第四十三話 『主人公が立ち止まる話。』
やっと夏休みだぜ!
やっとな!
皆はバイトをしたり、友達と旅行に行ったり……忙しそう。
俺は自堕落に寝て過ごすぜ!悲しくないよ!
リボルブの前に立ちはだかったのはエイリだった。
「反応はないか……打つ手なし。どれだけ時間を稼げるかな? 」
対峙したのはたったいまだが、すでにエイリは息が上がっている。
異変に気付いてすぐに城から城門までを駆けてきたのだろうと利一は思った。
そしてその迅速な対応から、エイリがリボルブについて何か知っているということも予測する。
「なあ! 今はリボルブを押さえつけられているのか?」
「いや、どういう訳か止まってくれているだけだね。私がしているのは風の流れを操って炎を空へ流しているだけ。解決策はないんだ、皆を非難させて。」
エイリは普段からは考えられないほど暗く、そして死を覚悟していることが伝わってくる様子で利一に告げた。
そしてそれからは何も言わず魔法に集中する。
しかし、あがいても無駄と事情を知る人間に言われた今、利一には何も出来ることはなかった。
せめて避難誘導くらいのことはしてくれるだろうと、一瞬だけ集中をといてエイリは利一を頼ったのだが。
エイリには周りが見えていないのだ。
さっきまでの黒炎に巻き込まれ、無残に消し飛んだ衛兵を見た時点で、近くには千切れたおかげで運良く燃え残ることのできた死体が残るだけ。
生きている人間は一人としていなかった。
生き残った人間は皆、立ち向かうことをやめたのだ。
城を守るはずの衛兵も、こんな時に居るはずの王国お抱えの宮廷魔術師ですら、エイリが対峙した隙に逃げた。
正しくは風の巫女にだけ使える『風を自在に操れる魔法』を使えないのだから、自分たちが居ても意味がないことをすぐに理解したのである。
とはいえ伝令兵が死んだ以上、彼らが城に伝えなければ援軍も来ない。
いや、伝えたとしても援軍は期待できないだろう。
第一陣が全て敗北したのだから、王族の避難を優先するはずだ。
そしてその予測を裏切らないように、利一が見る限り援軍の姿はないのだ。
反対側の城門から避難しているのだと利一は考えた。
このままエイリの魔力が尽きれば、エイリは死ぬのだろう。
そしてその次は自分が死ぬ。
そう分かっていながら、利一は呆然と立ったまま動けなかった。
このままならどうなるかを理解して、そして逃げることに意味を見いだせなかったのだ。
逃げて、エイリが死に、その内、城下町にまで被害は及ぶかもしれない。
暴走しているリボルブが魔力を失うまで、黒炎が止まらないのであれば、きっとリボルブも死んでしまう。
そうして仲間を失ったまま生きていけるほど、利一の心は強くないのだ。
だから利一は呆然と立つことしかできなかったけれど、そのまま逃げ出すことは考えなかった。
その時、唐突にエイリがふらつく。
魔法を維持出来る限界が来たのである。
黒炎は風が収まるのを待ち望むかのように一層燃え盛り、その火は利一に強い恐怖を思い出させた。
そして恐れた利一は、もう一度考え直す。
エイリは何か知っているだろう。
だが前にもこんな大事件があったのなら、リボルブはもう死んでいておかしくない。
一度は救えたのだ、まだ何か策はあるのかもしれない。
諦めなかったからか、利一はほんの少しだけ打開策を思いつく。
「さっき聖剣って言ったよな? 答えられなければ首を振るだけでもいい。」
エイリは振り向かないまま頷いた。
「聖剣があれば助かるのか? 」
またもエイリは頷く。
そして自分の限界を見極め、最後の力を振り絞って話し始めた。
「……聖剣の使い手、と、聖剣があれば、あれは『禁忌の術』だから。」
「止められる? 」
「うん……でも、もう呼びに行く時間はなさそう。」
エイリは最初から伝えようとしなかった。
それは城に聖剣の使い手が一人しかおらず、そしてそのたった一人が、廃人状態の恵人だったからだ。
消耗していたエイリでは説明に集中を裂くこともできず、また今更呼びに行く時間もない。
「くそっ! どうすれば……!」
何かないかと利一はあたりを見まわす。
そして、その視界に信用できていない仲間の姿を見つけて、藁にもすがる思いで叫んだ。
「ルフナ! どうしてここに!」
視線が合ったルフナは、かなり焦った様子で走っていた。
「アリーク……アリーク! 」
利一に目もくれず、ルフナはギリギリ被害を免れた馬小屋へと走り寄った
「ルフナも混乱しているのか? なんにせよ馬が居るのなら、城に戻って恵人を呼んでもらえる! 間に合うかもしれない! 」
________________________________________
まだ日が高く、市場が賑わっている時間。
10歳のリボルブ=グレン=アーティは路地裏で息をひそめていた。
どうして自分がこんなことを繰り返さなければならないのかと、自問自答したのは一度や二度ではない。
リボルブは盗みをしていた。
それも特別悪質な手段を使った、まず見つかることのない盗みだ。
すでに被害件数は二桁になり、また一度として見つかりそうになったことはなかった。
なぜなら、彼の使う手段が常人には不可能な方法だったからだ。
リボルブは自分の存在がどこまでも薄く、空間に広がっていくのを想像する。
するとリボルブは誰にも感知できない、薄い影のような姿に変わった。
リボルブは詠唱せずに魔法を扱える体質なのだ。
今回の盗みのターゲットは、近頃子供向けの玩具を扱うようになった道具屋。
昼間は人が店に多く入るためか、それに合わせて店員も多い。
ゆえに盗みに入られるわけがないと警戒は緩いのだ。
影の姿のまま近づいていけば誰にも見つかることなく、リボルブは店先に固定されている玩具を取り外して盗み出すことができてしまう。
後になって誰に言おうとも犯人を見た人間はいない。
見えない盗人は常に完全犯罪なのだ。
リボルブは盗んだ玩具を持ったまま路地裏を通って空地へ走る。
空地で待つのはジェドという少年で、その街の子供たちを従えるガキ大将だった。
ジェドは駆け込んできたリボルブには目もくれずに他の子供たちと話し続ける。
リボルブはそんな扱いに耐えながら声を掛けた。
「ジェド君、これ……」
リボルブが玩具を見せたと同時、ジェドはそれを奪い取った。
「おせーよ。ったく、あんな簡単に盗る方法があって時間がかかってりゃ世話ねえな。みんな、もう行こうぜ! 」
ジェドが取り巻きを連れてどこかへ歩いていくと、空地にはリボルブただ一人が残される。
「またか。」
リボルブは子供たちの中で浮いていた。
始めは家柄のせいで距離を置かれたのだ。
彼の家は先々代に有力貴族と敵対して、勢力争いに負けた没落貴族で、ぎりぎり貴族として数えられているというだけの家だった。
そんな彼らは自領を失っており、住んでいる領地では鼻つまみ者という扱いを受けている。
関わってしまったら今の領主に何を言われるか分からないと、皆距離を置くようにしたのだ。
それは子供も同じ。
自分の子供にはリボルブと関わらないように強く言い聞かせ、リボルブは一度家の外に出れば陰口を叩かれる生活を過ごしていた。
そんな折、父親が病死し、母親も同じ病に罹る。
リボルブは頼れる人も居ないまま母親を看病し、どうにか回復させるのだが、働き手が居ない今、少ない蓄えを失わないうちに働き口を探さねばならなくなった。
だがみんな厄介者を雇おうとはせず、リボルブは一般公募が出る兵士を目指して教会で学び始める。
過酷な日々ではあったがリボルブは目的意識を持って一生懸命に生きていた。
問題はリボルブが試験の条件を正確に知った時、発覚したのだ。
最低条件に掲げられた条件。
家族を除き二人以上の人物保証人を要する、という一文をリボルブは満たすことができなかった。
教会は分け隔てなく人を迎えるが、教会で育てられた孤児でない限り個人に対して深く関わることを禁じられている。
となるとまったく当てがないのだ。
リボルブは悩んだ末に年上の友人を作っておき、応募する時だけでも保証人になってもらおうと考えた。
その結果、能力を良いように利用され、ガキ大将に盗みを強要されている。
「どうすれば認めてもらえるだろう。」
空地に残されたリボルブは、子供たちの秘密基地に居るらしいジェドを納得させる方法を考えながら、街の広場へ行った。
教会で授業が行われるまで、広場でよくやっている見世物を見ていようと考えたのだ。
広場には一人の男を大きく囲うように見物人の壁ができており、リボルブが人の視線を感じなくて済む少ない時間だった。
今日の見世物は火吹き芸か。
道化師の男は口から炎を吹き、観客を喜ばせる。
緑、黄色、赤、橙色。足元では色とりどりの炎が燃え、幻想的で情熱的な光景を作り出していた。
いろいろな見世物を見てきたリボルブも、その日の光景には日常の辛さを忘れて感動した。
その日の夜。
教会で授業を受けた後、リボルブはジェド達に自分を認めさせる方法を思いつく。
昼間見た色とりどりの炎は科学的な反応で作られた色だ。
それを理解してなお人は強く引き付けられた。
そこで、もしも本来は決してありえない色の炎をだしたとしたら、ジェド達も認めざるを得ないのではないかと考えたのだ。
闇魔法で作る黒い炎。
呪文が存在しない為に人から聞いたことすらない炎は、自分の体質ならば実現できるだろう。
次の日からリボルブは黒炎を実現する修業を始めた。
頼まれた盗みをする時間と、教会で授業を受ける時間、他に家事をする時間を除いた時間で、少しずつ炎は形になっていき、そしてリボルブの運命を変える日が来る。
その日、ジェドに指定された物は今までの子供向けの何かではなく、剣だった。
最近開店した鍛冶屋に置いてある、白く輝く聖剣を盗めと言われたのだ。
さっそく夏バテした。
アホだろ暑すぎ。
太陽自重しろ。




