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第七話 『主人公が寝る話。』

普通の呪文が使えないことが分かり半ば放心状態になってしまった利一を気遣い、リナティアは今日は部屋で休むことを勧めた。


利一は特に何を言うわけでもなくメイドの誘導についていき、自分の部屋につくとベッドに飛び込んだ。

疲れていたのだ。肉体的にも、精神的にも。


今までは、多少であっても自分には何かしらの特別な能力があるのだと思っていた。実際に今朝までは詠唱なしで魔法を使えるという特殊能力があった。


それが突然、自分には一般レベルの力もないということを知らされて、平気でいられる訳がない。


利一がこれまでこの異常事態に対して冷静だったのは、自分が安全圏から眺めているだけで良かったからだ。利一は決して胆が据わってはいない、ただの高校生だ。


そんな利一が急に腹をくくって現実に立ち向かうというのは、無理な話だった。


(逃げ出そうかな。でもそしたら迷惑かかるよな…もうすでにいろいろダメにしてるのに。)


軽い気持ちで起こした行動がもとで今の状況が作り出されたことを考えれば、とても逃げ出すことは出来なかった。


(生活面でも困ることになるだろうしな …そういや、金もねえや。)


逃走は無理だ。


ならせめて目の前の現実からは逃れようと、利一は深い眠りに就く。


________________________________________



「今夜、女子風呂の覗きをしようと思うんだ。」


中学三年生の時。修学旅行の旅館でそんなことを言ったのは、利一ではなかった。


相熊(あいぐま) 大地(だいち)というその少年は、利一とその場にいた他四名に向けて犯罪予告をした。


「準備は十分してあるんだろうな」


準備がしっかりできているなら参加しよう、と佳山(かやま) 祐作(ゆうさく)が言う。


「ぶっつけ本番で覗ける構造なのかも分からん。」


「なら一人で行け。カメラ自前で準備しろよ。」


カメラを持って行かせるあたりが最低である。


その部屋にいる残りの三人はいつものことだと黙って無視を続けているが、それは本当に問題を起こそうとしたら止めようとする人間を知っているが故の行動だった。


「却下だ。バカ野郎。」


そういって果てしなく本気の頭突きを大地に見舞ったのは、利一である。


「うわぁ、いつもよりも飛んだねぇ。」


痛そうだ、と言ったのは利一の昔からの友人である奥山(おくやま) 幸樹(こうき)だ。


「どうせ失敗するんだからほっといとけばいいんじゃない?」


「罪をなすりつけられたら堪ったもんじゃないからな。こういう時は未遂のうちに〆るに限る。」


なるほど、と頷く幸樹。


この時の幸樹には、今の幸樹にある何かがなかったかもしれない、と利一はそんなことをふと思った。


________________________________________



朝。それは感覚的な一日の始まり。二十四時で考えたなら始まりは零時になる筈だが、それでも一日の始まりは朝なのだ。


そんな始まりの朝に、世界が終ったと言わんばかりの顔をした少年が一人。


夢から現実に引き戻された利一である。


(夢の世界に生きられたならどんなにいいだろうね。)


まだ現実逃避気味である。


利一はベッドの横に小さめのテーブルと食事が置いてあることに気づくと、昨日の夕食を食べていなかったことを思い出す。


(腹も減ってるし食うかな。一晩くらい置いてあっただろうけど大丈夫だよね。)


衛生面よりも空腹が気になってしまう利一だった。


横に添えられたスプーンを手にとって、スープを掬う。

スープからは実においしそうな香りが感じられ、利一の食欲を誘った。



食事の時間だけが利一が現実を忘れられる、唯一の時間だ。



一通り食べ終わってゆったりしていると、部屋のドアがノックされる。


利一が入室を促すと、若いメイドが入ってくる。


「おはようございます、トシカズ様。朝食のお時間まで一時間ほどになりますので御仕度をお願します。」


メイドはテーブルの上の食器を片づけてから持ってきた洗面器を置いて、その横でタオルを持ち待機する。


(これはラッキースケベのチャンス!)


胸をがしっ、と掴む⇒タオルと間違えたのだからしょうがないと許される


そんなことを考える利一は何度か頭の中でイメージトレーニングをすると、洗面器で顔を洗う。



三度繰り返し洗ったのちに思い切って胸の位置に伸ばした腕は、タオルを掴まされて終った。


さっと後ろに避けられたためだ。


利一は微笑みながら「タオルをくれてありがとう」と言いつつ、その内心で『邪心を見透かされたのでは』という不安に押しつぶされそうだった。


「ではまた朝食のお時間にはお声を掛けさせていただきます。」


紅茶を一杯淹れて、メイドが出ていく。その表情は入ってきた時よりも柔らかい微笑みだった。










今回は負けたが次は勝つ。


そう心に決めた利一であった。


________________________________________



恵人と揃っての朝食が終わり、リナティアの待つ演習場に向かう二人。


演習場には、木剣等の訓練用の武器を収納しておく武器庫があるだけで、他は固く踏み均された土の地面が広がるだけだ。


今はそこでは騎士と思われる人々が個人訓練をしていた。


二人が近づいてきたことにリナティアは気づき、二人に呼びかける。


「ヤスヒト様、トシカズ様。おはようございます。」


「おはよう」

「おはようございます。」


二人は短く挨拶を返し、その場にいたもう一人の若い男性に目を向ける。


「これからヤスヒト様に剣術を指導させていただく、コイント=コイル=ウォームズだ。よろしく」


恵人がこちらこそ、と返事を返すと二人は早速訓練に行ってしまう。


「えっと、俺はどうしたらいいんでしょうか?」


利一は、リナティアに自分には誰かいないのかと暗に尋ねる。


「トシカズ様には剣術ではなく、槍術を学んでいただきます。」


どうやら、計画が変更されたようだ。確かに聖剣が使えないのであれば、剣術に拘る必要もないだろう。



利一が『槍』と聞いて最初に思い浮かべたものは、盾と一対になっているロングランスだ。最前で戦いはするものの、両手剣を振り回すよりも向いている武器だろう。



しかし、リナティアが出してきたものは違う。


「トシカズ様には、この『風神の長槍』を使いこなせるようになっていただきます。」


黒を基調に金色の装飾が少しされた長い軸を持ち、先端に10センチほどの刃を備えたそれは、防御をしないことが前提である東洋槍であった。


「これは、とある兵士が風の女神様より直接賜った『神器』と呼ばれる武器の一つです。」


現存する神器はこれを含めても四つしかない、とリナティアは語る。


「そんな大切なものをいただいてよろしいのですか?」


「今回は少し事情がありまして、トシカズ様にお使いいただくことになりました。」


利一はまた迷惑を掛けてしまったであろうことに深く反省しつつ、やはり残っている疑問を口に出す。


「私は誰に槍術を学べばよいのですか?」


「そろそろ来る頃だと思うのですが…」



そんな会話をしている時だった。




「危ねぇぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


急に上から叫び声が聞こえてきて、利一は空を見上げた。




















利一は、気が付いた時にはベッドに寝かされていたという。


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