第四十一話 『主人公が出ない話。』
※この物語の主人公は利一です。
「封印がなじむまで、当分は何があっても能力を使うなよ。戦いを避けるように心がけてくれ。」
「分かった。」
真剣なジーグに働き詰なんだろう、少しは休めと作業が終わってからずっと咎められ、リボルブは次の仕事まではゆっくり過ごすことにした。
そもそも昇進を逃した今、リボルブに目標はないのだ。
だからあまり休むことに抵抗は無くなっていた。
「ありがとう。また困ったときは頼りにする。」
「おう、金は出世払いでいいからな。」
「いつか絶対払うさ。」
リボルブは鍛冶屋から出る。
そろそろ朝日が昇るのだろう、空が東から明るくなってくる。
朝焼けを見るために少し大きな教会の展望室へ行くのもいいかと考えたところで隣の食堂から何やら空腹を刺激するにおいが流れてきた。
朝早くから働く労働者のために飲食店は既に開店しているのだ。
隣の食堂はこの街の古株で同僚達の中でも評判の店である。
最近はどこか遠くの街で修業してきた新人によってさらに旨くなったという噂をリボルブは聞いていた。
においに誘われてなんとなく入店する。
「いらっしゃい、定食銅貨十枚ね。」
値段は流行ってる店にしては安いかという値段だった。
普段は兵舎の安いが旨くもない食事ばかりしているので、騎士にとっては旨いものを食べられるなら出せる金額である。
利用者の多くは稼ぎのいい傭兵や騎士、最近、街の規模を拡大するために高額報酬で雇われた建築業者達なので、とにかく安い食堂という風ではないようだ。
「はいこれ。」
「まいど。」
料金を先払いして席に座った。
選んだ席は大通りに面した眺めと空気のいい席。
食堂の中には朝から騒々しい笑い声が響き、みんな活力を付けている。
活気のある街だとリボルブは思った。
外をみれば商人が店を開け、そして日の出とともに客寄せが始まる。
人は日常を生きるために通りをずっと歩いていく。
時折、親から何を頼まれたのか子供がお使いにだされていた。
そんな平和な城下町の風景をリボルブは料理が来るまで見ていた。
本当にこの国が平和なら良かったのにとリボルブは思う。
王国は戦争をしているのだ。
それは利一たちには知らされていない事実であり、国民もほとんどは忘れてしまった。
王国は王政を保つために遠くで戦争をしている。
リナティアの姉、第二王女は軍の象徴として戦地へ行っている。
率いるのは第一、第二近衛騎士団の全てと有力貴族の私兵団。
それは防衛戦力を十分に残したうえで侵攻に仕える限界の戦力である。
そこまでしなければ王国は滅んでしまうのだと一部の騎士は知っていた。
だから今あるこの風景はそのうち日常でなくなる。
リボルブはその前に成し遂げなければならないことがあった。
未来無き国に縛り付けられたエイリを助ける。
それこそがリボルブの最終目標だ。
以前、助けられた恩返しとして、今度は自分がエイリを助けるのだとずっと考えてきた。
努力して、努力して少しずつ軍に信頼を売り、やっとの所まで来たというのに、ここでその夢はまた遠いものになってしまった。
始め第三近衛騎士団という微妙な立場になったときには、まだまだ頑張らなくてはと思ったリボルブだが、お飾りの上司以外がほとんど戦争へ駆り出された今、王族の警護を任された第三近衛騎士団の発言権は相対的に上がっている。
これが最後の機会だと覚悟していた。
その機会を逃したリボルブはもう手遅れになってしまったのかもしれないと思うとやるせない気持ちでいっぱいになる。
「お待たせしました、定食どうぞー」
運ばれてきたのはバケットに入ったパン数個と大皿に蒸した魚の切り身にトマトを使ったソースで味付けをしたらしい料理。
付け合せに塩と香辛料で味付けされた野菜炒めがついている。
値段よりも満足できる量と品質に見えた。
だがいざ食べ始めると食べ終わるまで旨い旨いと止まらなかった。
あまり美食に興味がない自分をここまで熱中させるとは恐ろしい腕前だとリボルブは恐怖する。
リボルブは満腹になったとき頭から悩みが抜け落ちてすっきりとした気分になった。
そしてこれからについてを考え始める。
これまではただひたすらに早く出世してエイリに追いつくことだけを考えて生活していた。
でもこれからもその生活を続けること選択は出来ない。
理想論を言えば諦めるべきではないのだとリボルブは思う。
それでも現実は厳しい。
上司の誰かが退役するか異動する機会というのは、終戦だとか、そういう特殊な状況になるまでまずないのだ。
現在続く戦争は一方的なものになっているから、作戦指揮などをやる上司はほとんど負傷しないと聞く。
それに終戦した時はこの国が滅ぶときと同義である可能性も捨てきれなかった。
だからその道は既にほとんど潰えている。
今、料理を食べて感動し、無理をすれば心配してくれる知り合いも居る生活はどうだろう。
兵士をやめて、雇われ傭兵にでもなって生活し続ける。
どこかの店で働かせてもらうのでもいい。
鍛冶屋に転がり込んで下働きするのも面白いかもしれない。
そんなありふれた生活をした方が楽しいに決まっているのをリボルブは常日頃から感じていた。
偽りだろうが平和は愛するべきものだと騎士として戦場に身を置く立場として思うからこそ、裏のほとんどを知ってなお自分もそれを信じて生きるということを選びたくなるのだ。
そこまで考えてリボルブはその無意味な思考をやめた。
自分の目的は、生きる意味はエイリをあらゆる束縛から助け出すことのはずだ。
それは昔から変わらず、目的を達するまで決して諦めないと誓ったのだ。
疲れているんだなとリボルブは自分を納得させ、また決意を新たに頑張ろうと思った。
「ご馳走様でした。」
「ありがとうございましたー」
恰幅のいい店主の声を聞きながら外にでる。
決められた予定では報告を受けてから国王と宰相が方針を決めるまでに一週間の猶予があった。
その間は長期任務の報酬として有給休暇扱いになっている。
リボルブはこれから毎日自主トレーニングと国立図書館で勉学に励むつもりだったが、あまりにも疲れがたまっていることを踏まえて自室に戻り息抜きの計画を立てようと考えた。
しかし、鍛冶屋に来た時と違って大通りは人があふれている。
この道を人に揺られながら歩くのは満腹の身には辛いと判断したリボルブは一旦路地にそれ、少し時間はかかるが一般人が通ることの少ない住宅街のあたりを通って兵舎へ帰ることにした。
その道中のこと。
「そこの騎士さん、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。」
やけに深くフードをかぶった男が声を掛けてきた。
その男の後ろには荷物が目一杯載った大きな荷車があったため、リボルブはその男を商人だと判断する。
「どうした? ここは商業区画ではないぞ。」
商人の男は焦ったような困ったような仕草で驚く。
「いえ、まさにそのことで困っていたのです。商業区画はどちらへ行けばよいのでしょう? 」
「あの路地を進んで出た最初の大通りが目安だ。そこから奥は次の大通りまで商業区画になっている。」
「助かりました。ところで、騎士様は武器をお持ちでないのですか? 」
「何を言って……」
リボルブは自分の腰にあったはずの聖剣『エーケ』がなくなっていることに気付いた。
「食堂に忘れたのか? 戻らないとな。」
「丸腰ではいくら騎士様でも危険でしょう。剣をお貸ししますよ。」
商人はそういって業物らしい剣を見せる。
「金は無いぞ。それにどうやって返すんだ? 」
「お代はいりません、そして一緒に商業区画まで行きましょう。」
そのことばを聞いてリボルブは納得した。
「ああ、何でお前が他の人間に聞かなかったのか分かった。路地を歩く以上、守ってくれる護衛が欲しかったんだな。それでこれから商業区画に向かいそうな上に間抜けにも武器を忘れた俺を見つけたと。」
「何のことやら。私は善意でお貸しするだけであります。」
馬鹿にされている気がしたが、リボルブはたったいまそれを証明してしまったのと変わらない。
だから自分が馬鹿であることを否定できないし、腹を立てることも文句を言うこともできなかった。
「その話、受けよう。」
そう言ってリボルブは剣を受け取った。
「で、でたー黒龍だー!みんな逃げろー」
そこに現れた最強の騎士リボルブ!
「国民を脅かすものは絶滅危惧種だろうが何であろうと許さん!覚悟!」
「リボルブさんが来てくれたぞ!みんな助かるんだ!」
『フフフ、たかだか騎士程度に私が負けるわけがなかろう』
「うるさい!」
リボルブは黒龍の頭蓋骨の一番やわらかいところから刃を入れて一刀両断する。
『ギャー』
黒龍は死んだ。
街は守られたんだ!
「キャー!リボルブ様が黒龍を倒したわ!」
「素敵!抱いて!」
『あまり調子に乗るなよ、黒龍は我ら龍帝四天王のなかでも最弱。』
『我らにとってミミズ程度の価値もない存在だ。』
『そもそも龍が四体しかいなかったから四天王に入っていただけのこと。』
空から正直黒龍より弱そうな茶色、黄土色、橙色の龍が不思議な能力を使ってリボルブに語りかける。
姿はない。
「それでも俺は負けない!絶対に勝って見せる!死んだ仲間たちのためにも!」
『まあまず見つけるところから頑張ってくれ。黒龍は馬鹿だから自ら突撃したが、我らは前人未到の地でお前を待つ。』
声が途絶えた。
「俺は諦めないからな!」
リボルブの冒険はまだまだ続く!




