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第三十一話 『主人公が失う話。』

 利一は連絡が来るのを待ち始めてから三十分が経っていることに気付き、またも心に迷いが生まれ始めた。


(こんな風に待っていていいのか? 直ぐにでも助けに行かないと、全て手遅れになってしまう様な気がする……)


だが、これといって探す当てもないのが現状だった。


恵人が走って追いつけなかった犯人を、さらに遅れをとっている利一が捕まえられる道理はない。


ただでさえ恵人は人間離れした能力を身につけているのだ。一般人程度の走力である利一は、向こうの位置を把握したうえで行動しないと、むしろ対応が遅れるという失敗につながる危険が高い。


じっとしているのが最善の選択ならば、利一は我を殺してでも待とうと思った。


そこには、きっと恵人ならば自分が居なくても解決してくれるだろう、という信頼とも油断ともいえる感情が影響していたのだろう。


しかし利一はさらに十分待った頃に心細くなってきて、ふと北の空を見た。


恵人から聞いた話では、星の並びは元の世界と変わらないというのだ。


こんな異常事態だからこそ、昔から見慣れたものを見て落ち着こうという考えが無意識に起こったのだろう。利一は北にあるはずの北極星を探しだし、その周りの星々が無数に輝くのを眺めた。


この世界の夜は暗い。深夜になれば数個の街灯がともっているだけになる。

そのお陰で夜空の星の数は、日本で見たものと比較にならないほど多い。


だから本当に利一が見慣れた星空かというと疑問である。


それでも利一はその空に郷愁を覚えて、今の現実を忘れることが出来たのだから良いのだろう。


(大丈夫だ。恵人ならきっとやってくれる。あいつは俺が何人いても敵わないほどに強いんだから……)


利一は自分の考えに確信を持てないことが辛かった。


また五分が過ぎた。


利一が走っていたときは静かだった街が、少しずつ騒がしくなっていく。

自警団が街の人々にも協力を頼んだのだ。


こうなれば、もう事件は解決するはず。そう利一は確信した。


ほっと一息ついてから、視線をまた北の空に向けた。


その時、北の空が僅かに光ったのだ。


その辺りは森の中であり、空まで照らすほどの高原があるはずのない場所だった。


利一はその光は恵人の光属性魔法であると、すぐに思いついた。


「門番さん、誰か騎士か自警団に伝えてください! 犯人は北の森に居ます! 」


利一は門番にそう叫んで、走り出す。


光ったであろう場所は北の門から出て相当な距離がある。

自警団にこの情報を教え、合流してから出たのでは遅いと感じた。


利一が全力で走って少なくとも四十分はかかる場所なのだ。


(間に合ってくれ……)


利一は繰り返し何度か光る空を見て、不安になった。

敵の数が多いだけならまだいい。でも恵人が手こずる強敵だったとしたら、自分は何かできるのか。


それでもとにかく利一は走り続けた。


立ち止まっても結局、事態は好転しないのである。


________________________________________



「東の門番からの話によると、北の森に犯人は居るらしいぞ! 」


「はあ? 北の門番はそんなこと言ってなかったぜ? 」


自警団に利一から告げられた情報が伝わると、混乱が起こった。


全ての門番から目撃情報がないことを確認していた自警団は犯人はまだ街の内部に居て、うまくその身を隠しているのだと考えていたのだ。


「これからどうする? 外を探すか? 」


「バカを言うなよ! 森がどれだけ広いと思ってんだ。内外の両方を探すのはとても無理だ! 」


捜索活動に参加していたリボルブは、たまたまその会話を聞いた。


(何故見つからないのかと思っていたが。そうか、おそらく……)


それから北の門へと向かい、辿りつくと同時。門番の頬を殴り飛ばした。


「お前が裏切り者だった訳だ。」


門番は内心の動揺など全くないように、完璧に何も知らないという演技をしようとした。


この門番は商業連合国の正式な騎士であるにもかかわらず、今までにも何度か賄賂を受け取って、本来なら通れないはずの人間を街に通してきた男だ。


事実がばれそうになった時の演技にも自信があった。


「くぅ、急に…何を言ってるんだ! これ以上暴力を振るうようなら騎士の応援を呼ぶぞ! 」


大抵の人間はこれで何も言わなくなる。もちろん暴力的な人間に対してしか使えない手であるが、大事にしても向こうに利益がないのだから、引いてくれることがほとんどであるのは当然だろう。


だけど、リボルブはもう一度殴った。今度は右目を抉るフックである。


「買収されて犯人を見逃したんだよな? 死にたくないならおとなしく答えてくれ。でないと他国の騎士である俺がお前を殴ったという証拠を消すために、本当に殺さないといけなくなるんだ。」


門番はリボルブに気圧され、全て話すことになった。


リボルブは買収されていた事実を自警団に伝えることなく、森へと駆けて行く。


それは利一が門を通ってから少しのことであった。


________________________________________



利一はその理解しがたい光景に唖然とした。



そこには見たことも無い大きな動く鎧があって、その右手はたった今恵人の持つ聖剣『アトラス』と

激しくぶつかり合っていた。


その右手は明らかに人が受け止められる速度で無く、恵人が何もできずただ必死に防いでいるという事が何よりも威力を物語っていた。


そして、一発ごとに恵人は後退させられている。


そんな戦況で一番目を引くのは、アトラスが半ばから折れているという点であろう。


アトラスは、聖剣を作り出すことを生業とする専門業である『聖剣鍛冶』の中でも名匠と謳われた『ガイア』という鍛冶師の逸品で、王国がどうにか保持していた一振りであったのだ。


それが折れているということ。

それは利一の持つ神器、『風神の長槍』もここで折れるかもしれないという予感を利一に抱かせた。


恵人が魔法を放つが、それはどうやら無効化されているらしい。

今まで見たことも無いような高威力の魔法である。

それが全く効いていない。


鎧が放つ禍々しい威圧感も合わさって、利一を深い絶望へ落そうとしていた。



思考がまとまらない。



鎧と恵人の間に入ったところで、即死するだけだろう。


向こうに誰なのかも分からない死体が転がっている。


それを見てしまった利一は、足の力が抜けて、その場に座り込んでしまいそうになった。


踏みとどまれたのは、座ったら立てずに死ぬと恐怖心が教えてくれたからだ。


戦場まで、一歩である。


その距離は死への距離に等しい。


逃げてしまうのも良いかもしれない、利一はそんな自分の考えを百の理由で正当化して、逃げようと考えた。


良心が痛むとかそんなことはこの際どうでもよくなって、全ては命あっての物種だと、そう考えたくなっていたのだ。




そんな利一の手には、しっかりと一本の槍が握られていて、切っ先は鎧の右膝を狙っている。




「利一君!? 」


恵人が鎧の後ろに現れた利一に驚く。


それは利一という増援を喜ぶようでいて、出てきてどうするつもりだと言っているようでもあった。


そしてこの行動は恵人が思っている通り、無謀としか言いようがなかった。


利一がこの時考えていたのは、恵人を助けようだとか、もしかしたらあの中にサーシャが居るのか?という深い考えではなく。


心の中で恐怖が一周した利一が抱いたのは、恐怖の根源であるあの鎧を破壊したいという、破壊衝動だった。


比較的壊せそうな膝を狙い、神槍にありったけの魔力を込める。



(鋭く、一点に力を集めて、究極の一撃を生み出す! )



槍から周囲の気をなぎ倒す程の風が一瞬で生み出され、衝撃波で恵人が弾き飛ばされる。



無理な負荷をかけたことにより、すぐに利一の体が悲鳴を上げ始めた。



骨が軋み、風圧で肌が割け、魔力は空を通り越し、意識は途切れる寸前になる。



それでもなお、利一は魔力を込める。


視界が無くなり、何も見えないが、精神で立ち続ける。

鼓膜が破れ音も聞こえなくなって、利一はそれでも魔力を込める。


鎧を確実に破壊する。それが生き残る唯一の方法だと本能で悟っていたからだ。


そうして放った高速の突きは、鎧と接し、二つ隣の街まで届く爆音と、周囲を真っ白に染め上げる閃光を生み出した。


その光はいつか見た光によく似ていたと、利一は落ちる意識の中で思った。


________________________________________



一体、何秒ほど鎧と槍とのぶつかり合いが起こっていたのか、恵人には分からなかった。


閃光で眩んだ目が夜の暗さに慣れ、始めに目に入ったのは、右膝から先を失ってもなお蠢く黒い鎧の姿である。


「嘘だろ…! あれだけの攻撃を受けて動けるのかよ! 」


一度は吐くほどの恐怖心を耐え生きるために剣を抜いた恵人も、今度こそ心が折れてしまう。


その後、鎧の向こうで右腕が散り散りに吹き飛び、地面に伏している利一の姿を見たときは、何を思うよりも先に吐いた。


鎧はその設計のせいか、右足を失ったことで前のように高速で戦闘を行えはしないようだが、鎧の中から魔力があふれ出し、先ほどは一度も使わなかった魔法攻撃を使うのだろうと恵人は予測した。


(ああ。死ぬんだな。)


恵人は諦めていた。何もかも。


恐らくあの鎧はサーシャの魔力を使って動いている。だから持久戦に持ち込めば必ずいつかは止まるだろうと、恵人は思っていた。


なのに鎧は一向に止まる気配がない。


サーシャが魔法を使っている所を見たことが無かったから、魔力の量は全く分からなかったのだ。

鎧がどれほど魔力を消費して動いているのかも見た目からは測れない。


恵人は初めから全て無理だったのだと、ありもしない責任を放り投げた。



鎧はまず利一に狙いを定めるが、諦めた恵人は助けに入ろうと思わない。


どうせ順に死んでいくだけなのだ。槍から放たれた衝撃波で恵人は足を挫いているし、飛び込んで届く距離でもないのだから。



鎧が魔法を発動する。



利一が意識を取り戻すことは無い。大量出血をしている時点で、もう生死の危機なのだ。


魔法が発動し、高温の火球が利一へ飛んでいく。


その間に人が入ってきて、輝く銀色の剣で火球を受け止めた。


利一の後を追うようにして辿りついた、リボルブである。


「ヤスヒト様、まだ動けますか? 相手の攻撃をかく乱するだけでも助かります。」


リボルブは、鎧の威圧感が気にならないのか、平気な顔で恵人に命令した。


利一を木陰へと隠し、リボルブと恵人の長い時間稼ぎが始まったのだ。


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