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第三十三話 『主人公が鎮魂祭に行く話。』

暗い夜の日に街灯がまばらに点滅しているだけの、アスファルトで舗装された小道を志木しき恵人やすひとは逃げていた。


なぜ逃げているのか、何から逃げているのか。それら全ての事情を恵人自身が理解していなかった。


とにかく確かだったのは走り続けなければならないと思う気持ちと、振り返って『何か』に立ち向かう程の勇気が自分にはないという事実だけである。


街灯は道を進むにつれて光を失い夜空にあった星々は雲に隠れて見えなくなっていく。


そのうち恵人は真っ直ぐ進むことすらままならなくなり壁を手探りで伝って進むようになった。


それからどれ程たったのかは分からなかったが、ある時ふと気づくと手で触れていたはずの壁はどこかへ消えてなくなってしまっていた。


恵人の足が止まった。どこへ行けばこの言いようのない恐怖心から逃れられるのか分からない以上見えないその先へ歩くこともまた、変わらない恐怖だったからだ。


恵人はどれだけ進んできたのか確認しようと後ろを振り向いたが、その視界に見えたのは遥か遠くにある小さな光のみであった。


________________________________________



最高位の巫女である三人のお陰で男性陣はそれぞれ教会の一室に泊めて貰っているのだから、もともと大きな顔が出来る立場ではない。


それでも恵人は対外的には勇者という事になっているので肩身の狭い思いをするほどではなかったのだ。


「恵人の食事を作らないというのだけは、どうかご勘弁をお願いします。」


それが事件の日から数日経った今では酷い有様である。


頭を下げているのは恵人を庇うことに何一つ利点のない利一だった。


「しかしせっかく作った食事を手を付けずに放置されたのではこちらも困ります。」


対するシスターの態度は硬い。事件の詳細が漏れたその日から彼女たちにとって男性陣は邪魔者でしかなくなったのだ。


何よりも事件のその日から恵人が全く部屋から出てこないことであらゆる人に迷惑をかけているのは誰の目にも明らかだった。


シスター達は男性陣のなかで最も権力のなさそうな利一に「帰れ」とプレッシャーを与えてくるようになっていた。


利一自身疲労がたまっている状態であるために、少しだけあった心の余裕をシスター達の行動によって奪われるというのは非常に辛いことである。


利一はシスターをとりあえず説得し、近くにあった教会二階の窓から外を見た。


その窓からぎりぎり見える広場では今度行われる祭事の準備が着々と進んでいる。


巫女たち三人はその手伝いで忙しいらしく朝は早く夜は遅い生活を続けていた。


そんな姿を横目に利一は一人でその行事の意味を噛みしめていたのだ。


それは創世信仰の根付いた国ならばどこでも年に一度行われている儀式であり、そしてその日は幼かろうと、不誠実であろうと、どんな人間でも不思議な感慨を抱く日になるだろうと利一は考えている。


その儀式は今の利一達、正しく言うなら利一と恵人、加えて孤児院の皆にとって特別な意味を持っていた。


開催日が一週間後に迫っているその儀式は鎮魂祭と呼ばれている。


鎮魂祭は商業連合の中心地であるレイビットで年に一度行われていた祭事だった。


「だった」というのは街道の整備による観光客の増加から開催規模が大きくなった末に限界を迎え、今では各地域であくまで形式上の小さな儀式を行っているのみだからだ。


今年そんな廃止されたはずの大規模な鎮魂祭が開催される運びとなったのは利権問題からこれまで集まることのなかった最高位の巫女三人がレイビットに集まることになったからだと言われている。


というのもレイビットで行われる鎮魂祭には多数の商人達が他国からまで集まってくるような、盛大な『祭り』なのだ。その経済効果は凄まじく、商業連合としても出来ることなら開きたいものであった。


要は「今回はちょっとした言い訳が出来るから開いてしまおう」ということなのだ。


ちなみにレイビットでの鎮魂祭が騒がしい祭りであるのは街の雰囲気に基づいた考えからであって、決して経済効果に目が眩んで根本の目的を忘れている訳ではない。


彼らは死者に対して自分は辛い死を乗り越えてたくましく生きているし、生活にも困っていないんだという事を二日間騒いで証明する。


だから祭が騒がしい間に暗い顔を見せるのは御法度とされ、例え故人のことを思い出したとしても無理をしてでも明るく振る舞うことを強制される。多くの場合は祭の熱気で深く考えるものもいないが。


そうして二日目の夜に死者の魂の安寧を祈って巫女が祈祷を行うのだ。


その時の街は毎年訪れたくなるほどに美しいのだと鎮魂祭を知るものは語った。


利一は祭の詳しい進行は知らないが観光客が集まるのを不思議に思いながら鎮魂祭について考えるのである。


________________________________________



ルフナは自分の上司もどきにあたる存在の、あるいは以前に恵人を引き込めと命令してきた司祭にまたも呼び出されていた。


今は鎮魂祭の準備で忙しいのだから時期を考えてくれと内心文句を言いつつ、しかしそれよりもルフナは司祭の様子がやけに嬉しそうであったことが不気味でそちらの方が気になっていた。


「ルフナ様には以前、勇者様、つまりはヤスヒト様を教会に引き入れるために手助けをして頂きたいとお願い申し上げましたね。」


口調は変わっていないが声の抑揚は司祭が大金を横領することに成功した時に似ていた。


ルフナは賄賂でもって『火の女神』の信仰を支えているこの男を失うのは面倒なのでそのことは黙認している。


司祭の機嫌が良いときは本人の地位が守られている時であり、それは『火の女神』を信仰するものたちの安全が確保されているときなのだ。それはルフナの立場の安定も意味していた。


決して悪いことにはならないだろうとルフナは思いつつ、司祭の次の言葉を待った。


「あれはもう結構です。廃人となった勇者など居るだけ邪魔ですからね。せいぜい王国の面を汚してくれるのを期待することにしました。」


いつもは本音を隠すことの多い司祭は気にせず話した。


ルフナは特に思うことはなかったので、はいと答えてあとの嫌味だのは適当に聞き流して部屋から出る。


晴れた空から射す日の光が気持ちいい、そんな天気だった。



「よし。」



ルフナは誰にも聞かれないように一言だけいうと、準備を終えたら街を巡り直そうと計画を立てる。


その足取りは憑き物が落ちたといわんばかりに軽く、彼女のその明るい表情を見た者は誰もが赤くなる程美しかった。


ルフナの思考、行動をすべて把握している人間がいたとしたら、彼女は間違っていると思うかもしれない。


しかしこれから観光客が増えていき、鎮魂祭が開かれれば、彼女が街を回ることなど許されない。


そして祭の後はすぐにでも王国に戻って旅の報告をしなければならないというのが、利一達の決定だった。


それならばルフナが本来自由に出来ない予定であった街巡りが可能になったことを、まだ若いその年齢相応に喜ぶことは、人間らしさ、子供らしさを早くから押さえつけられる巫女という立場にいる彼女の残された彼女らしさなのだろう。


しかし誰もが間違っていないから最善であるかと言われたのであれば、多くの事象はそんなことはないのも確かである。


現に誰からも厄介扱いされてしまっている恵人は、鎮魂祭のその日も外に出てくることはなかったのだから。


________________________________________



鎮魂祭初日、久しぶりに開催されるこの祭に詰め寄った人によって大通りは人波に流される以外何もできないほど混んでいた。


宿はすぐに満室になっていたが、レイビットから王国に行く逆の方角にある広い草原にテントを張って祭に来ることが許されている。


その為に街から比喩でなく人が溢れそうなほど街は活気づいていた。


そんな中、利一は運命の出会いをしていた。


多くの人がいるこの状況で面白い出会いがないという方がおかしい。


さっきから無防備な客が財布をすられているように、その被害に利一も引っかかっているように、運命というのはどこまでも付きまとうものなのだ。


利一はその日、普段の憂鬱を吹き飛ばすように盛り上がっていた。


前に酒場でお世話になったおっさん達に何かと奢ってもらいながら、気づいたらそれ以上に奢りかえしていたようなこともあったがそれもまた祭の中では気にするようなことではない。


では何が運命とすら言える出会いだったのか。


それは少なくとも女ではなかった。



(こ、これは…… 間違いない! 俺のスクバじゃないか! )



召喚されたときに消えていたスクバがぼったくり価格で店に置いてあった。


「おじさん、これどこで手に入れたんだ? 」


利一はとりあえず客として話を聞いた。


なぜならば、持ってきたときには数点の教科書類が入っていたというのに、そのバックには何一つ『中身』がなかったのだ。


「帝国の方で手に入れたんだ、良い品だろう? 持ち主が金に困って売ってくれたんだよ。」


持ち主がいたという情報が気になった利一は、しっかり開いて中を見せてくれるように頼んだ。


そして自分の物によく似ている型ではあるが別物であることが分かった。


もしかすると恵人の物かもと考えた利一はバックの底に何かを見つけて取り出す。


それは『三原みはら香奈かな』という名前が書かれた有名女子高校の生徒手帳だった。


「このバックを売ったのはこの子? 」


生徒手帳の写真を見せながら、店主に聞く。


「おお! すごい完成度の絵だな! そうだよ、この子だ! 」


利一はいつか帝国にいるであろう同郷の少女に会うことを誓った。


それは元の世界に帰る方法を一緒に考えるためであり、そして何よりも香奈が心配だったからだ。


美少女だったからではない。



一日目が終わり、二日目も日が傾けば中央広場で巫女の祈祷が始まる。


そして街に完全な静寂が訪れるのだ。


外の人は溢れるほど多い。


だが空が藍色に染まっていく時間から鎮魂祭は第二部に移る。


誰もがその場で空を見上げている。


提灯の明かりで外は若干明るいが、その光量は実に少ない。


ぼんやりと照らされた人が祭が終わるのだという実感から寂しさを感じ、そしてその静けさが隅々まで伝播していく。


利一もそっと夜の空を見た。


月はない。ただただ無数の星があった。


楽しかった祭が終わったその瞬間ふと訪れる寂しさと、自分がそこに居れることへの先祖や家族や友人やらへの感謝の念と、そうして周りの人も同じ気持ちでいるのだろうかと思う感慨深い気持ちが人の心に流れ込む。


そうしてどれくらい経ったのか分からない頃、一度だけ広場にある鐘が鳴らされる。


誰からだったのか、それはいつも分からないままだ。


それでもその鐘の音をきっかけとしてみんなが祈りを捧げる。


不思議とそんな気分にさせられるのだ。


揺らめく火の中無数の人が祈るその光景は、異様なものだった。


そこに街の所々に配備された魔法師から淡い薄緑色の光が空へと真っ直ぐに放たれる。


ゆっくりと、しかし揺るがないその光は、人々の祈りが空へと届くようにと願いを込めたまじないだ。


そうして静かになった街の情景は、きっとどの場所よりも神聖に感じられた。


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