二十八話 ハンターにとって暇となる時期
人が居る。それも1人じゃない、何人もの人が馬に乗り、またある者は地を駆けている。武器を持ち、甲冑を身に纏いながら。
向こうからも同じように人々が向かってくる。雄叫びを挙げ、鬼気迫る表情をしながら彼らは武器を振るい攻めてくる。
解らない。けど、攻めてくるのが解る。だから自分も馬に乗り武器を振るう。矢が飛んでくるがものともせずに突き進む、そして首を跳ねる。何度も、何人も。
次第に辺りが苦痛の叫び、断末魔が広がり始めた。今、隣の騎士が落馬した。足元の1人が目の前の1人を刺殺し、今度は別も者に刺殺される。
気にしている暇はない。とにかく目の前の敵を相手にする。甲冑に矢がかすめる。刺さる。剣が突き立てられ衝撃が伝わる。
苦痛に耐えながらひたすら自身の武器を相手に突き立てる。このとき一番心が晴れる。楽しさ、いや違う。これは.......
.............おかしな夢だ。
目が覚めた。辺りは夜中の様に暗く、上手く周りを視界に納めることができない。2人の寝息だけが聞こえる。時計の針は午前5時半をさしている。
久々にこんなに早く起きた。
起こさないように脱衣所へと向かい顔を洗う。小さな鏡の中を見つめる。白い肌に尖った耳。紫色の瞳に黒髪で若干ウェーブが掛かっている。サラフォンティールの顔が映っていた。
夢...で終わらすにはいささか現実的だった。緊迫した現場、匂い、声、痛み、血の味.......五感全てがその場にいたかのように余韻を残している。しかし、それだけだ。何故自分はあそこで馬を走らせていたのか。戦っていたのか、解らない。夢など所詮夢。頭では考えているが身体がその思考を否定している様に感じる。
まぁ、いいか。こんな類の夢なぞ、150年以上も生きていれば腐るほど見てきた。深く考えることはない。
サラは寝巻から私服へと着替えたのだった。
すでに冬と言う言葉が似合い始めてきた。天候もだいぶ安定してきて、雪も大げさにふぶいたりすることは無くなった。今では、高度の低い太陽に照らされ幾分暖かさを感じる。木々に葉が無くなったため、森の中は以前よりも増して日の光が雪で覆われた大地を照らし、物足りなさを感じる反面視界にはすっきりとした空間が広がりを見せている。この時期になると多くの生物は冬眠に入るためハンターは討伐依頼がほとんどなく、動物以外の依頼が多くなってくるため、どちらかと言えば暇な時期でもある。
コウキ達は部屋にいた。サラは日課である武器の手入れをし、アリシアは矢の補充を行っていた。コウキはと言うと、ロングソファーで寝転がっていた。特に何かをするのではなく、ただ寝そべっている。
「暇だな」
「冬ですから」
答えになっていない答えをサラが答える。
「コウキさんも何かしないのですか?」
「俺~は、特にないかな。魔法使いだし」
「そ、そうですか」
アリシアは作業に戻る。コウキは天井の一点をジッと見つめているときだった。
何にもすることが見つからない。暇を持て余しすぎている。お~い、暇......
『じゃあ依頼を受ければいいじゃん』と言いたくなってしまうが、この季節。どこの国へ行っても大半の動物たちが冬眠するため依頼が討伐から採取へと依頼の数に変化が生じる。採取が多くなると当然多くのハンターが挙って依頼を受けるため、いざ同じ依頼を受けたとしてもすでにとられてない状況に陥る。コウキ達も3回採取のいらいを受け、実際に達成できたのは、今の所1つしか出来ていない状況である。
南に行けばここよりも断然暖かく、美味しい物や楽しい事だってたくさんある。その内行こうかな。
などと思っていた。するとアリシアは作業を終えたのかコウキのもとへと寄ると言った。
「あの、今日も暇でしたら中央の街に行きませんか?」
「街? いいけど。何しに行くの? 買い物?」
「はい。どちらかと言えば食事です。一昨日にギルドで他の女性ハンターさん達が話しているのを聞いて....ちょ、ちょうどいい機会なんで.....」
「それで自分も食べてみたいと。いいよ、行こうか。サラは?」
「問題ありません」
「そう。なら行くか」
数分後宿を出た。
やはり皆考えることは同じなのか街には同じハンターがうじゃうじゃいた。何故ハンターだと解るかと言うと単純に身なりである。とくに腰や背中に武器をぶら下げていれば一目瞭然である。
「――――で、アリシアが行きたい店ってどんなところ?」
「それが、お店の名前分からなくて」
「う、う~ん、それじゃあどんな料理かわかる?」
「えっと。チラッと聞いた程度何でけど、お米を卵で包んで周りに茶色いソースがかかった料理らしいんです。最近できたお店みたいで、結構人気みたいなんですよ」
それって、まさか、あの料理か。でもこの世界に来て6年とちょっと経つけどそんなもの見たことも聴いたこともない。俺、気になります!!
「コウキ様、何か知っていますか?」
「最近できた店、か。それなら多分ここじゃないな。もう少し行ったところに新しくできた商店街があるんだよ。そこにあるんじゃないか?」
「行ってみましょう!」
アリシアは声を上げる。
「じゃあ行くか」
3人は向かって行った。
20分後、目的の商店街に着いた。3人は驚いた。どこを見ても若者だらけで、皆服装が妙にシャレタ物を着ている。店自体も全体的に雰囲気が若者向けのを意識している。さっきまでいたところとは打って変わってある意味活気に満ちている。
「多分、ここで大丈夫の筈だ」
「はい。にしても、すごいですね。どこを見ても若者向けと言うか、いつもの行くところとは何か違いますね」
サラは言う。
横にいるアリシアは目を輝かせていた。そんなアリシアを見てコウキは思った、『やっぱりそういう年頃なんだな』と。アリシアは遊園地に連れてこられた子どもの様に胸を躍らせていた。
今まで世俗から隔離されて生きてきた彼女にとって華やかな所には、ある種の憧れと言うものがあった。彼女くらいの歳の子でもハンターは多くいるが、それでも年相応の楽しみと言うのが存在する。それはアリシアにとってカルチャーショックに近かった。
「話には聞いていたけど、ここまで違うと変に身構えちゃうな」
「はい。でも、いろんなお店がありますね!!」
「確かに、お前の言う通りだ。コウキ様、早いとこ探しましょう。時間帯によっては込む恐れが」
「そうだね。人気だったら一目でわかるから、多く人が居る店をメインに探そうか」
コウキ達は歩き始めた。
この新しくできた商店街はとにかく若さがにじみ出ていた。建物の外観も古く年季が入ったものはどこにもなく新しく立て直されて、店の商品も武器、野菜や肉と言ったお馴染みの生活商品を扱っているところはどこにもなかった。あるのは服、アクセサリー、小物雑貨などが多く取り扱っているのが何件も見える。
異世界とは言え、やはり時代と共に対象とする客層やニーズも変わって来ているのかもしれない。いつまでも剣や防具ばかりに気を取られているわけではないのか。
コウキはふとそんなことを思っていた。すると隣を歩くサラは指をさして言った。
「あれは違いますか?」
さす指の方を見るとそこには小さな飲食店があり、数人の人々が列を成していた。気になったコウキは最後尾に並ぶ一組のカップルに声をかけた。
「あの、コレは何の列ですか?」
「このお店の人気メニューを食べるために並んでいるんです。何でも最近入ってきた料理で、ご飯に卵を包んだ新しい料理らしいんです」
「へえ、そうですか。ありがとうございました」
コウキは2人の下へと戻って行った。
「サラ、でかした」
「ここがそうなんですね」
「うん。まだそんなに並んでいないから早いとこ並ぶか。やったなアリシア」
「あ、はい!」
3人は最後尾に並んだのであった。10分後、ようやくコウキ達の番が回ってきた。気付けばコウキ達の後ろには数十人もの人たちが並んでいた。
席に着いた3人は早速メニュー表を見た。するとそこにはコウキが良く知るメニューが多く書いてあった。
ハンバーグ、グラタン、フライドポテト、オムライス......明らかに転生前の料理の名前が並んであった。迎えの2人はもの珍しそうにメニューを眺めているが、コウキだけは驚愕の表情で見ていた。
これ、絶対何かある。なんでこの世界にこんな料理が存在するんだよ。ちょっと訊いてみるか。
コウキは店員を捕まえて訊いた。
「あの、この店の料理はどこから来たんですか? 余り聞きなれないものばかりで」
「はい。当店の料理は皆、サンクチュアリに在る支店から来たものです。」
「と言うことはこの店はチェーン店。と言うことですか?」
「はい。その通りです」
「ありがとうございました」
「ご注文がお決まり次第、お呼びください」
店員は他の客の方へと向かって行った。
やっぱりか。この料理をこの世界の人に伝えたのは全部、勇者のせいで間違いない。この世界を救って結婚してから、勇者は何でもかんでも手を付けてたからなぁ。初めは身分差の差別廃止運動から奴隷解放、政治も民主政治に切り替えと王家の一員として目覚ましい活動をしていたまでは良かったけど、石鹸事業に手を加えてからだな。方向転換したのは。まあおかげで一般でも石鹸を得ることができてコッチとしては嬉しい限りだが。今度は食文化にまで手を出しやがったか。さすがと言えばさすがだ。勇者のカリスマ性には毎回脱帽せざるを得ないよ。全く.......
「コウキ様? お決まりになられましたか?」
「あ、うん。俺はハンバーグにするよ。2人は?」
「私とアリシアはオムライスなるモノを」
「分かった。すいませーん!」
数十分後、料理が運ばれてきた。目の前には鉄板の上に乗った焼かれた肉の塊があった。コウキにとってハンバーグを口にするのは転生ぶりだ。見た目は確かにハンバーグだが、味はどうかわからない。きっとこの世界の人用に味を変えていると思った。
「いただきます」
「「いただきます!」」
口に入れた瞬間、あの感動が蘇った。肉を噛む感触、溢れ出す肉汁に広がるスパイス。それはまさにコウキの知っているハンバーグそのものだった。
「う、うめえ....」
こ、コイツはホンモンだ!! 完全に再現してやがる! なんだよこのソース、あの最強のデミグラスソースはねぁか。アイツどこでそんな知識を得たんだか.....
向かいの2人も同じく未知なる味に感動を覚えていた。2人が頼んだのはオムライスの周りをビーフシチューソースが囲んだ料理だった。こちらの料理は人気がるようで周りから同じ料理名を言う声が聞こえる。
オムライスの卵は半熟のトロトロ。中のご飯はバターで炒めており、キノコが具として使われている。周りのソースはワインを使われているのかほのかにアルコールの風味を感じるとともに一緒に煮込んだ肉汁が混ざっていることによりソースにいっそうコクと旨味を引き出している。
「美味しいです。コウキさん、この小さな粒はなんですか?」
「それは米といってこの辺ではあまり出回らないから知らないのも当然か。一部の地域では主食として食べられている穀物だよ。」
「そうなんですか。ワタシ初めて食べました。」
アリシアはスプーンのスピードを上げる。その光景をコウキはほほ笑みながら見つめる。するとアリシアは視線に気づいたのかスプーンを持つ手を止めた。その顔は少し赤くなっている。
「あ、あの、なんですか?」
「いや、良く食べるなぁ、って」
「そ、そんなことないですよ」
「恥ずかしがることないよ。アリシアはまだ10代だろ? いっぱい食べても問題ないけど、俺みたいに25にもなるとさすがに食い過ぎはまずいからね。といってもやっぱ飯はうまいからねぇ」
「そ、そうですか」
アリシアはチビチビと口に運んでいった。そのとき、横に座っているサラの手が動いていないことに気付いた。
「サラ、どうしたの?」
「.....あ、いえ。何でもありません。これ、美味しいですね」
サラは作り笑いで答えるが、コウキの目は心配そうに見つめてくる。
「大丈夫すよ」
コウキの心配をよそに再びオムライスを口に運んだのであった。
その後食べ終わったコウキとサラとアリシアの3人は店を出てゆったりと道中にある店を見て回った。
「せっかくだから何か買えば?」
「いえ。いいです。これがあるので」
アリシアは左右の髪留めのゴムに触れる。
「なんだよ。嬉しいこと行ってくれるじゃないか」
「えへへ」
2人で会話をしている中、後ろで1人サラは思いつめた表情を浮かべていた。
時間は経ち、夜空にはくっきりと月が見える。3人は既に寝る準備を終え、あとは寝るだけだった。
アリシアはベッドに入るなりすぐに寝息を立ててしまった。コウキは寝そべり、サラはランプの灯りを消した。部屋の中を唯一照らすのは月の光、それ以外は闇の中である。
「コウキ、様?」
「ん? な~に?」
「お休みの所すみません。ちょっといいですか?」
サラはベッドから降りるとコウキの寝るベッドまで移動する。
「いいよ。で、どうしたの?」
コウキは起き上がるとベッドに腰掛け、その横にサラも腰かける。
「その、実は折り入って相談が.......」
サラは今朝見た夢をコウキに話した。その時の状況、空気や匂い、人。全て事細かく話した。
「......俺が思うに、それは別に気に留めるほどの事じゃない思うけどな。」
「ですが、今まで見た夢で一番現実的で、まるで一度体験したかのような感じで.....」
「俺もたまにそう言う類の夢は見るよ。てか、それで変だったのか。心配性だなぁ」
コウキはサラの手を握る。するとサラは少し驚いた表情をしたが暗いためコウキにはその表情は分からない。
「夢は夢。それ以上でもそれ以下でもない。だから気にするな」
「コウキ様......」
「なんだよその声は。いつものキミらしくないぞ」
「は、はい」
握る手を強めた。すると、それに応えるかのようにサラもコウキの手を強く握り返した。
珍しくサラが少し弱気な回でした。




