五十二話 課せられた罪/過去の過ち 其の肆
何とか完成することが出来ました。
真っ白な空間にいた。
何もないその空間にコウキの身体を漂っている。左右上下分からない。
しばらく身を見かせていると、視線の先に何かがいた。人型の黒いものがゆっくりと近づいてくる。しかし臆することなくコウキは黙ってくるのを見つめている。
徐々にそれは距離を詰めていき、ついに目と鼻の先までの距離となっていた。
「だ、れ………」
声を掛けるが反応はない。黒いそれはコウキへと近づくだけである。すると、黒いそれの頭部の中央に大きな一つの目が現れた。
禍々しい程紅く、生気を感じないその眼はコウキの姿をはっきりと捕えた。
黒いそれがコウキに触れるか触れないかの位置にまで移動すると動きを止めた。
虚ろなコウキはジッと見つめる。その刹那、コウキはそれがなんなのか理解した。
「そう、か………そういうこと、か……………」
かすれた声でコウキは黒いソレに手を伸ばすと、コウキの手は黒いそれに飲み込まれてしまった。すると、頭の中の奥に眠る何かが解き放たれた感覚と同時に黒いそれはコウキの身体を覆い尽くしたのだった。
黒い柱が出現してすぐのこと、柱は徐々に細くなりついには消えてしまった。
「な、なんだい今の」
雅道が声を漏らした瞬間、それは姿を現した。
天空から舞い降りたそれは人の姿をしていた。
背中には黒く光沢があり、無機質で背中にはまるで節足動物の足の模した羽を六枚もった姿をしている。その姿を見た雅道たちは驚愕の光景を目の当たりにしたのだった。
「康貴………」
そう。それはコウキだった。紅い瞳をしたサトウ・コウキの姿だった。
「ヘ、ヘ、ヘハハハハハ――――ッ!!!」
突然のコウキは笑だした。
「―――――ヨクモ、オレヲ………コロシタナァア!!!!」
その瞬間、コウキの右手にはロッドが出現すると、ステッキ型だったロッドは一瞬にして鉤型で赤い宝玉が付いている黒いロッドへと変化した。
コウキは向かってくる衛兵たちに向けると黒い鋭利な氷の塊を打ち出した。
無数の氷は針のように突き刺さり、サボテンのような姿で絶命していく。
「レイ、アンリ」
コウキの姿は一瞬で消え、その刹那レイとアンリのいる所へと移動した。
「な、なん――――」
衛兵の胴体は分断した。
コウキの手には鎌に姿を変えたロッドだった。
2人の周りにいる衛兵たちはいとも簡単に鎌の餌食になる。
「!」
振りむくと目の前には炎の塊が迫っていた。コウキは寄ることなく空いた左手でそれを受け止めると一気に握り潰した。
手の中で爆発が起こった。
そのせいで左手は吹き飛んだが一瞬で再生する。
矢が飛び、頭部に突き刺さり、槍が腹を貫通する。しかし、それでもコウキが死ぬことは無かった。
「………ニヒィ」
禍々しい笑みを浮かべたコウキは黒い炎で周りの人間達を一瞬で焼き尽くした。
風に乗り灰が舞い上がる。
「ば、化け物だ!!」
誰かが叫ぶと同時に首が吹き飛ぶ。
身体に突き刺さる矢と槍はみるみるうちに消滅していった。
「スバラシイ」
恍惚の笑みは浮かべる。
これこそが〝堕天の書〟の力である。
神の力に等しき力を得ることができる〝聖天の書〟に対を成す書。それが〝堕天の書〟である。
それを手にしたものに悪魔の力を与えると言われている。しかし、それはただで手に入れることはできない。
方法はただ一つ、魂の堕天―――つまり一度死にその魂を黒き魔の色に染めることで持ち主に膨大な力を与えるのだ。
コウキはその魂を染めたことでそれを理解できたのだった。
「レイ、アンリ。サア、モドロウ」
コウキは2人に手を差し伸べる。
だが、次の瞬間。
「う、う、うあああああああ―――ッ!!!!」
アンリは拒絶反応を示した。
コウキは動揺の目を表す。
「来るな―――――――ッ!!!!!!!!」
アンリに次いでレイも叫ぶ。
「ナンデ、ナンデ………」
レイに触れた瞬間、レイはその手に噛み付いた。
「―――ッレイ、ドウシテ」
「お前、お前なんて知らない!! 化け物!!」
レイの言葉にコウキはたじろぐ。
分からなかった。なぜ自分は2人に拒絶されるのか。なぜ化け物呼ばわりされなくてはいけないのか。助けに来たのに、なぜ?
「――――ッ!!!」
その瞬間コウキに衝撃が走った。
後ろから心臓を突き破り剣が突き刺さっていた。
「死ね、化け物」
兵の1人だった。
その刹那、兵の身体は縦に真っ二つに両断した。
剣は消滅し肉体の傷は一瞬で塞がる。
「化け物!! 寄るな!! 寄るなら殺せ!!」
ヒステリックを起こしたアンリの言葉はコウキの心に深く突き刺さる。
助けるために得た力なのに、なんでこんな目に遭わなくてはいけないのか。
理不尽さを感じた瞬間、コウキの目には矢が突き刺さった。
レイはあざだらけの顔を歪め、渾身の力を込めながら両手で突き立てる。
「お前なんて、知らないッ!!」
痛がる素振りを見せないコウキの目からは真っ赤な涙が流れ落ちる。
すると力尽きたようにレイは崩れ落ちた。
紅い目には畏怖する2人の姿が映し出される。
「ば、化け物」
「化け物!!」
すでに2人にとってコウキと言う存在はこの世で最も畏怖する存在であり、自分たちの敵であると認識していた。
投げかけられる言葉にコウキの顔はさらに歪に歪み、発光する紅い瞳からは赤黒い血の涙が流れ落ちる。
「グゲアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!」
コウキから獣のような奇声が鳴り響く。
同時に背中にある六枚の羽が生き物のように不気味に蠢く。
コウキの身体はゆっくり浮き上がる。
上から吊り上げられるかのように頭を垂れ、全身に力が入っている様子ではなかった。
傀儡の如く沈黙する身体は上空にて静止する。
すると今度は身体をのけ反らせた。
「ヘハハハハハハハハ!! ミンナシンジャエ」
奇声に近いトチ狂った笑声をあげたその瞬間、頭上には巨大な黒い魔法陣が出現したのだった。
その光景を目の当たりにした雅道は部下たちを撤退させ、自身は殿を務めていた。
目の前の国王は唖然として様子で天を見上げていた。
「康貴に何をした!!」
胸ぐらを掴む雅道は国王に向かって詰め寄るも相手もこの状況を理解している様子はなかった。
手を放した雅道は言った。
「早く皆を避難させろ」
しかし、雅道の声は届いていないのか、国王は心ここに非ずという様子だった。
一方、騎士たちもコウキに向けて攻撃の手を休めることは無かったのだが、今のコウキに対して一切の攻撃は通用することはなった。
黒い魔法陣展開されて数分後、コウキの身体からは黒い魔力が湧きだされ魔法陣の中へと吸い込まれてゆく。
察知した雅道は剣を召喚した。
「僕が、行くしかないッ!」
国王を置いてコウキに向かって飛んだ瞬間。
「―――――グングニル」
同時に魔法陣から漆黒の光沢の無い巨大な槍の先端が出現した。
「やめろ―――――ッ!!」
雅道の声は届くことは無かった。
魔法陣から放たれた漆黒の槍は一直線に城へ向けかい、そして次の瞬間に爆音と共に黒い波紋が広がった。
建物が消滅し、逃げ遅れた人間は黒い波に飲み込まれて行く様を雅道は呆気に取られた顔で見ていた。
「アハハハハ――――シダ―――――ッ。シダ、シダ、オオオオオオ、ナンテ、キモチイインダ!!」
赤黒い涙を流しながら笑叫ぶ姿に雅道は悲しい気持ちになった。
目の前で親友が苦しんでいるのに彼のためになんの手だてもすることの無かった自分に雅道は胸が締め付けられる思いだった。
「ごめんな、康貴。僕がもっとしっかりしていれば、もっとお前のことを考えていれば、こうなることは、なかったんだよなだから………せめて、お前だけでも救済ってみせる!」
雅道の意志に反応するかのように刀身が白銀に輝き始める。
剣を握る手に力が入る。
目の前に迫ってくる黒い魔力に吐き気がする。しかし、グッと奥歯を噛んでそれに耐える。
その瞳には悲しみに苦しめられる親友の姿がはっきりと映しだされていた。
「康貴ィイイイイイイイイイイイイ――――――………」
雅道はコウキへ向けて剣を振りかざしたのだった。
「――――――目が覚めると地下の牢獄の中にいたんだ。手足にはコレと同じ腕輪を付けられてさ、周りには魔力を抑えるアイテムがずらって置かれてたんだ」
視線を腕輪に移しながら言葉を繋げる。
「そして、俺の前にはニール先生がいて、話を聞いたんだ。俺がどうなって今に至るかってね。そしたら、雅道が俺を止めてくれたらしいんだ。でも俺は全く覚えてない。唯一覚えているのは黒に染まった大地だけさ。と言ってもうっすらだけどね。それで、このチョーカーと鍵を貰ったんだ。
驚いたよ。まさか先生が俺の脱獄のためにわざわざ鍵を盗ってくれてたなんてね。おかしいだろ、あの先生。でもね、嬉しかった。あの先生だけは俺のことを人として見てくれてたんだ。逃げるとき言われてんだ。『また会おう』って」
「それで、黙って逃げたのですか?」
サラの言葉にコウキはゆっくりと頷く。
「そうだよ。その後のことは良く分からいけど、何とかやってのけたみたい。それに、雅道には感謝してる。普通脱獄したら指名手配するのに、俺の時だけしなかったんだ。きっと俺のことを気遣ってくれてたんだと思う。周りの反対を押し切って………俺は助けてもらってばかりさ」
自嘲気味に笑うコウキにカトレアは言葉を掛けた。
「人生なんてそんなものじゃないか。なにもそんな風にするする必要はないぞ」
「確かにそうだね」
次の言葉を発する前にアリシアは訊いた。
「その後はどうしたんですか? すぐに、ハンターになったのですか?」
「いいや。しばらくずっと何もしなかったよ」
「じゃあ、何を」
「殺してたんだ」
「なに、を?」
「自分を」
その瞬間4人の顔は強張った。
「なにいってんだい。助けてもらったのに何故そんなバカな真似を!!」
「みんなが安心して暮らせるためには俺が死ぬほうがいいと思ったんだ。でも、できなかった。何度も何度も試したさ。頭を切り落として見たり、心臓をえぐって見たり、全身バラバラに吹き飛ばしてみたけど、ダメだった。
死は俺を救ってくれなかった。だから決めたんだ、その分いい事しようってね。でも結局は自分のためだった。いい事をすれば、レイやアンリをこの手に――犯した罪が消えるとおもったんだけど、そんなことはなかった」
「じゃあお前がアタシらを仲間にしたのも結局はその罪を消し去るために、わざわざこんな真似をしたっていうのか」
「半分アタリかな。幻滅したよね。自分の罪を清算しようとするための道具にされたんだから」
このときコウキは覚悟していた。
きっとみんなは怒るだろう。そして、自分をひどく嫌い、嫌悪し、憎む。
そう思っていた矢先。
「それでいいんじゃないか?」
カトレアはから思いもよらない言葉を耳にした。
「そんなもん誰だって同じだろ。どんなにいい事をしようとしたってその根底には〝自分のため〟があるもんだ。アタシだって結局は妹と一緒に暮らすために仕事していたわけだし。それに、半分ってことはもう半分は違う分けだろ?」
コウキは頷く。
「じゃあ、いいんだよそれで。気にする必要はない、お前はこれからもそのスタンスを崩さず貫き通せばいい。そしてそれがいつか実を結ぶ時が来る。だからお前はこのままでいいんだ。現にこうやって目の前にはお前に感謝している者がいる」
「アッシはなにも気にしてません。兄さんがどんなことを思っていいても兄さんは兄さんです。アッシの大好きな兄さんです!!」
カグラはコウキの手を握った。
小さい手は力強く大きなコウキの手をしっかりと握っていた。
「カグラ………ありがとう」
今にも泣きだしそうな声で言った。
「そう言うことだ。なんか無理させてしまったな。でも、ありがとうコウキ」
そういってカトレアはコウキを軽く抱きしめた。
ゆっくりと優しく包み込まれるコウキは黙ってそれを受け止めた。
「苦しいよ」
「そんなことないだろ」
頭を撫でるカトレアは見上げるコウキの笑顔を見せた。
「―――みんなありがとう。聞いてくれて」
「こちらこそ、無理に話してもらって」
アリシアは言うと、順番に部屋から出て行く。
「ちゃんと寝ろよコウキ」
「お休みなさーい」
「……失礼します」
「また明日、コウキさん」
「ああ、また明日」
笑顔で手を振り、1人部屋に取り残されたコウキはこの静寂仕切った空間に吐息を漏らす。
ついに全部話してしまった。後悔はしていない。いずれこうなることは良そうで来ていた。だがまさかこんな時に言う羽目になるとは思いもよらなかった。
話疲れてしまったため、椅子にふんぞり返る。そしてゆっくりと目を閉じて感覚を心の奥底へと沈みこませる。
光と闇―――生と死がぶつかり合い、螺旋を描いている。
生と死の循環をコウキは感じていた。
時折思うことがある。このチョーカーを外したら一体自分はどうなってしまうのだろうか。
神に近い存在になってしまうのかそれとも魔族に堕ちるのか、あるいは均衡が保てなくなり消滅、もしくは別の何かになってしまうのだろうか。
非常に不安定で曖昧自分と言う存在に疑問を抱く。
「俺は俺のままで……か」
場所はかわり4人は各自部屋に戻ることなくサラの部屋にいた。
「どうしたのさネエさん」
俯くサラに声を掛ける。
「我は、従者として失格だ」
「なに言ってるんだい、急に」
「あんなに近くにいたのに、気付いてやれなかった。ずっと一緒にいたのに、我はあの人のことを何一つ理解していなかった。あんな風に心の中に痛みを抱えていたと言うのに我は何一つ………」
「しかたないさ。だってコウキは自分のことをあまり話さないヒトだからな。それに、話したところで何も意味をなさないとでも思ったんじゃあないかい?」
「つまり、我が無能ということか」
「もう、なんでそう卑屈になるかなあ」
落ち込むサラに頭を悩ますカトレアだった。
すると、カグラは隣に来ると寄り添って言った。
「元気出して姐さん」
「あ、ああ。そうだな」
「さっきもそうだけど、心配かけないためだよアタシらのことを思って黙っていたんじゃないか」
「そ、そうなのか?」
「そうじゃなかったら今までなんで黙っていたんだい? コウキは常にアタシらのことを思ってくれている」
カトレアの言葉にだんだんと気が晴れてくるサラだった。
「カトレア」
「なに?」
「お前、案外イイやつだな」
一瞬ハトが豆鉄砲をくらった表情をしたがすぐに元にもどした。
「フフッ、今更気付いたのかい? ま、ネエさんらしいかも。ところで、アリシアはどこだ?」
「アッシは見てません」
「さっきまでそこにいた筈だが」
「トイレにでも言っているのだろう」
ドアがノックされる音で目が覚めた。
「どうぞ」
ドアに向かって声を掛けると、入ってきたのはアリシアだった。
「どうしたのさ。忘れ物でも取りにきたの?」
「……いえ」
「まあいいや、入っていいよ」
「失礼します」
浮かない顔をしたアリシアはコウキの傍まで来ると立ち止まった。
「どうした?」
「その、コウキさんは、辛くないんですか?」
一瞬「何が?」と言い換えそうになったがすぐに趣旨を理解した。
「辛くないと言えば嘘になる。でも、自業自得だからね仕方がない。望んで得た結果がコレだし」
「でも、コウキさんは友達を助けるために行ったのに、なんでみんなから蔑まされなきゃいけないんですか。コウキさんとは境遇は違います。けど、理不尽に嫌われるその気持ち私には分かります!」
「でもね、アリシア。たとえその善意のために起こした事でも、俺は禁忌を犯したんだ。それに友達や関係のない人たちまで巻き込んでしまった以上、取り返しのつかないことなんだよ」
「でも、でも、だからって、なんでコウキさんだけがこんな目に遭わなきゃならないんですか!」
涙ぐむアリシアを前にコウキは立ち上がった。
「ワタシ、コウキさんが可哀そうですッ」
ぽろぽろと涙を流すアリシアにコウキはそっと抱きしめた。
「ありがとうアリシア。俺のために泣いてくれるんだね。でも、いいんだこれで」
涙が胸元を濡らす。
「ワタシ、何処にもいきません。ずっとあなたの傍にいます。だから、もう、あなたには悲しい思いは、させません、だから、コウキさんッコウキさんッ!」
抱きしめる腕に力が入る。
「やさしいんだね、キミは。誰よりも強いやさしさを、ありがとう」
強く、強く抱きしめた。
腕の中で涙を流す少女を彼は惜しみなく抱きしめるのであった。




