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五十一話 課せられた罪/過去の過ち 其の参

 コウキが目を覚ましたのは数時間後のことだった。日付は変わり、辺りには静寂が流れていた。


「目が覚めたようだね」


 男の声に飛び跳ねるように起きた。


「―――こ、ここは!?」

「落ち着きなさい。ここは私の研究室だよ」


 そうなだめる男にコウキは言った。


「ニール先生!!」


 狼狽するコウキに対しニールは穏やかな表情を浮かべている。しかしコウキはそんなニールに対し警戒する目を向けていた。


「コウキ君、キミがなんの目的であそこにいたのかはどうでもいい」


 ニールの言葉にコウキは疑問の表情を表す。


「気分はどうだい?」


 まさかの質問に一瞬拍子抜けするコウキだった。


「ちょっと、気持ちが悪いですけど、それほど大したものではないと、思います」

「そうか。なら良かった」


 安堵の表情をするニールは再び口を開いて言葉を繋げた。


「あとキミの眼鏡、倒れた少子に壊れてしまったみたいだから外しておいたよ。一応知り合いに直すようこの後頼んでみるよ」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるコウキに「なんのなんの」と笑顔を見せるニールだった。頭を上げたコウキは物言いたげな表情を向けたままニールの顔を見た。


「あの、質問、イイですか?」

「ああ。何でも訊いてくれ」

「なぜ起こらないんですか。僕がしたことは許される行為じゃないのに」

「確かにそうだね。でもやってしまったのだから仕方がない。起こったところで時間がもとに戻る訳でもないしね」

 

 そういってニールは机の上に置いてある堕天の書を手に取る。


「なに、誰にも言う気はないよ。こんなの言ったところで何も解決しない」


 ページをペラペラとめくりながらニールは言う。


「ですが、僕は―――」

「コウキ君も何かあったからコレを手に取ったのだろ?」

「………はい」

 

 するとニールは机の上のあるものに手を伸ばした。


「これはさっき突貫で造った魔力を押さえる物だよ」


 ニールが手にしている者は魔法の石が埋め込まれたチョーカーであった。


 コウキは受け取るとそれをまじまじと見つめる。


「今はまだ何ともないけど、コレを付けておけばある程度魔力は抑えられる。僕自、堕天の書の力は知らないからね。せめてもの予防策だ」

「ありがとうございます」


 そういってコウキはチョーカーを取り付けた。


「いいかい。コレは絶対にはずしてはならないよ」

「分かっています」

「でも、魔力を抑えると言ってもキミにしてみれば大したことはないと思うけど」


 ニールは言い終えると茶の入ったカップに口を付け一息ついた。


「………..あの」

「なにかね」

「なんで、先生はあそこにいたんですか?」

「ああ。それはね、僕はよくあそこに行くからさ。僕みたいになると簡単に出入りできる権利、まあ特権が与えられるんだよ。それとコウキ君」

「なんですか」

「睡眠粉の調合は相変わらず上手いね」

「よく分かりましたね」

「管理室に言ったら匂いが残っていたからね。キミの調合には少しクセがある方すぐに分かったよ」


 図書館に侵入する際にコウキは管理室に忍び込み、そこにいる管理人を睡眠粉で眠らせて鍵を奪っていたのだが、魔法薬学の権威でもあるニールを前にして欺くことはできなかった。


「やっぱ先生はすごいな」

「そんなことないよ。もう遅いからここで寝なさい。まともに宿にも帰ることができないのだろう?」

「はい。………ありがとうございます」


 例を言い終えたコウキだったがまだ何か言いたげな様子のまま、ニールが用意してくれたスペースで寝ることにした。


 モーフに包まりながらコウキは思った。なぜ先生は自分を怒らなかったのか。普通なら怒鳴られてもおかしくないのに。それはきっと先生なりの優しさなのだろうと。そう結論付けるコウキだった。






「コウキが捕まった!?!?」


 執務室には雅道の声が響き渡った。


「落ち着きください。マサミチ様」

「落ち着いてられるか。なぜ!!」


 マサミチに圧倒され部下はたじろぐ。


「つい先ほど、コウキ様がカルイ国を強襲したとの容疑で連行したとの報告が」

「なんてことだ………」


 マサミチは落下するように座った。


「あのバカ野郎。勝手な真似を!!」


 マサミチはすぐに緊急会議を開くよう部下に伝えたのだった。





 それは今から数時間前に遡る。


 コウキは上空からカルイ国を見つめていた。


 その目にはもはや決意の表れのようにまっすぐで使ら強さを感じる。


「雅道すまない。ケジメはしっかり、俺が付ける」


 そう言うとコウキはカルイ国へと一直線に飛んだ。


 徐々にカルイ国が迫ってくるなか、コウキはロッドを構えた。


山斬剣(カラドボルグ)!!」


 カルイ国の城へ近づいた瞬間、一気に突き立てた。その刹那、剣先は見えない壁に阻まれた。


 魔法障壁だった。カルイ国はあらかじめ外部からの攻撃に備えて防御結界を張っていた。しかし、それはコウキを前にしては無力だった。


「弱いッ!!」


 剣先は次第に結界にヒビを入れていく。そして結界をいとも簡単に突破したのだった。


 その瞬間、城内の魔法使いたちは結界が破られてしまったことを察知し早急に対応したのだがもう遅かった。コウキは城壁を破壊し城内に侵入したのだ。


 煙に紛れ、コウキは近くにいた衛兵の胸ぐらを掴むとグッと目の前に寄せる。衛兵の「ひいッ!!」と引きつった声を発するその顔には恐怖の色が見える。


「おい、人質がいる所を教えろ。知らねえとは言わせねえ。知ってるだろ、当然」


 衛兵はガタガタと震わせながら何度も頷く。


「じゃあ教えろ、何処だ」

「ち、ち、地下、地下!!」

「地下? 間違いないな? ウソついたらここから落とすから」


 衛兵を掴んだまま自分が出てきた壁の穴へと追いやる。あと一歩後ろへ下がれば身体は真っ逆さまに落下するのは一目瞭然だ。


「う、嘘じゃない。本当だ、だ、だから!!」


 懇願する衛兵にコウキはゆっくりと口を開いた。


「分かった。すまなかったな」


 その瞬間、衛兵は自由になった。それまるで重力から解放されたように。


「うわぁあああああああ――――――ッ!!!!!!」


 叫び声が遠のいったと同時に鈍い衝突音が聞こえた。


 移動しようとしたとき、コウキの行く手にはすでに衛兵たちが取り囲んでいた。


「お前が侵入者だな!!」

「そうだ。仲間を取り返しに来た」


 衛兵の言葉にコウキは答える。しかしだからといってコウキの言葉をすんなり受け入れてくれるわけでもない。


 コウキはロッドを構えた。


「変な真似はするな、大人しくしろ!!」

「変な真似? それってこう?」


 その瞬間、ロッドの先から赤い魔法陣が出現し火の玉が打ち出された。


 火の玉は真っ直ぐ衛兵たちに向かって飛ばされた。衛兵たちは爆発に巻き込まれ断末魔が鳴り響く。


 目の前には無残に散らばる衛兵たちの姿があった。そんな光景を目の当たりんいしても今のコウキに罪悪感など皆無だった。


「レイ、アンリ………今すぐ――――」


 そのときだった。突然コウキの足元が輝きだした。それを見た瞬間コウキは察知した。


「――――ッ!?」


 とっさに避けた瞬間、足元の魔法陣は炸裂した。


 コウキは背後に視線を向けるとそこには数人の魔法使いたちが杖を構えていた。


「おいおい、随分歓迎してくれるんだな」


 冗談めいた言葉を発する。


「黙れ!!」


「お前らがな」


 刹那、目の前の魔法使いたちは電撃によって倒されてしまった。痙攣を起こしながらうめき声を唸らせている。


「この程度か。さて、いく――――――あ?」


 急に身体の力が抜けてしまった。手からロッドが抜け落ち音を立てると今度は足首、膝へと順に崩れ落ちる。その瞬間、コウキの目に映ったのは黒い服に身を包んだ人の姿があった。


「ア、サ………シン………」


 コウキの意識はそこで途切れてしまった。





「………………ん」


 コウキが目を覚ました。


 そこは、さっきいたところとは打って変わって薄暗く、ロウソクの灯りが怪しく揺らめいている。コウキは言葉を発そうとするが、口にはサルぐつわを付けられているため言葉を出すことはできなかった。


 さらに身体は貼り付けられているため、身動きが一切取れない。だが、コウキはそんな状況の中ここが何処であるか理解した。


 今いる場所は拷問部屋であることは間違いなかった。視界には拷問器具が見える。


「目覚めたようだな」


 すると闇の中から男が現れた。足の音から数人この部屋にいることは把握できる。


「お前のせいで随分お世話になってしまった。この責任、どうとってもらおうか?」


 コウキは睨みつける。その瞬間。


「なんだその目は!!」


 男の拳がコウキの顔にぶつかる。それでもコウキは怯むことは無かった。


「―――まあいい。それより、なぜこのようなマネをする。なぜ我々の邪魔をする」


 コウキは睨みを効かす。すると別の男はコウキのサルぐつわを外した。


「うるせぇえ!! それよりもレイとアンリを返せ!! 俺の友達を返せ!!! いいかもしアイツらに変な真似でもして見ろ、俺がお前らをぶっ殺す!!」


 コウキの怒号が空間を響かせる。しかし、男たちは臆することなくコウキを見つめる。すると手前の男は言った。


「そんなに仲間に会いたいのか。いいだろう、ちょっと早いがご対面と行こう」


 男が手を鳴らすと、奥の方から来る男たちに混じり、小さな2人の姿が現れた。徐々にその姿がはっきりとしたとき、コウキの顔は悲壮に満ちた。


「れ、レイ!! アンリ!! 貴様らァあ!!!!!!」


 瞳に映っているのはボロボロの姿のレイとアンリの姿であった。着ている衣服は引き裂かれ、ほとんど裸同然の姿だった。レイの身体には痣が出来ており、顔も晴れている。アンリに至っては下は履いておらず、股の間から流れ落ちた血の跡が消えかかっていた。


 死んだような目で俯く姿にコウキは今にも目の前にいる男を食い殺す勢いで首を伸ばす。


「なんでだ!! なんで!! 人質だろうが!!」

「確かに人質だ。だが、〝誰も健全な状態で返す〟などとは言っていないぞ」

「ド外道がァあ!!!!!!」


 叫ぶコウキにせせ笑う男につられ周りからも笑う声が湧く。


 レイとアンリはゆっくりと顔を上げた。2人の虚ろな瞳はコウキを捕える。


「コウ、キ………」


 2人の唇は震えて上手く声が出すことができなかった。乾燥した喉を絞るようにレイから声が漏れた。


「クソォオオオオオオオ!!!!」


 悲痛の叫びを上げた。


「そう言うことだ。まあこれで2人に会えるのもお前にとっては最後だからな。感謝しろよ」


 そう言うと、2人は闇の奥へと連れてかれてしまった。


「さぁあて。これからじっくりと楽しませて見らうからな、3英雄の魔法使い!!」


 これ以上にまでないほどの歪な笑みを浮かべた男はゆっくりと近づいて行った。





 当日、雅道率いる取引する組はカルイ国にいた。会議の結果コウキの失態を踏まえ当初要求されていた数の二倍提供することを条件に取引を行うことになった。しかし、肝心のコウキの身柄の引き受けは承諾されなかった。


 コウキの件は別件と言うかたちでまた後日、話し合いをすることとなった。したがって今日はレイとアンリの2名の身柄を確保することとなった、


「これはこれはマサミチ様、よくぞ起こしになりました」


 国王は言った。


「挨拶はいいでしょう。早く取引をしましょう。ところで、なぜこんなところで?」


 普段穏やかな雅道の言葉には攻撃的だった。また、その目には怒りが籠っている。


「ふふっ、いいじゃないですか、開放的で〝眺め〟がいいですからね」


 国王は笑みを見せる。


 今雅道たちがいるのは王宮の敷地内であった。周りには両国の兵たちが取り囲んでいる。また、そのとき雅道の目にはある物が映った。


「あの、布の掛かっている台はなんですか?」

「ああ。あれは、そうですねえ。あとで分かります」


 国王の言葉に雅道は眉をひそめる。


「では、さっそく、と言いたいところですがやはり最初にお見せしましょう」


 国王の合図で台の布は外された。その瞬間、雅道たちは息を呑んだ。


 そこには、両手足を鎖で固定され、全身から血を流しているコウキの姿があった。


 右目は失っており、空洞からは血が固まり流れた跡がくっきりと残されている。両手足の指は全て切断されており、腹部には短剣が突き刺されたままであった。


 生きているのかと疑いたくなるその姿に雅道たちは声が出なかった。


「いかがですか? 我が国にお越しいただいたので、せめてもの出し物としてサトウ・コウキの処刑をお見せしようと思いまして」


 国王の言葉は雅道に届くことは無かった。彼の恐れたことが現実となってしまったのだ。


 コウキが捕まったと聞いた時、雅道が一番恐れていたのはコウキへの処遇だ。この世界では、その国の法律は絶対である。万が一他国の人間がその国で犯罪を貸した場合、その国の法律で裁かれるため、その出身国は手出しできないのだ。


「いかがでしょうか。マサミチ様」

「―――この、ド外道が」


 消えるような声で雅道は言った。


 同行したフレイは今にも剣を抜きそうである。


「では楽しんでから、(おこな)いましょう」


 国王の言葉に沿ってコウキがいる台の元にたいまつをもった兵士数人が集まった。


「さ、お前たち、やりなさい」


 すると台に向かってたいまつを点火した。木製の台は見る見るうちに燃え上がる。


 その光景を雅道は歯を食いしばりながら見ているだけだった。


 何もできない自分を殺してしまいたい衝動に駆られる雅道にフレイは言った。


「押さえてください。私も同じです」

「でも、こんなこと、あっていいはずがない」


 怒りの籠る声で雅道は言った。




 燃え盛る炎の中、コウキの意識は僅かに蘇った。


 朦朧とする視界は赤く染まっている。昨日から続く拷問によりコウキの自我はすでに崩壊していた。


 光を失った瞳はただ1点のみを見つめている。


 そのとき、足元が崩れ始めた。突然の出来事にも関わらずコウキは動じることなく、薄く目を開けているだけである。


 炎が身体を染めていくがコウキは黙ったままである。


 そして、ついに全身に炎を纏ったコウキは落下してしまった。


 砕かれる音と共にコウキの身体は炭化した木材の下敷きとなり、その身体ひしゃげた。


「康貴ィいいいいいいいいいいいいい―――――――――――ッ!!!!!!!」


 雅道が叫ぶ姿を国王たちは恍惚とした表情で見つめていた。国王にとって最高に快感で性行為をはるかに上回る快楽に今にも射精してしまいそうになった。


「いかがだったでしょうか。最高に、愉快でしょう? さ、盛り上がったところでなんですが早速始めましょう」


 雅道の怒りは頂点にまで達していた。そしてこのときコウキの思い理解した。大切な仲間を救うのに取り引なんて応じる必要はない。誰が何と言おうと力すくでも救いたい。


 雅道は後悔した。もっと早くからコウキの気持ちを理解していれ良かったと。


 しばらく沈黙が続いたときだった。


 雅道たちはコウキの方から膨大な黒い何かを感じた。ドス黒く、混沌としたそれに一同吐き気がした。


 その瞬間、信じられない現象が起こった。


 コウキが落下した所を中心に巨大な黒い魔法陣が現れたのだ。刹那、黒い魔法陣から膨大な漆黒の魔力が天に向けて放たれたその光景は天にそびえ立つ一本の柱のようだった。


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