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五十話 課せられた罪/過去の過ち 其の弐

 空は漆黒に染まり、丸い月が冷たく、輝きを放っている。


 静寂に包まれた季節の変わり目の夜、ここ、王立図書館の地下に1人横たわる男性の姿があった。


 すぐそばには開かれたままの本が一冊置いてあり、その横で〝コウキ〟は眠っていた。





 サンクチュアリの財政は雅道によって回復しつつあった。


 雅道は貿易行うことを考え、最初に手を出したのは石鹸であった。


 当時石鹸は富裕層のみが手にすることしかできなかったが、雅道が持つ知識によって石鹸を簡単に作り、現在では国民の誰もがそれを手にすることが可能となった。


 その収益で孤児院や貧困層の支援をするほか、他国に人員を送り復興作業に専念していた。


 まさかコウキもこの時たかが石鹸がココまで国を変えることができるとは思っていなかった。


 サンクチュアリにとって雅道は勇者の域を超え、救世主とまで言われるようになった。


 一方コウキは中等部の二年生に上がり、今日もレイとアンリと一緒に勉学に励んでいた。


「あーーーー」


 午前の授業が終わり、昼休み。


 コウキは立ち上がり思い切り身体を伸ばす。


「なんだか眠そうね、コウキ」

「途中何度か突いて起こしてあげたの気付いた?」


 アンリとレイは言った。


 眼鏡を外し涙を拭き取り、眠気眼を2人に移す。


「あ~そうだな」

「そうだなって。コウキ寝不足?」

「まあな。ところで、さっき先生、なんて言ってたの?」

「明日の午後の授業で、北の森にで野外授業をするんですって」

「へえ、野外でか。それって大丈夫なのか? 魔物だっていると思うし。危険だろ」

「そこは大丈夫だよ。近くにはカルイ国もあるし。先生たちもいるし、それに僕たちにはコウキが付いているからね」

「そんなに俺を過大評価しないでくれ」

「ふふ、頼みにしてるよ」


 やれやれと言った表情を浮かべながら席を移動したのだった。


 時間は経ち、放課後の図書館。


 今日も宿題と自習をするべく参考書を探していた。


 巨大な本棚の間を移動しているときだった。


「コウキ!」


 突然呼ばれて戸惑うコウキだった。


 振り返ってみると、そこには1人の女子生徒が立っていた。


 胸まで下ろされたブロンドの髪にパッチリ開かれた青い瞳。


 血色の良い色白で活発な顔つきの少女、


「アメリアじゃん」

「はあい、コウキ。久しぶりね」

「数か月ぶりだな」

「うん」


 目の前にいる後ろで腕を組んでアメリアは物欲しそうな表情で見つめている。


「随分大人びたな。一瞬分からなかった」

「なにそれ。老けたって言うの?」


 ジト目で訴える。


「違う違う。綺麗になったってことだよ」

「き、きれ……も、もうコウキたら!」

「いでッ! ―――あ!」


 叩かれた瞬間、とっさに口を押えた。


「―――アメリア、ここ図書館だから」

「あは、忘れてた。勉強?」

「うん。アメリアは?」

「一応そのつもりで来たんだけど。いい本が無くてね」

「そっか。なあ少しいいか?」

「別にいいけど、コウキこそ勉強しなくてもいいの?」

「平気さ。どっかぶらっとするか」

「う、うん」


 コウキの後ろにアメリアはついて行った。


 久々の友との再会に胸を躍らすコウキだったが、その一方アメリアは違う意味で胸が高ぶっていた。


思いを寄せる男性を前にしてアメリアの心臓は今にもはち切れそうだった。


おかげで今まで話してきた内容など微塵も頭の中に残っていなかった。


せっかくの二人きりだと言うのにアメリアはただ一方的にコウキの話に相槌を打つだけである。


「でさ―――アメリア?」


 コウキは話を止め、隣を歩くアメリアの顔を覗きこむ。


「な、なに?!」

「ごめん。やっぱ無理させちゃってる? 嫌だったらこのまま家まで送るよ」

「そんなことないよ。ごめんなさい………で今どのへんだっけ?」


 頬を赤く染めながら言うアメリアをコウキは苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「明日国境付近までいってやる課外授業だよ」

「あ、あそうだったわね」 


 若干の焦りを見せるアメリアだった。


 するとコウキは先にある店を指した。


「ちょっと小腹が空いたから食べようか」

「え、あ、うん」


 2人は小さな屋台へと向かった。


 買った後コウキとアメリアは近くのベンチに座った。


「これ、久しぶりに食べるかも」

「ホントに? 俺なんて週2で食べてるよ」

「食べ過ぎよ」


 2人が食べているのは薄い皮に包まれたフルーツのお菓子である。


 コウキとアメリアは並んで頬張っている。


 しばらく沈黙が続いたが、それを打ち切ったのはアメリアだった。


「ねえ、さっきの話だけど」

「課外授業のこと?」

「うん。コウキも知っていると思うけど、ここ一年でまともに復興できたのはウチぐらいじゃない。他の国はまだ復興、追い付いていないし財政だってスッカラカンの所も多いの」

「何が言いたいんだい?」

「何か犯罪にでも巻き込まれないように注意してほしいってこと」

「確かに周辺国も大変なのは知っているけど、さすがに下手に犯罪を犯すほど余裕はあるのかな?」

「こういう時だからこそ、何をしでかすか分からないじゃない。盗賊だって最近多いって聞くし」

「まあ、大丈夫だろ。先生や俺だって付いているんだし。そこまで心配する必要はないさ」

「でも、なんか嫌な感じがするのよねえ」

「忠告どうも」


 するとコウキはアメリアの頭の上に手を置いた。


 その瞬間、アメリアは顔を真っ赤にしながら手を止めた。


「な、なに、子ども扱いするのよ。もう、やめてよ!」

「あはは―――アメリアは相変わらず可愛いなあ」

「か、可愛い――――もう!!」


 紅潮したままコウキの手を払いのける。


 コウキにとってアメリアは妹のように親しくて信頼する存在であったが、当のアメリア本人はその意志を読み取る以前に血が沸騰するくらい混乱していた。




 翌日、国境付近の森の中ではコウキのクラスが薬草を摘んでいた。


 今日の課題は薬草を調合し傷薬を造ることだった。これは魔法が使えない状況でも体の異常を正す際に必要な能力を養うことを目的とされている。


 街からは歩いて一時間程かかるため一同疲れた表情のまま作業に取り組んでいた。


「コウキ、何しているの?」

 

 レイは言った。


「川を見ていたのさ。水中の草にも傷を治す薬草があるからあるかなって思ってね」

「ああ、あれか。あれって一度に取れる量が少ないから作るのに面倒だよ」

「でも作ったらいい成績貰えるじゃん」


 そう言ってコウキは裾をまくり川の中へと入って行った。


「先に皆のことろに行ってるからね」

「おう。見てろ、俺が一番だからな」


 コウキ1人残してレイは行ってしまった。


 その後しばらく川の中を探るコウキだった。


 三十分後のことだった。突然遠くの方から爆発音が鳴り響いた。


 鳥たちが一斉に飛び立つ空を見上げ、コウキは眉をひそめた。


「なんだ、今のは」


 爆発音がしたのはちょうど自分が来た道、つまり、クラスメートたちがいる所である。


 その瞬間、焦燥感漂う表情を浮かべたコウキは急いで岸へと上がり、靴を履かずに走った。


 嫌な予感しかなかった。


 すると、煙と焦げた臭いが辺りに漂ってきた。


 鼻を突く匂いに顔をしかめたコウキは、言葉を失った。


「!!!!」


 目の前には木々が倒され周りにはクラスメートと先生が横たわっていた。


 とっさに駆け寄り1人を抱きかかえる。


「何があった!!」


 コウキの言葉に反応を示したのか、閉じた瞼が一瞬動きを見せた。


 するとゆっくりと半分まで瞳を開いた少年はコウキの顔を見た。


「………爆発、した」

「なぜ、誰がやった?」

「………ウッ! と、とつぜん、ばくは、つし………て、ヒトが………」

「人? どんな」

「わか………….」


 そこで少年の意識は途切れてしまった。


 コウキは先生の方へ駆けつけたのだが、すでに息を引き取っていた。


 そのとき、


「レイ、アンリ!!」


 見渡した限りでは2人の姿は見当たらない。


 コウキはロッドを召喚し、〈完全探知(ディティールポイント)〉で周辺を探った。すると、500メートル先に5名の人間の反応があった。その中には子どもと思われる姿も確認できることからレイとアンリで間違いなかった。


 何故あの2人があんな場所にいるのか疑問に思う。しかし、いまこの場を離れてしまば他のクラスメートの命の危機に関わる。苦渋の選択の末、コウキは回復魔法をかけ救援を呼んだ。




 学校に戻ったコウキに待ち受けていたのは周囲からのバッシングだった。


 3英雄の1人でありながら1人単独行動した挙句にクラスメートを誘拐及び怪我を負わせてしまったのだから。更に同行した教師を死なせてしまったのは大きかった。


 そのことは一瞬で広まり、翌日にはコウキの罰しろとの声も上がる始末だった。混乱するなか、コウキはフレイと会っていた。


「お前の責任ではない」

「でも、俺は皆を置いて1人で川に………」


 ゲッソリとした顔のコウキは視線を足元にまで落として言った。フレイはコウキの両肩を掴んで言った。


「今はこんな状況だ。皆精神的にも病んでいるんだ。誰かの責任にしないとどうしようもないのだろう。コウキ、今しばらくの辛抱だ」

「………雅道はなんか言ってたか?」

「マサミチ様もお前のせいではないとおっしゃっていた。それでだ、コウキ。今日お前を呼んだのは他でもない。私はお前に報告することがある」

「なんだよ、もったいぶらずに言ってくれ」

「今日、カルイ国から通達があった。人質と資金及び武器の交換の要求がきた」

「人質!! まさか、レイとアンリはカルイ国の人間に捕まったって言うのか!!」

「そうだ。いまあそこは財政的にも武力的にも圧倒的に疲弊している」


 その言葉を聞いた瞬間、先日アメリアとの会話は脳裏をよぎった。


「雅道はどうすると言っている」

「もちろん飲んだに決まっている。期限はあと3日後、カルイ国で行われる」

「なぜそれを俺に教える?」

「何も知らないよりはいいだろう。安心しろ、金と武器を渡すだけで解決する」

「と、思っているのか? 本当に」

「そこなんだ。昔からあの国の評判はあまり良くないからな。何か仕組んでいるのではないかと危惧している」

「だろうな。まったくふざけた国だ。なぜそんな真似をしてまで得ようとする。話し合いでどうにかしようとは思わないのかよ」

「中には見捨てろとの意見も出ているのだが、マサミチ様は誰よりも国民を第一に考えておられる。それに話し合いでどうにかなる相手に思うか?」

「いいや」


 コウキは首を横に振る。


 しばらく話しを続けた2人はほどなくして解散した。


 フレイは職場に戻り、コウキは宿舎に戻ることなく日が暮れるまで彷徨った。


 いま学校や宿舎に戻ればどうなるか予想がつく、だからコウキはここ数日戻るのは完全に夜になってからだった。また、同時に学校は休んでいる。


「レイ、アンリ。待ってろよ」


 充血した目には怒りと悲しみが入り混じっていた。




 翌日の夜10時頃、図書館の前に1人の影があった。


 図書館はとっくに閉館しており入り口は大きな柵で閉じられていた。しかし、その影はふわりと宙に浮くといとも簡単に内側に侵入して見せた。


 そして、裏口まで行くと、懐から取り出したのは鍵だった。


 ドアを開け中に侵入すると、発光水晶と取り出し辺りを照らす。するとその正体が現れた。サトウ・コウキの姿だった。


 全身を黒い服で統一し蒼白した顔にはギラギラとした目には獲物を狙う猛獣彷彿とさせる。


 コウキは奥まで進むと、ある部屋へと入って行った。するとさらにその奥にも扉があり進むと今度は床に扉があった。躊躇することなく開けるとそこには地下へと続く階段があり、コウキはゆっくりと降りて行く。


 するとまた扉があり開けると、そこにはおびただしい程の本棚が並べられていた。


 コウキは奥へと進み、ある本棚の前まで行くと立ち止まった。そして一冊ずつ見ていき、一冊の本に視線が集中した。


 その本に手を伸ばし手に取った。その本は南京錠でロックされていたがコウキはロッドを出し、軽く小突くといとも簡単に外れてしまった。


 その光景を見て口元を歪なまでに弧を描く。


「これで俺は、強くなる。皆を守れる。俺は無敵に、なる」


 〝堕天の書〟と書かれた本をゆっくりと開いたしかし、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「なにも、ない」


 その本には一切の文字が掛かれていなかった。


 焦ったコウキはパラパラとページをめくっていく。その次の瞬間、手の動きが止まった。


 ちょうど中央に差し掛かった際、コウキを〝目〟が捕えた。


 一つの目だけがその中に記載されている。だが、その目は異様に現実味のある目であり、これ以上見つめていれば意識まで吸い込まれてしまいそうになる。


 コウキは閉じよとしたが、身体が言うことを聞かなかった。


 それどころかその目はまるで生きているかのようにギョロリと動かす。


「―――ッ!!」


 次の瞬間、コウキの中に何かが大量に流れこんできた。黒く、濁った、嫌悪感を感じるそれはコウキの中を埋めて言ったのだった。そしてコウキは崩れるように倒れ込んでしまったのだった。


 どのくらい時間が経ったであろうか、コウキは目覚めることなく床に倒れこんでいると、


「なぜ君がこんなところに」


 そこにはニール・ライトマンの姿があった。


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