二十話 嵐が過ぎ去り変わらぬ日常へ
「あ~疲れたあ~~~あ~~.......」
部屋に戻るなり早速ソファーにふんぞり返る。サラはコウキが脱ぎ捨てたマントを拾い、折りたたみながら迎えのソファーに座る。その横で連なるようにアリシアも座る。コウキはふんぞり返ったまま、意味も無く口をパクパクと金魚の様に動かしている。サラは特に気にしたような様子はないが、隣のアリシアは不思議そうに眺めている。
「そうだ~俺、ちょっとばかし仮眠取る。2人はどうする? 先に飯でも食う?」
「いえ、私は大丈夫です。アリシアはどうだ?」
「あ、はい。ワタシも大丈夫です」
「あらそう。ならお休み......」
コウキはそのまま寝てしまった。
思い返せばあの騒動が起こってからまだ数時間しか立っていなかった。街の中は相変わらず賑わっており、アールヘイムで起こったことなど無かったかのような錯覚に陥ってしまいそうになる。転移したコウキ達はまず先に向かったのは宿ではなくギルドのブランチであった。コウキは今回の依頼の報告とアリシアのハンター登録をしに向かったのだ。アリシアの方はサラに任せ、コウキは依頼の結果を確認をした。結果は期限切れで依頼は失敗に終わりもちろん報酬はゼロだった。
当然そのことは理解していたがいざ「失敗です」と言われるとさすがにショックである。アリシアの登録はサラが初めに教えたおかげですんなりと登録することができた。ちなみにアリシアの職業は『弓使い』である。
ギルドを出た3人は次の目的の場へと向かっていた。
「コウキ様、これからどちらへ?」
「時間あるから今のうちにキミの服と武器を買おうかと思ってね」
コウキはアリシアの方を見て言った。
今のアリシアの服装は先の戦いでボロボロになってしまった。また、左右に縛っている髪も今では右のゴムが切れてしまい片方だけが、結ばさっている状態である。
「そ、そんな、ワタシはこのままでも――――――」
「何言ってんだよ、そんな格好じゃかえっておかしいだろ」
「そうだぞ、お前はもう仲間だ。遠慮せずとも良い」
「は、はい。」
「あ、そういえばキミの名前教えてくれない? 俺サトウ・コウキね。呼び方は好きにしていいよ」
お互いまだきちんと自己紹介をしていなかったため改めて自己紹介することにした。
「我は、サラフォンティール・アンブラ・レインアントだ。コウキ様の従者をしている。我のことはサラと呼んで良い」
続けてサラも自己紹介した。
「....アリシア......アルバーニ、です」
少したどたどしくもアリシアは2人に自己紹介した。コウキは疲れ切った顔でニッコリと笑顔を見せる。サラの方は「そうか」と言って顔でアリシアを見る。そんな二人に挟まれ少しかしこまった表情で見返すアリシアであった。
すると目的の服屋に着いた。コウキ達は店内に入ると早速アリシアに服を選ばせた。
「さ、外用と中用、あと適当に気に入った物があればじゃんじゃん言って。あと、サラもなんかあれば言って」
「よろしいのですか?」
「ああ、キミにも迷惑をかけたしね。せめてものお詫びとしてだ。遠慮はいらない」
「ありがとうございます。早速選ばせていただきます」
「あの、ホントに良いんですか? お金とか.....」
アリシアは今にも謝りそうな表情でコウキに言った。コウキは「金は気にするな。」とだけ言って店内の品を物色し始めた。
数分後コウキは2人がどんな服を選んでいるか気になり見に行った。するとそこには2人中仲良く服を選んでいる姿があった。
お、早速仲良くしてるな。いや~よかったよかった。にしてもなんだかんだ言って女の子だよな~特にサラなんてあんなに服に対してこだわりなかったのに、今ではアリシアのために一緒になって.....
コウキは2人がどんな会話をしているのか気になり始め、少し遠くから聞き耳を立てることにした。
「――――だめだ、やはり移動の際に邪魔になる」
「そうでしょうか、ある程度長くても差し支えないと思いますが」
「分かってないな、そういうのはだな......」
だ、だよね。そんな『わっきゃうふふ』な女の子の会話なんてしてる筈ないよね。ホントにそういう会話をするのは一部の富裕層であって、俺達のような一般ピーポーは生活重視だもんな。身なりなんて気にする筈ないよね。なんだかな~.......
と、少しがっかりしたコウキであった。
しばらくすると、2人はそれぞれ手に服を持って来た。サラは手に一着だけを抱えている。アリシアは上下一式そろえたようで、両手いっぱいに抱え込んでいる。3人はカウンターに向かい、買い物を済ませた。
店を出てコウキ達は今度こそ宿に向かうことにした。サラとアリシアの武器や防具は明日買うことにした。移動中アリシアの挙動不審な様子にコウキは気付いた。
「大丈夫だって、誰も気にしてないよ」
アリシアの心を読み取ったかのような発言に少し驚いた表情をした。
「世の中には多くの種族や人が沢山いるからね。ちょっと見た目が珍しいからって誰も好奇な目で見たりなんかしないよ」
「そ、そうなのですか」
アリシアは少しホッとしたような、驚いたような顔で返事をした。どうやらアリシアは相当自分の容姿の事を気にしているようだった。今までアールヘイム内だったから何とかやってこれたが今はアールヘイム外の広い世界。不安に思うのも無理もない。
「コウキ様、着きました」
サラに言われてコウキは目の前に宿が迫っているのに気付いた。
1週間ぶりに帰ってきた、ゲイルとラン家族が営む宿に。
たった1週間しか離れていなかったのに妙に懐かしく感じた。しかし、そのあとコウキの本当の戦いが始まった。宿に入るなりランに1週間どこで何をしていたかの説明、もちろん適当な理由で。シズとリズには尋問まがいの事を受けた。その間、残された2人は遠くからその光景を複雑な表情で見ていた。
10分後コウキは戻ってきた。その顔は先ほどよりもゲッソリとしているようにも見える。すると部屋の鍵を見せてきた。
「コレ、鍵ね。ランさんが俺達のために部屋を取っておいてくれた」
「それはまた親切に......」
サラはカウンターにいるランに頭を下げた。つられてアリシアも頭を下げる。
3人は部屋へと向かった。
向かいでコウキが寝ているのをよそにサラとアリシアの2人は話をしていた。
「あの、さ、サラさん」
「なんだ?」
「迷惑でなければ教えて欲しいのですけれど。サラさんは―――――」
「魔人だぞ? それがどうした?」
サラは先読みしたように答えた。
その途端アリシアは瞳を大きくしながらサラを見る。どうやらサラの答えは当たっているようだった。アリシアが疑問に思うのも確かだ。サラから感じる魔力は何処か普通の人間と異なっているからだ。これでサラがあの見たことも無い鎧に身に着けていたのも合点が言った。昔本で読んだことと同じだった。魔人はどの種族にも類を見ない異質な魔力を持ち、戦う者は皆その身に固有の鎧を付けていると。サラに会うまでは著者の妄想か伝説とばかり思っていたが実際に会ってその本の内容が真実であると確信した。
「怖いか?」
「い、いえそんなことは.....」
直接被害を受けたわけではないが世間では魔人―――魔族は畏怖の存在であることは間違いない。それはアールヘイムでも同様である。しかしそうなると疑問が浮かんでくる、何故これまで世界を脅かしてきた魔界の住人である魔人が人間であるコウキと一緒にいるのかと。
「訊きたそうな目をしてるな。いいだろう。教えてやる」
サラは考えを読み取ったのか、コウキの出会いを話した。アリシアは興味津々に聞いた。
「――――――とまあ、こんな具合で今に至る」
話し終えたサラは一息ついた。アリシアは寝ているコウキをジッと見つめた。
「不思議な人ですね。殺そうとした相手を仲間にするなんて」
「だろうな。我も初めはそうだった。しかしな――――――」
その時、迎えで寝ているコウキの身体がむくりと起き上がった。
コウキはあくびをしながら身体を伸ばす。
「申し訳ございません。眠りを妨げてしまって」
「いや、いいんだ。俺、どんくらい寝てた?」
「30分ほどかと」
「あ~そうかい。んじゃ顔洗ってくるわ。そしたら飯でも食いに行くか」
「了解です」
「は、はい」
サラは言って、その後に次いでアリシアも言う。
「お待たせ。行くか」
数十秒ごコウキは戻ってきた。3人はコウキを先頭に食堂へと向かった。
食堂へと向かったがその日はまた異常なまでに込み合っていた。回転は速いのだが、3人分の席を確保することは難しかった。その光景をコウキは腕組みしながら見つめている。
どうしたもんか。早く飯を食いたい。1週間ぶりのまともな飯を早く。席開けろ、ハーリーアップ、ハーリーアップ!! あ、あぁ......
せっかく見つけたがすぐに埋まってしまった。そこでコウキは従業員の所へ向かった。少ししてコウキは2人を手招きした。
「どうしたのですか?」
「部屋に持ち込み良いって」
コウキは持ち込み可能か聞いたのだ。3人は夕食の乗ったお盆を持って部屋へと向かった。
「いやーやっぱり美味い。久しぶりに食うと格別だ!」
「ですね」
コウキとサラは順調に食事を口に保混できるがアリシアの手は止まったままである。
「どうした、口に合わなかった?」
「いえ、そんなことは......誰かと食事って、久しぶりだったので......」
数年ぶりにテーブルを囲んでの食事はアリシアにとって感慨深いものだった。その瞳は何処か寂しく、懐かしむ色をしていた。
「何をそんなにしんみりしている。せっかくの食事がまずくなる」
「そうだぞ、食事は楽しく。な」
コウキはほほ笑みかけた。
食事を終えた3人は部屋でくつろいでいた。時間的にもそろそろ入浴時、コウキは2人に先に入るようすすめ、1人ソファーで考え事をしていた。内容はもちろんアールヘイムで戦った例の魔物についてである。
今回の魔物、あれはいったいなんだったんだ。動機、目的の不明確さ、外部からの魔力摂取に即時再生と急成長。何もかもが今まで相手をしてきたモノとは一線を画している。大体何故あの魔物はあそこまでエルフ達を襲う必要があったのだろうか。計画性は感じられなかった。だとすると娯楽? そんなことは無いか。今までの経験からして該当するタイプの魔物は思い至らない.....最期にアイツ、笑ってやがった。
考えれば考えるほど思考が働かなくなった。コウキは一度眼鏡を外し、目頭を指で摘まむ。考えていてもしょうがないことは解っている。しかし、戦いが終わってから気になって気になってどうしようもなかった。
すると2人が風呂から上がってきた。コウキはそのまま入れ替わる様に脱衣所へと向かった。
風呂から上がり、特に何もすることなく就寝することにした。しかし、現在の部屋にあるベッドは2つしかなく、コウキはソファーで寝ると提案したが案の定サラに止められ、コウキはベッドに、サラとアリシアは2人で寝ることになった。
「そんじゃあ、お休み」
「お休みなさいませ」
「おやすみなさい」
ようやく3人は就寝した。さすがのサラも疲れていたようで、灯りを消した途端にすぅすぅ寝息を立ててしまった。
時間は夜中の12時過ぎ、月明かりがともす部屋の中、何やら蠢く影があった。その影は窓際にまで向かうと一息つき、夜空を眺める。
「眠れないのかい?」
突然声が聞こえ、振り向くとそこにはコウキの姿があった。
月が雲に隠れ、再び顔を出したとき、その正体は露わになった。
「はい、なんだか眠れなくて.....」
アリシアは月を背にコウキに言う。
「俺も。隣、いい?」
「あ、はい。どうぞ」
コウキはアリシアの隣にまで来ると夜空に移る月を眺める。アリシアも再び夜空を見上げる。数秒間の静寂の後、コウキは語りかける。
「不安かい?」
「.....はい。こんなこと、今まで考えたことの無いの...それに...ワタシ、本当に一緒にいて良かったのかなって」
僅かな沈黙を経て答える。
「良かったもなにも、俺には責任がある。それに、あそこにキミを置いたままにしていたら、きっと本当に殺されていたかもしれない。」
「.....いいんです。ワタシ、汚れたハーフなんですから。もともと存在しても、していなくても変わらないんです。いるだけで周りに迷惑かけるだけです。だから、こ、コウキ、さん。無理せず、いつでも、捨てていいんですよ」
アリシアはコウキの方を向き自身の思いを訴える。コウキも向き、互いに正面が向き合ったとき、コウキは思わず息を呑んだ。
月光に照らされた彼女の銀色の髪は、絹糸のように繊細で、肌は白く、触れてしまえば崩れ落ちてしまいそうなくらい美麗で、潤ませたエメラルドの瞳は新緑の様に爽やかで、聡明な色をしている。それはまるでおとぎ話に出くる妖精を彷彿とさせる。
「綺麗だよ、キミは......」
真っ直ぐ彼女の方を見る。アリシアは頬を赤く染め俯いてしまった。
「そんな、心にも無いこと.....」
「嘘じゃない。君は汚れてなんかいない。ハーフだろうが関係ない。キミはキミだ。そう自分を卑下するようなことはやめな。それにね」
コウキはグッとアリシアの前近づくと言った。
「君が生まれて来たのにはきっと意味がある。キミの母親だってキミを生むとき何の意味も無く生んだはずがない。何かしらの意味があって今こうして生きてるんだ。だから自分の存在を否定するようなことはしないでくれ」
きっと今のアリシアにはコウキの言葉が詭弁としかとらえられていないかもしてない。しかし、それでもコウキは言う。少しでも自分と言う存在を肯定的にとらえてほしい。そういう思いがあるから。
「じゃ、じゃあワタシもお願いがあります。コウキさんも自分を責めないでください。あれはコウキさんが原因では、ありませ...きっと....」
いやおや、こっちも言われちゃったな。確かに、アリシアの言う通り俺は自分の事を責めすぎていたな。その辺はお互い様って感じだな。
「だといいね。ところでさ、恨んでいないのかい、俺を、俺達を」
「はい、祖母の教えです。恨みからは何も生まれません。恨みは恨みです」
「.....そっか。キミは強いんだね」
ヒトを恨まず生きて行く。一見簡単そうに見えて実はそう簡単にできるわけがない。
コウキはアリシアの心の強さを感じた。
「でだ、そろそろこっちへ来たらどうかな、サラ?」
「え、え、なんですか?」
アリシアはおどおどし始めた。するとベッドからサラが起き上がりこちらへと向かってきた。暗くて良く見えないが恐らく、申し訳なさそうな表情をしているに違いない。
「も、申し訳ございません。盗み聞きするつもりは全く.....」
「分かってる。起こして悪かったね」
「い。いえ」
サラはバツが悪そうな顔で答えた。
アリシアは顔を真っ赤にしたままあたふたした様子でいた。
その後、コウキはサラを引き寄せ3人で夜空を眺めた。
「街に買い物に行こうか、武器屋でいろいろ揃えてさ。その後は、美味いもんでも食べるか」
「はい。コウキ様」
「た、楽しみです」
夜空を眺めながらそんな会話をした。
無垢な月の光は3人を包み込むように照らしているのだった。




