三十七話 秘薬
トセの川のほとりで、コウキ達は釣りをしていた。今回はギルドの依頼ではなく暇潰しのためである。
コウキは胡坐をかき、ジッとしたまま竿を握る。後ろではアリシアとカグラが雪で遊んでいる声が聞こえる。
隣ではサラが体育座りをしながら魚が釣れるのを見守っている。珍しく今日のサラはウェーブの掛かった長い髪を後ろで束ねている。
普段の髪型と違うため新鮮味があった。おまけに年上の女性度がよりアップしたように見えた。
コウキの中では今まさにそんなサラに対して一種の『萌え』と言うモノが芽生えていた。かもしれない。
時折、横目でチラチラとサラの様子を見ていた。サラは川の流れを見ているのか微動だにしていなかった。
「釣れませんね」
「うん」
十五分は粘っているが全く釣れる気配が無い。これではまたボウズである。
「あーダメだこれ」
と、あきらめかけたそのとき。
「お!?」
竿に手ごたえがあった。コウキは思わず立ち上がり竿を引く。
「キタキタ――――!!!」
「頑張ってください!!」
サラが応援する中、竿を握る手に一気に力が入る。
焦るな。ここが正念場だ。とコウキは自分に言い聞かせながら竿を引く。
「ソラァアアア!!――――――ああああ!?!?」
つられたのは魚ではなく小さな木箱であった。コウキは一気に脱力し、3人も残念そうに声を上げた。
「なんだよ、箱かよ」
「残念でしたね」
「はぁ.....まあいいや。これ、何の箱だろう」
コウキが開けようとしても箱はビクともしない。そのとき横にいたサラが手を伸ばし、箱を持つと≪ベキッ≫と言う音を立て箱は無理やりこじ開けた。
アリシアは「さすがサラさん」と呟いたのだった。
箱の中にはわらが敷かれており、その上に小さな小瓶が3つ入っていた。カグラはおもむろに小瓶を手に取るとそれを太陽にかざした。
「なんですか、これ?」
カグラが手にしているのは銀色の粘り気のある液体であった。残りの2つはモスグリーン色の粘り気の無い普通の液体であった。
コウキは眉間にしわを寄せながら緑の液体をジッと見る。
前にどこかで見たことがある。そう感じた。
瓶の蓋はコルクで閉じられているため容易に開けることができた。そしてコウキは手で仰ぐようにその匂いを嗅いだ。
「これ、飲めそうですね」
その刹那――――。
「カグラ、それを早く戻せ!!」
コウキは険しい顔で言った。弾かれたようにカグラは木箱に戻した。
「いったいどうしたのですか?」
サラは言った。あまりの怖さにアリシアの後ろに隠れてしまうカグラであった。
「もしかしたら厄介なモノを釣っちまったかも」
「〝厄介〟とはどういう意味ですか?」
「今はまだ断言できないけど......確証ついてから説明するよ」
するとコウキは木箱をマントの中にしまうとロッドを取り出した。
「どうなさるおつもりで?」
「ちょっと知り合いの所に行ってくる。キミたちは先に宿に戻ってるんだよ。いいね」
そう言ってコウキは転移魔法を発動し消えて行った。残された3人は訳も分からないまま言われた通り宿に戻って行ったのだった。
「すみません」
「わぁ!!!!」
白衣の男性は声を上げた。目の前には黒いニット帽に黒いマントに覆われたこの部屋には似つかわしくない格好をした男性の姿があった。
「ご無沙汰してます。ニール先生」
男性は帽子を脱いだ。その瞬間ニールと呼ばれた男性の目は大きく見開かれた。
「おお、コウキ君か!!」
「はい。すみません、驚かせてしまって」
「いやいや。まあ座りなさい」
コウキは椅子に座ろうとするも、椅子の上には山積みになった資料が置かれていたが、コウキはそれをどかし座った。
「久しぶりだねぇ。どうやって来たのさ」
「魔法で」
「そうか。よくここまでこれたものだ」
「魔法で一発で。不法入国ですけど」
「はっはっは。そうかそうかまあいいや。で、どうしたんだい?」
「はい。実は先生に調べて欲しい物が」
マントの中からさっき釣り上げた木箱を取り出し、中から小瓶を出した。それを見たニールの目は一瞬、険しくった。
「これはどこで?」
「川で見つけました。匂いはアレに似ています」
「どれ、貸してくれ.....確かに」
ニールは振ったり匂いを嗅いだりし、メモを取って行く。
「ちょっと検査するけど、時間は大丈夫?」
「はい。問題ないです」
「そうか。ちょっと待っててくれ準備するから」
ニールは奥の方へと消えて行った。
「ここも相変わらずか」
コウキは多くの薬品の臭いが充満する部屋の中を見渡した。謎の生物の液体漬けや標本、薬物それ以外にも魔法学の本があった。
「もう、この国には二度と来ないつもりだったのにな.......」
しばらく眺めているとニールは戻ってきた。
「結果が分かるまでゆっくりしてくといい」
ニールは茶を出した。コウキは受け取ると口を付ける。鼻を抜けるように薬草の香りがした。
「久々だね。どうだい。その後の調子は?」
「ええ。おかげさまで」
コウキはチョーカーを触る。
「どうやら問題なさそうだね。もう、君がこの国を出てもう何年だ?」
「やめてください。その話は」
一瞬目に曇りが見えた。
「すまんすまん。私も気にしてたんだよ」
「お気づかいありがとうございます。まあ、この国にとって、と言うか一部の人たちから見れば僕は悪魔みたいな―――と言うか悪魔ですからね」
「卑下するな。君は何であれ今でも生徒だよ」
「ありがとうございます」
「できれば研究対象にしたいくらいだ」
「やめてくださいよ~」
「あっはっはっはっは」
ニール。ニール・ライトマンはこのサンクチュアリの魔法学園の教師である。魔法薬学をメインに教えているがその傍ら魔法学にもせいつうしている教師でもある。
コウキのチョーカーを作ったのもこの人である。一見普通の白髪の初老男性に見えるが研究が大好きでよく怪しげな研究をして他の教師や生徒から気味がられているが本人はいたって気にしていない。研究成果は素晴らしく多くの賞を受賞している偉大な人物でもある。
ニールにコウキは近況報告をした。1人で旅を続けた話から新しく仲間と共にいろんな旅を続けていることまで。夢中になって話すコウキは昔に戻ったような感覚だった。
しばらくすると、ニールは立ち上がった。どうやら検査の結果が分かったらしい。コウキはニールに言われ席に座って待っていた。何でも奥の部屋は危険な物があるためニール以外は立ち入りを許可していないそうだ。
「解ったよ」
「で、やっぱり〝快楽薬〟ですか?」
「緑の方はね。銀色の方は快楽約とは違う物が分かったよ。〝強戦士薬〟だ」
「強戦士薬って、あの」
「そうだ」
快楽薬とは名前の通り、飲めば気分が晴れ、どんなことも楽しくなり、気持ちよくなる薬である。戦時中の悲しみやストレスが溜まるため、一部の上流階級の間で密かに出回っていたとされる薬である。
効果は説明した通りだが、その反面高度の依存性があり定期的に服用しなければ禁断症状に陥ってしまう恐れがある物である。
戦後はその危険性から流通しなくなったが現在もどこかで高値で取引しているとされている。
強戦士薬とは戦時中に一般兵士に配給された薬である。一度服用すると痛覚及び疲労感が抑制されるほか、極限にまで闘争本能が活発化される効果があった。
これは当時兵士の消耗が激しかったため兵士を無理やり戦場に出すために作られた薬である。依存性はないが後遺症として神経麻痺などが見られる。現在、製造は行われていないとされている。
「コウキ君は川で拾ったと言っていたが、そのほかには何かおかしなものはあったかい?」
「いえ。特には。でもなんで川に流されていたんですかね」
「木箱に入っていたと言うことは誰かが運んでいたと考えるのが自然だ。恐らく密売か密輸の最中に何かあって川に落としてしまった。たぶん今頃探しているかもしれない」
「やっぱそうですよね」
「あまり関わらない方が良いかもしれない。組織ぐるみの可能性だってあるんだから」
ニールの言う組織とは密売組織とその買い手である暴力関係の組織であるとコウキは思った。あるいは貴族か。いずれにせよこれ以上これに関わることはよすことにした。
「しかしよく快楽薬と分かったね」
「以前にちょっとありまして。もちろん服用はしてませんよ」
「解ってるよ、そんなの。ところでだがこの薬だけど」
「先生の好きにしてもらっていいですよ。わざわざ付き合ってもらいましたし。それに僕が持ってても意味が無いので」
「おお、そうかい。なら、ありがたく頂戴するとしよう」
「........それでは、僕はこれで」
コウキは立ち上がるとロッドを出した。
「もう行くのか。ま、気負付けたまえ」
「はい。先生、今度は正式なかたちで会いましょう」
転移魔法を発動しトセに戻って行ったのだった。その光景を特に驚くことなくニールはただ見つめていたのだった。
サラたちが部屋で待っていると、突然魔法陣が現れた。徐々に上昇しコウキの姿が現れた。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさい」
「お、お帰りなさい」
「ただいま」
コウキはマントを脱ぐとサラに渡し、そのままソファーに座った。
「で、どうでしたか?」
「うん。今話すよ」
コウキは薬の話をした。
「―――――さっきはごめんな」
「い、いえ。大丈夫です」
カグラの頭を撫でる。
「しかし、また物騒な物ですね」
アリシアは言った。
「物騒って言ってもそう簡単に手に入る物じゃないからね」
「でも、コウキさん達に会わなかったら今頃使ってたかも」
「使っても所詮はまやかしだからね。一過性に過ぎない」
「そんな冗談ですよ」
「解ってる。さ、もうこの話はお終いにしよう」
コウキは話を打ち切った。
「そうですね。私たちには関係の無い話ですし」
「そう言うこと。そう言えばご飯って食べた?」
コウキは一度窓を見た。外はもう暗くなっている。
「兄さんが帰ってくるまで待ってました」
「なんだよ。先に食べててよかったのに」
「皆揃って食べた方が楽しいです」
アリシアは言った。
「そうか、そうだよね。じゃあ今日は外で」
「やった――――!!」
カグラはコウキの腕に抱きつき、空いた方にアリシアが、サラは無理やり引きはがそうとして、一向に部屋から出ることができない4人であった。




