第三十九話 『主人公が拒絶される話。』
(・ω・)
リナティアの突然の誘いに利一は普段なら思考停止するところを耐えた。
そして考える。
待て。この流れはおかしい。
いや、おかしいというのは言い過ぎかも知れないが、これはいつもの肩透かしじゃないか、と。
期待だけさせて、実はそういう事とは何の関係もありませんでした、と後から判明する。
利一はそういう経験から、今回もそうなのではないかと疑った。
不自然なところはないかリナティアの様子を見る。
リナティアは俯いて、どこか断られないことを祈っているように見えた。
利一は確信する。
これは大丈夫だ。
なぜならたかだか用事に付き合わせる程度でこんな態度を取る理由がない。
少なくとも避けていたことを謝られるだとか、そういうことだろうと予想した。
「特に何をする予定もありませんので、お付き合い致します。」
利一の返答を聞いてリナティアの表情が明るくなる。
「それではついてきて下さい。」
利一は城へと歩いていくリナティアに付いていく。
いろいろと経験したからだろう、利一にはこの世界に来てから数ヶ月過ごしただけの城が懐かしく思えた。
日も暮れる時間だ。
騎士達は1日の訓練を終えて宿舎へと戻る。
そんな風景を見ながら歩きながら考えるのはこれからのことだ。
「次はいつ、どこへ行くことになるのだろう」
それは誰に尋ねたとも言えない一言だった。
利一は今回の旅でこの世界の過酷さを思い知らされた。
行動はまともそうに見えないが、取り返しのきかない過ちをしたことを自覚し、それでも歩みを止めないよう常に踏み出している。
それくらいしか利一に出来ることは無かったからだ。
贖罪はこれから始まる。
この旅の目的を達することで犠牲になった人達への贖罪とするつもりなのだ。
利一は敵にこれ以上なにもさせる気はなかった。
「少し待っていて下さい。」
リナティアに連れられて来たのは、初めて『風神の長槍』を見た宝物庫だった。
そもそもリナティアに利一を避けていたという自覚がないのだから、リナティアからすれば復縁も何もないのだ。
当然の結果である。
何かを期待した利一がおかしいのだ。
やがて宝物庫から出てきたリナティアが持ってきた物は、これまたいつぞやに見た石板だった。
「実はトシカズ様の身に起きている事態について、思い当たることがありまして。」
利一が風の魔法を使ったことを自白した日に使用した魔力の属性を調べる石板である。
「前と同じように手を置いて、今度は魔力を意図的に流して下さい。」
利一は言われた通りに魔力を流し始める。
魔力操作を苦手としている利一でも、何か物に流す感覚だけは体得していた。
利一の魔力を受けて石板は輝きだす。
だがその反応は以前のどうにか見える程度の光とは比べられない、圧倒的な輝きだった。
広い廊下全体を照らす赤色の輝きに、利一は思わず手を離した。
「一体この光は……あれ? 」
利一の声が元に戻った。
しかし今はそれよりも石板の異常な反応について聞く方が重要である。
「リナティアさん、今の反応は一体なんですか? 」
「魔力を意図的に流した場合、光の強さからある程度の魔力量をはかることができるのですが……それでも異様な反応です。」
考えるリナティアは、わからないことを手探りで解明するという難しい思考を繰り返していた。
そして確証はなくとも、当事者の利一にだけはそれを話そうと決断する。
「瀕死のトシカズ様を治療したあの日、その時は治療に専念していて考える時間が無かったのですが、傷の深刻さに対して明らかに修復が早かったのです。」
魔力は生命力そのものであると、サーシャの事件から仮説が立てられている。
それを踏まえれば、ひとつの答えが導きだせるだろう。
「そして今、意図的に魔力を消費したために魔法具の効果が消えました。恐らくトシカズ様の魔力量は召喚された日から増加し続けているのだと考えられます。しかも魔力を使用している間もずっと。だからその消費速度が増加速度に追いつくまで効果が消えることなく続いたのでしょう。」
魔力を消費する魔法具を使っていながら、魔力を回復でなく全体量が増加するために効果が消えない。
「そんなことがあるのですか? 学んだ限りでは魔力は成長と共に増加しなくなると聞きましたが。」
「普通ならないことです、それに増加が余りにも速い。以前、平均よりも少し多い程度であった魔力量が宮廷魔法士の倍ほどあるとなれば、今のトシカズ様ならあの加速魔法を最大で使用しても全く平気でしょう。異常事態です。」
「原因はなんでしょう? 」
「申し訳ありません、私にはわかりません。学者を呼び確認してはみますが、分からないと答えると思います。」
この時利一には不確定ではあるものの心当たりがあった。
リナティアは知らないが利一は初めて異世界に来たとき誰にも見えない透明な体で召喚された。
あの不完全な召喚はもしかすると、魔力が足りないまま召喚され、そして少しずつ魔力を受け取って正しい姿へと変化したのではないかと。
つまりまだ利一の召喚は完全に終えていないのではないかという可能性だ。
利一の世界に魔法はない。
ならば魔力もなく、今ある魔力は召喚と共に身についたのだとする。
そして召喚されたときに一度に受取れなかった魔力を今もまだ受け取り続けている。
これは利一の根拠のない考えであるが、しかし彼自身の感覚ではそれが一番正しいような気がした。
「これは一度ヤスヒト様も検査しなければなりませんね。」
リナティアは利一を置いてまた考え込んでしまう。
「そういえばなんで自分を個人的な用事として呼び出したのですか? こんなことなら他の人にも話していいような気がします。」
「それはトシカズ様が召喚された異世界人だからです。許可を取らず宝物庫を開けて良いのは本来、国王だけであり、私であっても開くことは出来ません。そして現在貴族の注意が勇者に向いている以上、国の宝を頻繁に使うことは国の沽券を守るためにも出来ないのです。ですから強行しました。」
利一は唖然とする。
普段規律を守ることに関して固い考えを持つリナティアがここまでの強行手段に出るとは思っていなかったのだ。
そして今自分が置かれている状況が国にとって反逆でしかないことにも気付く。
「ええ!? 強行手段なんてして大丈夫なんですか? 」
「ばれたなら大変なことになります。幸い今日は誰も来ていないことが城門の様子で分かったのですぐに来ました。誰にも話してはいけませんよ? 」
「ああ、はい。」
利一が知らないリナティアの一面だった。
やはりリナティアは王族なのだ。
国をまとめ率いる王族に求められるのは公平性ではなく狡猾さ。
国を他国よりも優位に立たせるためならば、問題にならないように違反を犯すのは当たり前である。
特に正しい国王では国を保てないと父親に諭され育てられたリナティアは善悪の判断をしたうえでなら平気で違反を出来る性格であった。
大切なのは善悪であり、規則は善悪の判断基準の一つでしかないというのが統治者の常識だった。
統治者としてこれ以上ない逸材こそリナティアなのだが、第三王女である彼女がこの国を継ぐことはない。
特に課せられた使命を全うするまでは絶対にありえなかった。
リナティアの事情はさておき。
その時、利一は自分が他人よりもリナティアを理解していると驕っていたことに気付いた。
利一は誰も知らないところを知っているだけであって、それで全てを知った気になってはいけないのである。
そのことに気付いた利一の行動は早い。
宝物庫から移動して、色とりどりの花が咲く中庭に辿りつく。
そこで利一は呼吸を整え、伝える。
「リナティアさん。」
「はい、なんでしょう? 」
「今度、お話できる時間を作って頂けませんか? 」
リナティアは利一の意図を理解できず、聞き返す。
「えっと……理由をお聞きしてもよろしいですか? 」
「思えば自分はリナティアさんが王女であることから引け目を感じて、大切なことは何も話せていないような気がするんです。ですから一つの節目として理解を深める機会が必要じゃないかと思いました。」
その自分の言葉で紡がれた利一の言葉は真摯なものだった。
なぜならリナティアについて知りたいというのは、理解から人の仲は始まるのだという利一の経験則からきた欲求であり、そこに下心は無かったからだ。
だが例えどれだけ真摯に考えを話してもうまくいかないことはある。
むしろ真摯に伝えれば伝えただけ、考えの根底にある拒絶感を引き出してしまう。
「私は何もかも知ることが正しいとは思えません。」
リナティアは利一にそう言って、城の廊下へと歩いていく。
その背中は明らかに利一を拒絶するものだった。
壁|ω・)




