第三十七話 『主人公が知らない話。』
少し投稿空いたような気がしたけど、気のせいですよ。
だって俺この前投稿したのが昨日のことのように思えるもの。うん。
気のせいですね。
村長から借り受けた家屋のなか男性陣がそうそうに眠る一方で、もう一方の家屋に居る女性陣は暗くなっても起きていた。
利一がしでかしたアホによって思わぬ話題が出来たからである。
巫女の三人は同年代でありながら仕事上で時折関係があるというだけの仲だった。
それは彼女達が従わねばならない大人達の命令のためであったり、彼らの反感を買わないために自主的に距離を置いた結果だ。
だから、一緒に行動することになったところで生きていくための情報交換はしても、決して仲よくお話しましょうという空気になることはなかったのだ。
そんな精神的によろしくない状態を打破するきっかけを与えたという風に考えることが出来たなら、利一は大いに役だったと言えるかもしれない。
まあ細かな事情はさておき巫女達はどれだけ付き合い辛くとも、情勢とともに変わる上司の意向に従う形で昔から知り合っているのだ。
だから利一が舐めた飴の製作者がリナティアであることはすぐに気づいたし、学ぶことは全て王国のお抱え教師から学ばせる王族が学校でしか作らないような使えない魔法具を作ったのか気になった。
もちろん商人に魔法具を流すようなことをするのは、最近経営の傾きだした王国の魔法学校ぐらいだろうということも世界経済、パワーバランスに精通した二人は予想している。
リナティアが動揺しなければ聞きづらく感じてうやむやになることもありえたがリナティアの動揺のしようは誰が見ても不自然な程だった。
暖炉に火をつけたことで少し明るくなった部屋のなかで、リナティアはうなだれていた。
あの飴はもう捨てられたのだとばかり思っていたリナティアにとってこの事態は予想外のことだ。
リナティアが魔法学校に通っていたという記録はない。
それは常に命を狙われる可能性がある王族にとって、満足に護衛をつけられない学校に通わせる訳がないのだから当然のことである。
だが実際のところ、他に例のない事態であるがリナティアは記録に残らないように学校に通っていた。
そこには出来るだけ外部に隠してきた王国の情勢を知られてしまうきっかけになりかねない事情がある。
決して知られてはいけないことであったのだ。
頭を抱えるリナティアだが、そんな様子を見ていながらエイリは容赦なく話しかけた。
話の種を逃す程エイリは甘くないのである。
エイリは普段の態度こそ純粋そうに取り繕っているが、本当の姿は少しでも教会に対して優位に立つために多少の汚れ仕事まで担うほど仕事熱心だ。
エイリにとって『腐敗しきっている』王国の内情について知ることは容易いが、これは普段は決して隙を見せない王女の口から本当のことを聞き出せるチャンスだと思った。
「リナティアさん。」
「は、はい! なんですか? えっと、そんなに顔を近づけないでください・・・」
埃がほんのり積もっていたベッドは掃除され綺麗になっている。
そこに腰かけたリナティアを押し倒すように詰め寄ったエイリは、引く気はないということを態度で示すように威圧感を発していた。
「さっきの『声変わりの飴』はリナティア様が幼いころに作ったものですよね? 」
エイリは何の気を配ることもせずに聞いた。
リナティアに答えないことは許さないという意思を理解させるためだ。
そのことを察したリナティアはもうどうにでもなれと話し始める。
市場でたまたま買ったものがあの『声変わりの飴』だったというのはあまりに出来すぎていて、リナティアが運命なのだと諦めるには十分すぎたのだ。
「そうですね。学校に通っていた時に作ったものです。」
「学校に通っていたのですか? 」
「……一つだけお願いがあります。」
エイリはその時リナティアの雰囲気が穏やかなものから、どこか冷たさを感じるほど深刻なものに変わったことに気付いた。
エイリは王族に何を頼まれるのかと身構える。
だがリナティアが言った願いは、その深刻さをすぐに理解できないものだった。
「今から伝える話は親しい友人にのみ話してもいいとお父様に言われたことです。本来は決して王女の口から話してはいけないことだと、厳重に言い聞かされたことなのです。だから他に話さないことを神に誓って下さい。」
もしもこう念を押されたとしても、話してしまうのが人間だろう。
だからこの誓いは普通の人間にとって、あるいは教会の人間であっても意味のないものである。
神が存在する世界であろうと、元から信仰心のない者にとっては神に見捨てられる以前に見られていないからだ。
だが巫女にとっては違う。
彼女たちは神に祈りを捧げるのが仕事である。
一般人と違って巫女に適しているかどうかを神に見定められている立場の人間なのだ。
もしも神に誓った約束を違えれば彼女たちの祈りに価値は無くなり、それを人に気付かれたなら巫女はできなくなる。
教会からは永久追放となり、そんな人間を雇う職場などまずありえない。
飢えて死ぬのが追放者の末路だ。
だからリナティアがエイリとルフナの二人に求めた条件は情報収集という目的と釣り合いの取れるものではなく、だからこそそれでも聞こうと覚悟をしたのなら迷う事なく話せるというものだった。
当然そんな条件を示されたエイリは悩んだ。
すでにその頭に仕事で使える情報を得られるかもという打算はなく、どちらかと言えば好奇心から聞きたいという気持ちと、それ程重要なことなら聞いておいた方が良いのではないかという気持ちを生活を脅かす危険性と天秤にかけていた。
数々の苦境を乗り越えてきたリナティアが話してもいいと言っている秘密というのはとても気になる。
だがそれは聞いてしまえば後戻りのできないことであり、果たして決断していいものかエイリには決められない。
また機会があればと言おうとエイリが考えた時、同じ立場であるはずのルフナが思いもよらないことを言った。
「他言しないと神に誓います。」
それは人生を左右する言葉であるはずなのに何でもないことのように自然に口にだされた。
エイリはもちろん、条件をだしたリナティアですら自分の耳を疑ったほど、その声に動揺も迷いもなかったのだ。
そのルフナの動じない姿に二人は同じような立場に居るはずであるのに格の差を見せられた気がして、ルフナが一体どんな人生を歩んできたのか気になった。
「話を聞かせて頂けますか? リナティア様。」
ルフナに急かされてリナティアは我に返る。
どれだけルフナに聞きたいことがあっても後回しにしなければならない。
ルフナが初めてリナティアと真っ直ぐに向き合ったこの時を、リナティアは伝えるべきことを伝えるために使うと決めたのだから。
「エイリさんは誓って頂けますか?」
「誓います。」
ルフナが誓ったことでエイリも引くことは出来なかった。
自分で追いつめた結果人生を左右する選択を迫られることになったエイリは少し自暴自棄になりかけていたかもしれない。
リナティアは落ち着いて話す為に一呼吸おいて話し始めた。
「私がまだ幼い頃、王国の魔法学校に通わなくてはならない状況に置かれたのです。」
リナティアはその時のことを思い出しながら、ゆっくりと息をはいた。
普段の繕った笑顔と違い、表情は暗い。
「五歳になって私にも教育係がつけられました。優しい女性の方で私が魔法の初歩で躓くことのないように基礎からしっかりと経験を積めるよう教えてくれた、とても良い先生だったんです。」
リナティアは懐かしそうな顔で涙をこらえていた。
「それから二年経って、私の魔法の才能が人並み外れて優秀であることが一部に知られました。どこから情報が漏れたのかは未だに分からないままですが、王国に不満を抱く者たちが私を邪魔だと認識したのはこのときでしょう。私の噂が流れて数日後、先生は行方知らずになりました。」
「行方知らず? 」
「恐らくは先生の後任として自分の手の者を忍び込ませ私を殺すつもりだったのでしょう。先生はその思惑に巻き込まれた犠牲者になってしまった。だからお父様は最悪の自体を避けるために私に後任をつけることをせず、身分を隠し魔法学校へ通うように言いました。」
「飴はその時に作ったのですね。」
「そうです。学校に通っていた時間は短くほとんど自習で済ませてしまったのですが、あの『声変わりの飴』の授業だけは基礎授業だと言われて受けなくてはいけないように思えて……」
「暗殺者と言うと前に聖域へ行った時に襲撃された者たちを思い出しますね。あれを差し向けた貴族とは別の者なのでしょうか。」
「その件については最後まで否定したと聞いています、それに」
「それに? 」
「今や王国内部に居る反対派の貴族は把握しているだけでも半数以上を占めているのです。もう王国は風前の灯火と言ったところでしょう。少なくとも王族に未来なんてありません。」
エイリだけでなく少しでも政治を知るものであれば、王国の貴族社会が腐敗していることは明らかであった。
しかしそれでも王国は崩壊することなどないというのが通説であり、国民も他国民も大陸中の人間が疑わなかったのだ。
それが今王女の言葉で覆された。
「そんな、嘘でしょう? 王国は大国で税収もある豊かな国です。それが滅ぶなんて……」
「貴族の腐敗には気付いていますね? あの根は深く消し去れるものではありません。魔法が無くては生活のほとんどが成り立たないというのに、もう魔石の鉱脈も尽きている。国をまとめ上げる権力の象徴がなくなった以上、貴族たちはとっくに王族を滅ぼすつもりでいたようですよ。それに気づいていながらお父様は断罪は出来なかった。」
「どうしてですか? 」
「全て王族の行ってきたことの結果なんです。自業自得でしかない。潔癖すぎる性格は初めから王政には合わなかったんですね。だから諦めることが国のためだと考えています。」
王にだけ受け継がれる『嘘を見破れる能力』は、ただ嘘を見破るだけの能力に過ぎない。
脱税も横領も賄賂もない王国は成立出来ないのだ。
何も考えずに偽ることを否定することは、為政者にとってしてはいけないことである。
それをし続けた王国は今更立ち直ることのできないほどの欺瞞であふれかえり、能力に縛られた現国王は日に日に弱っている。
それは自分の体力と国の衰退を考えて下した悲壮な決意だった。
「王国が滅んでしまえば国民が困るだけですよ。」
「出来るだけ波紋を起こさないように消えるとお父様は言いました。私は教会の巫女として生きていけるよう手回しをしているとも。」
「逃げだしたって助かりませんよ。王族を逃すはずがないんです!」
エイリがまくしたてる隣で、聞いてばかりだったルフナが立ち上がり言った。
「決まっていることなのですね? 」
「はい。覆すことはもうないでしょう。」
リナティアが迷うことなく断言するのを聞いてルフナは頷き、寝袋へ入った。
エイリはそんなルフナのことが信じられなくて思わず叫ぶ。
「そんな、何か考えたりしないんですか! 」
「考えるのは自分の身の振り方だけで十分。王国の未来は変わらないわ。王様の考えが実行される、それが王政なんだから。」
それからは誰も何も言わなかった。
ここで何を話したところで何も変わることはなく、そして彼女たちに政治をする能力もまた無いのだ。
巫女の三人は世界で誰よりも魔力を持っているというのに権力を手にすることはできない。
その非力さを三人は知っていた。
とうとう大学始まったーってなんか本当に面倒だ。
うげぇ。
頑張らないと……




