五十三話 記憶
戦火の中、1人戦場を駆け巡る女性の手には槍が握られている。
目の前に押し寄せる敵兵たちに女性は槍を突き向けると、戦闘の兵士の顔に突き刺さった。
女性は引き抜くことなく、槍を捨てると腰に手を伸ばすと剣を引き抜き1人、2人と順に首を斬り落としていく。
疲労と血肉の臭いが女性を強く刺激し、今にも嘔吐しそうになる。
しかし、女性は黒い髪の毛を焔のようになびかせながら再びその足で地を駆ける。
女性には大義があった。
国を守ること、親兄弟、一族を守ること。
女性は声を上げながら剣を振り下ろした瞬間、目の前が真っ暗になった。
死体などいっさいなく、目の前には無限に広がる闇があった。
――――時がきた。
何処からか声がする。
女性は辺りを見渡すが姿は見えない。
―――お前はいつまでそうしている?
また、聞こえた。
しかし、依然として姿をその目で捕えることはできない。
―――本来の目的を思い出せ。
黙れ!
剣を振るうが声の主を捕えることはできない。
気が付けば剣はハルバートへと変わり、甲冑だったのが普段着へと変わっていた。
―――もうすぐにあのかた………おこし………。
「ッ!!」
目が覚めた。
全身汗だらけで枕にシミができるほどだった。
「なんだ、あれは」
頭を抱えながらベッドを下りると洗面台の方へと向かった。
寝巻を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になったサラは浴室へと入って行った。
桶で水をすくい頭から浴びる。
頭部の突き刺す感覚が意識を覚醒させていく。
なんども浴びる事数分、手の動きが止まった。
何かを忘れているのではないか。
時折、いや厳密にはコウキと出会ってからだ。
何かもやもやモノが心のどこかにある気がしてならなかった。
そのとき、思いつめた表所はノックの音に掻き消された。
「どちら様でしょうか?」
浴室から顔をだしたサラは言った。
「俺だよ、サラ」
「コウキ様、おはようございます。どうしたのですか?」
ドアの向こうから聞こえるコウキの言葉にサラは若干緊張した様子で言ったのだった。
「ちょっといいかい?」
「あ、はい。少しお時間ください。入って構いません」
「分かった。その辺に座って待ってるよ」
そう言い終えたサラは急いで着替えを済ませた。
「お待たせしました。このような姿で申し訳ありません」
「いや、かまわな―――」
ソファーに座るコウキはバスローブ姿のサラを前にして顔を赤らめた。
「―――ごめん、風呂に入っていたのか。言ってくれよ」
「いえ、ちょっと水浴びをしていたので問題ありません」
視線をそらすコウキにサラは柔らかな笑みでそう答える。
「そ、そうか」
「ところで、どうなさってのです? まだ朝の7時半ではないですか」
「いやなにちょっと訊きたいことがあってきたんだ」
「どのような? 可能な限りお答えしますが」
「そんなかしこまらくてもいいよ。今日さ、2人だけで街に出ないか?」
「ふ、2人だけで?!」
驚くサラにコウキは頷く。
「ほ、他の3人は?」
「アリシアは図書館に行くんだって。カトレアさんとカグラは王宮の騎士団の訓練に参加させてもらえるらしく、もうソッチに行ってる。で、暇になるからサラはどうなのかなって」
「も、もちろん行きます。行かせてください!!」
コウキの誘いを断るはずが無かった。
すると立ち上がりバスローブの紐を解きはじめた。
「早速行きましょう。時間が勿体ありません!」
「ま、まて。まだ時間はあるんだ。10時過ぎにここを出よう」
必死に止めるコウキにサラの手は止まった。
全てギリギリの所で隠れていた。
「………承知しました」
はだけたバスローブを直すサラを前にコウキが立ち上がるとドアへと向いながら言った。
「それじゃあ、また後で」
軽く手を振り外へと出て行った。
残されたサラの瞳はキラキラと輝いていた。
「こうしてはいられない」
バスローブを脱ぎ着替えを始めたのだった。
「ふう」
自室に戻ったコウキは一息ついた。
「これで、ひとまずオッケェっと」
安堵の表情を浮かべたコウキはグラスに水を注ぎ一気に煽った。
「――――ハァ」
今度はため息をつき時計を見ると時間は8時になりかけだった。
アリシアが図書館に向かったあと、コウキとサラは街に向かって歩いていた。
「良かったのですか? 外出して」
「平気だよ。そのへんのことは雅道に許可貰っているからね」
「なら、良いのですが」
「俺のことは気にする必要はないよ。さあ、行こう」
サラの手を取るとコウキは街中へとくり出た。
雑踏の中2人は黙っていた。
街へ出たはいい物の特に行くあてがないままふらふらと歩くしかなかった。
し、しまった。特に計画を立てずに来ちゃったから何をどう話せばいいんだ?
と、思うコウキに対しサラはというと。
せっかく誘ってくださったのに、何も話す事が無い。このままではコウキさまに申し訳ない。なにかいい話題でもあれば。
2人は同じことを考えていた。
しかし、計画は考えていないコウキだったが一応の目的はあった。だが、それを一向に切り出せないだけであり何も考えていない訳ではなかった。
「そ、そうだ。博物館へ行かないか?」
「構いませんよ。コウキ様が行きたいところで構いません」
「分かった。じゃあ行こう」
こうしてコウキの案により王立博物館へと足を運ぶことになった。
その間、屋台で軽食を取り博物館に着いた時には既に11時を回っていた。
「大きいですね」
「そうだね。ここにはこの国の歴史に関わるものが沢山展示されているんだ」
「詳しいですね。以前にも来たことあるんですか?」
「学生時代にね」
そう言ったコウキは館内に入ってきその後ろにサラは付いて行った。
館内には絵画から彫刻、甲冑など様々な物が並べられていた。
コウキの目の前にあるのは遺跡から出土したと言われる古代の甲冑だった。しかし、従来の甲冑と比べ胴の部分、背中には羽が取り付けられていた。
その不思議な甲冑を見つめていると、
「すごい沢山ありますね」
サラは言った。
「だろ。結構見てるだけで時間も潰せるし、何せ涼しい」
「コウキ様」
「なに?」
「あそこに掛けられているのはなんですか?」
サラが指差す方には巨大な垂れ幕のような物があった。
「アレは、確かこの国の歴代の貴族の家紋が飾っているんだ」
その瞬間、コウキは閃いた。
「行ってみようか」
「はい」
目の前には1枚の布の中に織り込まれている家紋が目の前に広がっている。
「これは下から順に、時代ごとに並べられているんだ」
当然、コウキの旧友であるフレイ・カルバーンの家紋も存在する。
そこでコウキは考えた。カルバーン家があると言うことはレインアント家の家紋も存在する筈だと。
きっとサラが家紋を見たら何か思い出すのかもしれない。そう考えたのだ。
コウキが思う横でサラはまじまじと眺めていた。
下から3行目あたりに差し掛かったときだ。
突然、顔から汗がにじみ出た。
呼吸も荒く、口をパクパクと動かし始めた。
異変に気付いたコウキは言った。
「大丈夫か。どうした、ねえサラッ!」
肩を揺するが反応が無い。
視界は揺れ焦点が合わない。
耳も遠くなり、コウキが何を言っているのか全く聞こえない状態だった。
「―――ッ!?」
突然、口を押えてうずくまってしまった。
「だ、誰か!!」
コウキは叫んだ。
「サラ、しっかりして!!」
背中を摩るが依然としてサラの様態は変かなかった。
しばらくして館員が来ると、サラとコウキは休憩室で休むこととなった。
「―――お騒がせしてすみません」
「いえいえ。どうぞお大事に」
休憩室に残されたコウキは横たわるサラの顔を拭いた。
「ごめんな」
「なぜ、謝るのです? 私のせいなのに」
「俺が、悪いんだ。ねえサラ、良かったら何故、こんなふうになったのか教えてくれないか?」
コウキの問いにサラは弱く頷いた。
「………はい。突然、知らない風景が頭の中に出てきて、知らない老いた男女に騎士たち、それと――――」
「もういいよ。ありがとう」
視線を落とすコウキにサラは言った。
「その、なぜ、あなたは誤るのです?」
「……実はね、今日はキミに訊きたいことがあって、もしかしたらキミのその風景とかも関係するのかもしれない」
「言ってください」
「フレイ・カルバーンは知っているよね」
「はい。あのコウキ様に狼藉を働いた」
「彼女の実家、つまりカルバーン家は、もともと2つの貴族の家だったんだ。それで、本来のカルバーン家ともう一つの家が…レインアント家なんだ」
最後の言葉を聞いたサラの目は大きく見開かれた。
「ねえ、サラ。覚えていないかい? 昔自分が何者だったのか。俺はね、キミに最初にあった時思ったんだ。俺と同じだって。一つは、たった一人で力を持て余している姿に共感したんだ」
「では、もう一つというのは?」
「堕天したということさ。俺は今まで多くの魔人を相手にしてきたけど、キミは少しおかしいんだ。なんていうか。そう迷いに近い。キミの力にはどことなく躊躇している様に思えるんだ」
「言われてみればそうかもしれません」
「そうなのか?」
「はい。きっとさっきのあれも人間だった時の頃の記憶かもしれません。たまに見る夢もきっと」
「でも確証はないのだろ? もしかしたらたまたまキミはレインアントの名前を持って生まれたんだと思う。150年以上も生きていればいろんな記憶があって忘れた記憶もある。きっとそれらがゴッチャになったんだと思うよ。いや、きっとそうだ」
「ありがとうございます。ですが、無理しなくてもいいのですよ」
「別に無理なんか………ごめん。キミを探るような真似して」
「いいのです。なんか私も心が晴れました」
「本当かい。良かった。それじゃあこの件は終わりにしよう。ちょっと強引だけど」
コウキの言葉にサラは細く微笑んだ。
フレイには偶然その名前だったと伝えておこう。と思うコウキだった。
しばらくして2人は博物館を後にした。
互いにしっかりと手を繋ぎながら人の間を歩いて行く。
気付けば時間は3時を過ぎていた。
時間的におやつでも食べたい頃合いだったため、砂糖菓子を食べながらゆったりと午後の時間を満喫することにした。
「身体の調子はどう?」
「問題ありません。お騒がせして申し訳ありません」
「無事でよかったよ」
寄り添う2人は互いに見つめ合ってほほ笑んだ。
再び歩き始めた時だった。
突然コウキは手を放した。
「ど、どうなさったのですか?!」
「ごめんッちょっと急用。いいかい、サラは城に戻るんだそして誰でもいいから俺が雅道に話があると伝えてくれ!!」
一方的に告げるとコウキは人混みの中に消えて行ってしまった。
「コウキ様………」
寂しそうに眺めていた。
走った。
とにかく走った。
かき分けながらその〝跡〟を追いかける。
「クソッ」
いくら追いかけても追いつくことは無かった。
それが建物の間に入ったのを確認して向かうとそこには誰もいなかった。
しかし、屋上を見るとそこにいた。
ロッドを出して屋上へ飛び上がると、目の前にはパラソル片手にゴスロリの衣装を纏ったツインテールの少女がほほ笑んでいた。
「捕まっちゃった」
少女は紅い瞳は細めた。
「なぜ、お前がここにいる」
「なぜって言われても。いたいからに決まっているじゃない。それに、せっかくの再会なのになぜそんなに怖い顔をしているの?」
「ふざけるな。お前は誰だ。偽物か、なら今この場で殺してやる!!」
「ふふっそう興奮しないでくださいな。私は本物、偽物ではないわ」
「そんな筈はない。確かにあの時俺たちはお前を殺した。影武者の筈がない!!」
怒鳴るコウキに少女は一歩前に出た。
「私を侮らないで、私は何でもできるのだから、ね?」
少女はコウキのすぐ隣にいた。
「―――ッ!!」
ロッドで振り払うが少女は一瞬で消えた。
「あなたから女の臭いがしますわ」
「気持ちわりい。その声も話しかたも全部だ!!殺す!!」
目の前に少女に毒づくがそれでも微笑みは崩すことは無い。
「まあ、なんて物騒な、私が何をしたと言うの?」
「黙れ、お前は誰だ!!」
「もう、だから何度も言わせないで。私は本物、本物のベルナデットよ」
ベルナデットと名乗った少女はパラソルを開くと白と黒が回転した。




