第三十八話 『主人公が特殊な話。』
大学に入って一ヶ月。
あれ?一ヶ月?はやくないっすかね……(・ω・;)
更新間隔が空いてすいません。
今月から慣れてきて、ちょっと楽になってきたので頑張ります。
太陽が昇り始めた時間に恵人は家屋の外に出た。
まだ旅の仲間は誰も起きていない。
身支度もしていないその見た目は長い引きこもり生活によって年齢不相応のものになっている。
髪は伸びきり全身が汚れ、あまりにも不衛生なために離れていても悪臭を感じる。
それは本人も同じで、においについて自覚はあった。
しかしそれを不快に思えるほどの思考が残っていない。
不衛生であることを自覚する事と、それをどうにかしようと思う事は別の問題である。
自分が不快に思えないほど余裕のない時に人に気を配ることなどできるはずもなく、恵人は何の手入れもする気はない。
志木恵人。
この世界に来る前の時点で高校二年生であり、そして高校内での問題によって廃人になりかけていた人物。
もしも学校で問題が起こっていなかったのならこの世界でも今はない行動力を発揮して活躍しただろう。
恵人の身体能力は元から高い。
加えて本来は思考も素早く、柔軟である。
そこに行動力が備わった美少年。
それが能力的に分析した恵人という人物だ。
彼を変えてしまう事件は五月の上旬に起こった。
高校に入学して一年の間に恵人はその異常な才能を見せつけ続ける。
生徒会に所属し、仕事をこなすだけでなく大きな企画を立て成功させた。
クラス対抗球技大会が行われた時はサッカーで活躍し、強豪サッカーチームに所属する先輩を打ち破り見事クラスを優勝に導いた。
全国模試を受ければ常に一位という超人。
それでいて性格は真面目。だが決して真面目すぎるということはない。
清濁あわせのむことのできる逸材だ。
自分を曲げることはないが和を乱さないように気を配ることができる。
そんな彼に足りなかったのはおそらく運だった。
それも悪運という程度のもの。
ただ不運の時に畳み掛けるよう最悪の結果になりさえしなければ恵人は立ち直れたはずだ。
二年目の球技大会が行われたその日。
恵人はまたもサッカーに出場した。
昨年恵人が苦戦した先輩も卒業しているので、試合は本当に味気ない一方的なものになる。
思い出を残したい三年生に対しても容赦なく全力でぶつかるのは彼なりの心遣いだった。
手を抜くことはクラスのためにもしてはいけないことだと恵人は考えていたのだ。
そうしてたった一人の力で彼のクラスは勝ち残り、負けたクラスは戦意喪失していく。
途中で方針を改めることも考えた恵人は結局そのまま優勝し、行事は暗い空気のまま終わる。
それがクラスから疎まれる決定的なきっかけになった。
それまでも恵人のお節介に助けられ続けたクラスメイト達はその助けを当然だと思い、身勝手に要求するようになっていた。
だから優勝したとしても行事が盛り上がらなかったことを恵人一人の責任にして批判し、それまでの助けられた経験にすら文句を言いだし、気付けば恵人は学校中でたった一人、全責任を負わされることになる。
優勝した末に待っていたのは反論をする余地はなくひたすらに罵られる日々だった。
友人だと思っていた人間に裏切られ、誰でも助けてきた少年は誰もを助けたがゆえに孤立する。
信用のおける人間だけを助けてきたのならきっとこんなことにはならなかったのだ。
全てを助けられる才能があったから恵人は裏切られた。
それから三か月ほど時間が過ぎ、その間何のために人を助けて来たのか、失敗した恵人はずっとそればかり考えていた。
初めて助けたのは誰だったか。
顔も覚えていないのだ、その時の気持ちなど覚えているはずがない。
優越感に浸りたかったのかも知れないと考えてみたが、そもそも人助けなどせずとも恵人は満たされていた。
あるものをそのまま受け入れて満足できる性格だった。
才能はあっても向上心が無かったのがいい証拠だろう。
出来るところまでで十分だと思った。
では何故自分は人助けをしていたのだろう。
長い思考を経ても何も理由は見つからない。
恵人の思考は堂々巡りをしていた。
人は誰でも理由が見つからないとき、それらしい理屈でそのことを説明しようとする。
彼もまたそうすることで自分なりに解決策を見つけ出す。
恵人は助けることはきっと自分の本質だと考えた。
それは行動の指針をたてるための仮の理論であったが、しかしその場しのぎであろうとも答えは出たのである。
それから恵人は今までとは違い自分もみんなも納得する、そんな良い生き方を模索していこうと考えた。
カーテンを閉め切ったままの暗い部屋では考えが鈍ると思い三か月ぶりにカーテンを開いて日光を全身に浴びる。
久しぶりの太陽はとても眩しいものであったが、目が慣れた時恵人は既に自分の部屋に居らず。
混乱の中、少しの希望を持って異世界に召喚された。
これが恵人が異世界に来るまでの物語である。
天才が生きてきたありふれた人生。
それを崩してしまった異世界召喚。
今、絶望している恵人は並外れた客観性により、このままではいけないと気付いている。
だが頭で理解しようとも、崩壊しつつある精神で動き出すには何か大きなきっかけが必要だった。
もう一度再奮起するための、人生を変えることのできる衝撃がいるのだ。
しかし元の生活ならば絶対に得られなかったであろうきっかけも、この世界ならきっとある。
恵人の絶望はきっと来るその時までだ。
そろそろ利一たちが起きる時間だと感じた恵人はそっと寝袋に戻った。
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『声変わりの飴』を使ってから二週間経った。
それまでの旅はあることを除いて全く異常もなく平和に過ぎていた。
一切、獣に襲われることなく来れたのは王国から安全に逃げるために街道の整備が進んでいる証拠だ。
細かな事情を知らない人間にとっては良いことでしかなかったが。
そんなことよりも利一には気にしなければならないことがある。
「なんで効果が切れないの、ねえ? 一日って言ったよね? おい? 」
「魔力が多い人が使った例は知らなかったから今は何とも言えない。」
利一が小声でリボルブを責める。
その声は未だに少女の声だ。
今日中には王城に辿りつくだろうという馬車の中では利一についての議論がなされていた。
「どうして効果が切れないのでしょうか? 」
エイリも思っていた以上に効果が続いている現状に困惑している。
『声変わりの飴』は魔力を消費し続けることで効果を発揮し、使用者の魔力残量が一定の割合になるまでその効果は持続する。
この性質上、人によって効果時間が変わるのは普通のことである。
だが一週間も続くというのは異常事態だった。
人は魔力を消費している間、魔力を回復することは出来ない。
だから誰が『声変わりの飴』を使ったとしてもいつかは効果が切れるはずなのだ。
またこの魔法具は燃費はいいものの使用者の魔力が五パーセント消費されれば効果が失われるようにできている。
「どんな大魔導士であっても三日を過ぎれば効果を失うものなのですがね。」
普段あまり話さないルフナもこればかりは心底驚いたように言った。
巫女は魔法技術について学問的に学び、専門学者と遜色のない専門知識まで修めている。
その彼女たちが驚くほどの異常事態であるということが利一の心を責めた。
「そろそろ王都に到着しますが、どうなさいますか? 魔法専門の治療所に行くのであれば、ある程度症状を確認しておかなければなりません。」
まだ王都につくまで一時間はあるというのにリボルブは決断を催促する。
それも仕方のないことであり、リボルブのみが聞かされている帰還期限は今日なのだ。
帰還予定は国家機密なので利一たちにすら他言できないでいる。
治療所は連日多くの患者を診るために、症状を把握している患者を優先的に診ることにしていた。
もしも治療所に行くことになるならば診察にかけられる時間は三十分だけ。
それをすぎればリボルブは明日から無職である。
ギリギリだった。
要はリボルブは利一のことなど気にしていられないのである。
ましてや自業自得とすら言える利一をかばうことなどしたくない。
よって利一自身に治療所へ行くのをためらわせる作戦にでた。
なんとなく事情察しているために馬車の中にリボルブを外道だと責める人間はいない。
「大丈夫です。体に不調があるわけではありませんから。」
利一も大事にしたくはないのだ。
ちなみに利一は自分の声がリナティアの幼いころの声であることに気付いておらず。
反対にリナティアはなんとなく距離を置いているので、いつもならば話し合いを仕切るはずのリナティアが話していないなど、沈黙よりも異様な空気が続いている。
なによりもリナティアに距離を取られたことで利一が反省しおとなしくなった。
たったこれだけのことでトラブルが減るのだから不思議である。
今もリナティアは黙っているが、それは利一が考えているように軽蔑しているわけでも、他のメンバーが考えているように話したくないわけでもなく、実は内心では考え事をしていた。
利一の現状を見て、思い当たる可能性について考えていたのだ。
だがそれは口に出すにはあまりに不確であり、裏を取る方法は出来れば避けたい方法しかなかった。
治療所に行くと利一が言えば簡単に裏が取れたというのに、本人が断ってしまったため出来ない。
利一の意見を否定するのは立場上難しかった。
そして同時に避けたい方法を実践しなければならないことが決まったのだ。
日が暮れるころ馬車は王城についた。
派手な出迎えはない。
「勇者が帰還した。国王陛下にご報告申し上げたい。」
門番はリボルブの所属を確認すると門を開いた。
それからのリボルブの行動は速く、すぐに謁見を要請して王城に入る。
全員置き去りである。
一応他の兵士に任せたと言い残しはしたが、兵士が答えを返す間もなく行ってしまった。
なんだあいつ。
その時の誰もがそう思った。
「あの……」
呆気にとられている利一を呼び戻したのは道中今まで避けていたリナティアだった。
嫌われたと思っていた利一はリナティアが声を掛けてきたことに驚く。
しかもリナティアの態度が公的な時に見せるものでなく、私的な時に見せる態度であったならなおさらである。
「なんでしょう? 」
「これから少しお時間を頂けませんか? 」
利一の声は落ち着いている。
もちろんそう装っているだけだ。
頭はすでにまともに働いていない。
「それはどういったご用件なのでしょう。」
リナティアは少し俯いて、利一の顔を見ないようにしながら言った。
「トシカズ様のことを知りたいのです」
大学生活が楽しいおかげで鬱からは本格的に抜け出せそうです。
思った以上に友達もできたし。
だからこの話も少しだけ明るくなるように書こうと思います。
全体の流れは変わらず暗くなりそうだけど、楽しんで書いているのは初めと変わりません。
やっぱり人は成長しないとね!




