三十三話 契約交渉
カグラの服を買い、そのままゲンたちがいる宿の方へと向かった。カグラが言うにはゲンたちがいる宿は街から若干離れた閑静な所の宿にいるとのことだった。コウキ達は向かっている最中の事だった。
「兄さん。本当にできるんですか?」
「大丈夫大丈夫。心配するな」
後ろを歩いているカグラに言った。カグラはアリシアと手を繋ぎ、その手に力が入った。
「コウキさんを信用しよう。ね、カグラ」
「はい....」
しばらく、カグラの案内のもと歩いていると、カグラは立ち止まった。
「どうしたの?」
アリシアは訊いた。
「ここです」
視線の先には少し古びた宿があった。周りにはあまり建物が無くスカスカの状態である。閑静とはいいがたくどちらかと言えば『ひなびた』とか『廃れた』と言う言葉が似合う光景だった。
「ここでどうなさいます?」
サラは言った。
「待つものいいけど、いつ来るかわからないからな~」
と言った時だった。
「コウキさん」
「どうした?」
「向こうから人が来ます」
「何人? 出来れば特徴も」
「はい。え~と、槍を持った男の人と杖を持った男の人。それに女の人と隣に剣を腰に下げてる男の人が2人です」
アリシアの言葉を聞いた瞬間、カグラはアリシアの腰に抱きついた。
「ど、どうしたの?!」
「......大将です」
「本当に?」
コウキは言った。
「はい。間違いありません」
カグラは恐怖からか、声と身体を震わせている。コウキは近づくとしゃがみカグラの頭を撫でた。
「大丈夫。俺達がついてる」
コウキはやさしく微笑むと、カグラは黙って頷いたのだった。
「コウキ様。どういたしますか?」
「まずはここで待機だ。そしてゲンさん達が着いたら話をする。それだけだ」
「了解しました」
そして待つこと数分。ついにそのときがやって来た。
「お、コウキじゃねーか。どうした?」
「はい。今日は折り入ってお話ししたいことが」
「なんだよかしこまって」
「要件は、この娘の件で」
コウキは横にずれると後ろに隠れていたカグラの姿が現れた。するとゲンは一瞬驚いた表情を見せた。
「おい。なんでお前がコイツといるんだ?」
「川に流されているところを助けました。この娘から全て聞かせてもらいました」
「そうか。で、それとお前たちがいることに何が関係あるんだ?」
「カグラの服と武器を返して欲しく来ました」
「おいおい。コウキ、お前は何を言ってるんだ。コイツは、俺の奴隷だったんだ。所有する権利は俺にあるんだからコイツの所有物をどうしようが俺の勝手だ。違うか?」
「確かにカグラはあなたの奴隷です。しかしだからと言って失敗したくらいで殴り、衣服を奪い川に捨てるのはおかしいです」
「あのな。コウキ」
ゲンは呆れたような表情で言った。
「そこで僕なりに色々考えたのですが」
「なんだ、言ってみろ」
「売買契約を結ぶことにしました」
「「「売買契約?!?!」」」
ゲンたち一同は声を揃えた。ゲンたちにとってはあまり馴染みのない言葉だった。
「ええ、売買契約です」
「売買ってことは、お前わざわざ買い取るのか!?」
「当然です。力に物を言わせるような無粋な真似はしません。ここは穏便に売買契約の交渉にやってきました」
「お前正気か?」
「勿論」
コウキは平然と答えるとそのまま言葉絵を繋げる。
「ゲンさん達はカグラの服と武器を売るつもりですよね。僕はその2点が欲しい。お互いに目的の物が手に入るのですから損は無い筈です」
「別に俺は構わねえが、お前も物好きな奴だな。で、お前たちの目的は服と武器でいいのか?」
「あと奴隷の所有する権利もください」
「解った。だが、値段はどうする?」
「それはそちらで決めて結構です」
「本当か!!」
「ええ。ご自由にどうぞ」
コウキは笑顔で言った。そしてゲンは「少し待ってくれ」と言って仲間たちと話し合いをし始めた。
単純だな。意外とすんなりいってよかった。諾成、有償、双務。この3つが揃っている契約だからな。自己決定が支配するからそうそうやめることはできない。勉強していてよかったぜ。
すると隣にサラが来てコウキに話しかけてきた。
「いいんですか? 自由に決めさせて」
「大丈夫。金はいくらでもある」
「は、はあ。なるほど」
数分の会議を終えたゲンは再びコウキに向かい言った。
「決まった。服と武器合わせて20万ゴールド、奴隷の所有権と管理する鍵を合わせて50万ゴールド。合計70万ゴールドでどうだ?」
ゲンの数字は一般の奴隷の金額をはるかに超えていた。しかし、コウキはその額を聞いても何食わぬ顔をしている。そんなコウキの様子を見てゲンたちは妙に気味悪く感じた。
「了解です。それではこれから用意しますので少し時間ください」
コウキはマントの中から金貨の入った皮袋を取り出す。その皮袋をみてゲンたちは目を大きく見開く。今まで見たことの無いほどの大きさの袋が目の前にある。ゲンたちは70万よりも今目の前にある皮袋が欲しくてたまらなかった。するとコウキは数えながら1枚1枚丁寧に別の袋に移し替えて行く。
「......56......61.......70! 終わりました」
コウキは70万ゴールドの入った皮袋を手にゲンたちへと向かう。ゲンは仲間から武器と服、そして鍵を受け取ると2人は黙って交換した。
「ありがとうございます」
「いや~イイ買い物したぜ!!」
ゲンはホクホク笑顔でコウキに言った。その後コウキ達はゲンたちと別れ一度宿の方に戻った。部屋に着くとコウキは椅子に座り、サラとアリシアはカグラと一緒にロングソファーに座った。
「案外ことが簡単に進んで良かったよ」
「買い取るなんて思いもしませんでした」
アリシアは言う。
「下手に行っても結局は感情論でぶつけても意味ないんだ。向こうの意見が正しいからね。だったら権利を俺がもらえばいいと思ったんだ」
「それで買い取ることにしたんですね」
「そう言うこと。でも、本当に運が良かったよ、売られる前に買い取ることが出来て」
「ですね。ところでこの後はどうしますか?」
「何が?」
「カグラですよ」
「ああ」
コウキはカグラを見る。カグラもコウキを見返す。
「そうだね~.......」
数時間後。コウキ達は外にいた。カグラの奴隷輪は外され、服も元の黒い上が巫女服で下がミニスカートの姿でいた。背中には斜めに武器を掛けている。別れの時がやって来た。出会って1日もたたなかったが、4人にとっては忘れることの無い日となったに違いない。
「これはせめてもの」
コウキは10万ゴールドの入った袋を渡した。
「え、いいですよ!!」
「なに、貰ってけ。コレで当分は衣食住には困らないだろ。それと通行手形を作れば行きたいところにいつでも行ける。キミはもう自由だ。奴隷じゃない。鬼人族のカグラとして生きて行けばいい」
「兄さん、サラの姐さん、アリシアの姉さん……」
カグラは今にも泣きそうな顔で3人を見る。
「何をそんな顔をしている。お前は笑っている方が良い」
「そうだよ。カグラ、またどこかで会えるから」
「......は、はい!!」
カグラは笑顔を見せると、3人も笑顔で返した。
「それじゃあ、アッシこれで。ありがとうございました」
「じゃあね」
「達者でな」
「元気でね」
カグラは一礼すると、歩いて行った。この時、カグラにとって新たな人生を歩むスタートとなったのだった。
2日後、森の中コウキ達は再び針狐の討伐に当たっていた。しかし、どういった分けかこの日は何故か針狐の数は以前よりも多かった。
サラはハルバートで切り裂き、アリシアは移動しながら矢で射って行く。コウキは火属性の魔法で攻撃を繰り出す。数分前に比べれば幾分数は減ったがそれでもあと2、30匹は確認できる。
「ヌン!!」
サラがハルバートで頭を横に切る。その背後に迫っていた針狐をアリシアは仕留める。そして、アリシアが再び筒から矢を抜いた時だった。筒の縁に矢が引っかかってしまい手元からかが落ちてしまった。その一瞬の間が生じてしまったことで、数匹の針狐に囲まれてしまった。
「クッ!!」
アリシアは弓を捨て腰のナイフを取り出した。サラとコウキも援護に向かおうとした時だった。アリシアの周りにいる針狐たちは一瞬で、頭や胴体が切り落とされていった。それだけではない。そのほかの針狐たちも血を飛ばしながらどんどん切られてゆく。アリシアとコウキが唖然としているなか、サラだけはその動きを目で追っていた。
「お前かぁあ!!」
サラは言った。2人は一瞬誰に言っているかわからなかったが、それはすぐに解った。
「ええ!? か―――」
「カグラ!?!?」
「なんだ、あの武器は.......」
そこには赤い髪をなびかせながら、白い大地にたたずむカグラの姿があった。コウキとアリシアは驚愕の表情を露わにしていたが、サラだけは違っていた。具体的に言えばカグラの姿ではなく、その手に握っている武器に目がいっていた。
それはあまりにも美しすぎる物だった。
細く、美しく、緩やかな曲線が描かれていて、波打つ黒い模様は一つの芸術性を出している。
白く反射する刀身は、多くの肉を切り、血を吸ってきたモノとは思えない程の輝きと冷徹さをもつ。
それは見る物を引き込ませるかのような、不思議なもの.......。
斬ることに特化し、錆びず、朽ちることを知らないそれは、完璧な形状を維持している。
父と母が愛する娘のために遺した代々伝わる鬼人族の伝刀。
その銘も―――――桜華。
「カグラ、ただ今参上いたしました!!!」
カグラの自信に満ちたその声が、辺りを包んだのだった。




