第六話 『主人公が追い打ちを受ける話。』
リナティアがこれからのことについて話し始める。
「お二人にはこれから一、二か月ほどで自衛のための剣技と魔法を身につけ、その後で聖地に最寄りの町まで移動していただきます。場合によっては期間を短くするかもしれませんが、訓練の期間は二か月が限界です。」
恵人が分かった、と頷く。
利一は分かった、と言いつつ内心で項垂れる。
利一は属性にについての話を聞いた直後、本当に他の属性の魔法を使えないのかを確認しようとした。
しかし、それは失敗に終わる。
無詠唱で使えていた魔法が、使えなくなっていたのだ。
詰みだと思った。
利一は過ぎたことはしょうがないとして、素直にリナティアに告げることにした。
こういう素直さは、まさしく主人公の風格と言えるだろう。
たとえ利一の足がガタガタに震えているように見えたとしても、それはきっと見間違いだ。
話が終わってからの方がいいだろう、話の腰を折っても悪いだろうと自分の首が飛ぶかもしれない緊急事態であっても、利一は他人への気づかいを忘れない。
決して言い出せずに後回しにしたのではないのだ。
「お二人ともお疲れでしょうから、実際に剣技を学ぶのは明日からということにして、今日のところはお二人専属の使用人が案内するお部屋にて、お休みください。」
リナティアが話をしめて、外に控えていたのであろうメイドに入室を促す。
恵人が席を立ち、メイドに連れられて部屋を出ていく。
利一は逡巡したのちに覚悟を決めてリナティアに言う。
「一つ、しなければならないお話がありますので、もう少し時間をとっていただけますか?」
リナティアは、余裕のなくなった利一の顔を見て不思議そうな顔をしながらも、いいですよ、と言ってメイドに部屋の外で待つよう言いつける。
リナティアの新たな表情を見た利一がどうなったかは置いておくとして、利一は口を開く。
「王女殿下、実は……」
「慣れていないのでしたら、名前で呼んでくださってもいいのですよ?」
呼び方を三分間も迷っていた利一は、リナティアにペースを崩される。
だが恵人のときとは違い、その心は自然に名前を呼ぶことの出来る幸せでいっぱいだった。
利一にとって、何であろうと美少女は正義なのだ。
「ではリナティア様。実は私はこの世界に召喚されたときに、風属性の魔法らしきものを使用しているのです。」
それを聞いたリナティアの目は懐疑的だ。
「それは本当ですか? 」
半分は嘘だ。本当の用途について語りでもすれば、利一はとりあえず何かしらの刑罰が与えられるだろう。
だからこそ、利一はこう答える。
「本当です。」
その時、利一の頭の中に直接声が響く。
≪ スキル『嘘』 を取得しました≫
スキルと言う謎の能力を手に入れた利一だが、恐らくそれの必要性は皆無だった。
利一はスキルについては後で考えることにして、今の問題に目を向ける。
「では少々お待ちください。確認するための魔道具をお持ちします。」
リナティアがそう言って部屋から出ていき、約十分程して帰ってくる。
その手には、なにやら小さい円盤を持っていた。
「これは手を乗せると、漏れ出した魔力からその人の各属性の適性を調べることの出来る魔道具です。そしてこれを既に魔法を使った人が使用すると、その人が使える魔法の属性を知ることが出来ます。」
利一はテーブルに乗せられた魔道具の中央に手を乗せる。
結果は非常に分かりやすかった。
円盤の端の方には、火・水・風・土・光・闇の六つの属性のイメージをデフォルメした絵が描かれていて、その中の風の絵が赤く光だしたのだ。
「これは風属性の魔法を使った人の反応ですね…… 」
リナティアの可哀そうなものを見るような目に耐えかねて、利一は聖剣とその他もろもろを台なしにしてしまったことに対する謝罪を始める。
まず座っていた椅子から立ち上がり、背筋を伸ばす。
「本っ当にすみませんでした!!これからは無駄に魔法なんか使わないようにします!!」
と謝罪を述べてから、腰をを九十度に折る。
頭を下げすぎているがある意味限界を超えた謝意を示すのには完璧な謝罪だった。
≪ スキル『嘘』 が スキル『戯言』 に変化しました ≫
頭のなかで変な声が聞こえてこようと、謝罪自体は完璧だったのだ。
「いえ、それよりも呪文すら学んでいないのにどうやって魔法を使ったのですか? 」
だめだどうしよう逃げ切れそうにない。
父さん、母さん。俺は異世界で軽犯罪者として投獄される運命のようです。
こんな俺を許してください。
どう考えても失望されるだろうな、と利一は思ったので悪あがきをしだす。
「その、頭の中に急に呪文が思い浮かんだのです。」
利一は捕まりたくない一心で、また嘘をつく。
「呪文が頭に浮かぶ……では、もう一度使ってみてはもらえませんか?」
利一はもう諦めて、適当にそれっぽいことを言う。
『ウィンド』
本来、この世界の呪文とは、それなりに長い詠唱を必要とするものであり、どんなに短くても三言程度は唱えなければならない。
しかし、ここで奇跡が起こる。
利一を中心とした竜巻が起きたのだ。
おっと、リナティアのスカートは捲れていないので安心してほしい。そういう場面ではない。
さて、これはつまり存在しない呪文で魔法を発動したということなのだ。
利一はこの奇跡が起きた瞬間は、それこそ聖職者になろうと思うほどに神に感謝した。
しかしまだリナティアの表情は晴れない。
「独自詠唱ですね…… それでは、こちらの紙に書かれている呪文を唱えていただけますか? 」
そう言いながら一枚の紙を渡された利一は言われたとおりに詠唱を始める。
「大気を揺るがす風を起こせ」
詠唱を終えたが、何も起こらない。
「やはり発動しませんか。実は独自詠唱を使う人は一般的に知られる呪文で魔法が発動しない場合がほとんどなのです。」