五話 感謝されること
かくして、俺とサラはコルボ村に到着した。まず俺達は村の村長の下へと向かった。
「あの、すみません。村長はどちらにいますか?」
村人に尋ねた。
「村長ならこの、先の見える大きな役場に居ますよ。」
「分かりました。ありがとうございます」
礼を言って、その場を後にした。
この村はとてものどかな村だ。小川が流れ、畑があり小さな丘もある。奥には森が見える。こんなところにゴブリンが出るなんて想像もつかない。
役場に着いた。中に入ると受付にいるお姉さんに依頼書を見せて村長の下へと案内してもらった。
村長のいる部屋へと案内された。ドアを開けると五十代の男性が椅子に座って書類に目を通しているところだった。
「村長、ハンターの方たちをお迎えいたしました」
「おう、そうかい。それでは通しておくれ」
「どうぞ」
そう言ってお姉さんは戻っていた。
「どうも初めまして。依頼を受けたサトウとレインアントです」
「おお、これはこれは。よく来てくれました。まあ座ってください」
「はい」
コウキとサラは空いていた席に腰かけた。あとここで言い忘れていたが俺らギルドで登録している者をハンターと言う。ここでは〝狩る者〟ではなく〝依頼を受ける者〟を意味する。
「では早速で悪いのだが今回の依頼の件について説明しておきたいんだが、いいですか?」
「ええ、お願いします」
「今回の依頼は知っての通りゴブリンの討伐。ここ最近急に現れては村の食糧や武器、村人やここに立ち寄る商人などが襲われる事件が多発しています」
「そのことは国に報告しましたか?」
「もちろんしました。けど、今は瓦礫や周辺の土地の整備で忙しい、などの理由で断れる始末」
やっぱりそうか。全く、どうしようもないな。と言いたいが確かに今は一刻も早く復興しなくてはならない国の気持ちも理解できる。しかし、国に住む民が困っているんだから討伐隊の数人でもよこしてやればいいのに。
「それで、ハンターギルドに依頼を申し込んだと」
「はい、そうなんです」
「解りました。でしたら早速ゴブリンが生息しているところを教えてもらえますか?」
「分かりました」
村長は地図を取り出し、机に広げた。
「今、私たちがいるところはココ。そして奴らが現れるのがこの先に在る森。奴らの住かはこの森の奥にある洞窟はココになります。」
村長が指を指した所は村を出てからそんなに遠くない。距離にして500メートル先と言ったところか。そんな所からわざわざ襲いに来るなんて随分とフットワークの軽いこった。
「解りました。それでは早速討伐に向かいます。この地図、借りてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「それでは」
俺とサラは部屋を出てそのまま役場を出た。
「では、さっそく洞窟に向かおう」
「はい」
村の奥、位置的には西に向かって移動した。歩くこと数十分が経過した所で一度地図を確認した。村からだいぶ離れたところに今はいる。ここから約500メートル離れたところに奴らの住み家である洞窟がある。
できれば転移魔法で移動したのだが、転移魔法は一度訪れた場所でないと発動することができないため仕方がなく徒歩で向かうことにした。
太陽が1時の位置にある頃、森の中腹にいた。森の中は当然のことながら木と茂みでいっぱいである。しかし、その時俺は明らかに何者かが通ったあとであろう跡を発見した。近づいてみるとやはりそうだ。茂みがかき分けられている。それも一つではない数か所見られる。
「どうやら、奴らはこの辺に居るので正解だったようだね」
「はい、そのようで」
その時だった。
「コウキ様、伏せて!!」
サラが叫んだ。その拍子に拳大の多さの石が飛んできた。
「あぶねっ!」
なんとかギリギリのところで避けることに成功した。
「まだ来ます」
茂みのあちこちから石が投げ込まれる。サラはハルバートで防いでいる。俺は防御魔法で防いだ。
「まさか、いきなり奴らに不意を突かれるなんて」
「まったくです」
その時、数匹のゴブリンが逃げ実から飛び出してきた。身長は160前後と言ったところか。全身緑色の典型的なゴブリンだ。各々人間から奪ったであろう武器を持っている。
ゴブリンは妙に興奮しているのかさっきからサラをみて「ギイギイ!!」と声を上げている。確かゴブリンには特徴があり、男性は娯楽の相手、ただし殺す目的で。女性は性処理の道具にする特徴があった。と言うことは今のゴブリンにとってその2つが同時に満たされると言うことか。
なんて下衆な野郎どもだ。まあいい、アンタらには恨みはないが村人ためだ、死んでもらう。
「1、2、3........7。7匹か、余裕だな。でも、何処に伏兵しているか分からないから用心が必要だな」
ひとまず数の確認をとった。
「ですね。ではどのようにいたしましょう?」
「そうだねぇ、まずサラで相手してみてよ」
「私一人でよろしいのですか」
「今回の依頼の目的はこれからの陣形の確認のためだからね。ちゃちゃっとやっておしまい」
「承知いたしました。それではまいります!」
サラはハルバートを構える。すると一気に7匹のゴブリン目がけて突撃した。
まず、ハルバートの長さ(リーチ)を活かして一匹の首目がけて横に振り、ゴブリンの首は綺麗に切断された。突然の出来事でゴブリンたちは同様を露わにした。そんなこともお構いなしに、そのままハルバートを持ち上げて、脳天から一刀両断。真っ二つにされたゴブリンの断面からおびただしい量の血と臓物が飛び出した。
「グギギギギ!!」
一匹のゴブリンが剣を振り下ろしてきた。サラは刃で受け流し、その流れで顔面に蹴りを入れ、ひるんだところをすかさず、胴体を分断した。その間約50秒。いとも簡単に3匹のゴブリンを殺した。一切の無駄のない動き、まるで相手の動きを先読みしているかのような戦いぶりは一種の美しさを感じる。
「ゴギギャ!!!」
4匹同時に襲い掛かってきた。その瞬間サラはハルバートを地に突き刺し、そのまま掴んだ状態で逆立ちして攻撃を避けた。体勢が斜めに傾いた拍子にハルバートを抜き着地。
振り向きざまに一匹が棍棒で殴り掛かったのを一歩後ろに下がり棍棒を避ける。その瞬間ハルバードの先端で額を一突きし、突き刺さったゴブリンを一匹のゴブリン目がけて投げ飛ばした。ゴブリンは避けたが、投げ飛ばされたゴブリンは首の骨を折り絶命した。
3匹のゴブリンは鬼気迫る表情でサラに詰め寄る。サラはそんなゴブリンを虫を見るかのような目で見た直後、2匹が同時に攻めてきた。その数秒遅れて最後の一匹が来た。
サラは姿勢を低くし、一気に2匹に向かってハルバートを真横に振った。2匹の胴体は同時に上半身と下半身に分けられた。直後2匹の間から3匹目のゴブリンが飛び出してきた。しかし、サラは見抜いていたかのように最後の一匹を上から真っ二つにした。ここまでの時間約2分。
「終わりました。いかがでしたか?」
サラは眼を輝かせて俺に感想を聞いてきた。
「すごかったよ。まさかここまでサラが強かったなんて。戦力として申し分無いよ、これから前衛として頼むよ。」
「はい!このサラフォンティール、コウキ様のご期待に沿えるよう全力を尽くすのみでございます!」
サラは頬を赤らめて言った。
実際ものすごい速さで切りかかっていたのは恐怖を覚えた。もしあの時俺が剣でサラを戦っていたら間違いなく俺の首は取られていたにちがいない。心底魔法使いでよかったと思うコウキであった。
「うん、頼むよ」
言った瞬間、茂みから一匹のゴブリンが飛び出してきた。ゴブリンは真っ直ぐサラの方へと向かってくる。
「チッ、今取り込み中だろが!!」
『氷の牙』を放った。野太い氷柱はゴブリンの頭を貫通しその勢いのまま後ろの木に突き刺さった。
「大丈夫かい?」
「は、はい。危ないところでした。ありがとうございます」
「どういたしまして......やっぱり伏兵していたか。まあいい、とにかく洞窟まではそう遠くない筈だから先を急ごう」
「はい、コウキ様」
この時サラは「この主だけは怒らせないほうがいい」と思った。
数分後、ようやく洞窟らしきものが見えてきた。ここまで移動している中不思議とゴブリンやほかの生物に遭遇することはなった。
「そうだサラ、これから相当の数を相手にすることになるからこの武器でなく魔法で出した武器で戦いな」
「よろしいのですか?」
「ああ、個々なら誰も来ないしね」
「承知いたしました」
俺はサラから武器を受け取りマントの中へとしまった。
いよいよ洞窟の入り口に差し掛かった時だった。偶然にも一匹のゴブリンと鉢合わせしてしまった。おまけに俺と目が合ったし。その刹那。
「ギャギイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーー!!!!」
ゴブリンは仲間を呼び出した。するとあれよあれよとそこら中からゴブリンが湧いてきた。もちろん洞窟の中からも。
またたくまに5、60匹のゴブリンに囲まれてしまった。
「ごめんサラ、俺がもう少し慎重にしていればよかったのに」
「謝らないでください、コウキ様。大丈夫です。私とコウキ様が居れば何とかなります」
「なに、うれしいこと言ってくれるじゃないか。よし、ここは左右に分かれて行動しよう」
互いに背を向けてる。
「それでは、お先に失礼いたします」
「うむ」
サラは、猛スピードでゴブリン達は蹴散らしていった。サラの通った後にはゴブリンの死骸が散らかっている。
「さて、お前らの相手はこの俺だ!!」
瞬時に自身の背後に4つの魔法陣を展開した。ここは森の中であるため火と雷は使えない、したがって水か風の魔法で戦えない。まったく、俺の魔法の中ではその2つが一番殺傷能力が高いんだが、まあ仕方がない。ここは水魔法の応用版である氷魔法で攻めた。
「まとめて凍りつかしてやる!〈絶対零度〉!!」
すると魔法陣から勢いよく冷気が吹かれ瞬く間にゴブリン達は凍りついた。最期に『風刀』を発動し、氷のオブジェを粉々に粉砕していった。今のでおよそ30匹は減った。
「あれ、もう終わった?サラ、そっちはどう?」
「はい、もうそろそろで片付きます」
サラは返事をしながらも3つの頭を切り飛ばす。
「分かった。俺は洞窟の中に行くから終わったらその辺で待ってて」
「承知いたしました」
今度は6匹を例の黒い斬撃で倒した。
さてさて、ここのボスに会いに行きますか。
仄暗い洞窟の闇へと消えて行った。
「お~い、誰かいーませーんか~~~~。」
呼んでみるが何も反応を示さない。だろうね。
どんどん洞窟の奥へと進んでいく。すると次第に辺りが異臭で立ち込めた。
「くっせ、なんだこの臭いは?!」
光る水晶を取り出し辺りを照らした。すると、足元には人間のと思われる骸骨があちらこちらに散らばっていた。おまけに、ミイラ化した女性と思われるの死体も数体あった。
アイツら散々遊んだあとそのままにしやがったのか。ったくなんて品性の欠片もない奴らだ。この異臭はこう言った死体からの物で間違いないようだな。
「とにかく進むか」
鼻を押さえながら進むこと数分、途中いくつか穴があったが気にせず進んだ。ゴブリンに遭遇する事はなかった。すると奥の方に灯りが見えた。進むにつれ灯りが強くなり、水晶をしまう。ゆっくりと灯りの指す方へ向かうとそこにはまだ数十匹のゴブリンがいた。その中に寝そべっている鎧を着た大型のゴブリンがいた。一目でコイツがボスであると解った。
こうしてこの中にいると言うことは、さしずめ弱った所を一気に攻め込んで俺達をコイツらの娯楽の道具にでもしようとするに違いないな。しかし、周りの雑魚が邪魔だな。ここならアレを使うのが一番いいな。さて、行きますか。
奴らにばれるように大きな音を立てて姿を現した。その瞬間数十匹のゴブリン達は一斉に警戒態勢に入った。
「遅い、くらいな!」
『電爆』を数個投入し、行に周りにいるゴブリン達を焼き殺した。しかし、ボスのゴブリンは盾で何とか防いでいた。
「ほう、やるじゃん。さあ、悔しかったら俺を殺ってみな!」
ボスを挑発した。するとボスは剣を抜きその大きな巨体で襲いに掛かってきた。一目散に出口まで走った。わざわざ奴らの住み家で戦うなんて愚の骨頂だろ。
予想通り逃げる道中数匹のゴブリンが立ちはだかったが全て瞬殺した。
「遅いな~」
外にいる全てのゴブリンを殺したサラは暇そうにハルバードの先端でゴブリンの死骸を突いていた。すると洞窟の奥から何かが迫りくる気配がした。その気配は地響きとともに徐々に明確な物となって行く。
「コウキ様?」
洞窟の中から何やら走ってくる人影が。
「コウキ様!!」
コウキは何かから逃げるようにこちらに向かってくる。あんなに必死になって我の元へ、ああコウキ様、一生行いて行きます。サラにはどうも今のコウキの状況を読めていなかった。
しかし、コウキの後ろに見える巨体を見た時、瞬時に理解した。コウキはサラの下へ向かっているのではなく、巨大なゴブリンから逃げているのだ。
「サラー、後ろのコイツが出口から出た瞬間足を狙え!」
早口で指示を出した。
「はい!承知!!」
サラはハルバートを構える。あと少し、あと少し........
徐々にコウキは出口に近づいた。その瞬間『風乗り(エアライド)』で高速飛翔した。
「今だ!!」
「ハァアアアア!!!」
ボスが洞窟の出口に出た瞬間、サラの渾身の一撃はボスの右足を捕えた。野太い右足は血をまき散らしながら飛んだ。
「グオオオオオオオ!!」
ボスはバランスを崩し倒れ込んだ。
俺はそのままゆっくりとサラの下へと降下した。ゆっくりとボスの下へと近づく。
「ウグウギギギギギッギ!!」
何とか立ち上がろうとするが、右足が無いため立つことができない。
「はあ疲れた。」
「大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない。さてと、とりあえず最後の仕上げだ。」
ロッドをボスに向けた時だった。
「オ、オノレ、ニン、ゲ....ン........」
ボスは人の言葉をしゃべった。別に珍しいことではない。このゴブリンのようにここまで巨体になれば自ずと知能もそこそこ発達し人の言葉を話す事もある。
「おや、アンタ喋れる口?でも、今はアンタと話してる余裕はないんだけど。こっちも仕事なんでね」
「ヨ、クモ.....ワガ、ドウホウヲ.......」
歯を〈ギリギリ〉を音を立てる。
「それはお互い様だ。人間側だってアンタらの被害を訴えている人々がいるんだ。俺達は別にアンタらに恨みはない。けど、アンタらを殺さなければ安心して生きて行くことができない人々もいるってことをしって欲しいね。」
「ウウ.......ウガァアアアアア!!!!!
ボスが牙をむき出しに吠えた瞬間その首は見えない刃で切り落とされた。
『風刀』を発動した。
「これで依頼は終了だ。サラ怪我は無いかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。....しっかし随分派手にやったね」
「ええ、少々張り切り過ぎました」
「ハハッ、そうかい。でもキミに怪我が無くてよかったよ。実際心配してたんだ。」
「大丈夫ですよ、コウキ様」
サラは優しく微笑みかける。そんな彼女に内心ドキッとしてしまうコウキであったが、こんな状況ではそんなことなどすぐに掻き消された。
「さ、ロケットアイ(コレ)にコイツらを見せて、あとはボスの首を持って帰ってさっさと飯食って風呂入って寝よう」
「はい、コウキ様」
空にロッドをかざす。
「さっさと報告を済ませよう」
サラを寄せ、コルボ村へと転移した。
「ありがとうございました」
「いえ、これも仕事なので」
今、役場で村長に報告している最中である。もうかれこれ2時間はこうして感謝の意を聞かされている。お願い、もう許して。放して。
「あ、コレを」
俺は皮袋に入っている、ボスの首を渡した。
「一応証拠として、ボスの首を持ってきました」
「おお、これはこれはご丁寧に。これで皆安心して暮らせます」
「いいんですよ。ハンターですからね」
「はは、そうですね。それでは領収書にサインをしておきます」
村長はギルドで配布されている領収書にサインをした。ちなみに今村長が使っている領収書と符では特殊な魔法でプロテクトされていて、ハンターの依頼達成の偽造を防ぐ役割を果たしている。
「それでは確かに受け取りました。それでは僕らはこれで」
サラも一礼してその場を後にした。
村をでた辺りでサラは言った。
「あの、コウキ様」
「ん?なんだい?」
「その、他人から感謝されるのって、なんだか気持ちのいいことですね」
「そうだね、感謝されるのはとてもいいことさ、形はどうあれ」
「今は亡き魔王に感謝されたことがありましたが、その時とはまた別の感覚でございます」
「そうかい、きっとそれは心が籠っているかいないかで変わるんじゃないかな?」
「“心”ですか?」
「うん、人が本当に心から感謝していたなら今のような気持ちになるんだ。」
「と言うことは、魔王は私に対して心から感謝していなかったということですか?」
サラが少し寂しそうな表情になった。
「それはどうか分からないな、たぶん心の込めた度合によるものかも」
「そうですか......」
「なに、そんなに気にすることはないさ。感謝の度合なんて千差万別、十人十色さ」
「せんさ? じゅうにん?」
「ああっと、つまり人それぞれってことさ」
「そうなのですか」
少し明るくなった。
「ああそうさ。ちなみに俺は誰よりもサラの事を感謝しているつもりだから」
なんだかちょっと言ってて恥ずかしい。
「そ、そうなのですか!!」
「お、おう。もちろんさ。今日の戦いぶりを一番に見てたのは俺だぜ?」
「コウキ様ぁ!」
サラは俺の左腕を抱きしめてきた。左腕には強烈な弾力が!!!
「あああ、すみません!!」
サラは頬を赤くして謝ってきた。
「い、や、大丈夫」
眼鏡の位置を直す。
「そんじゃあ、早速ギルドに戻ろうか」
「はい!」
俺達はギルドへと転移した。
夜空には一番星が輝き始めていた。