第八話 『主人公が初めて戦う話。』
急に空から現われ利一と激突した男は、利一が目を覚ました後で、自己紹介を始める。
「俺の名前はダルド=ホーキンス。まあ、おっさんと呼べばいい。」
黒い髪に、黒い瞳。一見、日本人にも見える見た目だが、その名前と性格は日本人のそれとは違った。
利一も、自分を踏みつぶした相手の呼び方など気にするはずもなく、特に言及せずに話し始める。
「じゃあ、おっさん。あんたが俺に槍術を教えるので合ってるか?」
「その通りだ。これから一か月、スパルタで槍術を教えるから覚悟をしておけ。」
覚悟も何も、利一には教えを受けない選択肢がないため、これはただの通知である。
(いつか、今日の仕返しをしてみせる。)
利一も相当な気合を入れて、練習に臨んだ。
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一週間後。
訓練場では、二つの練習用の木の棒がぶつかり合っていた。
「お前、本当に素人か? それにしちゃあ呑み込みが早すぎるんだが。」
「うるさいぞ、おっさん。俺の目標はあんたに致命傷を負わせることなんだから、こんな基本で戸惑ってる場合じゃないんだよ。」
そこにいたのは、未だに手加減された打ち合いしか出来ないことに苛立つ利一と、もうその段階まで辿り着いたことに驚いているダルドだった。
稽古が始まったのは一週間前だが、利一はそもそも体力に関しては自信があった。
利一はこの世界に来る少し前、遊ぶための金欲しさに肉体労働系のバイトを多く受けていた。
何の武術の心得がなくとも、基礎体力作りから入らなくてよかったことは、稽古の時間短縮に大いに役立った。
「そうは言っても、槍は普通、一週間で使えるようになるもんじゃないんだぞ。」
体重移動、腕の動き、足の運びなど、これは全ての武術に言えることだが、それらを体で覚えるのはかなりの時間を要するものだ。
特に槍術は、多くの使い道がある故に型の量も非常に多い。その上、槍の動きは『静と動』の複雑な動きを流れるように行うことが重要な技能になる。
その感覚をすでに掴みかかっている利一は、ダルドにとってどこかおかしいように感じられた。
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「今日は、一か月間の訓練の成果として、お二人共同じ相手と練習試合をしていただきます。」
リナティアのその言葉を聞いて、利一と恵人は気合を入れなおす。
試合相手として現れたのは、若い女性騎士だった。
「今回、お二人のお相手を務めさせて頂きます。第三近衛騎士団、副団長のオルネア=エルマ=レグナスです。よろしくお願いします。」
(唸れ! 俺の観察眼!上から…)
利一は相手の素性を知ろうと、特徴を探る。
情報戦は戦いの基本だということを熟知している利一は、情報収集に抜かりはない。
「トシカズ様には、お手柔らかにお願いしたいと思います。」
オルネアがこんな一言を言ったのには理由がある。
それは、つい昨日流れた噂だった。
王女が周囲の反対を押し切ってお抱えにしていた、最高の騎士を、利一が医務室送りにしたという噂だ。
そして、それは事実だった。
(私では到底及ばない域にトシカズ様はいるのかもしれない。)
そんな考えがオルネアにはあった。
これもまた、ある意味では正しかった。
オルネアが木剣を構え、まず恵人から試合を始める。
「始め。」
リナティアが開始の合図を出すと同時に、恵人が動き出す。
恵人は一瞬の間にオルネアの懐に入り、木剣を一閃する。
それを受け流そうとしたオルネアは、しかしバックステップで避けることを余儀なくされた。
(速すぎる! 感覚でも捉えられないだって!?)
恵人の剣筋が見えなかったというレベルではなく、オルネアの今まで戦ってきた、騎士としての勘が、一切役に立たなかった。
後ろに下がったオルネアを、力技で追い詰めた恵人は、鍔迫り合いになることもなくオルネアの木剣を弾き飛ばし、試合を終わらせた。
(あれ、おかしいな。こんな圧勝できるもんなのか?)
利一は、恵人の試合を見て、自分の常識を疑うことになった。
力技だけで戦いのプロを圧倒した恵人の試合は、見た目が派手ではあったが、技能の面では子供がチャンバラをするのと大して変わらなかった。
本当に純粋な筋力差がなければ成り立たない試合だ。
(もしかして、筋力チートなのか?)
一か月間、稽古に集中していた利一は知らいことだが、恵人には最初から並外れた筋力があった。
この世界に来た瞬間から、一次元上の能力を手にしていた恵人には、余程の実力者でなければ敵わないのだ。
「次は利一様の試合を行います。」
小休憩の後、リナティアが利一に前に出るよう指示する。
(なんかハードルが高くなってやいませんか?)
オルネアの気迫からして、恵人の時とは違う。
今度のオルネアには殺気があった。
「始め」
その試合を一言で表すなら、『激戦』という言葉が最も似つかわしいだろう。
まず、動き出したのはオルネアだ。
一気に距離を詰めたオルネアは、利一の腹に突きを放つ。
それを利一は、無駄のない動きで横に半歩動きながら、棒で木剣を逸らす。
それからは、常に立ち位置を入れ替えながら、小振りの連撃の合間に大振りの攻撃をしてくるオルネアを、ひたすらに躱し続ける利一という構図が続く。
時にオルネアはわざと隙を作って、利一の体勢を崩すことを試みる。
しかし、利一はそれを見極め、あくまで自分に隙が出来ないように立ち回る。
試合に転機が訪れたのは、二十分ほどたった頃だ。
利一の体力が限界に近づき、もうすぐ集中力が切れてしまう、という時。
その時にはオルネアの体力も限界に達していた。
元の体力は利一の方がなかっただろう。
それは、オルネアが連戦だったことを踏まえても変わらない。
では、どうしてその差を埋めることが出来たのか。
それは、利一が槍術の基本である無駄のない動きを完璧にこなしていたからである。
あえて攻勢に出ないことで、元からある剣術と槍術の体力の使い方の差を生かした戦いをする。
要は、相手が自滅するまで体力を温存する戦い方を実践していたのだ。
その試合は、最後には気力の勝負になるはずだった。
ここでもう一つの利一の技が出る。
体力が減ったことにより、大振りが増えたオルネアの剣を利一は全身の力を振り絞り、上へ弾く。
そしてオルネアに大きな隙を作ることが出来た、利一は、オルネアの首に木の棒を寸止めし、試合を終わらせた。
「そこまで。」
リナティアが試合の終了を宣言し、利一も張っていた気を抜く。
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「さすがです、トシカズ様。見事な槍捌きでした。」
向かいに座ったオルネアが、利一の槍術を称える。
「いや、剣と手合せをするのは初めてだったから、なかなかに大変だったよ。」
コツなどはおっさんことダルドに聞いていた利一だが、それでも実戦とイメージとは違うため、慣れるまで耐え忍ぶのは辛かったという。
それでも頑張れたのはやはり、リナティアが見ているということが大きかっただろう。
「ところで、一つ伺いたいことがあるのですが。」
利一は、なんだろうと思いつつも、質問を促した。
「流れている噂、王女様のお抱えの騎士を医務室送りにした、というのは本当ですか?」
最初は冗談だろうと思っていたオルネアも、今となっては事実であると考えるようになっていた。
「あ~、おっさn、いやダルドさんのことなら一応、本当だよ。」
それを聞いたオルネアは満足したように去って行った。
(金的で一撃だったけど、そこまで詳しく言う必要はないよね? 聞かれなかったし。)
金的は戦法の一つだと言う利一は、普段は人情あふれる素晴らしい好青年でも、戦いの中では残酷にならねばならないことを知る、哀愁漂う本作の主人公だ。きっと。