第五話 『主人公が自分の過ちに気づく話。』
リナティアはテーブルの上に三枚の硬貨を置く。
「これが世界共通の通貨であるマギカ硬貨です。」
茶色、銀色、金色をした三枚の硬貨には同じ模様が刻まれている。
「茶色の物が銅貨、銀色の物が銀貨、金色の物が金貨になります。ただ、複製防止のために内側に特殊な混ぜ物が使われているので、純粋な金属ではありません。」
単純に材料節約のためというのもあるのだろうと利一は思った。
「全ての国が協力して運営している工場で三ヶ所に分けて発行しています。」
リナティアはそれぞれの硬貨の価値について話す。
「銅貨百枚で銀貨一枚分の価値があり、銀貨十枚で金貨一枚分の価値があります。」
利一と恵人が頷く。
「一般民の一月の収入がだいたい金貨二枚ほどで、王国では月に銀貨二枚の国民税を課しています。また、貴族に対しては領土の大きさに合わせて、別の税を義務付けています。」
これは大きな領土を持つ貴族に反乱を起こさせないための処置である。
恵人が疑問を口にする。
「僕達はこちらのお金を持ってないんだけど、どうすればいいの? 」
二人が異世界人であることを考えれば当然である。
「お二人には聖地にたどり着き信託を受けるまで、グラフォルト王国が全面的に支援させていただきます。その先の支援は信託の内容によって考えさせて頂くことになるますが、何かしらの形で支援をさせていただくことにはなると思います。」
当分は安泰のようで利一は一安心する。
「では今度は宗教についてお話します。」
宗教というのは大抵面倒なものであると利一は思っている。
なにせ個人から国家までの全てが左右されるのだ。
どんな文化を学ぶ際でも絶対に知っておきたい。
「この世界には三女神と呼ばれる女神様と、創世神と呼ばれる神がいます。これらの神とその眷属を崇めるものをまとめて『創世信仰』と呼びます。」
この王国でも一般的にはこれを信仰しています、とリナティアは言う。
「ただし地方の都市や村などでは土着の神や、高位の精霊といったものを信仰している場合があるので注意が必要です。」
「神様が実在しているのですか?」
そう質問を投げかけたのは恵人である。
あくまで神様は空想上の存在だと思っている日本人にとって確かに気になる話ではある。
だが残念ながら利一は何より自分がよくわからない非科学的な現象に巻き込まれてしまったために、細かいことは気にしないスタイルが身についてしまった。
「はい、普段は天界にいると考えられており、本当に重要な信託を人々に授けるときのみこの世界に降りてこられるのです。歴史の中でも数度地上に降りられました。」
実在する神様か。もし全知全能の神様とかだったら、今からでもイケメンにしてもらえないかな?
本気でそんなことを考えた利一であったが、これは本人にとって死活問題である。
先ほど聖地に向かうという、長い短いはともかく、旅をするであろうことが分かった。
このイケメンの恵人と一緒に。
利一は合コンなどを設定したとして六、七人の女子の内、一人くらいなら頑張れば付き合えるかも、という程度の顔をしている。一般的な顔、もしくは微かに並より上な顔である。
が、しかしこの性格だ。
もはや救われようはないと利一は考えている。自分で。
そこで少しでも第一印象を良くしようと、必死にリナティアの前ではキャラ作りをしているのだ。
それはもう必死に。
話を戻すが危険の少ない旅だったとしても、この世界に来てから数日の二人だけで送り出すことは万が一にもないだろう。
そこに利一は嫌な予感を感じていた。
イケメンが仲間を連れたらどうなるか。
とりあえず自分の居場所の確保を考える利一であった。
「この前の信託を授かった際にも現れ、本当に大騒ぎになったのですよ。」
リナティアの話が区切られたのを感じた利一はさっき聞き流したことについて尋ねる。
「精霊というのは何ですか? 」
「精霊はこの世界の誕生時から存在すると言われている、肉体を持たない生き物です。低位の精霊は獣の形をしていますが、高位のものになってくると人型や神獣と呼ばれている伝説上の生き物の形をしています。」
そもそも神獣とは精霊のことを指しているのではないかとも言われているそうですとリナティアは言う。
「それと全ての精霊は無詠唱で魔法を使うことができます。」
この言葉に興味を持ったのは利一だ。
無詠唱で魔法を使える、そんな力が用途はともかく利一にはあった。
ただ、利一の反応を勘違いしたリナティアは言う。
「それでは魔法についてご説明させていただきます。」
恵人にとっては魔法は全くの未知の物なので、より一層気を引き締める。
「まず、人が魔法を使うのには呪文を唱えなければなりません。そして、使用するたびに魔力と呼ばれる生命力の一部を消費します。」
生命力を消費すると聞いて恵人の顔が青くなる。
リナティアはそれを見てフォローをいれる。
「魔力は消費しきったとしても、一日も使わないでいれば全て戻ります。」
使いすぎると体には悪いのですが、とリナティアは付け加える。
その後は魔法の威力についてなど、利一がすでに聞いていた部分に話は移った。
「魔法は魔力の質や量によってその威力が変わり、同じような効果を持つ魔法でも、違う呪文で魔法を行使すると、個人の適性の違いによる差が生まれます。また魔力を込める量が多すぎれば、制御も格段に難しくなります。」
(そういえば召喚の儀式は成功しても、呼び出された俺らが下手をすれば結局、彼女を失望させるんだな。)
頑張ろうと利一は心に決める。
が、しかし。
そんな利一はこの世界に来てから最大の衝撃を受けることになる。
リナティアは魔法の属性について話す。
「魔法には、火・風・水・土の基本属性と、光・闇の特殊属性。他に、魔法のそれぞれが違った性質を持っている無属性があります。召喚の魔法陣には、破邪の特性を持つ光属性の適性が高くなるような効果がありますから、お二人には光属性の魔法を学んでいただきたいと思います。」
この説明に違和感を感じた利一は質問する。
「光属性の魔法だけを学ぶ必要があるのですか? 無属性の魔法にも応用力があるように聞こえました。そちらも学んだ方がいいのではないですか? 」
その答えが利一を絶望の底へ突き落すことになるとも知らず、リナティアは答える。
「魔法はどんな生き物にしても、一つの属性の魔法しか使用することは出来ないのです。」
利一の脳裏に浮かぶ、メイド達から勝手にもらった夢。
それが今になって利一を苦しめる。
同情のしようはあるかも知れないが、やはり自業自得である。
リナティアはさらに話を続ける。
「王国ではお二人に光属性の魔力と相性のが良いとされる、聖剣をご用意しています。」
知らぬ間に自分からチートを投げ捨てた青年の物語はまだ続く。
……たぶん。