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第三十話 『主人公が走る話。』

街の警備体制は多少隙はあろうとも、十分に整っていたと言える。今回の誘拐事件が成功してしまったのは、現在滞在している国賓、主に三人の巫女の警備を重くしたために、一般人を守るための人員を減らしたことにあるのだろう。


自分がこの街に来たせいで、と利一はまた自己嫌悪に陥りそうになったが、そんなことよりもサーシャを助けるのが優先である。


一般人であるサーシャを誘拐する利益を理解できない利一にとって、相手のこれからの行動を予測することなど到底できない。


人攫いなら、もっと裕福な人間を攫うだろう。サーシャは元孤児であり、今は近くの服屋で働いているという話を利一は聞いているから、サーシャを攫っても何も金にはならないように思えた。身代金を要求できる相手もフキリくらいだろう。


奴隷として売り飛ばすという予想もしたのだが、サーシャはかなりの美人であっても、この街には他にだって美人が大勢居る。サーシャの周りには腕の立つ恵人が居たのだから、わざわざサーシャを攫う理由はないように思える。


(駄目だ、この考え方じゃあ答えは出せない。)


やみくもに走っていてもしょうがないので、利一は原因からの推理を止め、現状からの推理に切り替えた。


(警備網が街中に張り巡らされているこの街で、恵人を見失う? )


利一は進路を孤児院方面、東へ向けていたので、孤児院に曲がる大通りをそのまま直進することにした。


街には東西南北に一つずつ、合計四つの門がある。

利一は犯人か、それを追っているという恵人が通らなかったかという事を門番に聞くために、一番近い東の門を目指したのだ。


街から出てしまえば、外は森が広がっている。

街と街をつなぐ街道に沿って存在するこの街は、大きいながらしかし周囲の開拓はあまり進んでいないのだ。


元よりジャングルになるような気候なのだから仕方ないだろうが、その森は犯人が逃げ込むには非常に都合がいい。


利一の森に逃げ込んだのでは、という推測は間違っていなかったが、門番に聞けば真相が分かるだろうという考えについては甘かったと言える。


計画上、通るであろう門の門番は既に買収されていたのだ。


そもそも門番に話を聞くくらいのことは街の自警団だってしただろうと予想できそうなものだが、場慣れしていない利一は、残念ながらそこまで頭が回らない。


利一は西の門番を見つけると息が整うのも待たずに言った。


「さっき銀髪の男がここを通らなかったか? 」


孤児院に一番近いのはこの門なのだから、ここから外へ出た可能性は高いと利一は考えていた。


しかし門番の答えは、求めたものではなかった。


「私は何も確認していないな。さっき自警団の奴にも同じことを聞かれたのだが、何かあったのか? 」


その時やっと利一は自分がスタンドプレーまがいのことをしていると自覚したのである。


落ち着いた利一は警備兵にも協力してもらおうと思った。


利一は自分が知る事情を話すと、警備兵は一つ頷いて提案する。


「ここから他の門番へ連絡することが出来る。他の門番にも事情を話して、これから不審者が通った場合は信号弾を打ち上げて貰おう。君はここに残っているといい。」


利一は門番の言葉を信じ、その場で待つことにした。


________________________________________



「はぁ、はぁ……」


レイビットの街門から出ていく誘拐犯を、全速力で追う事三十分。


恵人は自分が並みの人間を遥かに超える速さで走っているにも関わらず、犯人が立ち止まるその時まで一度も追いつくことが出来なかった。


この世界に来てから身についていた膨大な体力を持て余していた恵人は、緊張から呼吸が乱れることはあっても、今の今まで疲労から息が上がることは無かった。


(こいつは人間なのか…? )


恵人も同じ速度で走っていたのだから、一方的に化け物呼ばわりも出来ないのだけれど、それでも恵人はそう思わざるを得なかった。


深く顔を隠せる深いフードつきのマントを身に着けている犯人の表情は読めないが、その体力が尽きているようには見えない。


「サーシャをどうするつもりだ! 」


犯人は返事をしない。立ち止まったまま、恵人と目を合わせることもせず、背中を向けたままである。


恵人がどうしようかと迷っている隙に、犯人は一つ呪文を唱えた。


正しく何が起こったのかすぐに恵人は分からなかったが、周囲の雰囲気が変わったことだけは分かった。


心の底から嫌な感情が湧き出てくるのを感じた恵人が、それが感じて久しい恐怖であると気付いたのは、目の前に立ちはだかる高さ三メートル、横幅二メートル程あるだろう黒い鎧を認識した時である。


その鎧は長い手足を持ち、人が着ることは出来ない設計になっている。


鎧の胴部が大きく作られているのを怪訝に思った恵人は、犯人が何かの操作をして正面の装甲を開けたことで中が空洞であることを知った。


その空間に、意識を失っているサーシャが押し込まれる。


恵人はサーシャを助けないと、と強く思っているのに、震えるだけで動けなかった。


呪文を唱えようにも恐怖から呂律が回らなくなって、最後には傍観することを選んでいた。


鎧の胴部が閉じられると犯人の男はどこかへ消えて、鎧の後ろから男が出て来た。


今回の主犯である、ダズ=サフ=ゴードである。


「噂に聞く光の勇者よ。お前の活躍は早くもここで終る。状況も分からずに死ぬのは理不尽に思えるかもしれんが、全てを説明する時間はないのでな。諦めろ。」


ダズの言うことを聞く余裕は恵人には無かった。ただひたすらに恐怖で心が折れてしまわないうちに、ここから離れたいと思うばかりであった。


昔からいつもそうだったのだ。


自分にしかできない義務だけをこなして、それ以外の嫌なことには出来るだけ関わらない。


そんな恵人は決断できない。


自分に正直すぎて、恐怖と戦うことすらできないのである。


そんな自分が嫌で、この世界では生き方を変えようと思っていたはずなのに。


「安心しろ…すぐに仲間も死ぬさ。俺は巫女を誘拐し人質とした上で、この新兵器である『魔導兵器』を百機率いてグラフォルト王国へ進軍する。あの国はお仕舞さ。政府の腐敗が進んだあの国は、少しつつけば瓦解するだろう。そうして俺が新たな政府を作り上げ、王になる! 」


自分に酔いながらそう言い放つダズの後ろで、鎧についている目が赤く光り始めた。

金属が強く擦れあう音が続き、鎧がしゃがんでいた恰好から立ち上がる。


「さあ! 勇者を殺せ! 」


恐怖で逃げることも忘れ立ち尽くす恵人が見たのは、その巨体に見合わない圧倒的なスピードで、ダズの首を刈り取る鎧の姿であった。

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