十五話 私は、私
コウキとサラが拘束され、すでに十時間が過ぎようとしていた。牢屋の中で朝を迎えた2人はただじっと時間が経つのを待っている。拘束されたままコウキは壁にもたれ頭を垂れている。
何故あの時逃げなかったんだろ。俺はいつもそうだ。ただ目の前の事だけを見て後先の事考えず.....腹立つ.........
空腹のためか、自身の性格に苛立ちさえ覚えていた。異変に気付いたのか心配そうにサラがコウキの顔を下から覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ごめん、ちょっとイラついてた」
コウキは頭を上げサラを見る。
「私もです。牢屋から出たアカツキには一矢報いましょう!」
サラは興奮気味に言う。
「いや、そっちじゃなくて」
コウキの発言に一瞬サラは『?』の表情をした。どうやら意味を履き違えているようだった。
「まあいいや。それよりも腹減った」
「そうですね。昨日から何も食べてないですし」
「せめて、パン一枚でもくれればな.....ってこの状態じゃあ無理か」
「......ですね」
拘束されてから一切何も食事は与えられていない。エルフ達は事の事情の説明を最後に一切この牢屋に来ることはなかった。夜になっても毛布一枚すら与えられないまま朝を迎えていた。寒さと空腹そして、拘束下に置かれている状況によるストレスがコウキを襲う。
一方サラの方は平気な様子である。
「コウキ様」
再びサラが口を開いた。
「なに?」
目線だけさらに向けた。
「何時になれば解放されるのですか?」
「さぁな」
コウキは適当な返事で話を打ち切る。
「そうですか........」
再び沈黙の時が訪れた。するとサラは何かひらめいた表情を浮かべ、後ろで縛られている手を強引に捻り始めた。その光景をコウキは不思議そうに見つめる。
「こんな縄、すぐにでも――――」
「やめな。余計に立場が苦しくなる。」
コウキは諭し、サラは動きを止め大人しくなった。
「ハァ.......」
途方もないため息で壁の穴から空を眺める。外からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
風が吹き、室内を冷たい風が吹き抜ける。思わず身震いする。午前中とは言えこの時期の気温は夏に比べて非常に寒い。身体を縮込ませた時、サラが身体を寄せてきた。寒さを凌ぐことはできないが少しだけ身体が暖かくなるのを感じた。
「ありがと...」
「い、いえ.......」
少し俯きながら彼女は返事をする。
2人で寄り添うように温めあっていると檻の外から気配を感じた。そこには一人のエルフの少女が立っていた。手にはお盆を持っている。
「なにか?」
コウキは声をかけた。
「............食事を持ってきた」
数秒の沈黙のあと少女はそう言った。檻の前まで来ると一度お盆を床に置いた。少女は腰からナイフを取り出す。
「来い」
突然のことで戸惑ったが素直に従うコウキであった。
檻の前に近づくと少女は「後ろを向け」と言ったのでコウキは少女に背を向けた。すると手から違和感が消えた。
「え?」
思わず声が出る。
「上からの命令だ。ひとまず拘束を解くことを許された」
「そうなんだ.....サラもおいで」
コウキがサラを呼び、サラも縄から解放された。
どういう風の吹き回しか解らないが、これで多少は自由になった。
「ありがとう。てっきり拷問されるかと思ったよ」
コウキは礼を言った。
「礼を言われる筋合いは無い。それにそんな野蛮な手口は使わない」
抑揚のない声で、蔑む様な目でコウキを見据える。
「貴様、コウキ様に何を!」
サラが詰め寄ろうとするがコウキに止められる。サラはコウキの後ろで少女を睨むがエルフの少女は一瞥して言った。
「言っておくが、この檻の中では魔法は使えないようになっているから逃げようとしても無駄だ」
その言葉を聞いてコウキはここでようやく昨日から感じる違和感の正体を理解した。この檻に入ってからサラや自身から漏れ出る魔力を感じることはなかった。
通りで昨日から魔力が感じられない訳だ。しかし厄介な檻だ。さすがに規格外の俺でもこういう防衛魔法は効くようだな。
コウキは首のチョーカーを撫でる。
「大丈夫、逃げたりなんてしないよ」
「ふん、どうだか。」
少女はナイフをしまい床に置いてあるお盆の上からパン2切れとミルクの入った小さな木のコップを柵の間から手渡してきた。コウキはそれを受け取るとサラの分を渡した。
「また後で来る。コップはその上に置いておけ」
少女はそれだけ言って檻に背を向けて出口へと向かった。コウキとサラは無言でその後ろを見つめる。
「やっと朝――――昼食を食べれるね」
コウキの横でサラは腑に落ちない表情を浮かべている。
「どうした?」
「気に食わないです。あの態度....」
サラはまだあのエルフの少女の事を根に持っていた。
「しょうがないよ。俺が悪いんだから。」
そう言ってコウキは腰を下ろしパンに噛り付く。
「......堅くて、変な味.....」
それは黒くパサパサしたパンであった。噛んでもパン本来の味がせず炭の様な味が口の中に広がる。
「全く、ひどい扱いです!」
サラはヤッケになってパンを齧る。あまりの不味さに顔をしかめる。横でコウキは口直しにミルクの入ったコップに口を付けた瞬間....
「ゲホッ、ゲホッ....うわっ、マズ...うぇえ......」
コウキは咳き込み顔を歪めて舌を出す。
これ本当にミルクか?! 何かに似てると思ったけどこれ脱脂粉乳みたいな不味さだ。ニオイも変だし、絶対に何日か置いた物だろ。
「大丈夫ですか?!」
コウキの背中をさする。
「何とかね。サラも嫌だったら無理せず残しな。飲めたもんじゃない。」
「大丈夫です。この程度屁でもありません」
サラは一気にコップの中のミルクを飲み干した。その一瞬目をカッと目を見開いたかと思えばマブタを萎ませ瞳には涙を浮かべる。
「ゴ、ゴランノトオリデス」
身体と声を震わせている。
サラ、声が変だよ。
「無理しなくていい」
今度はコウキがサラの背中をさする。
「あ、ありがとうございます」
サラは瞳の溜まった涙を拭き取りパンを口にする。コウキも再び食べ始める。
ひとまず空腹を満たした2人は壁ももたれ掛って休んでいた。
「しっかし、どうしよっか」
「何がですか?」
「これからしばらくここで過ごすじゃん? そうなると宿のランさんたちに心配かけることになる。初めから数日空けるとか言っていれば迷惑かけることはないんだけど....」
「確かに、いきなり帰ってこないとなると不思議に思いますね」
「あ~あ、もし帰ったらなんて言い訳すればいいんだろ~ふぁあああん...」
そう言ってコウキは首を左右に捻り、あくびをした。
急になんだか眠くなってきた......
コウキが床に寝そべろうとした時だった。
「あの....」
「ん?」
「床ですと、寝心地がわるいので、どうぞお使いください」
サラは腿に手を置き言った。
「え、いや、悪いよ。サラもつかれているだろ?」
「私は大丈夫です。心配ございません」
サラはコウキの手を取り半ば強引に引き寄せた。
「わ、分かったよ。しょ、しょうがないなあ」
と言いつつもニヤケ顔の満更でもない様子のコウキであった。
コウキは状態を下ろし、サラの膝の上に頭を乗せる。
せっかくのサラの気遣いだ、大いに受けよう....うはあ、やっぱりサラの膝枕は最高だぜ。といっても今回で2度目だけどね。
程よく引き締まった張りのある太ももの感覚が後頭部全体に広がる。コウキはサラに悟られないようにポーカーフェイスを装っている。その時サラがコウキの顔に手を伸ばした。
「眼鏡を.....」
「ああ、すまん」
眼鏡をサラに取ってもらった。眼鏡がなくなったおかげで、幾分楽になった。
「んじゃ、少し寝るわ...」
コウキは仰向けの姿勢で瞳を閉じた。
「お休みなさいませ」
サラは膝の上にいるコウキに向けてほほ笑む。
しばらくすると、コウキの瞼が開いた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、あのさ。あまりジロジロと見つめられるとコッチとしてはだな...」
「も、申し訳ございません」
サラは頬を赤く染め顔を上げた。
「解ってくれたならいんだ。お休み」
「はい」
再びコウキは眠りに着いた。
コウキが眠りに着いて15分程経った頃、サラもウトウトし始めていた。頭を上げては下げ上げては下げを繰り返していた。完全に眠りに着く瞬間、檻の外から気配がし向くとそこには銀髪の少女が入ってきた。
サラは少女を見つめる。少女は無視してお盆が置いてある檻の傍まで向かってくる。少女がお盆を手に取り、今まで無視してきたサラの方を見て言った。
「上からの命でお前たちの世話係をすることになった」
「......そうか。」
「それだけだ。何か言わなくていいのか?」
「別に」
それだけ言葉を交わしたあと、少女は牢屋から出て行った。
サラは自身の膝の上で寝息を立てているコウキの顔を見つめる。
「...どんな状況も、一緒です」
コウキの頬をそっと撫でた。
コウキ達が捕えられている牢屋から出た少女は隣の自衛団本部へと向かった。
中へ入り食堂へと向かう。食堂に近づいたとき後ろから声を掛けられた。
「おい、お前。そこで何してる」
振り返るとエルフの男がいた。
「食器を片づけに来ました。」
「....分かった。だがこれは俺が持っていく。お前はさっさと出てけ」
男はお盆を奪い取る様に取り、少女を押しのけ食堂へと入って行った。
「......はい」
出口へと向かった。
自衛団本部を出た後、集落中心地を抜けある場所へと着いた。そこには一面に非穂がる畑があった。ここはアールヘイムの畑である。彼らはここで自給自足生活を行っているため、この畑以外にもあと数か所に同じ畑が存在する。
少女は近くにあるこの畑を管理している家に向かった。
「すみませーん」
数秒後家から女性が出てきた。
「なに?」
「あの、お野菜を分けて欲しいのですが」
「野菜? ちょっと待ってな」
女性は家の中へと戻っていた。しばらくすると女性の手には、萎れて弱々しく育った何種類かの野菜がザルの上に乗っかっていた。女性はザルを無造作に手渡すと早々に戸を閉めた。お礼を言うつもりでいたがそれさえも受け付けない様子だった。
少女はザルを両手で持ち帰路に着いた。彼女の家は集落から離れた比較的森に近い場所に住んでいる。そのため今いる所から自宅までは少々時間が掛かる。
再び中心地に入った。すると入るな否や辺りからヒソヒソ話が目立ち始めた。「アイツが世話役らしいよ」「同族どうし仲良くやれていいじゃん」「気持ち悪い」..........
行きと同様、確実に自分に向けられていることは十分理解している。しかし少女はそれらを無視し家へと向かう。途中子どもにからかわれたりもしたが全て無視を貫いた。
それは家と呼ぶにはいささか困難を強いられる。壁はヒビが入りボロボロ、窓も一部が割れたまま。屋根には穴が開き周りにはゴミが散乱している。一言で言えば廃墟と化した小屋だ。少女は小屋のドアを開け入って行った。
外見同様中もめちゃくちゃに荒れている。少女は気にもせずさも当たり前の様に片づけを始める。片づけている最中に1枚の紙を見つけた。そこには『汚れた者め』とだけ書かれていた。少女は紙を≪クシャクシャ≫に丸めて外に捨てた。
一通り片づけが終わった頃にはすでに空は茜色に染まっていた。もらった野菜をテーブルに置き、着替えるために自室へと向かって行った。しかし少女はすぐに着替えることなく古く軋んだベッドの上でうつ伏せに寝た。
好きで世話なんてしてるわけない。仲良くなんてする気もない。
先ほど耳にした言葉に対し、心の中で反論する。
仰向けになり枕元に置いてある手鏡を手に取る。古いため鏡自体には既に傷や汚れが目立つ。少女にとっては唯一の思い出の物。
鏡の中には、銀髪で、髪を左右に縛った髪型で、変に短く斜め上に尖った耳。色白でエメラルド色の瞳を持つ少女の姿が映し出されている。
.......私は、私。〝汚れた者〟なんかじゃない。私は、エルフ.....私は......
「......私はアリシア・アルバーニ........」
実写のアメコミ映画の面白さは異常




