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第四十二話 『主人公が狂う話。』

以前この城に滞在している間、兵士の起床時間に起きるのが利一の日課だった。


当時は利一の訓練を担当していた騎士への対抗心から同じ生活リズムで生きていたのだが、そのせいかもう訓練を日常的にはしないまま数か月経っているというのに早い時間に起きた。


世話係に起こされるまでもなく起きるようになった利一は、それはもう特別だと言えるほど手間のかからない客人として使用人に人気だ。


仕事が楽だという理由で。


だというのに恵人を担当したいという意見が大多数を占めていたというのは利一の知りえない情報である。


恵人が廃人になって帰ってきたことでその逆の状況になったのだから、もし利一が事情を知ったら複雑な気持ちになるだろう。


それに最初に利一を担当したフキリとの関係がこじれたことで、利一自身があまり距離を縮めようと考えなくなった。

使用人は使用人として、そういうものだとみる方がお互いのためなのだと理解したのだ。


普段着に着替えてから部屋にある椅子に座る。


利一は王城に帰って来てから何をするかについては決めていた。


『風神の長槍』と戦った鎧について詳しそうな人と話し、あのときに使った力、利一の腕を吹き飛ばし恵人の攻撃を受けて無傷だった鎧を破壊した力の研究と解明をする。


あの力はコントロールできるのならば大きな戦力になるからだ。


利一は今まで非力だった分、強化された魔力と合わせて今度こそ誰も傷つけさせない力をつけたいと思っていた。


それともう一つ、魔力の過剰使用は人体に悪影響を及ぼさないのかどうか。

次の旅がいつになるかは分からないが、旅立つまでにその明確な答えを見つけ出ださなければならなかった。


それは旅の途中で誰もが感じたものである、魔法を使うことに対する忌避感が関係している。


いままで当たり前の物として使っていた魔力が突然、得体のしれない存在になってしまったことで、明確なイメージが重要な魔法の発動に時間が掛かる場面が多かったのだ。


道中で弱い獣にしか会わなかったために全てリボルブが迷わず殺したおかげで、ほとんど旅に支障は出なかったものの、リナティアが自然に使っていたただ真水を出すだけの簡単な魔法でも意識して使う姿は痛々しいものがあった。


これからも旅を続けなければならないならば、どうしても克服しなければならない。

そのために明確な指標が必要になったのである。

ここまでなら安全だという目安があれば誰も苦しんだりしないのだ。


研究は利一の領分ではないのだが、最高位の巫女である三人は他の仕事が忙しくなるということを聞いていた。


だから今回は利一が誰かを頼ってやらねばならないのだ。

いつでも戦えるように。


まずは協力者の選定が必要だと考えた利一は、国王に相談する機会が欲しいと思いフキリの後任であるイレイを呼んだ。


「どのようなご用件でしょうか? 」

「実は魔法やら神器に詳しい専門家に相談をしたくてね、国王陛下にお伺いを立てようと思ったんだ。どうにか話せる時間を作れるように手配してくれないか? 」


利一はてっきり直ぐにでも頷いて話を通すか断るかしてくれると思ったのだが、イレイはなぜか考え始めた。


「えっと、イレイさん。 もしかして何か問題があるのですか? 」

「あ、いいえ、そういうわけでは……ただトシカズ様のお知り合いに神器の専門家が居たと記憶しておりましたので、どういうことなのかと思いまして。」

「王女様や巫女の方々のことでしょうか? 」

「違います。覚えていらっしゃるか分かりませんが、ダルド=ホーキンス殿です。トシカズ様の訓練を担当した騎士の方ですね。ダルド様なら城内の治療所に居ますので、直接お話しできるかと。」


利一は一騎士であるはずのダルドが、こんなにも顔が広い存在だと考えていなかった。

そして研究者らしくないあの男が神器の専門家であるという事実と、未だに治療院にいるという事実を聞かされて二重で驚いた。


「分かった、教えてくれてありがとう。」

「他にご用件はございますでしょうか? 」

「そうだな。朝食は用意できているか?」

「すぐにでもお持ちできます。」

「なら頼む。そこのテーブルに置いたら戻ってくれて構わない。俺は手洗いに行く。」

「また何かありましたらお呼び出しください。」


イレイは利一の朝食を取りに行った。

利一も城の構造上一階にしかないトイレへ行き、用を足してから部屋に戻り素早く食べた。


いつ戦わなければならないか分からないのだから、少しでも時間はおしい。


そう思い、善は急げと客間のある塔とは別になっている治療所へ向かう。


廊下に出るとまだ日が昇って間もないからだろう、寒さが際立った。

異世界に暖房はなく、また城という巨大建造物では風を抑えきることは出来ないらしい。


場所によって時折流れる隙間風は暴力的な冷たさだ。

大きな階段を下りるとそこは吹き抜けの廊下になっていて、昼間は中庭を一望できる素晴らしいつくりになっているのだが、外の風はあまりに寒く利一は治療所へ走ることにした。


だが走り出そうと思ったその時、この客間のある塔から配置上見える城門の方で騒ぎが起こっていることに気付いた。


いつもなら自分に関わりのあることではないだろうと、手を出すどころか見に行こうとすらしない利一がこの時だけは嫌な予感を感じて見に行くことにした。


そして城門に辿りついた利一が見たのはリボルブだった。


その様子は利一の知るいつもの騎士然としたものでなく、真っ直ぐ顔を上げて歩くこともしない普段からは想像できない姿だ。


見たこともない剣を手に持ち、鞘から抜き放っている。


「あれはリボルブだろう。どうしたんだ? 」


リボルブに話しかけている門番は警戒を解けない状態にあるようなので、少し離れて万が一の時は危険を伝える役目を持った兵士に事情を聞く。


「ああ、トシカズ様! 実はこちらも何を考えたのか剣を抜いたまま門に近寄ったリボルブ殿に意図を問いただしているところなのです。ですが何も反応を示さず、だんまりで。」


兵士がそう言い終えた時、異変は起こった。


それを見た時、誰もが幻覚を見ているのかと自分の目を疑った。


一瞬、リボルブの体から何かが立ち昇ったように見えたのだ。


「リボルブ、お前……何をしているんだ? 」


利一の声にも反応はない。


ただ次の瞬間、リボルブを包囲しようとしていた兵士を巻き込むように、この世に存在しない『黒い炎』としか言い表せないものが現れた。


利一はあまりにも簡単に命が奪われる瞬間を見てしまい叫びそうになった。

しかしその一方で炎に包まれた兵士自身は不思議そうな顔をしている。


「何だこれは? 全く熱くない。子供だましか。」


利一は当たり前のように話しだす遺体を見て吐き気すら湧かない意味不明の状態になった。


「お前ら、何で平気そうな顔をしているんだ? 」

「いやだから熱く……」


兵士は言葉を紡ぐように口を動かしている。

だがその首から下は消えていた。


やがて首を伝って顔まで燃やし尽くし、灰すら残さず兵士は消えた。


「おい! やばいぞ! 全力で対処しなければこいつ一人で城が陥落しちまう! 」

「緊急避難連絡と援軍要請をします! 近くにいる兵士は何でもいい、こいつの足止めをするんだ! 」


黒い炎はリボルブの体を包むように燃えている。

近づいた人を飲み込んでからは一層強く燃えだして、火柱となり天を貫いていた。


「近づくな! あの炎に消されるぞ! 」


離れた状態で足止めをしようとリボルブめがけて矢を射る。


容赦した軌道ではない。

確実に命を奪えるように、もしくは絶対にあたるように射られている。


そしてその全ての矢がリボルブを包む炎に触れて消えた。


「くそ、どうすればいいんだよ! 」

「魔法使いはいないか! なんでもいい! 奴には物理的な攻撃は効かないようだ! 」


幸いながら、ここは王城だ。

優秀な魔法使いが国王を守るために配備されている。


待つこともなく、すぐに出られるように配備されていた第一陣の魔法使いがやって来た。


「おい、あいつが歩き出した! 早くしてくれ! 」


『止めどなく溢れ流れる、激しき水流を我は求める』


黒い炎でも炎だと考えた水属性の魔法使いがリボルブに最大限の魔法を放つ。


現れた水は滝を流れ落ちるような力強さでリボルブへ向かっていき、そして黒い炎に吸収でもされたかと見間違えるほど抵抗もできずに消えた。


もちろんリボルブの歩みを止める事も出来ない。


「あ、あれが最高威力です。これ以上の魔法はありません! 」

「で、でたらめな化け物だ! 俺は逃げるぞ! 」


勝てないと理解した兵士が逃げ出そうとする。


けれど逃げ出すための門は大きな城に二つだけだ。


目の前の門は近づけば殺され、遠くへ逃げるには人を巻き込み殺すたびに勢いを増す炎を見る限り間に合わない。


全てが手遅れだ。

ここに居る者のほとんどがそれを分かって尚、逃げ出したい衝動に駆られていた。


その衝動の原因はただの恐怖であり、そして利一はこんな異常事態であるにも関わらず一旦目の前の問題を横に置いて思い出していた。


この湧き上がる恐怖はあの鎧と対峙した時に感じたものと似ている。


もしも、何もかもあの時の状況と同じだとするなら。


リボルブは何者かに操られているかもしれない。

怪しいのは手に持っている剣だろう。


ただし、力の出所はリボルブ自身なのだと直感が告げていた。


はっきりとしているのは、このまま放っておけば必ず魔力を吸い尽くされてリボルブはサーシャの時と同様に死ぬだろうということ。


それだけは避けたかった。


そんなことになってしまえば、利一は自分が生きようとすら考えられない何かになってしまうように思えた。


恵人のように廃人になって、もしくはそれよりもひどい状態で生き地獄を味わうことになると。


「何か、何か方法はないのか? 」


さっきから救援に駆け付けた魔法使いがあらゆる属性の魔法を放つが、効果があったものは一つもない。


それにだれもがもう駄目なんだと諦めて立ち止まり、黒い炎に飲まれて死んでいく。


痛みの無い死なのだろう。

炎に飲まれた瞬間の彼らの顔は一様に驚きの表情をしていた。


そして何も残さずに消え去る。


利一は発狂しそうだった。


向き合わなければならないという義務と責任の心が、死への純粋な恐怖を訴える本能とぶつかり合って、自分がどうしたいのかさえ分からないほどの混乱に陥りそうになる。


そうして誰もが諦め、狂った状況で一人、王城から出てきてリボルブの前に立ちはだかる。


『風の巫女として古き風神との契約において定められし風の根源を司る魔法を我は求める』


狂った空気を一新するかのように一面に突風が吹いた。


そしてその風はリボルブを包むように上昇気流へ変わり、黒い炎の力を上へと逃し始める。


ここにきてやっと、リボルブの侵攻が止まった。


「聖剣を持っていないのか……動き出すのも時間の問題かな。しかも力を抑えられない状況にあるみたい。私の声が聞こえる? グレン君。」

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