十八話 決意と代償 甲
それは今からちょうど1時間と15分前に遡る。それは突然の出来事だった。アールヘイムの森から1人の自衛団の男がよたよたと歩いてきた。
衣服は汚れ、切れ、所々穴が開いている。しかし、それよりも一際驚いたのは男の片腕が無くなっていたのである。男は失って血がしたたり落ちる左腕の傷口を押さえながら1歩1歩歩んでいた。
それを見たエルフ達はたちまち騒ぎ立てた。何人かのエルフが男の元に向かい介抱した。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。それより、早く、皆に伝えなきゃ.......」
男は支えられながらも強引に前に進もうとしている。しかし、数人に取り押さえられているため進むことはできないが、それでも強引に進もうとするには何か重大な事が起こったことは男の状態からも見受けられる。
「わ、分かった、分かったから大人しくして!!」
「誰か、他の団員を!!」
「任せて!!」
1人の女性が他の団員を呼びに向かった。
数分後数人の自衛団員が来た。止血している左腕を中心に〈妖精の吐息〉をかけ怪我をある程度直した。
「何があった?!」
「ぜ、全滅した。皆......食われ、た」
「どういうことだ。詳しく説明してくれ」
「わ、分かった........ついさっきの事なんだが―――――」
襲われる少し前、彼らは森の中を散策していた。理由はもちろん現在アールヘイム内を震撼させている無差別殺人事件の真相の解明のためだ。彼ら自衛団は複数の部隊に分かれ各々が特定のポイントで捜索していた。その時、1人がおかしなものを発見した。
原生生物の死骸がいくつも横たわっていた。ある死骸は首が無く、またある死骸は胴体を食いちぎられていたりと死骸の損傷個所は不規則な物だった。1人が一体の死骸に近づきその傷口を確認しようとした瞬間、草むらから一匹の黒い狼のような獣が出てきた。警戒態勢に入った瞬間、黒い獣は死骸の傍にいたエルフ目がけて飛びついた。あまりの速さに一同後れを取ってしまった。襲われたエルフは押し倒されながらも何とか払いのけようとするが獣は動じることなく喉元に牙を突き立てた。獣は喉を食いちぎり血が滴る口が歪な弧を描く。
その後はまさに地獄絵図だった。たかが一匹の獣に対し10人弱いたエルフの部隊は一人を除いて全員殺された。仲間の救援を求める隙を与えることなく。
男は何とか隙をついてここまで戻ってきた。
「―――――は、早く、逃げろ。でないと次は........」
男はぐったりと項垂れてしまった。
「おい、おい! しっかりしろ!!」
揺さぶるが全く反応が無い。
「大丈夫です。気を失っているだけです。疲労と貧血のせいでしょう」
仲間の一人が言った。
「.......彼を早く本部へ。報告も忘れるな。お前は別部隊への連絡だ」
「「はっ!!」」
指示を終えた。その刹那、背後の建物が崩れる音と共に女の断末魔が聞こえた。
後ろを振り向いた時、その場にいた一同驚愕した。
破壊された建物上に一体の黒い獣がいた。その足元には女性が下敷きになっている。黒い獣は、その赫い眼を細めながらエルフ達を見つめている。また、話と違いその獣は狼以上の体格の持ち主であった。熊と同等の巨体から想像もできないほどの速さで襲い掛かってきた。当然エルフ達は対応するために魔法を展開した筈なのだがそれよりも早く黒い獣は牙を剥き出し、1人の団員の上半身を食いちぎった。また風圧によりその場にいた全員を吹き飛ばした。
獣はその勢いを衰えることなく家屋を蹴り方向を転換し再び襲い掛かる。逃げる間もなく自衛団を含む全員が瞬く間にその餌食となった。
人々(エルフたち)が脱げ出す中、よううやく別の自衛団員たちが騒ぎを聞きつけて現場に到着した。しかし、時すでに遅く、辺りは倒壊した建物と無残に散らばる死体があり、その中には黒い獣の姿もある。
自衛団たちは笛で更に増援を呼んだ。その間にエルフ達は武器と魔法を展開した。瞬時にオート魔法〈妖精の衣〉を発動して黒い獣に挑んだ。黒い獣は口元を歪めながらエルフ達を見つめる。口から血と唾液を垂らしている姿は、楽しんでいるようにも見える。
エルフ達は攻撃をしかけた。無数の矢が、魔法が獣目がけて放たれる。しかし黒い獣は避けることなく全ての攻撃を受けた。かのように見えた。攻撃はは獣の〝甲殻〟により防がれた。黒い獣はその形態を変化させながらエルフ達に突っ込んで行った。1人に狙いを定め一気に襲い掛かった。
「馬鹿め!! 〈妖精の衣〉を嘗めるな!!」
発動する2メートルまで差し掛かった時だった。
「なに!?!?!?!?」
獣は消滅することなく〈妖精の衣〉ごと男に噛り付いた。男は血肉を撒き散らしながら口の中へと消えて行った。
その場にいた全員目を疑った。エルフ魔法でも最大の防御力を誇る〈妖精の衣〉がいとも簡単に破られた。今の攻撃には魔力は一切感じられなかった。〈妖精の衣〉が破られるのはより強力な魔法またはそこから作られた物だけである。
黒い獣は狼狽えるエルフ達を無視しそのまま真っ直ぐ走って行った。その先には自衛団の本部がある。エルフ達は絶望に近い恐怖心の中その後を追った。
「なんか外が騒がしいな」
牢屋で寝てたコウキが異変に気付く。
「ですね。何かあったのでしょうか?」
突然遠くから聞こえてくる爆音や悲鳴、建物が崩れる音が牢屋の中にまで響き渡る。寝ていた身体を起こし、サラに向き合う。
「とんでもないことが起こっていることは間違いない」
急にコウキの顔が険しくなる。
「.....ですね」
その時、何かが迫りくる音が聞こえてきた。直接正体を確認することはできない。しかしその脅威的な存在感だけは取ることはできる。牢屋の手前まで来たとき、音はすぐに止んだ。刹那、本部の建物から爆音にも近い音がした。≪ドガンドガン≫と建物を破壊しながら何かが移動しているのが解る。
「な、なんだ?!」
コウキは思わず立ち上がり檻の傍まで寄った。檻の外では多くのエルフが武器を構えている姿が確認できる。この時コウキはエルフ達が何を相手にしているかしかしできた。サラにそのことを伝えようと振り返った瞬間、建物から爆音が響くとともに2人を遮るように突然天井が崩落した。
「うわぁあああああああ!!!!」
「な、なんだと!?」
声を上げたまま2人は倒壊した牢屋の下敷きとなってしまった。
「え?」
全ての動きがスローモーションに見える。音も感覚も…..すべての感覚が鈍く重く感じる。目の前の牙が生えそろった大きな口をアリシアの瞳はしっかりと捕えている。このままでは死ぬ。頭では理解している。しかし、身体がそれに反応しない。意志と身体が噛みあわず、立ちつくしたままでいた。
何で、何時の間に? あ、ダメだ、間に合わない......私、死ぬんだ。でも、これでおばあちゃんに会える。待っててすぐ、ソッチに逝くから。
アリシアは全てを諦めた表情で迫りくる死を迎える。しかし、その瞬間―――――
「斬!!!」
≪ガギンッ!!≫と音を立て、獣はアリシアの前から消えた。その代り目の前に現れたのは鬼の形相で巨大な剣を持ったヒトの姿だった。
「大丈夫か!」
黒い髪をなびかせ、肩に大剣を掛けている。しかしアリシアは突然のことで混乱しているのか、口をパクパクとしか動かしていないため、言葉を発することができない。
な、なにが、起きた?! 今、バケモノが、え? どういうこと??
アリシアは今自分の目の前で起こった出来事を理解する程の余裕はなかった。不意に全身の力が抜け、地面にへたり込む。エメラルド色の瞳からは今まで少量だった筈の涙が滂沱の涙へと変わる。アリシアの元へと歩み寄ると眼の前まで来るとしゃがみ、頭を撫でる。
「怪我が無くてよかった」
ニッコリと笑みをつくるが、アリシアは目を見開いたままそのヒトを見つめているだけ。
するとそのヒトは立ち上がり、アリシアに背を向けるとゆっくりと歩み出した。視線の先には今にも立ち上がろうとしている黒い獣の姿があった。甲殻が剥がれ落ち、斬られた胴体の傷口からは滝の様に鮮血が流れ落ちる。
「「やっと会えたな魔物。見ない間に随分変わった身なりになったな。何の目的で襲っているかは知らんが、これ以上好きにさせるわけにはいかん」
再び大剣を構える。その姿をアリシアは見つめている。
どうして、ここに居るの? 牢屋にいた筈なのに......なぜ、助けてくれたの.....?
疑問にさいなまれながらアリシアは人間の姿を見つめているのであった。
「.......アイタタタ......」
瓦礫を押しのけ、中からコウキが出てきた。檻のすぐそばにいたため直接瓦礫の下敷きになることは無かった。つくづく自分は悪運の強いと思うコウキであった。
辺りを見るがサラの姿が無い。
「サラ!! 大丈夫か!!」
同じく瓦礫に埋もれてしまったであろうサラを呼んだ。すると瓦礫が≪ガタガタ≫と振れ動き中からサラが飛び出してきた。
「お呼びでしょうか!」
「よかたぁ。怪我ないか?」
コウキは駆け寄り、サラの顔に手を伸ばし傷が無いか確認する。顔中≪ペタペタ≫と触られているサラの瞳は大きく見開かれ、頬は赤く染まる。顔に擦り傷があるもののほぼ無傷のままでいた。
「こ、コウキ様の方こそご無事で?」
「うん、平気平気。でも、ソッチはそうでもないけど......」
コウキの視線の先気に半壊した自衛団本部の姿があった。半壊した建物の中から多くの死体や怪我を負った者の姿が見える。
何が起こったんだ。このアールヘイムで、一体.....何か起こってるんだ?
実はあの時、獣はコウキ達がいる牢屋の手前で跳躍し自衛団の本部を襲撃した。獣は建物内のエルフ達を殺しながら暴れ、再び外に飛び出してきた際に、瓦礫まで一緒に飛び出され、コウキ達のいる牢屋に瓦礫が落下してしまったのだ。皮肉にも獣のおかげで牢屋から出ることができたのだ。
コウキは久々に外に出たが、余韻に浸ることなく現状の理解に追われていた。するとサラが口を開いた。
「コウキ様、絶好の機会です。早く取り返しましょう」
サラは没収されたままのマントと武器の事を言っていた。
「確かマントと杖、ハルバートだな」
サラは頷くと、早速半壊した建物の中に入って行った。
中は外観からも想像がつくように悲惨なものだった。あちこちに崩れ落ちた壁や備品、血や肉片が転がっている。それ以前に2人はこの中の構図を知らないためどこに行けば目的の物があるのか分からなかった。そこでコウキはすぐそこで弱って座り込んでいるエルフを見つけ訊いてみることにした。
「ちょっとすまないが俺達の私物が何処にあるかわかる?」
コウキはしゃがんで訊ねた。その瞬間エルフの顔が強張った。
「な、お前らなぜ!」
「そんなのいいから早く教えてほしいんだけど」
「だ、黙れ。今すぐ.....」
エルフは懐に手を忍ばせ例の小さな笛を取り出した瞬間。その身体は浮き上がった。
「いいから早く教えろ」
なんとサラはエルフの胸ぐらを掴みそのまま片手で持ち上げた。その際手から笛が落ちる。
「う、ぐっ! く、くる、しい......」
力なくエルフは抵抗するが効果が無かった。
「ちょ、おい止めろ」
コウキはサラの手から強引に引きはがした。そのせいでエルフは尻から落ちた。
「すみません、あまりにもグズグズしているのでつい」
「全く、乱暴はやめてくれよ。」
呆れたようにコウキはサラに言うが内心........
なんて力だ。俺と大して変わらないくらいの男をたった腕一本で...
改めてサラの恐ろしさを痛感したコウキであったが気を取り直して再び訊いた。
「で、教えてもらおうか。保管庫かなにかある筈だが」
「..右の一番奥......」
方向を指し不貞腐れたように言った。
「そうかい、それはどうも」
立ち上がりコウキとサラは教えられたとおりにそこへ向かった。運よく他のエルフ達に遭遇することなく目的の部屋に着くことができた。扉があり中に入った。すると中には数多くの武器や置物などが飾ってあった。雰囲気から、どうやらここは保管庫ではなく、コレクションルームか何かであることは間違いなかった。
「取った物をコレクションするなんて、やることが悪党じみてる」
コウキは複雑な表情でその光景を目の当たりにした。
「なんて悪趣味な」
それぞれ思いを吐露した後、目的物を探した。
コウキ達は物色し始めたが結局見つかったのはコウキのマントだけで、肝心のロッドとハルバートを見つけることは出来なかった。
「クソッ見つかんねえ。アイツらどこに隠しやがった!!」
コウキは吐き捨てた。
「どうなさいます? このままでは.....」
「何にもできない」
言葉を繋げた。
「あの、コウキ様は魔法使いなのですから杖などなくてもある程度魔法はお使いになられますよね?」
「...いや、それが~その、俺、あのロッドなしじゃ使えないんだよ」
「ええ!? そうなのですか?!」
思わぬ返答にサラは驚きを隠せないでいた。
「.....うん。だから今の俺はただの、人です」
コウキはバツが悪そうな表情で言った。
「ではどうなさるおつもりで?」
少し考えるそぶりをした後、コウキは何かを思い出したかの様な表情を浮かべた。
「呼べるんだった」
「呼ぶ? 何かの魔法ですか? 魔法は使えないのでは?」
「まあ見てなって」
するとコウキは右手を前にかざした。
「来い、サイコ・ロッド........」
するとコウキがかざした手の前の空間が歪み中からあの鉤型の禍々しい形をしたロッドが出てきた。
「ったく、最初からこうすればよかった。やっぱ普段から使ってないと忘れるな」
自嘲気味に言う。
「す、すごいですね!」
「まあね。コレ限定だけど」
コウキは言葉を繋げる。
「さて、サラの武器だけど、正直このまま探しても時間の無駄だ。それにこの状況を考えると間違えなくあの魔物の仕業で間違いない」
「どうして分かるのです?」
「だって考えてもみなよ。こんな事できるのって魔物以外考えられないよ。ってことでサラには悪いが武器は諦めてもらうから。その代わり例の武装で戦うことを許可する」
はっきり言って確かな根拠はない。でも、こんなことができるのは魔物以外に考えられない。原生生物なら群れで行動するに決まってる。
「ええ?! 良いのですか!!」
「今回は特例だ。本気で掛からないと多分、死ぬ」
真剣なコウキの表所に応えるかのようにサラの目も本気になる。
「......解りました」
2人は建物から出た。
外に出ると、早速サラの周りに黒い霧のようなものが立ち込めた、と思うとすぐに晴れた。サラは初めて会った頃の姿に戻った。相変わらず露出度の高い格好であるが今はそんなことはどうでもいい。とにかく今起きている事態の真相と解決が優先である。
「サラは上空から。俺は地上から。何かあれば呼んでくれ」
「御意」
こうしてサラは羽を広げて大空へと飛翔した。コウキは≪風の絨毯≫で移動した。
少しして、コウキはあるモノを見つけた。それは血痕である。血痕は真っ直ぐ中央へ向かっている。それ以外にも矢や魔法で攻撃した痕が残っていた。
これは何かあるぞ。
スピードを上げた。すると遠くの方で何かが見えた。次第にその正体がはっきりとしてくる。黒くて大きな獣が見えた。またその視線の先には少女らしき姿も見える。
やっぱり魔物か。でもそれにしてはデカくないか? 見た目もなんかゴツイし。あ、マズイ!! 逃げろ!!! クソッ間に合わねぇ、こうなったら!!
獣は少女の方へ飛び掛かったのだ。このままでは間に合わないと判断したコウキは首元のチョーカーに触れる。
「......第一魔力制限解除.....」
刹那、コウキの姿は消えた。
ロッドを握る手に力が入る。
コウキは再び剣を構えるが、具体的には剣ではない。これはロッドの先から出した魔法陣の中から作り出した鋼の剣。その名は〈山斬剣〉と言う土属性の魔法である。この巨大な剣は本来、眷属魔法の一種で自身の持つ武器に付加する装備魔法である。しかしコウキはそれを魔法陣で形成しロッドを柄の代わりにして扱っている。
「次で仕留める」
レンズの奥の瞳を細め、再び切り掛かろうとした時、魔物の身体に異変が起こった。≪ビキビキ≫と得体のしれない音と共に身体が肥大化し、傷が瞬時に治ってく。魔物は4、5メートル程あろうかと言うくらいにまで変化した。
「なんだ、あれは?!」
コウキは目の前に起こった不可思議な現象に驚嘆の声を発した。
某革命するロボットアニメでまさかのジェノサイドとは、さすが予想の斜め行く作品。




