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第三十五話 『主人公が街を出る話。』

商人たちが朝仕入れた新鮮な食材を売りさばくために声を張り上げて客寄せする。


その声で起きるのはこの街の人とかなり生活時間がずれている証拠なのだが、利一は事件以来その時間に起きるようになっていた。

堕落している。以前はしていた使える魔法探しも忙しかったからと随分長いことやめたままだ。

利一はそのことに気付いたが、今更初めてもしょうがないような気がして再開しようとは思わなかった。


今日の朝のうちに利一たちはこの街を出発する。


未遂とはいえリナティアを誘拐しようという計画があったことが分かった以上、政治的な関係で反故にできない仕事を終えたらすぐにでも王国に帰還せよというのが王国の決定であり、それは調査が遅れても絶対に譲れないと言われていた。


もちろん調査が遅れているリボルブ以外にこの街に居たいと思う人間はいなかったが。


利一は別れの挨拶をしに孤児院に出向こうかと考えたが、少し前に出発する日時を伝えた時のサーシャの葬儀と母親のリハビリでかなりやつれ気味なフキリの姿を思い出し、罪悪感を感じてやめた。


自分がこの街へ来なかったら全ての事件は起こらなかったんじゃないかと利一は責任を感じている。


フキリが退職したと聞いたあの時に追ってレイビットへ行こうなんて考えなければ、リナティアはこの街に来ることにはならず、あの貴族の計画は立てられることもなく終えたのではないか。


もちろん今回使われた魔導兵器がどこの国の技術であるか分からないとはいえ、世界を救うという旅に何かしらの敵の存在が確認されたのは間違いなく、事件から得た情報がなかったというわけではない。


それでも、たとえ得るものがあったと言えたとしても、何でもない一般人だったはずのサーシャが死んだのだ。


利一は事件よりも前に人を切り、間接的に殺している。

暗殺者に襲われた時に無我夢中で撃退した彼らはその後情報を聞き出すために拷問され、終わった末に処刑された。

たとえ依頼人から嘘の情報を掴まされていようとなんだろうと、王女の暗殺を請け負ったのだから死刑は妥当な判断だと王国はしたのだ。


これが利一の最初の殺しである。


そして今回はサーシャを殺した。

善意からの行動で結果的に殺してしまった。


両方とも間接的な殺しだ。利一はそこに価値の差はないようにおもえた。


差があるとすればサーシャは平和な未来を見れる人であったという事だろう。

暗殺者集団の構成員は生きるために死ぬリスクを背負って生きている者たちだった。

対してサーシャはリスクを負う必要のない人だ。


利一の行動によって、真面目に生きていく環境を持っていた人が理不尽に事件に巻き込まれて死んだのである。


そのことは間接的であって直接の原因でなくとも、利一にとって簡単に割り切れる話ではなかった。

もう関係を持たないのがフキリとって最善の選択だろうと信じて、利一は何も言わずに王国へ帰ることにしたのだ。


雰囲気の悪い空間には出来るだけ長く居たくないと、身支度を整えてから皆がそろう時間を見計らって部屋を出る。


扉を出たところで、よく恵人の食事のことでもめたシスターと鉢合わせた。


「トシカズ様、さようなら。」

「シスターさん達には大変ご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい。」


別れの言葉を言ってくれるだけこのシスターは優しいと利一は思う。

少なくともゴミと同じカテゴリーには入っていないということがわかるからだ。

しかしさようならに応じる言葉がごめんなさいだったことに、シスターは少しだけ悲しんでいるようだった。


「気にしないで良いと思いますよ。私たちはみんなこれから何もない日常に戻っていくだけなので。」


それは自分たちが非日常の辛さを味わったことで、これからも非日常の中に居なければならない利一たちに同情した労いの言葉だったのか、迷惑を掛けられたことを根に持っているから出た嫌味だったのか、はたまた別の意味を秘めていたのかは利一には判断できなかった。


でも気にしなくていいという言葉は今の利一の心にとても響いた。


「お世話になりました。」


シスターは聞き届けながらも何も言わず立ち去る。

利一も追ったりはせずにその後ろ姿を見届けた。


利一は階段を下りて玄関に向かう。


途中の道では誰にも会うことがなかった。

巫女たちの見送りをするためにみんな外にいるのだろう。


利一はみんなを待たせているのを申し訳なく思いつつも、大きな玄関扉の前に立ち止まってみた。


孤児院に通っている間毎朝通ったこの扉も一度外に出たのなら二度と通ることはないのだろう。

そう考えた利一は一つの終わりを感じつつ、新たなごたごたまで少し時間があればいいなと思った。


何があったとか、取り戻せなくなってしまったとかはともかくレイビットでの日常は終わるのだ。


悲劇や後悔を乗り越えることは何も悪い事じゃない。乗り越えることと忘れることは違うことなのだから。

そもそも人は簡単に悲劇を忘れたり出来やしない。

後悔を乗り越えるというのはきっと忘れないが引きずらないということだ。


考えてもしょうがないから考えることはやめる、しかし忘れず同じ悲劇は起こさないと決意することで初めて乗り越えたことになるのだろう。


利一は一旦そういう風に納得した。


扉に手をかけて外に押し開けると熱風が隙間から吹き込んでくる。


扉を出ればそこにはレイビットに来て以来見ていなかった馬車に集まるみんなの姿があった。


「トシカズ様。皆様お待ちですのでどうかお急ぎを。」


おべっかを使うということで仲間内ですら陰口を叩かれているシスターがここぞとばかりに言う。

とはいえ利一も彼女の態度を否定することはできない。

彼女らシスターにとっては三人の巫女は手の届かない高みにいる上司なのだ。


ある意味こんな場でさえ巫女に見えないように嫌な顔をするその他のシスターよりも常識的な対応だった。


利一は特に何も言わず席に座る。

なぜならシスターに対応している三人の巫女の会話以外、この場には声すらないからだ。


御者台に座っているリボルブは疲れでミイラのようだし、恵人はみるのも躊躇う気配を放っていた。


「そろそろ出ます。揺れると思いますのでご注意ください。」


リボルブが会話のタイミングを計って告げた。


お元気でだのそういう女性特有の別れの言葉を言っているのが聞こえた、そのあとのことを利一は覚えていない。


なにもない時間が過ぎて行った。


リボルブは制御できる速度のギリギリで走行していたので揺れで会話をできる状態ではなかったし、なによりも話題を探せば暗くなりそうな話題ばかり思いつくのだった。


速度の関係か危険な獣に会うこともなかったので戦闘をしないまま街を経由して、国境を超えたのは一週間後である。

レイビットに向かうときにここからかかった日数の丁度半分だった。

流石に王国領に入ってしまうと一部山道で思ったように速度を出せないので、到着予測まで半分にはできないだろうと利一は考えたが、それでも異常なペースだ。


国境から少し離れた街で物資を補給するベくその日はその街の宿で休むことになった。

馬は大丈夫なのだろうかと不安になった利一はリボルブに尋ねることにした。


「なあリボルブ。こんなに急いで馬は大丈夫なのか? 」

「王国が育てさせた馬は種の改良に改良を重ねて化け物の領域に一歩踏み入れてるから問題ない。」

「そ、そうか。ならいいんだけどさ、急ぎすぎてるみたいだから。」

「いやこれでも遅いな。まだまだ急げるはず。まだまだ、まだまだ、まだまだ…… 」


最近のリボルブの目に光がないことを利一は気付いている。

同時にそっとしておくのが友情だと思った。


ただ利一はその日に限っては少しばかりリボルブのことが心配になったので街の外で馬車の番をすることになったリボルブに付き合うことにした。


そしてそれは何時のことだっただろう。

人は寝静まる時間に、馬が突然大きな鳴き声を上げた。


起きていながら異変に気付けない利一は、状況を把握していそうなリボルブに聞く。


「どうした、なにがあった? 」

「獣だ、全長二メートルほどある大コウモリ。最悪馬を食われる。」


幸いこの世界では星がはっきりと見えるため、空に黒い影だけがうきぼりになっているのがわかった。


利一は準備していた『風神の長槍』を構えて、迎撃すべく外に出る。


だが羽の音はとても小さい。遠近感を掴めない利一には槍で適当に追い払う事しかできなかった。


大コウモリは相当食糧難のようで、なかなか馬を諦めてはくれない。


「リボルブ! どうにか出来ないか! 」

「山火事は起こしたくないな。ランタンはだめだ。すまん、最終手段を使うから目をつぶっていてくれ。」


リボルブは利一の返事を聞かないうちに軽い目つぶしをする。


利一に視界が戻った時コウモリの姿はなかった。

代わりに眠りこけているリボルブの姿があった。


利一はそんなリボルブを責めることもせず、ただ自分の最終手段を使う事態にならなくてよかったとほっとするのであった。

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