第四話 『主人公が目的を知る話。』
リナティアに案内された部屋は応接間というよりも普通の生活部屋のような雰囲気があった。
これは二人が緊張しないようにという配慮なのだろう。
リナティアは大きめのティーテーブルに二人を座らせると、自分を含め三人分のハーブティーを淹れる。
「お口に合うか分かりませんがよろしければどうぞ。」
リナティアに勧められて、お茶などにあまり興味を持たない利一もありがとうと一言告げ、口にする。
疑いようもなく人生最高のお茶だった。
前のリンゴの件もあって、利一が受けた驚きは大きくはなかった。
「ありがとうございます」
利一に一呼吸遅れて、恵人もハーブティーに口をつける。
さて、利一はすでに経験があったためにそう驚きはしなかった。
しかし、その隣りに座っている恵人は別である。
恵人がゴクリ、と音を立ててハーブティーを飲み込む。
「おいしいですね! このお茶! こんなにおいしいお茶は初めて飲みましたよ! 」
恵人が矢継ぎ早に感想を言うのを見て、利一は内心少し引いていた。
もう少し静かに言ってくれ話が始まらない。
リナティアはハーブティーを褒められたからか、はたまた恵人の緊張が解けたためなのか、少し嬉しそうだった。
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空気が落ち着いてからリナティアが話を切り出す。
「ではお二人に此処が何処なのかというところからお話ししていきます。」
その言葉で恵人に緊張が戻ってくる。
ついでに利一には睡眠不足せいで睡魔が襲い掛かってくる。
「ここはお二人がこれまで生きていた世界とは異なる世界です。」
恵人はその言葉に、驚愕の表情を見せた。
「何ですかそれは。冗談では? 」
信じたくないと言う風に恵人は否定しようとする。
恐らく、頭のどこかではすでに理解しているのだろう。
それでも日常からあまりにも遠い出来事が起きてしまえば、人は否定したがるものだ。
そんなことを思った利一は自分がどんな速さで順応したのかを覚えていないのかもしれない。
主に『語られない悪夢』のせいで。
「事実です。私があなた達をこの世界に召喚しました。」
リナティアは人として当然であろう恵人の言葉に、それでも現実を突きつける。
「何のために、ですか?」
恵人はやはり緊張した面持ちで目的を問う。
「お二人に『白龍の聖地』に行き、創世神の神託を聞いていただくためです。」
これには利一と恵人の二人とも眉を顰めることになった。
危険な場所に先遣隊として、安全確認のために使い捨ての要員を用意したなどという話ならとても困る。
最悪逃げ出す準備をしなければならない。
「その『白龍の聖地』という所は危険な場所なのですか?」
利一が慣れない丁寧な言葉づかいで、リナティアに質問する。
「いえ危険ではないのですが『白龍の聖地』に入るのにはいずれかの神からの許しが必要なのです。」
会話が食い違っているために利一はいまいち要領を得られなかった。
許しが出ないと行けないから自分たちを送るのか。
ならなんで異世界から召喚された自分たちに神の許しが出たのか。
「召喚された自分たちが神の許しを得られた理由が分からないのですが。」
リナティアはそれに対して答える。
「そもそも、今回の召喚の儀式は水の女神様の神託によって行われることになったのです。」
二人は黙って話を促す。
「年の初めの祭礼で私が女神様へ祈りを捧げていると、突然女神様が現れて、異世界から人間を召喚し『白龍の聖地』に向かわせるよう告げられました。」
『召喚の魔法陣』を受け取ったのもその時です、とリナティアは続ける。
「私はその女神様のお言葉にしたがい召喚を試みました。お恥ずかしながら、儀式が成功したのは今回である、四回目が初めてでありまして、一回目は魔力不足。二回目は私の集中力が足りず途中で気を失ってしまい、失敗に終わりましたが。」
「三回目は? 」
利一は自分が実際に呼び出されたであろう三回目について尋ねる。
リナティアは困ったような顔をしながら、答える。
「実は三回目については何故失敗したのかが分かっていないのです。恐らくは魔石、魔力の結晶ともいうべき石の質が悪かったのでは、と言われていますが……」
ごめんなさい、とリナティアは頭を下げる。
「いえ、ちょっとした興味からの質問ですから謝る必要はないです。」
利一はしどろもどろになりかけながら、そう言った。
「今回は運良く良質な魔石の塊が発見されましたので、それを使って儀式を行いました。」
今回がラストチャンスだったということは教えないのだろう。
成功した今では二人にプレッシャーを感じさせるだけである。
「経緯はともかく、明確にされなかった目的については『白龍の聖地』に創世神と意志を共有できる精霊が住まわれているので、旅の目的は創世神からの直接のお言葉を受けることだろうと予想しているということなのです。」
こうして召喚された経緯と理由を知った二人であったが利一はその説明の途中で数回、恵人の表情を伺っていた。
自分はこの話にのっている方が帰れる可能性が高いと思っているが、恵人は今すぐに帰りたい、と言うのではないかと思ったからだ。
しかし、この考えは次の瞬間に無意味だったことが分かる。
リナティアが隠しきれなかったのであろう不安そうな表情を、必死に抑え込みながら二人に問う。
「お二人とも協力していただけますか?」
利一は優しそうな笑みを浮かべながら、一言。
「もちろん、協r「そういう事なら任せてください! 」」
しかしその言葉は、急に立ち上がって声を張り上げた恵人にかき消される。
利一が微笑の裏側でかなり純粋な殺意を抱いたということは、これもまた知らない方が良いことなのだ。
「ありがとうございます。」
返された言葉は一言だったが、その表情はさっきよりも温かみのある微笑に変わっていた。
素性のしれない人を安心させるために一人でその相手をしていたのだから、そこから来る緊張は計り知れない。
利一もまたリナティア自身の緊張が解けたの見て安心していた。
やはり利一は本作の主人公に相応く、心優しい青年なのだ。
たとえ内心でリナティアの可愛らしさに悶えていようとも。
「ではここからはこの世界の常識をお話しします」
2014/2/18少し改稿