五十七話 激戦
古代人が作り上げた負の遺産―――破壊の申し子、ネフィルム。
全長は推定5、60メートル。
全身は現在では解明できない謎の鉱物で出来ており、その内部構造も一切不明。つまり完全なブラックボックスということである。
幾年もの間、深い地中にあったにも関わらず、その外装は傷一つできていなかった。
また、誰も知るはずはないのに、彼女は扱うことができる。
フィルムの体内にある操縦席で彼女は舌打ちをした。
ベルナデットの側近である魔人、ウェパルは白亜の操縦席の中で外部の様子を見ていた。
オールビューモニターで死角は存在せず全ての方位を眺めることができる。
意外なことにネフィルムのコクピット内は何もない。
操縦レバーやボタンなどは見当たらず、強いて言うならば頭上に輪っかがある位である。
ウェパルは苛立ちから思わず身を乗り出した。
「小賢しいまねをッ!!」
人間達が仕掛けたトラップによってネフィルムの下半身は地中に埋もれてしまったため、身動きが取れなくなってしまった。
何とか動かそうと試みるも完全に動きを封じられてしまった。
そのとき、画面の左右から何かが向かって来るのが見えた。
よく見るとそれは馬に乗った騎士達であることが分かった。
「援軍、だと!?」
「あれは一体?」
サイモンが言うと雅道は応えた。
「援軍だよ」
「援軍?! 一体いつから。それに何処から?」
「ちょっと前に各国に伝えておいたのさ。万が一魔族の進行が見られない場合にはこちら側に加勢すると言うふうにね。もちろんここだけじゃないよ」
「さすがです。ですが、なぜこうもすんなり通ったのですか?」
「我が国は多くの製品を輸出しているからね。特許とか、人員とか……あとは言わなくても分かるよね」
笑顔を見せる雅道にサイモンは苦笑いで返した。
2人の視線の先にはネフィルムへと攻めこむ軍勢姿があった。
「我ら、武芸の国より参ったジハード騎士団なり!!」
騎士団長を筆頭に武器を掲げて攻めてくる。
向かいにはフォッシル、ヴァッサーからの援軍が押し寄せていた。
「動きがとれぬ今が好機!!」
ジハードの団長が叫ぶと一斉に攻撃を仕掛ける。
ネフィルムは腕で薙ぎ払おうとするが避けられる。
しかし、風圧で進攻を阻められてしまった。
だがそれでも、隊を崩すことなく月突き進み、そしていち早くネフィルムへとたどり着くことができた。
各々の持つ武器が表面を突くが、まるで歯が立たないどころか刃の方が甚大なダメージを負うこととなった。
打撃だけでは損傷を与える事が出来ないと判断すると、今度は眷属魔法と魔法の併用するが、傷一つつけることはできなかった。
黒い強固な表面は魔法自体を無効かしているかのように、接触すると魔法が弾け飛んでしまう。
それでもなお、愚直なまでに攻撃を仕掛ける騎士たちの姿に、笑いが込み上げてきた。
「愚かな。このネフィルムが何のために造られたのか知らないようだな」
すると、今まで黙っていたネフィルムが動き始めた。
「な、なにごとだ!?」
ネフィルムの真上には突如光の輪が出現した。
突然の出来事に騎士たちは退いた。
そして誰もが予想しないことが起きたのだ。
「飛翔せよ」
すると、上から吊るされるようにその巨体は浮き上がった。
雅道はもちろん、その場にいる全員が目を疑った。
「比類なきこの破壊の力……括目せよ、人間ども、破気解放ッ!」
刹那、宙を浮くネフィルムから蓄えられたエネルギーが津波の様に拡散する。
地をえぐり草木に混じり人が宙を舞い、空間を轟かせる。
千にも近い軍勢は断末魔を上げ一瞬にして散ったのだった。
破気は衰えることを知らず雅道たちがいる所にまで迫っていた。
魔術士たちが防御魔法を発動しようとしたが雅道はそれを阻んだ。
「最終防衛ラインは絶対だ。ここで使ってはならない!!」
「マサミチ様何を!?」
騎士が止めるのを振り切り1人迫りくる破気へと向かいそして、剣を構えた。
白銀の刃を縦に振り遅した瞬間、破気は一瞬にして2つに裂かれた。
前方に広がる土煙の中、黒い影はゆっくりとこちらへ向かって来るのを確認した。
「準備に取り掛かれッ!」
「いつでも行けます!」
サイモンの言葉に頷いた。
この時、雅道は焦っていた。
ネフィルムの強さに畏怖さえ覚えていた。
攻撃が一切通用せず、さらに飛行能力まで備えている。
力も未知数の敵を前に鳥肌が立っていた。
しかし、ここで怖気づいてはいけない。
せっかくの全体結界を省いた意味がなくなる。
ここで、確実にヤツを止めなくては全てが無になる。
剣を握る手に力が入る。
「絶対に、止めて見せる!!」
そう言い放った時だった。
ネフィルムから一筋の閃光が放たれた。
「―――ッ!」
射線上にはサンクチュアリがあった。
雅道はとっさに飛び、剣の腹で光線を受け止める。
「グオオオオオオオオ―――ッ!!」
光線は複数に分散すると、周囲を破壊していく。
「ほう、コレを受け止めるのか」
コクピット内で感嘆の声を上げる。
次第にネフィルムの腹から放たれた光線は収まった。
「大丈夫か!!」
雅道の声に返事が聞こえた。
どうやら後方の仲間は無事だったようだ。
しかし、それは恐ろしいものだった。
分散した光線が着地した箇所は全て陥没していたのだから。
これがもし国に直撃していたら、おそらくただでは済まないことは明白だ。
いくら魔法で壁を作っていても完全には防ぎようがない。
そう判断した雅道だった。
再びネフィルムは進行し始めた。
「そうはさせるか!」
雅道はネフィルムへ向かって一直線に飛ぶと剣を腹に突き立てた。
衝撃波が弾き起こる。
そのとき、剣先が僅かにネフィルムに食い込むのを確認した。
雅道はさらに背後など、死角と思われる箇所全てに斬りかかった。
しかし、雅道の剣をもってしても相手に与えられるのはかすり傷程度のダメージだった。
「馬鹿みたいに硬いな。いったい何で出来てんるんだか」
一度後退した雅道は苦笑いを浮かべた。
頬をなぞるように汗が落ちる。
一つ確信したことがあった。
それはあの黒い表面には物理攻撃および魔法攻撃を撃ち消す特殊な膜が施されていたと言うことだった。
雅道の剣をもってしても切り裂くことができたとしても完全に破壊することはできない。
長期戦であれば破壊できると踏んだ雅道だったが今は一刻を争う事態である。
「康貴がいれば、どうにかなるのにな」
自嘲気味に言う雅道にサイモンは言った。
「今は贅沢を言っている場合ではないですよ。マサミチ様」
「分かっている。どうにかしなきゃ。残りの残存兵力も気になるところだ」
「こちらでまともに戦えるのは我々だけです」
「そうだね。何としても、僕らで食い止めないと」
そのとき、ネフィルムの真上にある輪が消えると今度は背中に出現した。
それはまるで後光のよう神々しいものである。
それをみた瞬間、雅道は息を呑んだ。
「発動ッ!!」
察したサイモンは急いで魔術師たちに呼びかけた時だった。
これまで以上の速さでネフィルムが進行してきたのだ。
「オオオオオオ――――ッ!!」
雅道が正面から突っ込むが振り払われてしまった。
ネフィルムが侵入しようとした瞬間、急に動きが止まった。
「こざかしいッ」
ウェパルの声に反応するかのようにネフィルムの身体からはギシギシと音がなる。
「残念だったな」
サイモンは目の前で静止するネフィルムに言い放った。
「………成功だな」
起き上がる雅道は言った。
吹き飛ばされてもほぼ無傷の彼はネフィルムの元へと向かった。
見えない何かに動きを完全に封じられたネフィルムは依然として身体を動かそうと必死そうである。
「ご無事でしたか」
「なんとかね。しかし、バカみたいに突っ込んでくれて良かったよ」
「全くです。これでこちら側に少し戦局が傾いた事でしょう」
腕を組むサイモンはネフィルムを見えげて言った。
切り札である大型静止魔法の発動によりネフィルムを捕えることに成功した。
この魔法は人数により魔法の効果時間が比例する。
したがってサイモン率いる魔術士団は国全体に張る防御魔法を省いてこの静止魔法に全てを懸けたのだ。
これは苦渋の選択でもあった。
魔族の進行を止めるための最もな策が結界魔法である。しかし、彼らの元にはネフィルムに関する情報があまりにも少なすぎた。
そのため安全な予防策が無いままこのような事態になってしまったのだ。
しかし、結果として十分機能を果たすことができたため雅道たちの判断は間違いではなかった。
予定通りネフィルムの動きを封じた後、雅道たちは他の魔族が攻めてこないようこの場で待機、そしてネフィルムの稼働限界時間まで粘ることだった。
「こっちは任せろ、康貴……」
後方で戦っているコウキにそっと投げかける雅道だった。
依然として降り注ぐ魔獣に悪戦苦闘するコウキの体力はすでに限界を迎えていた。
魔力を制限するアイテムを5つも付けているため本来の力を発揮することはできなかった。
全身から滝の様に汗が流れ落ちる。
目が充血し息も切れ意識が朦朧とする。それでもロッドを手放すことなく攻撃を続ける。
防御を捨てたコウキは容赦なく魔獣に喰らいつく勢いのままだった。
魔獣からの攻撃は全てマントで受け止めているため耐久性も次第に落ちて行く。
再生能力があっても痛みは残るため肉体より精神的に疲弊していた。
空中で静止することすら困難な状況にまで陥ってしまったコウキを見たサラは彼の元へと向かった。
「気を確かに!」
支えるもコウキが振りほどこうとしてきた。
「なにするんだ!」
「それはこっちの台詞です。もう限界ではないですか!」
「うるさい! 何としてもヤツ倒すんだ。だから俺は!!」
「いい加減にしなさい!!」
「―――ッ!?」
サラ一喝した。
初めて見るサラの姿に目を真ん丸にするコウキは一瞬言葉を失った。
「いいですか、アナタはいま弱っているんです。自分のことを理解してください!」
「理解した所で、なにになるんだよ。時間が無いんだよ、俺たちには!!」
「何時までそんなこと言ってるのです! 分かりました、では時間をつくれるようにすればいいのですね」
「はァア?! なに言ってんだお前―――――は、放せッ!!」
「その手足の拘束具を外せばいいのですね。そうすればアナタはまた戦える」
無理やりコウキを抱きかかえると、一気に城へと向かった。
サラの力に抗うことができないコウキはサンクチュアリ城へ送られてしまった。
城内には怪我の手当てを受けている兵士たちが横たわっていた。
城内でサラはコウキを連れまわっていた。
「こんなの誰が作ったのか知らないのに、どうやって」
「誰かに訊けば分かります」
「……チッ」
不貞腐れるコウキをよそにサラは1人の衛生兵に声を掛けた。
コウキの手足の魔力拘束具について訊くも分からなかった。
その後も訊き続けたが分からなかった。
途方に暮れるサラに対しコウキの苛立ちは募る一方だった。
「やっぱ無理だ。早く戻らなきゃ」
「まだです。そこの者、ちょっといいか?」
「あ、はい」
声を掛けられた女性は向かって来た。
ローブを着た女性の手には箱が持たれていた。
「この拘束具を作った者をさがしているのだが」
女性はコウキの姿を見た瞬間思わず声を上げた。
「こ、コウキ!?」
一瞬分からない表情を浮かべたコウキだったがすぐに理解した。
「……アメリア」
目の前にいる女性はかつての学友、アメリアだった。
以前と比べて見違えるような大人の女性に成長していた。
「戻って来たって聞いたけど、まさかこんなかたちで再開するなんて」
「それは俺もだ」
「それよりも、コッチが先だ。で、どうなんだ?」
「どれどれ………できるわ」
「本当か!?」
「ええ、だって私それ関連の仕事してるからね」
サラの言葉にアメリアは応えた。
コウキがいなくなった後、アメリアは王宮で魔法具関連の仕事に携わっていたのだ。
そのため、ある程度の魔法具に仕込まれている術式の解読は容易である。
アメリアは細く短い針金を取り出すとコウキの腕輪にある穴に入れた。
ピッキングをするように指先で回す。すると腕輪は『カチッ』と音をたてて二つに割れた。
「ね、言ったでしょ」
「どうやって」
アメリアは鼻を鳴らしながらコウキに言った。
「こういう物って術式の基本構造は一緒だからコレを通して術式を解体したの」
彼女の応えにコウキは「なるほど」と言うともう一方の手を差出し、結果両足の輪を外す事が出来た。
次第に顔色が元に戻ってくるコウキを見てサラは安堵した。
「………大分、気分が良くなってきた」
「良かった。で、コウキ、今はいいけど、今度話してくれる?」
「分かってるよ。ちゃんと話す、ごめんねわざわざ」
「いいよ。あえて嬉しかった」
「ありがとう、アメリア。頑張って」
「コウキ達もね」
そう言ってコウキは振り返った。その後ろでサラは軽く会釈し、2人は城外に出た。
するとサラは申し訳なさそうに向けられる視線に気づいた。
「気にしてませんよ」
「いや、ごめん、取り乱して」
「そこまで深刻な問題ではありません」
「でも俺は……」
「ではこうしましょう。終わったら、その……また一緒に博物館にでも行きましょう」
「良いよ。お安い御用だ」
若干のテレはあったがサラの言葉に頷くコウキだった。
空を見上げればまだそこには魔法陣が残ったままだ。
地上では騎士たちが魔獣と激闘を繰り広げている。
「行こう、サラ」
「はい、コウキ様」
再び天空へと飛び立とうとしたときだった。
一筋の野太い閃光が空を横切った。




