだ」と思っているかもしれませんが、この物語は私にとって非常に思い入れの強い作品ですので、どうか温かい目で見守っていただければ嬉しいです。
大陸最大の魔法国家サンクチュアリにある魔法学園では入学式が始まっていた。
国内外から多くの優秀な生徒たちが集うこの場ではこれから将来、国や民を守るために戦う魔法使いや魔法に即した新たな技術を生み出す者、またはさらなる魔法の発展のために研究者となるべくしてきた者など目的は様々である。
新入生代表の挨拶が終わり、在校生たちは拍手をする。
その中に彼はいた。
魔法学園の特徴でもある白い制服に身を包み、黒い髪と瞳を持った少年リオン=ウィンクルムである。
物心つく前に親に捨てられ、偶然通りかかった、後に母となる女性たちに拾われ、リオンと名付けられた。
そんなリオンも今年で十六歳になる。
ここ、サンクチュアリ魔法学園で二度目の春を迎えようとしていた。
入学式を終えたリオンは教室で同級生たちと談笑していた。
「今年の一年生は結構優秀な子が多いそうだよ」
リオンの向かいに座る男子生徒、ロビンは言った。
「へえ、そうなんだ。言われてみれば僕たちの時とは違ってなんか堅いイメージだったもんね」
「つまり勉強バカってこと?」
隣の活発な雰囲気の女子生徒、ツグミは言った。
「どうだか。でも、生徒のほとんどの親が研究者だったり、騎士の家系に生まれたり……結構位が高い家柄が多いとは聞く」
「良いなあ。きっとここの入試も簡単に合格することが出来たんだろうなあ」
後ろ小柄な女子生徒、アリスは言った。
「確かに、いい家に生まれれば血統とかで優秀な子共は多いとは聞くよね」
リオンは言った。
現にリオンのクラスの三分の一は上流階級生まれが多い。
上流階級または中流階級出身が多い中、リオンたちの様に一般家庭出身の生徒はこの学園では珍しいのだ。
「ホント。俺らみたいな一般人がココに居られるだけでも奇跡に近いのに、アイツらは息を吐くように簡単に入学するんだもんな」
ロビンは言うが、実際この学校に入学するためには相当の学力と魔法による実力が必要となる。
リオンたちは、一般人と言っているが、実際は上流階級の血筋を持つ者と同等の実力を持っている、実力者なのだ。
「そして、この後は一族総出でパーティー。いいなあ。ウチなんて田舎だから華やかじゃないし」
「ホント、いいよなねえ」
「リオン。お前んとこは毎年何かあったら王様から何か貰うだろ」
「そうよ。この前だってお小遣いなんて言って十万ゴールド貰ってじゃない」
「ええ!? 十万!?」
アリスは素っ頓狂な声を上げた。
「まあね。でも使ってないよ」
「マジか。じゃあどうしたんだよ」
「教会に寄付したよ」
「はあ、でました聖人リオン。お前相変わらず真面目だなあ」
「もったいない。せめてウチに寄付して欲しかった」
「さすがにそれは……」
少し困った表情を浮かべるリオン。
その時だった。
少し顔をしかめたリオンはおもむろに右耳を軽く抑えた。
その様子をアリスは心配そうに見つめた。
「リオンくん、大丈夫? どうしたの?」
「…うん。ちょっと耳鳴りがね」
「お前ここんところ結構じゃないか? 昨日だって寮で勉強中に耳鳴りなってたよな」
「え、ロビンが勉強!?」
ツグミは驚いた声を上げた。
「バカヤロウ。俺だってするわ。で、どうなんだよリオン」
「僕にもさっぱり。でもそんな大した問題じゃないよ」
と、笑顔を見せるリオン。
そんなリオンを前に表情を崩さないアリスであった。
すると、教室のドアが開いた。
一人の女子生徒が赤い髪をなびかせながらリオン達が居る方へと向かって来た。
その様子を目で追う生徒たち。
少女はリオンの前まで来ると軽くお辞儀をした。
「ごきげんよう。リオンさん」
「やあ。ラインハルトさん」
少女の名は、オリビア・ラインハルト。
国内でも有数の騎士の名家であるラインハルト家の嫡子である。
またラインハルト家は、かの有名なカルバーン家と並ぶ由緒正しき家柄生まれのお嬢様でもあるのだ。
そんな彼女もかつてはリオンに対して牙を向けていたが、今ではすっかり牙を抜けれ彼のとりこである。
「なにかようかい? わざわざうちのクラスにまで足を運ぶような重要なことでもあった?」
「いえいえ。たいした事ではありませんわ。ただちょっと……その、リオンさん、この後のご予定は?」
「いや、とくに無いけど」
「でしたら、今日この後我がラインハルト家でパーティーが開かれるのですが、良かったらリオンさんお越しにならないかしら? もちろん、リオンさんがよろしければ、皆さんもご一緒してもよろしくてよ。リオンさんが良ければの話ですが。いかがでしょう?」
と、小首をかしげるオリビアを目の前に、ロビンとツグミは「ほーら始まった」と顔を見合わせた。
アリスはそんなオリビアを訝しげるような目で見つめていた。
「どうかしら?」
「うーんそうだなあ。ロビンたちはこの後暇?」
「ああ、暇だ」
「ウチも今日はどうせ寮でゴロゴロするだけだし」
「私は問題ないよ」
「そう言うことだから。その誘い乗るよ」
「本当ですか?! 良かったですわ。ではこの後夕方六時にお迎えいたしますわ」
まばゆいばかりの笑顔を見せるオリビア。
「場所はどうすればいい?」
「校門の前はいかがでしょう?」
「じゃあそれで。服装は?」
「ご自由に」
「んじゃあ、このままでいいか。どうせたいした服もってないし」
「かしこまりました。では後程」
そう言ってお辞儀をするオリビアに片手を上げるリオン。
颯爽と教室を後にするオリビアの後ろ姿を凝視するアリスであった。
「しかし、リオン。お前も大変だな」
「そうよ。毎回何かあるたびに、それもリオンに関係ない事でもすぐに誘ってくるなんて」
「そうだよ。無理しなくてもイイんだよ?」
「べつに無理してなんていないよ。せっかくの誘いだもん。誘いに乗るのも礼儀の一つだよ」
「アンタって本当に聖人みたいな脳みそしてるわね」
「なにそれ、バカにしてる?」
「いいえ。呆れてるのよ」
「なんだそりゃ?」
苦笑いをするリオンだった。
***
入学式のため学校は午前で終った。
他の生徒たちが帰る中、リオン達は学校に残っていた。
時間はちょうど夕方の五時半。約束の時間までの間、リオン達は図書館で時間を潰していた。
居眠りをするロビンの横で本を読むリオン。その隣でアリスとツグミは小声で話をしていた。
リオンは立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「え、もうそんな時間?」
ツグミは答えた。
「あと、十五分あるけど。先に待っていた方がいいでしょ?」
「それもそうね。ほら、起きろ寝坊助」
ロビンの頭を小突くと「ふえ?」と寝ぼけ眼で顔を上げた。
「なんだよう…あと一時間は寝たい」
「あと十五分で迎えが来るから。先に待つよ」
「リオンはせっかちだなあ。んなもん、五分前でもいいだろ」
「それはいけないよ。待たせるのはどうかと思うよ」
「へいへい」
こういう時のリオンは一段と頑固なことを知っているロビンはすぐに立ち上がった。
正門の前に出ると、すでにラインハルト家の馬車が待っていた。
そして、その中から出てきたのは使用人だった。
「リオン様ご一行で間違いないですね?」
「はい。今日はよろしくい願いします」
リオンに次いでロビンたちは頭を下げた。
早速、馬車に乗り込み、ラインハルト邸へ向かった。
しばらくすると到着した。
馬車から降りたリオン達は案内されるがまま会場へと向かう。
そこは、まさに、貴族御用達といった見た目だった。
「白くてデカいな」
ロビンは言った。
「あのラインハルトが所有しているパーティー会場でしょ、当然よ」
と言うツグミだったが、その横に立つリオンは平然と見ていた。
なぜなら、毎年マサミチからパーティーに招待され、王宮に通っているからだ。だから、リオンからすればこの会場は小さすぎるし、むしろ普通だった。
とはいうものの、これほどまでの物を所有するのだから、大したものだ。
さすが、名門である。
屋敷内に案内されたリオンたちは、扉の前に立たされた。
「それでは、どうぞ」
使用人は取っ手に手を掛けると、一気に開けた。その瞬間、四人を待ち受けていたのは、別世界の光景だった。
優雅なオーケストラの音楽、広々とした会場に美しい絵画と彫刻、さらにその中で談笑を交わし合う、貴族たちの姿である。
リオンを覗く三人はその光景に圧倒された。
「おいおいおい……こりゃすげえぞ」
頭を掻くロビン。
「あひゃー……」
と空いた口が塞がらないツグミ。
「広い……」
感心するアリス。
「へえ、中々いいね」
平然と感想を述べるリオンである。
「ごゆっくりどうぞ」
扉が閉まった。
残された四人は、リオンを中心に移動を開始した。
やはり、こういう時に役に立つのがリオンである。と思うが、決して口にしないロビンであった。
「皆、ラインハルト家の身内か」
リオンは言った。
「みたいだね、リオンくん」
アリスが答えたそのときだ。
「これは、みなさん」
「やあ、ラインハルトさん」
赤いドレスに身を包んだオリビアがやってきた。
オリビアはリオンたちの前に立つと、スカートの端を摘み、お辞儀をした。
「お越しいただき、ありがとうございます。ところでリオンさん。その、このドレスは、いかかでしょうか?」
挨拶もそこそこリオンに訊ねるオリビアにロビンとツグミは小さくため息を吐いた。
「綺麗だよ。とくに胸元のコサージュなんか素敵だね」
「ほ、本当ですか!? 実はお気に入りですの!」
興奮する様子で応えるオリビアに、リオンは言った。
「でも、もう少し、胸元は隠した方がいいかな」
オリビアのドレスは、まさに女性を際立たせるためといっても過言では無い程に胸元が強調されている。
とくに、オリビアのような豊満な胸を持つ女性が着ると、その魅力は絶大だ。
「そ、そうでしょうか」
頬を染めるオリビアは両手で開いた胸を隠した。
「冗談、とっても綺麗だよ」
「もう、リオンさんってば」
頬を膨らますオリビア。
そんな二人の光景にアリスの眼は今にも殺しに掛かろうとするオーラを放っていた。
「アリス、リオンだから。リオンだから仕方がないから、ガマンよ」
耳元で囁くツグミにグッと堪えるアリスだった。
ほどなくして、四人はパーティーを楽しんだ。
ロビンは皿いっぱいに料理を盛りつけ豪快に頬張る。ツグミもまたしかり……。
一方、リオンとアリスはのんびり音楽に耳を貸しながら談笑していた。
「このケーキ美味しいね」
「そうだね。スポンジが違うのかな?」
「リオンくん料理するの?」
「たまにね。実家に帰るときとかだけど」
「へえ、そうなんだ。今度遊びに言ってもいい?」
「もちろん。かあさんを紹介するよ」
「うん。是非」
笑顔を交わす二人。
そんな二人の前に現れたのがオリビアだった。
その後ろには彼女の両親の姿があった。
「楽しんでいらしているでしょうか」
「ああ、もちろん。ね、アリス」
「え、ええまあ……」
と歯切れの悪い返事をした。
「お二人にご紹介しますわ。父と母です」
「はじめまして。父のサイアスだ。娘がお世話になっているね」
「母のミランダよ。よろしくね。ウィンクルムさん」
「こちらこそ。お世話になっています。リオン=ウィンクルムです」
「アリス=アッカードです」
それぞれ挨拶を交わす。
ミランダを見た瞬間、リオンは思った。
顔立ちは母親に似ていると。そして、髪の毛は父親から受け継いでいるのだと。
「しかし、キミがあのウィンクルムくんか」
「なにか、あったのですか?」
「いやね、家に帰って来ては良く娘がキミのことばかり言うモノだから。どういう人なんだろうって思ったんだ。話の通り、誠実そうじゃないか」
「いえいえ、そんなことは」
「オリビアのお話しの通り、真面目な方ね」
「や、やめてくださいよ。照れますって」
はにかむリオン。
その横ではつまらなさそうにチーズが乗っかったクラッカーをかじるアリスである。
「まあ、そう言うことで。今後とも娘をよろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
「では、あとは若い者同士で仲良くね」
そう言ってサイアスとミランダはオリビアを置いてその場を後にした。
残されたオリビアはリオンに言った。
「ご一緒してもよろしくて?」
「もちろんさ」
「どうせそれが目的なんでしょ」
隣でぼそりと呟くアリスの言葉は会場の音に掻き消された。
「こちらの、ローストビーフ。もう召し上がりました?」
「ああ。美味しかったよ。久しぶりに良い物を食べたよ」
「喜んでいただいてうれしいですわ」
と喜びを露わにするオリビアを前に、アリスは―――。
「料理人が作ったんでしょ」
と言うが、今度は音楽によって中和された。
「ねえ、ラインハルトさん」
「はい。何でしょうか?」
リオンの瞳が真っ直ぐオリビアを見た。
深い海の底の様な黒い瞳が私だけに向けられている。
今、この瞬間にだけ許された、自分だけの特権だ。
ああ、その淡いピンク色の唇からは何を発せられるのでしょう……。
綺麗? 美しい? 可愛い? なんでも来い! ですわ。
心躍るオリビアである。
「この前見せてくれた火炎魔法、あれもう一度見せてくれないかなあ。近いうちでイイからさ」
「へ?………」
魔の抜けた声を出した。
「いやあ。炎がいきなり獣の形に変えたあれだよ。僕が前にやった形状変化にそっくりだったからさ。でも、少し違うよね、あれ。自立稼働するんだから。あれはどうやって動かしていたの?」
饒舌に語るリオンに面食らった表情を隠しきれないオリビアは、一瞬自分の中で何かが崩れる音が聞こえた。
「え、あ、あの魔法ですね。アレはですねえ―――………」
たどたどしく応える姿が面白かったのか、アリスは愉しそうにその光景を眺めていた。
ひとしきり説明を終えたオリビアはグラスの中のジュースを半ば強引に流し込んだ。
舌の上を流れる果実の味など確認することはない。
今彼女の脳裏にあるのは、なぜこんな状況であんなことを聞くのか。である。
確かに、リオンは真面目だ。
勉強も、魔法も普段の生活もだ。
なのに、なぜ今なのだろう……。
がっくりと肩を落とすオリビアとは対照的に満足そうに笑みを浮かべるリオン。
まあ、結果的に喜んでくれて良かったですわ。そう、私はリオンさんの要求に答え、欲求を満たしたのですわ! わたくしは、できる女!! と自己完結させるであった。
「リオンくん、この魚料理も美味しいよ?」
「え、ホント?」
皿に盛ろうとした瞬間、アリスは先に皿に盛ると、リオンに向けてフォークを差し出した。
「はい、あーん」
なにッ!?
オリビアは一瞬目を血走らせた。
無邪気に、かつ無垢に、そして絶妙なまでのスピードと一切の無駄のない動き……この女、できる!!
「え、いや、あはは……」
「もう、イイじゃない。今日くらい、ね?」
「そ、そうかなあ……」
ポリポリと頬を掻くリオン。
どう、ラインハルトさん? いくら優秀なあなたでも、ココまでの業は出来ないでしょ? これは同じクラスで、普段一緒にいることのできるわたしの身が成せる行為よ。さあ、昨日今日仲良くなったばかりの、まだ日の浅いあなたはそこで見ておきなさい。
アドバンテージ。それはアリスの持つ究極のカード!!
地の利を得た戦法!!
湧き上がる勝利の予感!!
地の底から噴き出る衝動を必死に抑えることがこんなにも愉快で……辛い!!
しかし、ここで表情を出してしまえば、リオンに悟られてしまう。
計算高い女と、心の中で罵られるかもしれない。だから、今は演じるのみ!!
だが、そのとき、勝利の瞬間は一瞬にして消え去った。それは、百パーセントが五十パーセントになった瞬間である!!
「リオンさん、こちらのお肉も行かかでしょう?」
オリビア、勝負に出る。
最弱の手札の中から出した究極のカード!!
それは、模倣!!
アリスと違いこちら側はまだ日が浅いと言うハンデがある。ましてや、かつて刃を交えた仲。今日、こうしてパーティーに参加してくれたこと自体が奇跡!!
だが、それこそが勝機を呼ぶ!!
パーティーに参加してくれた。つまり、少なくとも嫌われているわけではない。それに、リオンは人の頼みを安易に断ることが出来ない。
だから、アリスと同じ戦法をとることで勝負に出たのだ。
オリビア=ラインハルトは二度、奇跡を起こす!!
「いやはや参ったなあ……」
二人の狭間で頬を掻くリオン。
その両隣では戦いが繰り広げられているとも知らずに……。
「ねえ、ほらはやくぅ」
ずいっとフォークを口元に近づけるアリス。
「さあ、召し上がれ。リオンさん」
慈愛に満ちた笑みをぶつけるオリビア。
「「さあ、どうぞ!!」」
「どちらにしようかなあ。迷うなあ……」
その時だ。
突然、あの耳鳴りがリオンの頭を刺激した。頭痛とは違う、もっと別の痛みだ。
「―――――ッ!?」
膝の力が抜けていく。
「リオンさん!?」
「だ、大丈夫!? どうしたの!!」
「う、っぐ……だい、丈夫、だから」
「何を言ってるの。そんな状態で大丈夫なはずが―――」
「なに、いつもの、さ」
「でも―――!」
「僕は平気だ!」
その時、アリスは見た。
一瞬だけ、リオンの左目が淡い紅の色をしたのを。だが、すぐにいつもの黒い瞳だった。
「……ごめん、ラインハルトさん」
「い、いいえ。わたしこそ、体調がすぐれていないことを知らずに、お誘いしてしまって、申し訳ございません」
しゅんとしてオリビアは深々と頭を下げた。
「リオンくん……」
「アリスも、心配かけてごめん。僕はもう、返るよ。ご飯、美味しかった」
「リオンさん」
「じゃあね。また」
半ば強引に挨拶を済ませたリオンは足早に屋敷を後にした。
残されたアリスとオリビアは深い溜息と共に、やるせない思いに陥るのであった。
アフターエピソード Ⅱ『帰郷』へと続きます。




