第三十六話 『主人公が飴を舐める話。』
新生活までに準備しないといけないものが多くて大変です。
助けて下さい。
利一が朝目覚めると全身が暖かい温もりで包まれていることに気付いた。
昨日は大コウモリを追い払ったあと緊張が溶けた反動でそのまま眠ってしまったはずなのに、丁寧に毛布が掛けられていたのだ。
頭が眠ったままの利一はどうせ毛布を掛けてくれるくらいなら椅子の上に移動してくれたらよかったのにと思ったが、文句を言いたくなるのも仕方のないことで寝ている場所は馬車の床。
馬車の床は木製だが頑丈さを重視しているためか絨毯が敷かれていたって土の地面よりも固かった。
そんな変な場所で寝たのなら誰だって体が痛いだろう。
余りにも体が痛むので体を起こす前に一度伸びをしようと利一はぐるんと寝返りを打つ。
そうして天井を見上げる仰向けの体勢になった利一の目の前にリナティアの顔が現れた。
視線があって一秒。
これはおかしい。
窓の外を見ればわかるが太陽だって昇りかけの早朝である。
今日の予定は昼まで補給してから出発というもので、何より王女様であるリナティアがこんな時間こんな場所に居るのはどう考えてもおかしい。
利一は今度はうつぶせになるように寝返りを打つ。
不思議な夢だと思った。
これは自分自信で夢だと自覚している夢。そうに違いないと思うことにしたのだ。
「おはようございます。」
もちろん夢ではない。
起きたかどうか確認するためにリナティアは笑顔で挨拶するが、寝起き姿を見られた恥ずかしさから現実逃避を始めた利一は表情を見ていなかった。
「おはようございます、リナティアさん。」
だが美少女をないがしろにしてはいけないという本能から返事をする。
利一は現状の判断に困りつつもとにかく起きることにした。
「なんでリナティアさんがここにいるんですか? 」
「夜のうちに外で騒ぎがあった様子でしたので見に来たんです。そうしたら二人とも寒いというのに毛布も掛けずに寝てしまっていて。宿まで運ぼうとも考えたのですが人の手を借りられる時間でもなければ、とても一人では運べないので毛布を掛けて様子を見ていたんです。」
立って見れば広い馬車の反対の席にリボルブは横たわっていた。
どうやら迷惑をかけたようだと気付いた利一は申し訳ない気持ちになった。
この地域の気温はそこそこ低く、一晩面倒をみていたのならそれは相当大変なことに思えた。
「そうだったんですか、ありがとうございました。本当に寒い中ご迷惑をおかけしました。」
「いいんです。気にしないでください。本当につらいのは馬車の番をしていた二人なんですから。それではまた出発の時間に集合しましょう。宿の朝食はもう頂けるそうですよ。」
「まだ起きたばかりなのでもう少し時間をおいてから頂くことにします。それではまた集合時間に。」
リナティアが微笑みながら馬車を立ち去るころにはもう利一の意識も完全に覚めていた。
そして意識の覚醒と共に今の会話を思い出して気付く。
「俺いま口調が半分くらい素に戻ってた……」
「それでいいってことじゃないんですか。トシカズ様。」
利一は驚いて飛んだ
独り言が出てしまったのは寝起きの癖であって、他人に聞かれた上食いつかれるのは初めての経験だったからだ。
「なんだよリボルブ。起きていたなら言ってくれよ。」
「ああいや、驚かすつもりはなかったんですがなんだか体調が悪くて。頭がぼうっとするんですよ。」
最近どう考えても過労気味なリボルブはどんなに心配しようと弱みを見せたことはなかったというのに、とうとう不調を打ち明けたことに利一は動揺した。
いつもしっかりしている完璧に近そうな人間にこんな態度を取られれば倒れるを通り越して死んでしまうのではないかと不安にさせられるものだ。
「おいおい大丈夫か。今日補給しきらないとまた日程を伸ばすことになるんだろ?」
その瞬間利一にはリボルブの顔色が一層悪くなったように見えた。
それどころか生気が消えたように感じられるほどに無表情になった。
「それだけはありえません、おうこくにつくまではいっさいのおくれをだすわけにはいかないのです。」
「……無理しないで頑張ってくれ。」
利一はこれ以上の会話は体にさわるだろうと病人を気遣うような気持ちで言った。
リボルブは何も答えず一人作業に入る。
利一は手伝おうか迷ったけれどリボルブの機械的な動きが不気味だったのでやめた。
「飯はもう少し後にして散歩でも行こうかな。」
嫌なものをみた利一はとりあえず気分転換に散歩をすることにした。
せっかく街を歩ける時間があるのなら少しでも見聞を広めようと思ってのことだった。
小さな街でも街は街。村とは規模が違う。
市場を歩けばそこに集うのは珍しい品の数々だ。
まあ利一にはこの世界にありふれているものであっても目新しい物ばかりなのだが。
王国には王国の作物があるわけだが、近いからなのか商業連合で見かけたものも多い。
しかし大きな違いとして魔法に関する道具が多く並んでいることが挙げられた。
王国領のこの街で売るよりも商業連合で売った方が儲けにはなるが、それをすると国境を超える必要があり手続きが面倒なのだ。
その点この街で売れば王国の中央よりも供給量が少なく、結果高く売れるので、王国から離れたくない商人が売りに来るのである。
魔法具を眺める利一はその中に見覚えのあるものを見つけた。
「これは色のついた光を出す魔法具だよな。」
「はいそうです。王国で前行われた勇者の出発を祝う式典に使われたものと同じ製作者のものですよ。」
辛い経験によって封印されていた忌々しきパレードの記憶が解き放たれた瞬間だった。
そして同時に国王の言葉を思い出した。
勇者を超える名声を手に入れることでリナティアと仲良くなる権利を得られると。
それを手にするまでは立場の関係上話すことさえままならないのが王の一存で捻じ曲げられるという。
そして現状、恵人は潰れている。
あの勇者を超えるくらいなら簡単だ。誰でも出来る。
だがそれではリナティアを任せられる人間になれという王の意図を満たしていないのだから、国王は当然認めないだろう。
つまり、むしろ利一は王女と釣り合える名声を得る分かりやすい指標を失ったに等しい状況にある。
「詰みか」
「お客さん急に黙ってどうしたんです? じゃまなんで冷やかしなら帰れって話ですよ。」
「おっとすいません。じゃあ……この飴玉買います。いくらですか? 」
「一粒銅貨五枚。効果はノークレームでお願いします。」
いくつも瓶に入っているのでまとめての値段を言われたのかと思ったが、一粒の値段である。
普段なら嗜好品は余程貧困な土地でなければまとめて銅貨一枚で済むものが多かったのでどう考えても一粒銅貨五枚は高かった。
「飴にしては絶対高い。ここら辺で砂糖が不足してる訳でもないのにその値段ってのはおかしいだろう。」
「お客さん勘違いしてるよ。これは『声変わりの飴』さ。舐めると少しの間、製作者の声に変わるって魔法具。魔法具はほんとならこんな値じゃ売れないが魔法学校の生徒が低級魔法の練習に作るから安いんだよ。向こうも属性を問わず呪文があるからとかなんとかで毎年必ず作るから供給も安定してるしな。」
「そういうことならいいか。はいこれ銅貨。」
魔法具を使ったことのない利一は興味から購入した。
厳密には魔力に関する道具は全て魔法具なので『風神の長槍』も魔法具に含まれているのだが、この世界の人がみな神器としか言わないので利一はその事実を知らない。
「いつ食うかな。今の空気を壊せるくらいの笑い話になればいいんだけど。」
利一はまた重い空気の中馬車に乗り続けるのは嫌だった。
特にリボルブがまともでなくなると自然と力仕事が回って来やすくなるので、空気くらいは回復しておかないと体力が持たないような気がしたのだ。
旅はまだ続くというのに気を使う事ばかり考えていることに気付いた利一は、先が思いやられるなと思った。
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集合時間になった。
遅刻するような人間はこのメンバーにはいないので何の問題のなく無言のまま出発する。
無言。
馬車の中はただ車輪の音が聞こえてくるだけである。
しかも馬車の造りが良いことが災いして、そんな騒音すらもとても小さかった。
利一は気まずさを気にしたくなかったので、何か気を紛らわせるものを探した。
朝に買った飴玉を見つけた利一は魔法具だということも忘れて舐める。
その効果が長く続くものとも知らないままにだ。
魔法具としての効果はともかく、その場において飴玉は気を紛らわせるのに一役買った。
簡素な甘いだけの飴は利一に故郷を思い出させ、目の前の問題の代わりに未来のための計画を立てるよう思考を入れ替えてくれたのだ。
目的の無い旅に終わりを感じていた利一は、この旅の目的である「世界を救う事」のため敵の正体について考えた。
今回現れたのは商業連合の落ちぶれた貴族。
目的はグラフォルト王国の第三王女であるリナティアを人質にしつつ、どこで開発されたのかも不明な魔導兵器を従えて国へ攻め入ること。
無謀な計画だ。
大国に単身で挑もうとするということになぜためらわないのだろうか。
誰でも思いとどまることをしようと思った原因はなんなのか、突き止める必要はありそうだ。
そしてそんな計画を立てる彼には技術提供者が居た。
金銭を引き換えに複数の魔導兵器を準備した人物である。
証拠が何一つ残っていないので存在を証明することは出来ないが、あの鎧が貴族が用意した物でないのなら存在しているはずの人物である。
その人物はどれだけ計画にかかわったのだろうか。
少なくともはっきりしているのは、貴族はその提供者の裏切りによって殺されたのだ。
おそらくは初めから提供者はこうするつもりだったのだろう。
没落貴族からむしり取れる金銭なんてたかが知れているというのに世界一の技術を提供するなんてことは、計画の見通しが余程明るくなければ出来ないことだ。
だが計画を反故にするつもりだったとすると提供者の目的は別にあることになる。
そう考えた時、鎧を暴走させたのかを考えたのなら多少の予測は出来るだろう。
提供者の目的は勇者パーティ内の誰かを殺すことか、もしくはパーティを全滅させることだったのだと利一は考えた。
他の目的ならいきなり勇者を襲うようなことにはならないだろうからだ。
商業連合に勇者が居るという噂はレイビットにも流れていたというのに、計画の障害になる可能性も考えず行動する。
証拠を一切残さないような人間がそんな愚行をするとは思えなかった。
利一にとってその提供者こそが倒すべき敵だ。
狙っているのが一国の王女の命なのか、もどきとはいえ勇者の命なのか。
三人の最高位の巫女と神に召喚された少年二人と敵対することは、神に喧嘩を売るのと変わらない。
提供者を捕縛するか殺すことが旅の目的なのだろうと利一は予想した。
その予想にそって計画的に行動し、もう二度と軽率な行動はしまいと決めた。
しかし、予想をたてた事で問題になってくることもある。
神に喧嘩を売るようなその行為をしてきた相手の最終目的はなんなのかということだ。
利一たちは世界を救うために召喚された。
つまり世界を揺るがす問題が起きるか、起きていることは間違いないはずだった。
そしてレイビットに来たことで明確な敵を見つけたのだ。
流れが出来すぎている。
神託によってもたらされたその使命を知っているのは神託を受けた利一たちのほかに王様だけだった。
王様の判断によって公開されることはなかったのだ。
それなのに狙ったように敵が現れた。
もしもまともな考えを持つ人間ならば、何か大きな犯罪をするときに自ら見つかりにくるようなことはしない。
だから勇者と担ぎ上げられた存在が居ることを確認したとしても十分に様子見をして、計画に気付かないようならば下手な刺激はしないだろう。
だというのに敵は絶対に敵対し調査されるであろう最悪の形で現れたのだ。
敵対を恐れないのであれば、利一たちを殺すことを急務としていることになる。
敵が自分たちを殺すことで何かを達成できるというのなら、その目的を知ることで先回りができるかもしれないと利一は考えた。
馬車が止まった。
どうにか泊まれる規模の村についたのだ。
長い時間敵について考えていた利一は、陽が傾き王国特有の夜の寒さが近づいていることに気付いた。
元々の予定では村には間に合わずに野宿することになっていたのだが、王国の寒さの中野宿するのはとても辛い。
馬の調子が良く村に到着できたのは僥倖だった。
このペースで進めば明日には王国領内に入れるだろうと見通しが立った時のリボルブの顔には、騎士としてして顔にだしてはいけないはずの油断がこれでもかというほど現れていた。
泊まる場所について村長と話していたリボルブが戻ってくると、皆は並んだ二軒の民家に案内された。
「ここに泊まってほしいとのことです。」
他の村なら客間二つ貸すので精一杯と言われるというのに、村長は来客の為に二軒の家を貸し出したのだ。
利一は嬉しく思いつつも、なぜだろうと聞いた。
「何で二軒も借りられたんですか? 宿泊施設がない村ではいつも村長の客間を借りるじゃないですか。」
それは何気ない質問だった。
だから話が膨らむようなことにはなるはずもなかったのだ。
意識して話だしたのではないからこそ、自然に空気が凍った。
そしてその瞬間やっと、利一は『声変わりの飴』を舐めたことを思い出した。
質問されたリボルブがきょとんとしている。
「最近住人が去っていったんだそうです。今は空き家だから不便かもしれないが自由に使ってくれて構わないと言われました。」
しかしその声は頭が混乱しているためにとりあえず答えたという感じの語調だった。
当たり前だが目の前の人から出た声に驚く経験をしたことがなかったリボルブにとって、その混乱の度合いは思考を停止させる程のものだった。
「え、ええっと。『声変わりの飴』ってのを買いまして。」
対する利一も混乱している。
いくら飴の効力を知っていようとも、それは多少声が変わるという認識でしかなかったのだ。
簡単なパーティグッズを買ったつもりの人間が『自分の声が女の声に変わった』という状況を理解するのは中々難しいことだろう。
男に似合わない高い声。しかもとても綺麗な女声なので異様さが増していた。
「『声変わりの飴』ですか、大した効果もないのに高値で売りとばされるという……」
リボルブも状況が状況なだけに言葉づかいもあったもんじゃない口調で話す。
ただその礼儀を欠いた口調を咎める人間はその場に居なかったし、リボルブがクビにならないために不興を買ってはいけない巫女たち三人は利一の声について驚いてそれどころではなかった。
「その飴はどこで買ったんですか? 出来るだけ詳しく教えて頂けませんか。」
いちはやく正気に戻ったエイリが利一を問いただす。
その表情は怒ってなどおらず、むしろ面白いものを見つけたというような顔だった。
「今朝街で市場に行った時に出店を出していた商人から買いました。その……、店にちょっとした迷惑をかけた迷惑料のつもりだったんですよ? 」
言い訳がましい利一の言葉が聞き届けられたのかはさておき、巫女の三人の様子が明らかにおかしいことに利一は気付いていた。
エイリとルフナは自分に気を使うのではなく、からかうのでもなく、何か別の理由で笑いを堪えている。
その二人とは対照的にリナティアがあたふたしているのだ。
「なるほど、王国の商人と。情報ありがとうございます。」
「いや、こちらこそ何とも申し訳ない……」
何やら深い事情のありそうな巫女たちだったが、利一としてはリナティアの可愛い姿を見れたので満足だった。
空気を読むとかそういう面倒なことは愛の前には無意味なのだ。
村長の好意で使わせてもらうことになった二軒は警備する上で問題ない距離に建っていたので、特に見張りを置くこともせず男女別に分かれて休むことになった。
布団がなかったので寝袋で寝ることになったが、風を防げるだけで随分と暖かい。
それに寝るまで暖炉に火をくべれば暖かいまま夜を過ごせるだろう。
極寒に耐えられるよう建てられた家屋は、その暖かさで利一たちに疲れを忘れさせた。
「さっきのは何だったんだろう。リボルブには分かるか? 」
「少し分かりかねます。ただ」
いつでも言い切るリボルブが言い淀んだということは、何か確信が持てないながら引っかかっていることがあるということに他ならなかった。
利一は引くつもりがなかったので、夜が明けようとも聞き出そうと思った。
「ただ? 」
「その声、どこかで聞いたことがある気がするんですよ。」
その時利一の脳裏にはさっきのリナティア表情が浮かんでいた。
勘の冴えわたる利一はあの表情と声の高さから察するにあの飴はリナティアが幼い頃に作ったものではないかと推察もした。
そして最後に利一の理性が「それはないな」という確率論的にまっとうな結論を出した。
というよりも、もしそうだったとしたら恥ずかしい上にとんでもない厄介事を引っ張り出してしまうような予感がしたのだ。
「もういいや、忘れよう。そういえば効果はどれくらいなのかって知ってたりしないか? 」
「魔法具は基本的に魔力に応じて効果を出すものです。まあ対して要求魔力が多い代物でもないので、一般人なら丸一日も持ちませんよ。」
一日なら耐えられるなと利一は考えつつ、明日も早いのだから寝ようと寝袋に入るのであった。
「そろそろメインヒロインと主人公の距離を縮めないとまずいな……」
そんなときはこれ!「テコ入れ」じゃ!
とにかく空気ぶっ壊しとけばどうにかなるだろう(今年の目標:楽観的になる)
5/6:飴の効果時間が改稿前の三日になってたから伸ばしました。




