第三十四話 『主人公が鎮魂祭に行っている間の話。』
鎮魂祭一日目。人がごった返している街の中と違って、森は獣が出て危ないからという理由で街道を除き完全に封鎖されていた。
しかし観光客でも街の昔を知る者は不思議がっていた。
この街を開くために開墾した時点で多くの危険な獣は駆逐され、小動物が住むだけの森になっているはずだったからだ。
兵士に聞いたのなら万全を期してなどと言われ無理やり納得させられるのだが、事実は違う。
数日前に起きた怪事件。その調査のために森は立ち入り禁止にされていた。
貴族の自宅から発見された、王に溺愛された王女を人質にとり王国へと攻め入るという計画。
それを可能にするために用意したあまりにも先進的で圧倒的な自立稼働魔導兵器によって、その主犯自身が殺されるというのは一体どういうことなのか。
見つかった取引契約書においてその兵器の出所は一切触れられておらず、また記述からすると複数台の取引が行われたはずであるにも関わらず、搬入されたはずの場所は『もぬけの殻だった』というより『物が運び込まれたという痕跡もなかった』という有様である。
リボルブはこの件について、いやむしろ旅の途中で起きた全ての事柄について報告しなければならないので、王に許された期間のすべてを費やして調査しなければならなかった。
事件のせいで鎮魂祭で予定されているエイリの祈祷を拝めないのを残念に思ったとか、そういう感情は横に置いておくとして、事件の不可解な点を調べれば調べただけ調査が混乱するのでリボルブは嫌になっていた。
街の北門から出て真っ直ぐの距離で2、3キロの位置。森に小さな空地がある。
自分が戦闘したのはここであるはずだ。リボルブはその確信は持っていた。
だが今となっては証拠がない。
リボルブは事件後調査のためにここに戻ってきたとき、戦闘でボロボロになっていたはずのこの場所が綺麗に元通りなっていた瞬間、もうこの事件を調査しても真相には辿りつけないだろうと直感した。
そしてそれは正しかった。全て向こうの思惑通りに事が進んでいるということを自覚できる程に、黒幕に辿りつけないよう完全に隠蔽工作されている。
全ては馬鹿な貴族の戯言だったと調査の応援に来た騎士に思わせるような証拠の残し方、それによって現場にいた騎士の言葉が信用されない状況を作られてしまったことは何よりも犯人の手際の良さと事件の計画性の証明になっている。
自警団の存在するこの街でよくもそんなに行き届いた工作をしたものだとリボルブは思ったが、その結果応援の騎士を使った大規模な捜査は即刻打ち切りとなってしまい、リボルブは報告用の調査を一人でするはめになっているのだった。
「あ、これ珍しい虫だな。面白い形してる。ははは。……虫にだったら人生相談しても誰にも話さないよな。」
リボルブはやつれていた。仕方ないことだ。
今回の旅の報告を完璧に終えたのなら、年齢的につらくなったため数年内に文官への転向を希望した副団長の代わりに、近衛騎士団副団長として昇進させてもいいという話があったというのに。
この事件の調査は間違いなく期限までには終わらない。
これだけ隠蔽されたなら間違いなく迷宮入り事件である。
もちろんリボルブが自分の見たものを無かったことにして、揃った証拠通りに報告したなら話は別だ。
昇進どころか、どこからか王に話が漏れ嘘を見破られ、処刑されるだろう。
リボルブは残念ながら中枢に広い顔を持つような有名貴族の出身ではない。
口止めをしたり、事実のもみ消しをしたりできる身分ではないので、嘘の報告をするわけにはいかなかった。
遠いな、とリボルブは思った。
今この瞬間にも風の巫女として崇められる才能を持ったエイリと、どこまでも高くそびえたつ才能の壁を感じながら、忌み嫌われるために隠し続けている自分の体質を克服しなければならないリボルブ。
二人の差はどこまでも大きかった。
いつかもう一度彼女の隣に立つために。
それがどれだけ無謀で、子供じみていて、誰にも望まれていない願いだったとしても、それだけがリボルブの願いなのだ。
達成するためにリボルブが諦めることはない。
リボルブは日が暮れる前に森周辺を見回りしておこうと思った。
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騒がしくて不快だ。
ここ数日起きては寝るの繰り返しをしている恵人は祭りの喧騒で初めてはっきりと目を覚ました。
何も食べていないまま何日も過ごしているのに、恵人は自分が空腹であることを自覚できない。
それはたぶん恵人が異世界から来るときに授かった体力のおかげであり、その状況は恵人をとても嫌な気分にさせた。
満腹になれば割と精神的な回復も早いというものだ。
恵人は深呼吸した。
自分はまた間違ったのだろうと恵人は思う。
恵人は別に昔から妙な性格をしていたのではない。
持って生まれた高すぎる才能がいけなかった。
誰かに任せてもいいことを全て自分で解決した。それは親類、同輩、先輩後輩、学校の教師にまで及んだ。
元々は何事にも積極的な性格で、そのあまりに優秀な態度が周りの人間との間に摩擦が生み、そして恵人は誰にも相手にされない孤独を味わった。
その時恵人はそれまでの人生を否定された気がした。
いつしか恵人は「自分にしかできないこと」にのみ関わっていこうと考えるようになった。
それ以上は過ぎたマネなんだと理解したのだ。
しかし、サーシャに関してはそういう作ったことを自覚している態度で接したくないと思った。
ありのままの性格を認めてくれると感じたからだ。
恵人はこの世界に来てから、ただ帰りたいという思いのためだけに行動していた。
この世界に来たのは恵人にとってありえない出来事であり、元の日常に戻ることでしか人生の時間を進めることはできないように考えていた。
そんな考え方で自分の行動原理を変えるような出来事が起こるはずもない。
だがあの日。サーシャが暴漢に襲われているのを見た瞬間、恵人がとうに忘れていたはずの良心を揺さぶられて、サーシャを助けた。
その時から恵人は歪む前の性格に戻り始めたのだ。
サーシャと孤児院で過ごす日々のなか新鮮な体験をすることで、恵人は無価値にしてしまった時間を取り戻しているような気持ちになっていた。
恵人だって充実した日々は長く続かないことを自覚していた。
自分とサーシャはいつか別れないといけないということは、恵人にとっても確定事項だったのだ。
サーシャと自分は何もかもが違う立場で、関係を保つために旅をやめてしまえば元の世界に帰る手段は無くなる。
それは耐えられなかった。
恵人は別れることを覚悟しながら、サーシャとの時間を大切にしようと思っていた。
だが何も死に別れじゃなくてもいいじゃないか。
サーシャを失った今、恵人は思う。
補えない喪失感が恵人の心を蝕んでいる。
恵人が立ち直るにはまだ時間が必要だった。
とりあえずドアの前に置いてあった食事は食べることにした。
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気付けば鎮魂祭二日目の夜だった。
リボルブは全身の疲労をどうにか癒そうと、人が居なくなるこの時間にこっそり風呂に入って祈りの時を待つ。
書類を読み続けたためにこった肩をもみ、何か証拠はないかと地面を探し回ったために痛めた腰をさすりながら、夜空の見える大きな客用浴場で疲れを癒す。
リボルブはその自分の仕草が余りにも年齢不相応におっさん臭いように感じて、悲しくなった。
今頃、エイリは祈祷の最終段階に入っていることだろう。
それを近くで見れるのは日が暮れるころに広場に入っていた人のみである。
リボルブは以前、どんな気持ちで祈りをささげているのかとエイリに尋ねたことがあった。
その時の答えは、『何も考えないから純粋な祈りなんだ』というものだった。
特別な儀式のときは場合が違うが、基本的に巫女がする祈りっていうのは自分の気持ちを込めるのではなく、人の祈りを聞いてくれるように神に懇願するという意味合いでしているのだそうで、その祈りに自意識が入ってしまうこと自体がうんぬんかんぬん。リボルブが聞いていたのはこの辺りまでだ。
それは幼いころの出来事だったから、今同じ質問をしたなら別の答えが返ってくるのかもしれないと、リボルブは思った。
そう思うと同時に、いつまでも過去の思い出に浸っていられないと思った。
空を見ていたら、天に上っていく緑色の光が見えた。
儀式が終われば他の騎士にさぼっているところを見つかるかもしれない。
リボルブは急いで風呂から出て行った。




